トピック

ニコン Z 8が予感させる「HDR静止画」の新世界

写真家 別所隆弘×プロジェクトマネージャー 土谷聡志

フラッグシップ機Z 9の基本性能を小型軽量ボディに凝縮したことで注目されているZ 8だが、Z 9にもない新機能のひとつに「HLG静止画」がある。その可能性に感銘を受けた写真家 別所隆弘氏と、Z 8のプロジェクトマネージャーであるニコン 土谷聡志氏が、HDR静止画の可能性について語り合った。(聞き手:編集部・状況写真:曽根原昇)


別所隆弘
(べっしょ たかひろ)。フォトグラファー・文学研究者・関西大学社会学部メディア専攻講師。ニコン Z 8の公式動画に出演し、“世界で一番長くZ 8を使ったフォトグラファーの一人”。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。


土谷聡志
(つちや さとし)。株式会社ニコン 映像事業部 UX企画部。ニコン Z 8のプロジェクトマネージャー。自身も長年写真を撮り続けるニコンユーザー。数多くの写真受賞歴を持ち、HLG静止画の搭載においては経験と知識を活かして取り組んだ。

プロジェクトマネージャー 土谷さんに聞く「“HDR静止画”って何?」

——まずプロジェクトマネージャーの土谷さんに教えていただきたいのですが、Z 8が対応している「HEIF」(ヒーフ)とはどのようなファイル形式ですか?

土谷: Appleが作ったフォーマットで、画質が良く圧縮効率が高いのが特徴です。聞き慣れない方もいらっしゃるかと思いますが、最近のiPhoneは初期状態からHEIFで記録されるようになっていますから、ファイル形式として実は身近なものなのです。

HDR(ハイダイナミックレンジ)というのは、現在の高輝度化した表示デバイスのポテンシャルを使い切って、より明るさ・色・階調をダイナミックに表現するものだと考えてください。例えば4K以前のテレビや現在のJPEG写真はSDR(HDRの対語。スタンダードダイナミックレンジ)で、最大輝度がだいたい100nit(ニト。明るさの単位)という水準で規格されています。階調は8bitです。

それが現在の4K HDRテレビになると、最大輝度を1,000nitといったレベルまで想定していて、階調再現も10bitとより繊細になります。色域も広がり、これまで出づらかった色が出るようになっています。このHDRの表現力を活かしてカメラのセンサー性能を十分に引き出し、表現の自由度を更に高めるのが、Z 8で新搭載した「HLG静止画」機能です。

HLG静止画の「HLG」(ハイブリッドログガンマ)というのは、HDR表現の記録方式のひとつです。HDR映像でありながら、従来のSDR環境でも違和感なく表示できる下位互換性を持っているのが特徴です。この10bitの豊かな階調表現を記録できるファイル形式が「HEIF」なのです。

撮影したHDR静止画はどうやって楽しむ?

——Z 8で撮ったHDR静止画はどのように鑑賞できますか?

土谷: 第一にHDR表示に対応したTVをおすすめしたいですね、大きな画面で写真を鑑賞することの感動はやはり大きいです。HDR対応のテレビやPCディスプレイにHDMI 2.1ケーブルでZ 8を接続すれば、そのままHDR表現を楽しめます。私はZ 8で撮ったHDR作品を楽しむために、某社の一番いい4K HDR対応のQD-OLEDテレビを買ってしまいました(笑)。ポータブル環境では、XDR対応のディスプレイを搭載するMacBook Proで見るのも素晴らしい体験です。

別所: 僕もZ 8を使ってみた感触として、現時点ではテレビに繋ぐのが見やすそうだなあと思いました。あとは表示環境の普及を待つだけですね。撮影者としては、まずシャッターを切って、Z 8の背面モニターに画像が表示された瞬間に感動がありました。「このハイライトとシャドーが出るんだ!」と。

別所さんの作品を見ながら。用意したHDRモニターは「ASUS ProArt PA32UCX-P」(32型4K。ピーク輝度1,200nit)

土谷: Z 8の背面モニターとEVFは、高輝度対応の表示パネルの性能を活かして、自動的にHDRモニターに近いアシストビューでHLG静止画を表示できるようになっています。

また、いま把握しているところでは、オンラインサービスの「Zonerama」は、ニコンのHEIFデータをそのままアップロードできます。表示するPCディスプレイやスマートフォンとWebブラウザが対応していれば、HDRで表示されます。Z 8で撮影したHLG静止画にはHDRのメタデータが付くので、それをZoneramaのシステムが解釈しているのでしょう。

——他社のデジタルカメラでも「HEIF」フォーマットに対応するものがありますね。

土谷: はい。HEIF記録に対応するデジタルカメラはニコン以外にも存在します。現在ニコンでは、より多くの人に広くHDR静止画の体験を提供するために、あらゆる環境で再生できることを大事にして機能を構築しています。また、ニコンの画像編集ソフト「NX Studio」(無償ダウンロード提供)では、Z 8で撮影したHDR静止画の表示・編集・現像ができるようになっています。

HEIF対応については、Appleをオーナーに各メーカー足並みを揃えて、ユーザーの方々が不便な思いをしないようにしっかりと進めています。

別所: カメラ業界全体として、映像の表現領域を広げていくことを考えているのですね。

ご注意:この記事でダウンロードできるHEIF(.HIF)ファイルについて

このページ内では、別所さんが撮影したHLG静止画のオリジナルファイルをダウンロードできるようにしています。ダウンロードする場合は、各作品のキャプション内に用意したリンク「こちら」から.HIFファイルを保存してください。

なお、記事中に掲載している各作品のサムネイルはSDRに変換したJPEG画像のため、HLG対応環境での正確な階調とは異なります。「HLG」階調モードで撮影した写真(.HIF)の正確な階調を確認するには、HLGに対応したモニター、パソコン、モニターケーブルが必要です。デジカメ Watch編集部では、鑑賞方法などに関する個別のお問い合わせにはお答えできません。

関連リンク:HLG静止画の環境設定ガイド(ニコン公式)
Windowsをお使いの場合
macOSをお使いの場合

なお、Windows環境で「HLG」階調モードのHEIFファイルやRAWファイルを開く場合は、ニコンが提供している「Imaging Codec 01」のダウンロードも必要です。NX Studioで初めてHLG静止画を扱う際に表示されるダイアログに従って、対応カメラのシリアル番号を入力してください。

HDRの写真的メリットは?

——静止画がHDRに対応することで、写真表現にどのようなメリットがありますか?

土谷: これは先日のニコンファンミーティングでもお話ししたことなのですが、撮影シーンに大きな輝度差がある場合、従来の写真(SDR)では明部か暗部のどちらかを諦める必要がありますよね。もしくはハイライトとシャドーを寝かせて“HDR風”の仕上げにするか。これがHDRですと、「まぶしい」とか「きらめく」といったような、目で見たままの輝度表現まで再現できるため、写真表現として諦める部分がなくなるのです。

ですから別所さんがHDR静止画の被写体として花火を撮影されたことには、開発者として大変驚きました。花火は高輝度で色鮮やかですから、これを夜景の暗さと両立させるのは、まさにHDRのポテンシャルを示すのにベストな撮影状況です。別所さんの作品を見て「花火の色がちゃんとここまで付くんだ!」と感激しました。

※オリジナルのHEIFファイルはこちら
「HDR静止画の感動を味わっていただきたい1枚です。花火が花火として色付いて輝き、中心の輝度が高い部分もしっかりハイライトで記録できており、ベストな露出設定と言えます」(土谷氏)
ニコン Z 8/NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S/マニュアル露出(29.5mm・F18・13秒)/ISO 400

別所: 本当にびっくりしました。花火を写しこんだ写真は、どうしても花火が白く写ってしまいますよね。後処理でハイライトを引き下げて従来のSDR領域に収めないと作品に仕上がりませんから、そのためのレタッチを行うことはこれまで当たり前でした。でも、HDR静止画では撮って出しで花火の色も出ます。これは驚きで、写真の撮り方が変わるなと思いました。

シンプルに考えて、写真は光の芸術ですから、こうしてHDRで扱える光の範囲が広がったら表現の幅も広がるということなんですね。

土谷: 仰るとおりです。よりリアリティを出せるようになり、表現の幅が広がりました。星空写真で「星が星として写る」というのも感動的です。等星や色がわかります。

別所: 例えばこれは一見地味な写真ですけど、太陽の強い光だけでなく、その光を受けた草のキラキラがとても美しいです。従来の“疑似HDR”的なSDR写真であれば、太陽のまぶしさを草のキラキラと同じ明るさに抑えてしまうか、キラキラを引き立たせて太陽が白トビするかの二択になり、もどかしかったところです。

※オリジナルのHEIFファイルはこちら
「逆光下で明暗がしっかりと描写され、別所さんが伝えたかったススキの輝きが再現できています」(土谷氏)
ニコン Z 8/NIKKOR Z 20mm f/1.8 S/絞り優先AE(F3.2・1/6,400秒)/ISO 400

HDR静止画を撮る難しさは?

——HDRによる表現上のメリットは理解できました。別所さんが実際に「HLG静止画」を撮影してみて、難しさを感じた部分はありますか?

別所: これまでのSDRの輝度空間に慣れているので、HDRの新しい輝度空間に踏み込むと、ノウハウや光の感覚が全く違いました。

土谷: “腰の落とし方”といえば良いのでしょうか、どこに露出の重心を持っていくかという部分にコツがありますね。Z 8のHLG静止画の場合は、最初は露出を探るために明るめに撮っておいて、ハイライトを抑えるという考え方のほうが露出を決めやすいと思います。

別所: そうなんですか! それは意外ですね。明るめに撮るというのは、これまでの感覚だと白トビが怖くてできませんでした。例えばフィレンツェで撮ったこの写真。壁面に差す光が白トビしないよう、レタッチ前提のようなマイナス補正で撮っていますが、こうして見ると光の重心(ヒストグラムの山の中央部分)をうまく射抜けていないですね。ハイライトは後で抑えるとして、一番見せたい壁面に露出を合わせてしまえばよかったのですね。

参考:SDRの感覚で、マイナス補正気味に撮影した1枚。※オリジナルのHEIFファイルはこちら
ニコン Z 8/NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S/絞り優先AE(83mm・F8・1/1,000秒)/ISO 400

土谷: ちなみにHLG静止画の撮影時には、シャドー部もハイライト部も幅広く取り込むために感度がISO 400からになります。また、撮影画面も新しく用意していて、ヒストグラムのスケールも通常のSDR撮影時と変わります。実はこのHLG静止画機能だけで、別のカメラをもう1台作るぐらいの手間がかかっているんです。

別所: 天の川とか蛍とか、ISO感度が高くなる被写体がありますよね。そういった場合にHLG静止画で撮るという選択はアリですか? 「8K HLG タイムラプス」で撮ったら綺麗だろうなと想像しているんです。

土谷: アリですね。ある程度高感度が必要なときもHDRは選択肢になり得ます。明暗で光を表現する際に感度を上げすぎなくて済む部分もメリットになるかと思います。

——カバーする輝度範囲が広いということは、露出に迷ったらとりあえずHDRで撮ってみる、という考え方もアリなのでしょうか?

土谷: はい。大丈夫なように作っています。最初にも述べましたが、HDR規格の中でもZ 8が採用するHLG方式はSDRを内包していて、ディスプレイ性能に合わせてHDR表現が引き出されるようになっていますから、HLGで撮り続けていてもSDR環境でおかしな写真に見えたり、価値のない写真になってしまうようなことはありません。

土谷さんの作品をXDRディスプレイのMacBook Pro(ピーク輝度1,600nit)とiPad Air(最大500nit)で表示。階調表現に違いは見られたが、異なる写真に見えてしまうような印象はなかった

ちなみにHDR撮影時はヒストグラムを目安にするのが便利ですが、それでも不安な方はブラケット機能を使ってほしいです。オススメは-1.3EV/-0.7EV/±0EV/+0.7EV/+1.3EVの5枚ブラケットです。マイナス側が要らない方はプラス側のみでも良いと思います。

静止画撮影メニューで階調モード「HLG」を選択し、HDR静止画の世界へ
階調モード「HLG」のライブビュー画面。右上に“HLG”と表示される
参考:露出設定はそのまま、階調モードを「SDR」に切り換えたところ

HDR静止画で広がる写真展示の可能性

——現時点ではまだ一部のカメラで撮れるようになったばかりで、見る側の環境が追いついていないHDR静止画ですが、普及に伴って、やがては写真の見せ方も変わってくるのでしょうか?

別所: リアルな場での写真展示が変わりそうですね。僕自身、基本的に写真は紙に出力したい派で、これまでのディスプレイを使ったスライドショー形式の展示というのは、どちらかというと少し消極的な選択というイメージでした。

ただ、HDR対応の大きなタッチスクリーンがあれば、写真かと思ったら動画になったり、動画のような輝度を持つ鮮やかな写真だったり、という体験を提供できる可能性がありますよね。見る人がより光の輝きを感じられるような、明るい部屋にプリント、暗い部屋にHDRモニター、というようなハイブリッド展示をやりたいですね。

土谷: 同じ思いです。プリントにライティングしても、表現できる最大輝度はだいたい400nitです。画面そのものが発光するHDR静止画の表現力はまた別物です。とはいえ実は、私自身モノクロプリントが大好きな人間であることも前置きさせてください(笑)。

このHDR静止画の可能性は、写真家だけでなくギャラリーを持っている方にも伝えたいですね。複数台のディスプレイを用意して、1分ごとに作品を変えるとか。ディスプレイだと「見たまま」が作品の完成型ですから、紙よりも作品を仕上げやすい側面もあります。

別所: まさにそう思います。私はデジタル時代に写真を始めたので、写真仲間も若い人が多いです。その人達はデジタルデバイスに慣れているがゆえ、紙で展示することに抵抗があるような印象も持っています。なのでディスプレイで展示する文化が広まれば、単純に写真そのものの間口も広がりますね。

過去の写真を「HDRリマスター」したい

別所: HDR静止画が普及すると、写真を見たり撮ったりする目も変わるかなと思っています。いま僕らはSDRに慣れた目で写真や動画を見ていますが、例えば数年後にHDRを楽しむ環境が整った場合、これまで8bitのJPEGで出力していた写真はどうなっていくのでしょう。例えば、静止画HDRに対応していないデジタルカメラで撮影した14bitのRAWデータから、HEIF形式のHDR静止画を生成することは可能ですか?

土谷: 大きな情報量から切り出すことになるので、技術的には可能だと思いますが、輝度表現が広がった分、ハイライトを伸ばすのか、シャドーを沈めるのかなど、露出や絵作りの考え方を反映するのにノウハウが必要かもしれません。

ただ、HDR静止画が普及したからといって、これまでのSDR静止画が見劣りするとは思っていません。古い写真を見てもそうですが、感動そのものは変わらない。いい写真はいい写真、それでしかないと思います。ただ、映像作品のように「HDRリマスター」という発想は出てくるかもしれませんね。

別所: それ面白いですね。代表作の写真をHDRリマスターする人、めちゃ増えると思います。そういう意味でも、僕がZ 8というカメラを手にして未来を感じたのは、当たっていたんですね。2025年とか、それぐらい先の水準でも完成したカメラなのではないか? とさえ感じます。

土谷: ありがとうございます。技術的な話になりますが、今回Z 8に搭載した積層型CMOSセンサーと、フラッグシップの「Z 9」にも搭載したデュアルストリーム技術による『Real-Live Viewfinder』がないと、このHLG静止画機能の理想実現が難しかったのです。

デュアルストリーム技術は記録画像用の静止画データとライブビュー画面のデータを個別に処理するもので、Z 9ではこれによって連写時にもライブビュー画面の遅れや表示トビが発生しないメリットをアピールしてきました。画面全体が白トビしそうな逆光撮影時でも安定してAFが動作するのは、ファインダー像とは異なる処理を通った画像でAF演算をしているからなのです。

デュアルストリーム技術のイメージ(公式YouTube動画より)

実は、この仕組みを見て「これでHDR静止画がいける!」と確信した部分もあります。ファインダー像を別系統で処理できるため、HDR撮影時にもビューアシストをかけて、ライブビュー映像を撮影しやすい明るさにできますし、AF時にも違和感がなく“普通に撮影できる”。これ、実はとても大事なことだと思っています。

——今後のニコンのカメラにも、HDR静止画の機能は搭載されていきますか?

土谷: はい。搭載できそうな機種には搭載していきたい、というお答えになります。というのは先に申し上げたように、カメラによってセンサーやデバイスの性能が異なるからです。まずは、ベストな形でZ 8に初搭載できたという段階です。

“リトルZ 9”に収まらないZ 8の真髄

——Z 8はZ 9の縦位置グリップを削ったような形状なので“リトルZ 9”という見方をしていましたが、ここまでの話を聞くと、実際にはかなり別物なのですね。

土谷: はい。まずZ 9とZ 8はバッテリーが違いまして、動作電圧が違うのに8K動画記録などの“同等機能”を実現するというのは、これだけでも大変なことでした。手ブレ補正ユニットも省電力化のために新開発しています。もっと言えばボディ外装も帝人さんの「Sereebo® Pシリーズ」というプロフェッショナルグレードの炭素繊維複合材の全く新素材でして、マグネシウムよりも高い強度を実現しています。他にもお伝えしきれていない部分がたくさんあります。

ニコン Z 8(左)とニコン Z 9(右)。Z 8はZ 9と同等の機能を継承しつつ、約430gの軽量化を実現

別所: ちなみにZ 8はこれほど機能が盛り盛りですけど、今まで通りの写真や動画の撮影もちゃんと高性能ですよね。発表時点では、いわゆる“動画機”のような印象を受けて不安に感じた方も多かったようですが。

土谷: ちゃんと基本部分を作ってから機能を拡張していくという、ニコンとして絶対の考えがあります。まず、撮れるカメラじゃないと絶対にダメです。撮る観点を一番に考えて、絶対完璧を目指します。Z 8の高機能についても「基本はしっかり作っていますから、新機能で一緒に未来へ行きましょう!」というメッセージとご理解いただけたら嬉しいです。

別所: HLG静止画をFnボタンに割り当てれば、ワンプッシュでHDR静止画という未来に行けるわけで、これはもう複数台のカメラがひとつになっている感じですよね。

土谷: これもZ 8を「理想のハイブリッドミラーレス」と表現した理由です。動画と静止画がHDRでも撮れて、かつRAWでも外部レコーダーに任せず内部記録できるというレベルまで作り込みました。

話せばキリがないのですが、NX Studioを使うとHDR静止画をHLGではなくPQ方式で書き出すこともできます。PQで出力できるということは、HDR動画と素材として混ぜやすいということです。早くもこの事実と可能性に気づいてくださっている方がいらして、開発者としては大変感激しています。まさにZ 8は、こうして動画と静止画の垣根をなくそうというカメラなのです。

——とはいえ動画に対しては、まだまだ踏み出せない方も多い印象です。

土谷: 仰るとおり、日本国内のユーザーはまだ「動画」というと一歩引いてしまう方が多いのかなと感じています。しかし私達としては「一度挑戦してほしい」という気持ちがとても強いです。難しいことを考える必要はなく、写真を連写するように3秒だけ動画を撮ってみるとか、それぐらいの感覚から始めて欲しいと願います。

別所: それ、良いと思います。風景写真を撮って、カメラ位置はそのままで動画も撮ってみる。“連写”なんて動画そのものですし、時間を流れとして記録するわけですよね。ポートレートを撮るにしたって、仕草が美しいと思えば動画を撮っていいと思います。3秒ぐらいであれば編集もいりませんし。これだけでも新しい表現に繋がると感じてもらえたら嬉しいですね。

写真家 別所さんに聞く「HDR静止画は今後どうなる?」

——最後に写真家の別所さんにお聞きしたいのですが、まだ始まったばかりといえるHDR静止画、これからどんな期待ができますか?

別所: 世の常だと思いますが、何か物事がガラッと変わる時は、皆が疑いの目で見ますよね。iPhoneのようなスマートフォンが出てきた時も「文字が打ちづらい」とか「物理ボタンがないとダメ」と言われていて。僕も実際に初期のiPhoneを使いながら同意していたのですが、5年後の未来はこうなるんだなと直感できるものがありました。そして実際に、スマートフォンへの大移動が起きました。

それと同じようなことで、このZ 8にしても最初は「HEIF?」「HDR静止画?」と懐疑的でしたが、実際に撮影してみて、HDR対応のディスプレイで見たら全然イメージとは違った。疑いの目から一歩踏み出した先にスゴいものがあったんです。「これは、やらなアカン!」と思いましたね。僕も初心者として新しく取り組めるというか、カメラから挑戦を受けている感覚というか。難しさもあるけれど、とてもワクワクしたというのが本音です。

※オリジナルのHEIFファイルはこちら
「極端な逆光シーンですが、HDRにより各部の明暗がしっかり記録されています」(土谷氏)
ニコン Z 8/NIKKOR Z 400mm f/2.8 TC VR S/絞り優先AE(F4.5・1/3,200秒)/ISO 400
※オリジナルのHEIFファイルはこちら
「明部・暗部ともに、日没の雰囲気をHDRでよく記録できていることがわかる1枚です」(土谷氏)
ニコン Z 8/NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S/絞り優先AE(48mm・F6.3・1/1.6秒)/ISO 400

この表現力を今後どう使い切ればいいのか、まだ完全にはわかりませんが、可能性は目の前に壮大に広がっています。これから2〜3年でHDRの表示や共有のあらゆる環境が整って、今から準備していたフォトグラファーが魅力的な作品を発表したら、まさに大移動が起こるんじゃないでしょうか。

最近発表されたApple Vision Proも、高解像度で広色域、HDRに対応した世界がベースになっているわけで、ああいったVRヘッドセットと呼ばれる製品群も、HDR静止画が広まる土壌として大いに期待できますよね。

僕はそもそも最初にデジタルカメラを手にした時の疑問が、「なぜ見たとおりに撮れないんだろう?」でした。目の前の現実は綺麗に見えているのに。つまりそれが、SDRとHDRの輝度空間の違いだったわけです。この疑問がHDR静止画で解消されると気づいた瞬間に、もうテンション爆上げでしたよ。今年の夏は、HLG静止画の花火写真をもっと追求して、蛍のタイムラプスも撮りに行きます。

本誌:鈴木誠