ライカレンズの美学
SUMMICRON-M F2.0/50mm
撮影者の期待を裏切らない安定した写りが魅力
2017年2月16日 09:00
現行ライカM型用レンズの魅力を探る本連載。今回はSUMMICRON-M F2.0/50mmについて語ってみたい。
前回はSUMMICRON-M F2.0/35mm ASPH.が、M型ライカの超ド定番レンズであり、もしこれからM型ライカを使い始めるのなら、その最初の1本としてもお勧めという話を書いたが、今回紹介するSUMMICRON-M F2.0/50mm(以下、SUMMICRON 50mm)は、そのSUMMICRON 35mmに次ぐ超定番レンズだ。筆者が最初に手に入れたM型ライカは1980年代に購入したライカM6シルバーだが、その際一緒に購入したのがSUMMICRON 50mmであり、それだけにひときわ思い入れの強い、お気に入りのレンズでもある。
自分が当時購入したのは現行製品より一世代前の、フードが別体式になったカナダライツ社製であったが、現行SUMMICRON 50mmも光学系はその時と同じという事実にはかなり驚かされる。M型レンズには長いあいだ連綿と作られ続けられているロングライフレンズが何本もあるけれど、その中でもこのSUMMICRON 50mmは1979年に発売されたモデルの基本設計が約38年間も変わっていないという超ロングライフ製品なのだ。
1994年に外観が若干変更され、それまでの別体式フードが鏡胴に内蔵された引き出し式のスライドフードへと変更されたりしているものの、光学系に関しては基本的に38年間不変というのは結構スゴい。そしてもっと驚くのは、そんな古い光学設計のSUMMICRON 50mmの写りが、今でも十分に通用するということだ。
一般的に30年以上前のそれこそフィルム全盛期に設計されたレンズをデジタルカメラで使った場合、現代のレンズに比べてコントラストや解像感の点でかなり大きく見劣りするのが普通だ。その違いはあまりにも大きいので、逆に現代レンズとの描写の「差」を楽しむということもできるだろう。しかし、このSUMMICRON 50mmに関してはそんなことはまったくなく、コントラスト、解像力共に最新のモダンレンズと比べても遜色ない写りを見せてくれる。
ナゼか?
答えは2つあると思う。ひとつはライカの光学設計技術が昔から優れていたということだ。特に開放値がF2の50mmレンズに関しては、1933年のSUMMARに始まり、1939年のSUMMITARなど、同社にはスクリューマウント時代からの古い歴史がある。言葉を変えると、50mm F2レンズについては昔からライカにとっては「得意」なスペックだったのだ。そして1953年には有名な「空気レンズ」の理論を採用した初代SUMMICRON 50mm(スクリューマウントの沈胴式)が登場。当時としては異様に解像力が高く、画期的だったという逸話は今でも語りぐさになっている。
この初代SUMMICRONは1954年のライカM3登場と同時にMマウント版が追加されたほか、最初は沈胴式だった鏡胴が固定鏡胴化されたり、光学系を若干変更して近接撮影に対応したDR SUMMICRONなどの派生モデルを加えながら1969年には2世代目にフルモデルチェンジ。そして1979年には先にも書いたとおり現行SUMMICRONと同じ光学系を採用した3世代目が登場。どの世代のSUMMICRONも製品としてのハードウェア的な評価だけではなく、成果物、つまりSUMMICRON 50mmによって撮影された写真には「名作」と呼ばれるものが多く、そのこともまた本レンズの優秀さを裏付けていると思う。
SUMMICRON 50mmが最新レンズと比べてもさほど遜色ない写りを見せてくれるもうひとつの理由は、ボディ側の工夫だ。一般的なレンズ交換式のデジタルカメラは撮像素子の特性に合わせてレンズを作っているため、写りの良さを求めるとどうしても古いレンズではダメで、デジタルに合わせた設計のレンズを必要とする。ところが、M型ライカの場合は逆に「ライカMレンズの特性に撮像素子をマッチングさせる」という思想で作られており、撮像素子前面のマイクロレンズのオフセット角度や、カバーガラスの薄型化など、新旧問わずM型用レンズの実力を十二分に引き出せるようボディ側が最大限に工夫されているのだ。こうした工夫の結果は35mmより広角側の焦点域を持つレンズで特に顕著だが、50mmレンズもその恩恵は確実にある。
2012年に超絶性能を持つAPO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.が登場したときは、ロングランも途絶えてついにディスコンになるかと思ったSUMMICRON 50mmだが、そうはならずに今も併売されている。同じ50mm F2というスペックなのに両レンズの価格差が尋常じゃないくらい大きいというのもあるけれど、併売されている理由はそれだけではないだろう。今でも立派に通用する写りの良さに加え、ハードなルポルタージュからストリートスナップ、優しげなポートレートまで幅広く対応できる万能性を持ち、どんなシチュエーションでも撮影者の期待を決して裏切らない安定した写りを提供してくれるからだと思う。
冒頭でSUMMICRON 50mmが筆者にとってのファーストレンズであると書いたが、NOCTILUXやSUMMILUXといったより大口径な50mmを経験した後でも、SUMMICRONに対する絶大な信頼性は揺らいだことはなく、今でも軽量にまとめたい海外取材や、常時携行用途に大いに活用している。
協力:ライカカメラジャパン