特別企画
滝・渓流を自分ならではの視点で撮るには?……木村琢磨さんに聞く“水辺の風景”撮影術
2018年8月10日 07:00
古くから風景写真の題材として親しまれている被写体に、滝・渓流がある。シャッター速度を駆使して水の流れを表現をできる滝・渓流は、風景写真らしい撮影ジャンルのひとつだろう。
ただし、よく目にするだけに、どうしてもよくある構図や表現になりがち。自分らしい滝・渓流を表現するにはどうしたらよいだろうか。
このページでは清涼感とダイナミックな構図で人気の写真家・木村琢磨さんに、滝・渓流の撮影について、テクニックや考え方などを聞いてみた。
木村琢磨
岡山県のフリーランスフォトグラファー。広告写真スタジオに12年勤務したのち独立。ライフワークに岡山の風景を撮影。Bi Rodやドローンを使った空撮も手がける。日本の写真スタイルに囚われることない作品制作。デジタルカメラマガジンなどの雑誌に寄稿。
防滴仕様の一眼レフカメラで撮影
——木村さんの作品には滝・渓流がよく出ています。被写体としてどんな魅力を感じていますか?
風景写真の題材は基本的に動きのないものが多いのですが、川や海といった水のある風景だと、動的な表現を水の流れに込められます。シャッター速度を使ったいわゆる「流す」「止める」のテクニックですね。
川そのものにも惹かれます。川は植物のもととなり、動物も水場に引き寄せられる。人の集落も川沿いに生まれ、歴史や伝承も発生します。そうした諸々も含めて魅力を覚えますね。
——木村さんは岡山県の自然をテーマに撮影されていますが、岡山県にも魅力的な川はありますか?
吉井川、高梁川、旭川の3本の一級河川があります。その支流も多く、岡山県のどこにでも川が流れている印象です。しかも水が綺麗。僕がネイチャーフォトを始めたのも、こうした環境があったからなのかもしれません。
——滝・渓流を撮るとき、全般的に気をつけていることを教えてください。
アイレベルだけで撮らないことですね。人が立った状態での目線ではなく、ローアングルを積極的に試します。PENTAX KPを使っているのですが、チルト式モニターとライブビューの組み合わせに助けられています。
——となると、ローアングルでの撮影が多いのでしょうか。
手持ちで水面にギリギリに近づけることがよくありますね。どうしても飛沫がカメラにかかるのですが、PENTAX KPは防滴仕様です。レンズもPENTAXは防滴仕様のものが豊富なので、僕の撮影ではとても心強いです。
——PENTAX KPのバッテリーグリップD-BG7はいつも装着しているのですか?
はい。装着してカメラを逆さまにして撮るとき楽です。逆さまにするとカメラを水面まで近づけやすくなります。上下逆で撮影しても、PENTAX KPの場合、自動で方向を直してくれるのです。
——水滴がついて故障したことはありますか?
もちろん、水に強いといっても水中につけたり落としたりしてはダメです。自分自身がかかって気持ち良い程度のしぶきなら大丈夫です。
実は過去に一度だけ、飛沫を浴びるような状況で撮影していたとき、長時間濡れた状態が続くことで徐々に水分が滲みていく浸潤現象が起きて内部浸水させてしまったことがあります。
防滴と言っても程度や時間によっては100%水の浸入を防げるわけではないので、撮影後は直ぐに水気を拭き取り、よく乾かすようにした方が良いでしょう。
——雨の中でも撮るんですか?
はい。ただ、自分の身が安全な環境で撮ることを心がけています。増水時は絶対近寄ってはいけません。滝の場合、水量があるときを狙いたいかもしれませんが、無理をして事故を起こしては意味がありませんから。
シャッター速度は表現意図に合わせて
——では作品を見ていきましょう。紫陽花との取り合わせが印象的ですね。
紫陽花を静、滝を動として表現しました。ここは自然の真っ只中というより、管理が行き届いた場所です。だから紫陽花も手入れされていて綺麗です。
その代わり普段こんなに水量はなく、滝になるのは雨が降った翌日くらい。「雨が降ればいい絵が撮れるな」と普段から目星をつけていました。大雨でなくても、ちょっと降るだけで川の表情は変わります。下流になるほど、雨の次の日は晴天と違う川になります。
——気象情報はこまめにチェックしているのですか?
撮影の前日には確認しますが、朝起きて小雨が降っていたら「あそこに行くといいかもしれない」といった具合に、自分で行って確かめることも大切だと思います。
——この作品は少しローアングル気味に見えます。
紫陽花の目線を意識して、滝を少し見上げる感じにしました。来年は違う場所に紫陽花が咲くでしょう。そうすると違うアングルがベストかもしれません。そのとき、今年とは違う工夫をすることになります。
——シャッター速度は0.5秒ですか。意外と速いような?
水量が増えるときは水の勢いも増えるので、0.5秒程度あれば流れを表現できます。もっと遅くすると、今度は線が消えてしまいます。滝の撮影ではシャッター速度を遅くしがちですが、表現に合わせたちょうど良い速度を選ぶことが重要になります。
それに、シャッター速度を遅くすればするほど、もうひとつの主役である紫陽花がブレてしまいます。滝があるということは、そこに風が起きているわけですし。
——滝の撮影ということで、三脚を使っていますか?
いえ、これは手持ちです。SR(PENTAXのカメラ内手ぶれ補正機構)は強力なので、広角なら0.5秒から1秒くらいなら手持ちでも大丈夫です。基本的には三脚を使わず、手持ちで撮りたいと考えています。沢に入るときの苦労を軽くしたいとのもありますが、荷物を減らすことで気持ちに余裕が生まれますし。
——手持ちとは意外でした。ホワイトバランスは、ネイチャーフォトでよく使われる太陽光ではありませんね。
僕は水を青くする表現が好きで、この写真では4,000Kくらいにしました。同時に木々の葉も、太陽光で撮ったときよりも冷めた色になります。
——ホワイトバランスは撮影現場で設定しているのですか?
はい。撮るときに設定しています。現像の段階でも追い込んでいきますが、8割くらいはここで仕上げる感覚で背面モニターでも見ています。
水面ギリギリのローアングルで攻める
——これもまた水面ギリギリですね。でも手前から奥にかけて奥行きが感じられ、圧迫感はありませんね。
滝の上の方だけ木々が空いていて、スポットライトのように光が当たっていました。自宅から車で10分くらいの近場です。これも雨が降ったあとなので、水量は増しています。晴れが続くとここまで水量はありませんね。僕以外誰が知っているのだろう? という場所ですが、手入れはされています。そんなところでも、たまに同じような撮影者とばったりあったりします。
——滝の周囲は比較的整備されているケースが見られます。とはいえ、たどり着くのが大変な滝もあると思いますが……
僕の場合、現地にたどり着くまでの行程も楽しみだったりします。アウトドアを楽しみながら撮れるのも川の撮影の魅力ですから。最初は車から降りてすぐ撮れるような滝でもいいのですが、はまっていくと徐々に奥深くへ行くようになります。そうすると、持って行くカメラやレンズなどを厳選しはじめるようになり、アウトドア全般の知識も深まってきます。そうして得た知識は、川以外のネイチャーフォトにも活かせますよ。
——これもホワイトバランスは4,000Kくらいですか?
さらに青みを足す意味で、3,500K前後にしています。青系にふることで、緑も艶っぽくなっているのがわかるでしょうか。
——雨の後ということで、本来の水の色はもっと濁っているのですか?
そうです。だからホワイトバランスを調整している部分もあります。フィルムでいえばデーライトではなく、ほとんどタングステンで撮るイメージです。
——撮影時刻は? 夜に見えますが……
夕方の4時30分くらいです。アンダーめで撮ったことで、月明かりのような見た目になっています。光の扱い方で撮影時間を騙せるのも、いい意味で写真の特徴でしょうね。
レンズについた飛沫も利用する
——同じ滝を高速シャッターと低速シャッターで撮り分けたものですね。
「滝 = スローシャッター」という風潮もわかるのですが、自分の表現したいものに合わせれば良いと思います。速いからダメ、遅いから良いというわけではありません。
——広角で撮影された高速シャッターの滝は珍しいかもしれません。
ライブビューで手を伸ばし、超ローアングルで近づいて撮りました。レンズには滝の飛沫が大量についています。ですが、高速シャッター(1/640秒)の方は絞り開放なので、飛沫はほとんど見えません。
一方スローシャッター(1/4秒)の方はF8ですので、被写界深度が深くなり、レンズ前に付いた飛沫が形になっています。
——飛沫はわざと残したんですね。
はい。作画上のアクセントとの意味もありますが、撮影者が濡れているのと同じように、写真にも水がかかっていることがわかるような仕上がりにしたいという想いがあります。ただし飛沫の数が多いとメインの滝に目がいかなくなるので、バランスが難しい。
——なるほど、飛沫があるとぐっと水辺の写真らしくなりますね。レンズの前玉に水がかかるのはいやなもので、皆避けていたのですが……こういう表現もアリですね。
PENTAXのレンズの多くは、前面に撥水・防汚効果の高いSP(Super Protect)コーティングが施されているので、よほど水が多くなければブロアーで吹くだけで水滴はとれます。それに撥水コートには、水滴の形が丸く綺麗になるというメリットもあるのです。
撥水コートのないレンズによっては水滴が丸くならないものもありますが、その場合は撥水コート付きのプロテクトフィルターがお勧めです。これなら、レンズの前玉を拭くのに抵抗がある人も安心でしょう。なんならフィルターを外すことで、水滴のない撮影がすぐに始められるメリットもあります。
——高速シャッターの方はISO 3200です。見たところノイズは気になりませんね。
PENTAX KPの高感度性能はこういうとき役立ちます。僕はパンフォーカス表現が好きなので絞り込む方なのですが、さらにシャッター速度を稼ぐ必要があるような、こういうシーンでも躊躇なく感度を上げられるようになりました。高感度画質の向上は滝の撮影に限らず、風景撮影の表現の幅を広げてくれているのではないでしょうか。
足元や一部を切り取る
——光が印象的な作品です。どういった状況なのでしょうか。
肉眼でこの光景を見たとき、光の美しさに惹かれました。川床に隆起があることで流れが一定にならず、様々な方向に乱れている。水の流れが筆で荒々しく書かれたように見え、それを写真でも表現したかったのです。
ここもスポットライトのように光が当たっていますが、直接当たる光と、樹木の葉に当たった光が組み合わさり、不思議な雰囲気になっています。それぞれの光の色は違うので、それを強調するためホワイトバランスを調整しました。
——広角ではなく、ほぼ標準画角(42mm相当)で切り取るのは木村さんにしては珍しいのでは?
周りを見て絵にならないような場所でも、ここだけ切り取ると作品になる、という場面は結構あります。滝・渓流の撮影で、足元を切り取るのもアリです。望遠レンズのみで撮るなど、普段から発想を広げる工夫は必要ですね。
画面の端まで気を配る
——縦位置で空が入っています。そのせいで他の作品にない強い影が出ていますね。
横位置にすると空が入らなかったので、縦位置にしました。実はそんなに大きな滝ではなく、足元を撮るような感じで撮る滝です。でも空が入るとスケール感が崩れて、大きな滝のように見えます。肉眼で見る以上の誇張ができるのも、写真の面白さでしょう。
空を入れることで、スポットライトのような上からの光が活きました。その光を岩に落ちた影が強調しています。視線は空から自然に右下の石で止まります。端から端までフルに使った構図では、パンフォーカスになるので、画面の隅々まで意識するようになりました。そのとき持っていた16-85mmの16mm(24mm相当)で撮れる絵を突き詰めた構図です。
——HD PENTAX-DA 16-85mmF3.5-5.6ED DC WRがお気に入りのようですね。
はい。これ1本を持って渓流に行くことが多いです。荷物をなるべく軽くしたいのと、防滴性能、そして画質の良さが気に入っています。
僕の場合は16mm(24mm相当)で撮ることが多いのですが、好きな焦点距離を作っておくとズームに惑わされず、画角に自分を合わせて構図を作れるようになるのでお勧めです。いつも被写体との距離感を詰めて撮れるようになります。
「お気に入りスポット」で撮影を重ねよう
——滝・渓流を撮るときの服装は?
撥水加工のもので、汗をかいてもまとわりつかないものを選んでいます。大抵はアウトドアショップで手に入れていますね。ブランドはモンベルが好きです。シューズもアウトドア用で、紐ではなくリールで巻くタイプにしています。ほどけると事故に繋がりますので。
——カスタムイメージは何を使っていますか?
「雅(MIYABI)」を使うことが多いです。「風景」より派手さは薄いのですが、メリハリがありつつ、水辺のしっとりとした感じを残せます。その後のRAW現像で思ったより広いダイナミックレンジが残っているのもポイントですね。
——滝・渓流に限らず、木村さんのような独自の視点を得るにはどうしたら良いでしょうか。
もともとコマーシャルフォトグラファーだった僕にとってネイチャーフォトの面白いところは、相手(自然)に合わせるしかないことです。太陽の位置をはじめ、自分ではどうがんばっても融通がききません。そこでいかにアドリブを利かすかが重要だと考えています。
そういう意味では、自分のお気に入りスポットをいくつか持つことをお勧めします。何度も通うと、どうしても以前と違う撮り方を工夫するようになりますよね。そうすると引き出しが自然と増えていきます。滝の撮影というと初見の有名な滝を回りがちですが、ホームグラウンド的な滝を持つのも良いでしょう。初めて行く滝で自分ならではの作品になるかどうかは、お気に入りスポットで工夫を重ねた経験が生きてくると思います。
アングルを工夫することも、引き出しの一つですね。自分の目線(アイレベル)を捨てて、ローアングやハイアングルでも撮って見てください。いまの時代、数を撮ることは恥ずかしいことではないと思います。そうやって得られた写真は自分の好奇心の結果なので、消さずに残しておく。何ヶ月後、何年後かに見返して「自分はこのときこんな面白い撮り方をしていたのか」と思いたいものです。