匠の道具 -PRO SELECTION-

井上浩輝さんに聞く エプソン「SC-PX1V」×ソニー「FE 400mm F2.8 GM OSS」

秀逸な描写力と美しいボケ…それらをプリントで余すことなく表現

井上浩輝さんとFE 400mm F2.8 GM OSS(右)。手前のプリンターがSC-PX1V

豊かなボケを背景に、キタキツネやエゾリス、エゾシカなどの動物を撮る井上浩輝さん。自身が「ぽつん」写真と呼ぶその独特の表現に欠かせないレンズがソニーの「FE 400mm F2.8 GM OSS」だ。その高性能なレンズ描写をエプソンのインクジェットプリンター「SC-PX1V」はどこまで再現できるのか。写真家としての成り立ちから独自の表現に対するこだわり、そして、それを実現する機材について、井上さんに語っていただいた。

井上浩輝

1979年、北海道札幌市生まれ。札幌南高校、新潟大学卒業、東北学院大学法務研究科修了後、北海道に戻り、風景写真の撮影を開始。次第にキタキツネを中心に、動物がいる美しい風景を追いかけるようになり、2016年に米誌「National Geographic」の『TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR 2016』ネイチャー部門において、日本人初の1位を獲得。また、北海道と本州を結ぶ航空会社 AIRDO と提携しながら、精力的に北海道の自然風景や生き物たちを撮影している。

これまで発表してきた作品には、人間社会の自然への関わり方に対する疑問に端を発した「A Wild Fox Chase」という キタキツネを追った作品群などがある。2017年2月には、さまざまな分野で活躍する人物を取材し、その魅力に迫るテレビ番組「情熱大陸」に取り上げられた。

著書に、写真エッセイ『北国からの手紙 キタキツネが教えてくれたこと』(アスコム刊)、写真集『follow me ふゆのきつね』(日経ナショナルジオグラフィック社刊)がある。

キタキツネの写真を撮るようになったきっかけ

もともとコンパクトデジタルカメラで風景などの写真を撮っていたのですが、好きな飛行機を撮りたくなって2010年にAPS-Cのカメラや望遠レンズを買いました。望遠といっても35mm判換算で300mmほどですから、それほど飛行機を大きく撮れるわけでもない。飛行機を大きく撮れないならと、風景と絡めて飛行機を撮るようになったんです。これが写真を始めたきっかけでしょうか。

やがて仙台から北海道に戻り、本格的に風景を撮るようになりました。絵になる風景がたくさんありますから。しかし、風景を撮る素敵な時間は朝と夕で、昼は暇でした。その暇な時間を有効に使おうと、よく見かけるキタキツネを被写体にマニュアルフォーカスの練習を始めたんです。本当のことを言うと、はじめはキタキツネのことが嫌いでした。体は犬で目は猫のようだし、神出鬼没だし、おしっこが異常に臭い(笑)。しかし、不思議なものですね。ずっと撮っているうちに次第にキタキツネのことが好きになり……という以上にキタキツネ愛に溢れるようになりましたね。

その頃、一日一枚SNSに写真をアップするというのを自分に課していたんですが、キタキツネの写真を投稿するようになりました。しかし、一日一枚ですから、手持ちの写真はあっという間になくなります。そこで様々な文献や学術論文を読んでキタキツネの生態を調べたり、現地でキタキツネの行動パターンを見極めたりするなどして、撮影ポイントを割り出したんです。それで、自分の思い描くようなキタキツネの写真が撮れるようになってきました。そうして撮った写真を、今はないんですがナショナルジオグラフィックが運営していたSNSに投稿していたら、各国のナショナルジオグラフィックから取材を受け、それぞれの国で特集が組まれるようにもなりました。2015年のことです。

麦畑の“きつね母さん”
麦畑をいく美人な「きつね母さん」が、僕の気配を感じて振り返った。その佇まいに亡くなった母との思い出、母への想いがよみがえった
α1/FE 400mm F2.8 GM OSS/マニュアル露出(1/1,600秒、F2.8)/ISO 320

動物写真に欠かせない「FE 400mm F2.8 GM OSS」

動物を撮るのに最も活躍しているのがソニーの「FE 400mm F2.8 GM OSS」です。その魅力はというと「バランスよく高性能」であるということでしょうか。つまり、精細な描写力、極上のボケ味、高速かつ正確なAFですね。

愛用のFE 400mm F2.8 GM OSS。高速で正確なAF、高い解像力と豊かなぼけ、そして周辺部も活かせるトリミング耐性など、このレンズからキタキツネやエゾリス、エゾシカを被写体とした多くの作品が生み出された

描写力については、動物の毛並み一本一本を精緻に再現してくれますし、滑らかに変化するグラデーションを演出するボケ味も秀逸です。僕は「落差」が写真の見心地をよくするんだと思っています。明るいところと暗いところ、彩度の高いところと低いところ、コントラストの高いところと低いところ、そしてピントの合った精緻なところと大きくボケているところなど。特にこのレンズについて言えば、ピントの合った被写体とボケがきれいに分離します。写真を撮るときに気をつけていることのひとつが「どのように背景を構成するか」。つまりどうボケを表現するかということですが、季節を象徴するような色を背景としたグラデーションのボケを撮るのにFE 400mm F2.8 GM OSSは最高のレンズです。

そして動物を撮るのに不可欠なのが、高速かつ正確なAFです。「動物瞳AF」をよく使うのですが、αシリーズのボディと相まって素早く正確に動物を捉えてくれます。

FE 400mm F2.8 GM OSSに限らず「GM」レンズは、より高速なAFや画素数アップなどボディの進化に対応できる、スペックに余剰のあるレンズだと思います。

大きなレンズは、おなかがジャマをして……

ところで、よく「もっと長いレンズは使わないのですか」と聞かれます。600mm F4.0クラスのレンズを使ったこともあるのですが、ちょっと問題が。というのは、キタキツネやエゾシカを撮るとき、彼らがあまり警戒しないので自動車の中から撮ることも多いんです。それが600mm F4.0クラスのレンズだと、助手席から取り上げて構えようとするときに自分のお腹がジャマをして(笑)、Aピラーにガチャンと当たってしまうんです。その音に彼らが反応して警戒されてしまう。また、光の届きにくい森の中ではF4.0は少し暗い。FE 400mm F2.8 GM OSSを使うのには、そんな理由もあります。

400mmという焦点距離では少し短いシーンもありますが、多画素なカメラであればトリミングすることもあります。特にGMレンズは、中央部から偏ってトリミングしても高精細を保ったままでいられますし、周辺光量落ちも少ないので、安心してトリミングできます。

Five Deer
断崖絶壁の下を海につかりながら移動していたエゾシカの群れ。食事を求めて険しい場所にも分け入る動物に逞しさと切なさを感じる
α9/FE 400mm F2.8 GM OSS/マニュアル露出(1/800秒、F2.8)/ISO 500
あきのきねずみ
ドングリを埋めては別のドングリを掘り出して食べるエゾリス。自分のだけでなく他のエゾリスが大切に埋めたドングリも拝借している模様
α9 II/FE 400mm F2.8 GM OSS/マニュアル露出(1,250秒、F4.0)/ISO 1600

井上スタイルの「ぽつん」写真

キタキツネって人間が生活しているところと自然の境界線上にいるマージナルな存在、特殊な野生動物だと思います。ですからキタキツネを撮るとき、その背景は真に自然の風景の場合もあれば、畑などの人工的な景色の場合もあります。先ほど背景をどう構成するかに気をつかっているという話をしましたが、境界線上にいるキタキツネだからこそ、背景選びの幅が広がるんですね。

僕の写真は、CGのようなシンプルな背景にキタキツネなどの被写体を置きます。自分では「ぽつん」写真と呼んでいますが、「キタキツネたちのいるところ」「マージナルな彼ら」そんな思いを抱きながら、自由な背景で撮る楽しさと表現を今は追求したいと思っています。

「蒼海をいくエトピリカ」
穏やかな青い海を彩るエトピリカのクチバシは、筆舌に尽くしがたい美しさ。もっとも素敵な瞬間のひとつに出会えたと信じている
α1/FE 400mm F2.8 GM OSS/マニュアル露出(1/4,000秒、F4.0)/ISO 100
「キタキツネたちの恋の季節」
おだやかな朝日に照らされた広大な雪原を追いかけっこするように走り抜けるキタキツネのカップル。まもなく訪れる春を予感させるワンシーン
α7R V/FE 400mm F2.8 GM OSS/マニュアル露出(1,250秒、F2.8)/ISO 125

会話のできるプリンター

エプソンの「SC-PX1V」を初めて見て思ったのは「カッコイイ」でした。これまでのプリンターとは印象が異なる、スタイリッシュなデザインです。そして、ユーザーとの距離を詰めてくれるかのような透明なカバーや大きなディスプレイも好印象です。これまでプリンターとの会話は難しかったと思いませんか? プリント時にエラーが起きてもランプの点滅やPCのエラーメッセージで確認する程度で、わかりにくかった。

A3ノビ対応のインクジェットプリンターSC-PX1V

しかしSC-PX1Vは、内部が見えるので動いているかどうかが一目瞭然でした。さらに、プリンターにセットしている用紙とサイズを登録しておけば、PC側で設定を間違えた場合でもプリントされないという仕組みは、用紙やインクのムダを省けるので助かります。逆に、プリンターにセットしている用紙が確認できているのであれば、PC側の設定を優先してそのままプリントできるのも、二度手間を省けて便利でした。SC-PX1Vを形容するなら「身近に感じられる会話のできる高性能プリンター」と言えるのではないでしょうか。

好みの用紙はマット系

動物の写真をプリントする時、僕が好んで使うのはマット系の用紙です。特にインクジェットプリンターの場合、ディテールを精細に描いてくれるのですが、光沢系の用紙だとその印象が強すぎるんです。瞳の描写などは光沢系が合っていると思いますが、毛並みなどを重視する場合はマット系の用紙が好みですね。マット系の光沢感のない凸凹した面質が、動物の毛並みを質感を豊かにし、やさしく自然に見せてくれます。

エプソン純正のフォトマット紙は、僕が長らく使っている用紙で気に入っていますが、今回試した「Velvet Fine Art Paper」や「ハーネミューレ ジャーマン エッチング」は立体感や精細感が際立つだけでなくコントラストも高いので、キリッと見せたい瞳とふわっとナチュラルに見せたい毛並みを同時に表現できる優れたマット紙だと感じました。

左から「エプソン Velvet Fine Art Paper」と「ハーネミューレ ジャーマン エッチング」

レンズの持ち味をプリントに再現できるSC-PX1V

展示したり販売したりする写真は、外部に委託して銀塩プリントを作成しています。僕はエプソンの「SC-PX5VII」のユーザーですが、今は出版物の色見本としてSC-PX5VIIを活用しています。一世代前のプリンターですが、色転びもなく、気になる緑もきれいに出ますし、シビアな雪の表現も安心できるなど、イメージに忠実なプリントに満足しています。

スタジオやアトリエをスタイリッシュなデザインで彩るSC-PX1V。透明カバーで内部の動作が確認でき、角度のついた液晶パネルも大型で見やすい。会話のできるプリンターは、その描写力も極上だ

今回、SC-PX1Vといくつかの用紙を試して見たのですが、特に「Velvet Fine Art Paper」や「ハーネミューレ ジャーマン エッチング」でプリントしたものは良かった! いずれも凸凹の面質のおかげでしょう、立体的に見えてきます。そして「Velvet Fine Art Paper」は、精細感がありコントラストも高い。一方の「ハーネミューレ ジャーマン エッチング」は、かなり厚手の紙であることやきめ細かな面質であることが、上質な雰囲気をもたらしてくれるようです。SC-PX1Vとこれらのアート紙は、作品づくりが楽しくなる組み合わせだと感じましたね。裏打ちするなどして自宅に飾りたいと素直に思いました。

プリントを作品ごとに見ていくと、麦畑の中にいるキタキツネの写真ですが、緑の表現が素直に感じました。プリントすると緑は暗くなるのでレタッチで明るくすることがありますが、その必要はないように感じます。そして、ピントの合った瞳や毛並みはクッキリとシャープでありながら、滑らかに前ボケが広がる感じ。FE 400mm F2.8 GM OSSの表現力を損なわないのは、さすがですね。

もう1つの断崖絶壁の海に佇むエゾシカのプリント。解像感をしっかり感じられるプリントであることはもとより、高いコントラスト表現や、潰れがちな絶壁や海のシャドウ階調も豊かに再現されていて、神々しいまでの鹿の存在感を見事に伝えています。極上です。

いずれも、FE 400mm F2.8 GM OSSが捉えたシーンをSC-PX1Vがきちんとプリントに再現してくれています。SC-PX1Vは、高性能なレンズとも相性のいい、期待を裏切らないプリンターですね。

SC-PX1Vで「Velvet Fine Art Paper」にプリントした2作品。エゾシカの写真では、高いコントラストと豊かなシャドウ階調に満足し、キタキツネの写真では、緑色の素直な発色とボケの豊かなグラデーションに笑みが浮かんだ
吉田浩章