ライカレンズの美学

SUMMICRON-M F2.0/50mm

撮影者の期待を裏切らない安定した写りが魅力

現行ライカM型用レンズの魅力を探る本連載。今回はSUMMICRON-M F2.0/50mmについて語ってみたい。

ライカ ズミクロンM F2/50mm

前回はSUMMICRON-M F2.0/35mm ASPH.が、M型ライカの超ド定番レンズであり、もしこれからM型ライカを使い始めるのなら、その最初の1本としてもお勧めという話を書いたが、今回紹介するSUMMICRON-M F2.0/50mm(以下、SUMMICRON 50mm)は、そのSUMMICRON 35mmに次ぐ超定番レンズだ。筆者が最初に手に入れたM型ライカは1980年代に購入したライカM6シルバーだが、その際一緒に購入したのがSUMMICRON 50mmであり、それだけにひときわ思い入れの強い、お気に入りのレンズでもある。

自分が当時購入したのは現行製品より一世代前の、フードが別体式になったカナダライツ社製であったが、現行SUMMICRON 50mmも光学系はその時と同じという事実にはかなり驚かされる。M型レンズには長いあいだ連綿と作られ続けられているロングライフレンズが何本もあるけれど、その中でもこのSUMMICRON 50mmは1979年に発売されたモデルの基本設計が約38年間も変わっていないという超ロングライフ製品なのだ。

設計年次を感じさせないシッカリした解像感を得られる。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F5.6 / 1/45秒 / WB:オート
ウェッツラーの旧市街から、かつてのライツ本社(現ライカマイクロシステムズ社)を望む。F2.8で撮影。この絞り値だと最周辺部は若干甘さが残るものの、個人的には許容範囲内。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F2.8 / 1/45秒 / WB:オート
F5.6で撮影。こういう被写体を撮ると画面周辺でも解像は驚くほど高いことが分かる。LEICA M10 / ISO100 / F5.6 / 1/2,000秒 / WB:オート

1994年に外観が若干変更され、それまでの別体式フードが鏡胴に内蔵された引き出し式のスライドフードへと変更されたりしているものの、光学系に関しては基本的に38年間不変というのは結構スゴい。そしてもっと驚くのは、そんな古い光学設計のSUMMICRON 50mmの写りが、今でも十分に通用するということだ。

鏡胴に組み込まれたスライド式フードは非常に手軽に使える。これでロック機構があれば最高なのだけど。
今回使った広報機材はご覧の通り使い込まれた個体だったが、それでも写りやピント精度に問題はまったくなく、ライカレンズの耐久性は高い。

一般的に30年以上前のそれこそフィルム全盛期に設計されたレンズをデジタルカメラで使った場合、現代のレンズに比べてコントラストや解像感の点でかなり大きく見劣りするのが普通だ。その違いはあまりにも大きいので、逆に現代レンズとの描写の「差」を楽しむということもできるだろう。しかし、このSUMMICRON 50mmに関してはそんなことはまったくなく、コントラスト、解像力共に最新のモダンレンズと比べても遜色ない写りを見せてくれる。

ナゼか?

答えは2つあると思う。ひとつはライカの光学設計技術が昔から優れていたということだ。特に開放値がF2の50mmレンズに関しては、1933年のSUMMARに始まり、1939年のSUMMITARなど、同社にはスクリューマウント時代からの古い歴史がある。言葉を変えると、50mm F2レンズについては昔からライカにとっては「得意」なスペックだったのだ。そして1953年には有名な「空気レンズ」の理論を採用した初代SUMMICRON 50mm(スクリューマウントの沈胴式)が登場。当時としては異様に解像力が高く、画期的だったという逸話は今でも語りぐさになっている。

この初代SUMMICRONは1954年のライカM3登場と同時にMマウント版が追加されたほか、最初は沈胴式だった鏡胴が固定鏡胴化されたり、光学系を若干変更して近接撮影に対応したDR SUMMICRONなどの派生モデルを加えながら1969年には2世代目にフルモデルチェンジ。そして1979年には先にも書いたとおり現行SUMMICRONと同じ光学系を採用した3世代目が登場。どの世代のSUMMICRONも製品としてのハードウェア的な評価だけではなく、成果物、つまりSUMMICRON 50mmによって撮影された写真には「名作」と呼ばれるものが多く、そのこともまた本レンズの優秀さを裏付けていると思う。

ウェッツラー旧市街にある古い薬局。絞り開放でも合焦部の解像感は期待に違わない。画面周辺に光源を入れてもフレアはこの程度。LEICA M(Typ240) / ISO400 / F2 / 1/30秒 / WB:オート
本来ならSUMMILUXやNOCTILUXといった大口径レンズが得意とする低光量なシーンではあるが、SUMMICRONでも結構楽しめる。LEICA M(Typ240) / ISO800 / F2.0 / 1/25 / WB:オート
小型軽量で良く写るというM型レンズの特長をもっとも体現しているレンズだと思う。LEICA M(Typ240) / ISO1600 / F2 / 1/30秒 / WB:オート

SUMMICRON 50mmが最新レンズと比べてもさほど遜色ない写りを見せてくれるもうひとつの理由は、ボディ側の工夫だ。一般的なレンズ交換式のデジタルカメラは撮像素子の特性に合わせてレンズを作っているため、写りの良さを求めるとどうしても古いレンズではダメで、デジタルに合わせた設計のレンズを必要とする。ところが、M型ライカの場合は逆に「ライカMレンズの特性に撮像素子をマッチングさせる」という思想で作られており、撮像素子前面のマイクロレンズのオフセット角度や、カバーガラスの薄型化など、新旧問わずM型用レンズの実力を十二分に引き出せるようボディ側が最大限に工夫されているのだ。こうした工夫の結果は35mmより広角側の焦点域を持つレンズで特に顕著だが、50mmレンズもその恩恵は確実にある。

コントラストの現代レンズと変わらない。おそらく正式にはアナウンスされていないだけで、コーティング等の変更はされていると思われるが、それにしても良く写る。LEICA M10 / ISO100 / F8 / 1/180秒 / WB:オート
ウェッツラーから数駅のギーセンにて。携帯性がよく、ブラブラ歩きのスナップ用50mmレンズとしては最強かも。LEICA M(Typ240) / ISO320 / F8 / 1/750秒 / WB:オート
今回使ったレンズは私物ではなくライカカメラジャパンの広報機材で、見た目はかなり使い込まれていたが、ピント精度などに不満はなく、ライカレンズの耐久性の高さを感じた。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/125秒 / WB:3900K

2012年に超絶性能を持つAPO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.が登場したときは、ロングランも途絶えてついにディスコンになるかと思ったSUMMICRON 50mmだが、そうはならずに今も併売されている。同じ50mm F2というスペックなのに両レンズの価格差が尋常じゃないくらい大きいというのもあるけれど、併売されている理由はそれだけではないだろう。今でも立派に通用する写りの良さに加え、ハードなルポルタージュからストリートスナップ、優しげなポートレートまで幅広く対応できる万能性を持ち、どんなシチュエーションでも撮影者の期待を決して裏切らない安定した写りを提供してくれるからだと思う。

こちらもギーセンにて。新しいライカM10との組み合わせだが、レンズに不足を感じる事はまったくない。LEICA M10 / ISO100 / F8 / 1/125秒 / WB:オート
ボケ味はAPO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.の方がより自然でクセがないが、それは同一被写体を撮り比べて分かること。単独で見る限りSUMMICRON 50mmのボケ味もなかなかいい。LEICA M10 / ISO100 / F5.6 / 1/90秒 / WB:オート
元ライツ本社近くの公園にひっそりと佇むオスカー・バルナックさんの記念碑。最新のライカM10をどう思う?LEICA M10 / ISO100 / F5.6 / 1/90秒 / WB:オート
35mmレンズのスナップでの使いやすさは定評があるところだけど、50mmも結構いい。LEICA M10 / ISO1600 / F5.6 / 1/25秒 / WB:オート

冒頭でSUMMICRON 50mmが筆者にとってのファーストレンズであると書いたが、NOCTILUXやSUMMILUXといったより大口径な50mmを経験した後でも、SUMMICRONに対する絶大な信頼性は揺らいだことはなく、今でも軽量にまとめたい海外取材や、常時携行用途に大いに活用している。

メリハリのある光線状態でも思った通りに再現してくれる。LEICA M10 / ISO100 / F8 / 1/90秒 / WB:オート
柔らかな雰囲気のポートレートからハードな建築現場まで、被写体を選ばないオールマイティさがSUMMICRONらしい。LEICA M10 / ISO100 / F8 / 1/250秒 / WB:オート
フランクフルトにて。こうしたシーンでは50mmがとにかく使いやすく感じる。LEICA M10 / ISO200 / F8 / 1/90秒 / WB:オート

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。