特別企画
ミラーレスカメラで使うツァイスレンズ「Milvus」の切れ味とボケ
そしてマニュアルフォーカスが改めて教えてくれた“撮る楽しさ”
2022年12月2日 07:00
「カールツァイス」……カメラファンならその名前に特別な想いを抱くことでしょう。
そんなツァイスのレンズのうち、一眼レフカメラ用の「Milvus」(ミルバス)シリーズを覚えているでしょうか。当時隆盛を誇っていたデジタル一眼レフカ メラに合わせて設計され、その画質の良さから高い評価を受けたシリーズです。
そして時代は一眼レフからミラーレスへ。ミラーレスカメラに合わせた新レンズが登場する中、ミラーレスカメラであえて「Milvus」を使ってみた、というのが今回の企画です。
デジタル一眼レフ時代の設計、しかもオートフォーカスではなくマニュアルフォーカスという「Milvus」。その画質や使い勝手はどのようなものだったのでしょうか。
6本の「Milvus」で撮影いただいた立花奈央子さんに、その感想を綴ってもらいました。(編集部)
※撮影にはニコンの「マウントアダプターFTZ II」を使用しています。
1982年生まれ。フリーランスを経て2012年株式会社オパルスを創業。東京新宿で自社スタジオ「OPALUS STUDIO」を運営し、ポートレート/グラビア撮影、動画コンテンツの制作業務、機材レビューの執筆等を行っている。
マニュアルレンズ+ミラーレスへの期待
仕事では10数年の間ニコン一眼レフカメラを愛用していた。現在はNikon Zシリーズのコンパクトさと良好な画質に惹かれて、Z 6IIを中心に撮影機材を構成している。
仕事はもちろんオートフォーカスで撮影。一方でライカMデジタルシリーズでの作品制作を継続的に行っていたこともあり、マニュアルフォーカスならではの緊張感と達成感もいまだ愛している。
ということで、今回の「Milvus」でのテストシュートには興味津々。仕事で馴染みのあるNikon Zとの組み合わせも気になるところだ。
Milvusを手にした第一印象は?
最初に目にした時印象的だったのは、高級感のある重厚な金属外装と他メーカーのレンズには見られないデザイン。特にフードと鏡胴の流れるような一体感あるモダンなデザインが所有欲を満たしてくれる印象だ。
手に取ってみると見た目より中身が詰まっているように感じたが、しっとりと吸い付くような表面処理と重心バランスがよく、撮影中にその重量をそれほど感じなかった。
さらに幅広で溝のないフォーカスリングは操作性に優れ、フォーカスリングにはしっかりしたトルクを感じることができる。
周辺まで端正、広角なのに美しいボケも——Milvus 1.4/25
ここからは各レンズのインプレッションと作品を見ていただきたい。まずはMilvus 1.4/25から。
人物撮影で使うにはかなり広角なイメージのある25mmだが、情景を入れて画面構成する面白さは随一。構図の意図を明確にして撮影することで、他のレンズにはないダイナミックな構図が楽しめる。それでいて画面隅がむやみに流れることなく、周辺まで端正な描写が得られるレンズだ。
超広角による遠近感の強調と脚長効果を狙った。木漏れ日の当たるベンチに座ってもらい、斜め下から撮影。画面左に位置するパース(消失点)と逆の右方向にモデルの重心をかけさせることで脚へ自然と視線が向くよう にした。
都心では珍しい抜けの良い青空と伝統的デザインの駅舎を背景に。ビルや駅舎の直線描写が歪まずにすっきりとしていて気持ちよい。25mmでも背景をきれいにぼかして人物を浮き立たせることができた。
Milvus 1.4/35
F1.4の大口径から描き出されるボケはどこまでも滑らかで、立体感のある描写は癖になる。
絞り開放から描写が良好で、人物を迫るように浮き立たせることも、精緻にディティールを捉えることもできる懐の広さを備える。
重量は1kgを超えるもののフォーカスリングの位置が絶妙で操作しやすく、ボディとのバランスも良い。
肉眼の視野に近く、直感的に扱いやすい35mm。絞り開放でもピント面の描写はシャープ。くっきりと一本一本浮き立った睫毛、そこからなだらかに溶けていくボケ味はまるで瞳の奥へと吸い込まれるようで、目が離せない。
35mmの程よい距離感は、自然な形で声をかけながらの撮影ができ、スナップ的なシーンにも使いやすい。逆光状態の木漏れ日からもきれいな円形ボケが得られ、何気ないモデルの動きを彩ってくれている。
Milvus 2/35
全長約73mm、重量550g(ニコン用)の小型軽量レンズ。そのためモデルとの街歩きスナップにお誂え向きだ。コンパクトながら開放F2から撮影できるので、ボケを活かした作品的な絵作りも楽しめる。
ちなみにMilvusシリーズの中で最もお手頃な価格帯であり、その描写を楽しむ最初の1本にもおすすめだ。
ぱっと目に入ったシーンでカジュアルに撮れるのは小型レンズの機動力ならでは。黒髪のディティール、滑らかな肌や影などの階調がよく出ている。
逆光に強く、フレアやゴーストが発生しにくい。どのシーンにおいてもコントラストが高く、くっきりとした描写を得られるレンズだ。
Milvus 1.4/50
汎用性の高い50mm、さらにF1.4の大口径。寄り引き問わずオールマイティにハイレベルな絵作りができるポートレートの王道的レンズだ。
このテスト撮影で最初に触ったのがこのレンズだったが、久しぶりのフルマニュアル撮影の緊張も吹き飛ぶ想像以上の写りは印象的だった。
誇張しないパースはモデルと背景をすっきりと写してくれて、シンプルながら上質さを感じさせる。F1.4で薄い被写界深度もライブビューの拡大表示を併用すれば失敗しにくい。
50mmは望遠レンズのような表現にも活躍し、その汎用性は非常に高い。黒髪のハイライト部分では、髪の毛が一本ずつくっきりと描写されており、その高い解像力を確認できる。
Milvus 2/50M
現在市販されているフルサイズ50mmマクロレンズとしては最も明るい製品。マクロレンズだけに最短撮影距離は24cmと短く、被写体との距離など撮影シーンの自由度が高い。50mmをすでに持っていても、このレンズだからできる構図・描写が確実に存在する印象だ。
ポートレート撮影の場合、一通りのレンズを使ってきて自分の表現の幅を広げたい、さらにステップアップしてみたいという中級者以上に特にすすめたい。
マクロならではの最短撮影距離を活かしたクローズアップ。滑らかな肌、アクセサリーのシャープな輪郭、繊細な髪の毛などそれぞれの豊かな質感表現に注目してほしい。
信頼のおける逆光耐性。水面のきらめきを残しながら、余計なフレアやゴーストを発生させず高いコントラストを維持している。
Milvus 2/100M
中望遠マクロレンズでポートレートというと使いどころが限られる印象があるかもしれないが、被写体との距離がとれるロケ撮影では、情景を入れた全身からアップまで様々なシーンに対応できる。室内でも、市販の 100mm マクロとしては最も明るいF2を活用して情感豊かに人物に迫ることができるだろう。
美しいボケ、高精細な描写力の双方を兼ね備えたMilvusの真価を体感しやすい一本だ。ミラーレス時代はボディ内手ぶれ補正機構の恩恵もあるため、さらに実力を発揮できる環境になったといえる。
中望遠レンズとして前ボケ、背景ボケを両立させてリッチな絵作りが可能。ボケ味を計算しながらオブジェクトを配置するのは望遠レンズならではの楽しみだ。
マクロレンズならではの超クローズアップ。まつ毛の根本と毛先の間で変わるボケ味、虹彩の奥まで描き出す描写力に感嘆。巧みなレンズ設計で、マクロ域であっても微妙なピント合わせがしやすい。Z 7IIのボディ内手ぶれ補正にも助けられているる印象だ。
まとめ
Milvusに共通して感じたのは、逆光耐性と高いコントラスト、そして緻密で高精細な描写。それも、しっかり写るだけではなく、滑らかなボケ味、こっくりとした深みのある色など豊かな情感も湛えている。マニュアルフォーカスレンズという敷居の高さはあるが、それを超えさせる説得力ある性能を備えていると感じた。
レンズの特性に合わせた構図やロケーションを考えながら6本を使い分けることで、一本ごとに自分の創作意欲 が刺激されてどんどん新しい表現を試したくなり、写真撮影を始めたばかりの頃のような新鮮な喜びを感じた。
Milvusはデジタル一眼レフカメラのために設計されたレンズだ。しかしミラーレスカメラに使用しても、画質や使い心地への違和感を覚えなかった(ただし、マウントアダプターの携行を忘れないように!)
そして一枚一枚が真剣勝負となるマニュアルフォーカス。最初のうちは不安や緊張が先に立つが、その分狙い通りのものが撮れたときの喜びは格別だ。被写体としっかり向き合いながらの撮影は、より濃密な時間として感じられる。
さらにミラーレスカメラに搭載されているライブビュー拡大機能を活用することで、デジタル一眼レフカメラより大幅に精度を上げることができる。フォーカスピーキングも併用すれば安心して撮影に臨むことができるだろう。ミラーレス主流の今だからこそ、マニュアルレンズの価値が再度見直されるようになったともいえる。
連写性能が上がっているのもミラーレスカメラの特徴だ。私の場合は声かけのテンポと合わせて一枚ずつ撮影するスタイルだが、特にこだわりがなければ連写すればより安心だろう。
最近の機材のオートフォーカスは総じて優秀だが、意図した部位を射抜くかのように狙いを定めたマニュアルフォーカスでレンズの真価を引き出すことで、さらに突き詰めた表現ができる。作品制作で新しい刺激や高い画質を得たいと考えた場合、マニュアルフォーカス導入の検討は自然な形といえる。
撮影経験を重ねてきて、これからさらにもう一段上に行きたい、違う何かを掴みたいという人には伝わるものがあると思う。ぜひこの感動を体感してほしい。
モデル:ユキ
製品画像:曽根原昇
制作協力:株式会社コシナ