インタビュー
シャープに訊く「AQUOS R7」で目指す“撮影体験”。1型センサー搭載スマホの開発コンセプトとは
2022年10月7日 09:00
「1型センサーとライカレンズ」と聞くと、パナソニックかライカのコンパクトデジカメを思い浮かべるが、そんなスマートフォンが発売されている。シャープの「AQUOS R7」は、高級コンパクトデジカメ並みのスペックを備えたスマートフォンだ。
前モデルとなるAQUOS R6からスタートしたライカとの協業に関して、同社の開発陣に話を聞いた。話を聞いたのは同社通信事業本部パーソナル通信事業部商品企画部の小野直樹係長と主任の平嶋侑也氏、同システム開発部技師の宮崎大志氏。
実は大きな変化のシャッター音
――まず、細かい点かもしれませんが、AQUOS R6と比べてシャッター音が変化しましたね。
小野 :我々の中では大切な部分です。ライカのLEITZ PHONE 1(ライカブランドのスマートフォン。端末開発はシャープ)では、ライカMのシャッター音の音源を入れていました。ライカに話を聞くと、カメラにおいては「シャッターを押す」という体験に非常にこだわっていると言います。
(AQUOS R6では従来のAQUOSのシャッター音だったが)AQUOSのシャッター音がこのままでいいのかという議論がありました。カメラにこだわるということをお客様に訴えるなら「シャッター音にもこだわるべき」ということで、半年かけてシャッター音を作っていきました。
「どんどんシャッターを押したくなる気分」
小野 :AQUOS R7ではカメラアプリのUIも全面的に見直しています。UI見直しのコンセプトは、「便利で真面目、かつ面白い」というものでした。それをシャッター音に当てはめるとどうなるか。検討を重ねた結果、よい画が撮れたと思えるシャッター音で、シーンの雰囲気を壊さない配慮が必要だという結論にたどり着きました。妙に音が大きくてもダメで、主張しすぎないことが大事です。
一番大事なのは、「どんどんシャッターを押したくなる気分」だと考えています。
結果として、どちらかというと「短くキレのある音源」を意識して、100パターン以上の音源の中からセレクトしました。AQUOS R7ではボックススピーカーを採用しているので、そうしたハードウェアとの親和性を考えて徹底的にチューニングしています。
これだけで2時間ぐらい話せるぐらいこだわりがあります。
――ライカカメラのシャッター音というわけではないんですね。
小野 :ライカの音でもありません。シャッターの金属感があり、でもそれが強まるとノイズが強くなるのでバランスをとっています。他社の音の波形を参考にはしましたが、「AQUOS用のシャッター音」というコンセプトを一から作り出しました。
――今後のAQUOSシリーズの標準のシャッター音になる可能性もあると。
小野 :はい、そうですね。他のAQUOSだと筐体によって音圧の調整などがあるのでちょっとした味付けは変わるかもしれません。しかし、ベースとしてはこの音源を使いたいと考えています。
デジカメのUIではなく“スマホカメラのUI”
――先ほども話にでましたが、カメラのUIが変わりました。
小野 :カメラ開発をやってきている中で、市場のコメントは重要視しています。AQUOS R6の時に「本格的なデジカメに挑戦しました」と言いながら、UIがよくないという市場からのコメントがありました。これはけっこうショックで、自分たちの勝手な思い込みと市場からの認識がかけ離れていると感じました。
例えばズームの操作。指に吸い付いて狙ったところの倍率に一発で設定できるとか、他社から乗り換えたときに違和感なくスムーズに使えるというのもカメラではすごく大事。そういったところも重要視しました。
――カメラにこだわるということで、例えばソニーのXperiaシリーズの「Photo Pro」のように、UIをカメラ寄りにするというお考えはなかったのでしょうか。
小野 :初めて使う際に、「操作が難しい」とならないように考えています。我々は、カメラにこだわるお客様だけでなく、それ以外の人もAQUOSのファンになってもらいたいと思っています。
AQUOS R6から、お客様の層にすごい変化が出てきていて、カメラ好きのお客様にも選んでいただけるようになっています。そういう人たちにももちろん使っていただきたいのですが、今までシャープを選んでくれていた“カメラフリークではないお客様”も大事にしたい。そのバランス感を重要視したいと考えています。
平嶋 :今回のUIは、AQUOS R7のためというよりはプラットフォーム的な役割があります。今後登場するAQUOSシリーズにも適用できるようなものとしてUIを改善しています。R7という機種の立ち位置としてはUIが汎用的すぎる面もあるかもしれませんが、「直感的に使えるUI」を大事にしています。
もっとカメラライクなデザインは?
――AQUOS R6とR7で大きく筐体のデザインが変わりました。
平嶋 :今回、カメラをセンターに配置する「センターサークルデザイン」というコンセプトを目指しました。基板のスペースを考えると、カメラは端に寄せると設計の効率がよくなります。そうした効率の問題はありますが、カメラがセンターにあれば感覚的に真っ直ぐ撮影できるのではと考え、カメラをセンターにしてシンメトリーなデザインにしました。
実は側面のボタン配置やUSB端子、マイク端子もシンメトリーにして、気持ちの良さを感じられるデザインにしています。これまでは内部の配置の制約でズレてしまっていたのですが、これを真ん中に寄せてスッキリさせました。
AQUOS R6はきらびやかな3Dの曲げガラスを採用してスタイリッシュにしました。背面もガラスの素材を生かしたツヤ加工でしたが、AQUOS R7では「潔いデザイン」として、フラットで面を見せるデザインにしました。
――円形のカメラ周りなど、カメラを意識したデザインでしょうか。
平嶋 :少なからずデジタルカメラのデザインにインスピレーションを受けています。とはいえ、あまりにカメラライクなデザインだとスマートフォンの役割を忘れてしまいます。デザインを目立たせない部分もありつつ存在感を出す、その塩梅が難しいデザインでした。
レンズが出っ張りすぎると、デスクなどに置いたときにレンズにぶつかって傷付きやすくなる側面があります。また、日常的に使用するので、軽量で重すぎず、でも一眼レフカメラにインスピレーションを受けたレンズ周りのスピン加工を取り入れています。
スマートフォンとカメラの狭間を模索
――いっそのこと、LUMIX CM1のようなカメラデザインも見てみたかった気がします。
平嶋 :個人的には振りきるところは振りきってやってみたいとは思っています。例えば、カメラやゲームに特化した製品は分かりやすいのですが、AQUOSをご支持いただいている客様の嗜好性はかなり大事にしています。
そういった意味で、ニーズとしてカメラの性能が良いに越したことはありませんが、カメラを大きくして分かりやすくするというのではなく、アピールしすぎないという点はキープしたいと思っています。スマートフォンとカメラの狭間を模索しているところです。
方向性として、“振り切る方向性”もありだと考えてはいますが、これは別の機会かなあと。
全員 :やってみたいですよね(笑)
平嶋 :やってみたい、極めたいという欲も出てきますが、今までご支持いただいたお客様もいらっしゃるので、スマートフォンのサイズ感を損なわない中で、そういった方向も突き詰めたいとは思います。
ただ、今のRシリーズは普段使いでも使えるし、人を撮るにはデジカメ並みの良い画質、というところが最適解かと考えています。プレミアムな、ぶっ飛んだ機種が出せるぐらい、シャープとしてこれからも続けていきたいです。
センサーが一新。レンズはチューニング
――ハードウェアでは、レンズはAQUOS R6と同じものということでした。センサーの変更とともに変えなかったのでしょうか。
宮崎 :確かにレンズはほぼ一緒のものを搭載しています。AQUOS R6でライカと共同でレンズ設計をして、行きつくところまで行きつきました。スマートフォンの部品としてサイズなどのいろいろな制約があります。その制約を満たしつつ、1型センサーに対応するレンズを考えたときに、あれ以上いじらない方がいいと判断しました。
ただ、マクロ撮影にはちょっと弱いという話がありました。パラメーターで改善できないか検討はしていたのですが、一方を良くすると一方が悪くなるといった具合で、これがベストバランスという考えです。
――センサーの位相差AF対応で、アクチュエーターの改良などもなかったのでしょうか。
宮崎 :アクチュエーターの移動速度は上げています。パラメーターも最適化していますが、チューニングの範疇です。結果として、高速AFにも対応。レンズ移動が速くなっていて、センサーにあわせて最適化しています。
――同じ1型センサー搭載のXiaomi 12S Ultraでは、メインカメラ以外のセンサーは1型ではないですが、複数カメラを搭載しています。
小野 :お客様は一番いいカメラで写真を撮りたいと考えていると思います。よくあるのが、多眼カメラだけど“標準カメラだけ画質がいい”というもの。それは本当にお客様が望んでいることなのかと。3倍、5倍ぐらいのズームだと、数歩前に出れば撮影できたりします。
1つのカメラで、いろいろなシーンを撮れる方がうれしいのではないかと考えました。AQUOS R6では一眼で広角から標準までをカバーし、望遠は超解像でカバーするというコンセプトで開発して、それを今回も継続しました。
スマートフォンの場合、厚みや電池のスペース、基板サイズなど制約条件があります。電池を犠牲にすれば大型センサーの複数カメラは入るかもしれませんが、カメラ以外を重視してスマートフォンを選択するお客様もいるので、電池も確保しなければなりません。
――今回は1型センサーを新型としました。変化はありますか。
宮崎 :画作り、色作りに関しては、センサーを含めたカメラモジュールが一新されたので一からやり直しています。AQUOS R6と変わらないような画が出るようにしています。
HDRにもこだわっています。今まで、JPEG圧縮してからの合成処理をしていたのですが、RAWの段階でHDR処理をしています。大きなピクセルで集光量が多いので、ダイナミックレンジを有効に使える、つまり画質がよくなるということでRAW HDRを採用しました。
小野 :AQUOS R6では、割と暗めになるとすぐナイトモードになるような感じでしたが、ピクセルサイズが2.4μmから3.2μm(ビニング動作時)へと大きくなり、かなり暗いシーンでもナイトモードにすぐ入らず、ローライトのHDRを使うようにしました。
これを使うことで、夜もポートレートモードで人がきれいに撮れるようになりました。夜景だけでなく、人やイルミネーションの撮影などを楽しんでいただきたいと考えました。
特にモードとしては用意していませんが、「このぐらいの明るさ」という状況で自動的に切り替わります。
――センサーが変更になって像面位相差のOcta PDに対応し、AFは高速化しました。ただ、ピント精度はもう少し追い込めるのではないかと感じています。
宮崎 :センサーが大きく、レンズも大口径なので被写界深度が浅く、フォーカスコントロールが難しいのは確かです。
小野 :マルチポイントでの測距で精度を上げようとしていますが、測距点が小さすぎると精度が悪くなります。その良いバランスを見つけるのが難しかったです。
そのため、オブジェクトトラッキングを活用するようにしています。人であれば、AIが人の形状を見つけて追尾し、近づいてくると顔、さらに近づくと瞳に切り替えてトラッキングして、AF精度を高めています。
アップデートで取り込めるものがあれば随時取り込んで適用していきたいと考えています。
ハードウェア的にはスゴくいいものだと思いますので、それをどう使いこなすか。発売したらそれでいいというのではなく、発売後も順次アップデートしていきたいと思います。
――カメラとしては、最近のスマホカメラはセンサーの大型化と大口径化でボケすぎと感じています。一時期Galaxyで2段階の絞りを採用していましたが、絞りに関してはどうでしょう。
小野 :被写界深度が切り替えられないのはつらいところです。何度も検討はしてきました。
宮崎 :絞りはレンズの前に設置するので、どうしてもレンズの高さが出てしまいます。1型センサーになってから、絞りが欲しいという声は社内外から出ています。今回は残念ながら搭載に至っていません。
小野 :絞りについては必要性は感じているので、引き続き検討していきたいと思っています。
――ピント位置を変えながら連写合成して被写界深度を稼ぐなんてことは難しいですかね。
小野 :これだけ(HDRや夜景モードで)合成処理が普及しているので、AFを細かく動かして実現する方法もあるかもしれません。
ライカカメラ社が賛同したコンピュテーショナルフォトグラフィー
――ライカの監修はいかがですか。
小野 :AQUOS R6の頃から、ライカカメラ社にはいろいろと指摘を受けました。今回は第2弾なので、画質においてはさらに高みを目指しました。例えばHDRではゴーストが発生しやすくなるのですが、かなり改善しました。
宮崎 :AQUOS R6もR7も、ライカカメラ社のリファレンス・目標があって、そこにどこまで近づけるか。R6以降の経験値もたまってきていて、R7ではようやくリファレンスには近づけたかなと。
小野 :こだわったのはコンピュテーショナルフォトグラフィーの部分で、特に画質面でこだわりました。スマホカメラはハードウェアの限界があるので、コンピュテーショナルフォトグラフィーにはライカ社にも賛同していただいています。
同時にナチュラルさも追求しています。コンピュテーショナルフォトグラフィーとナチュラルさはある意味相反するところで、作られた感じのある画にするのではなく、ナチュラルだけど雰囲気のある仕上げにしたいという思いがあり、ライカカメラ社と何度もやり取りを重ねました。
R7のコンピュテーショナルフォトグラフィーの例で、最たる部分が人の顔です。写真を撮るとき、必ず人の顔は中心になります。風景でも料理でも、写真に人が入っていればそちらを重要視し、大切な思い出にするのではないかと思っています。
撮った方と撮られた方が、それぞれいいと思う写真が撮れるのが良いので、それに対してコンピュテーショナルフォトグラフィーを使っています。例えば肌の補正は、人や年代などによって補正の度合いが違ってきます。若い人にあまり美肌をしてもしょうがないですし、年配の人は微妙だけどこだわっていたりします。そういう感覚は大事だと思っていて、年代別、性別など細かく判断して画質の調整をする、という使い方をしています。
ポートレートモードでは、美肌の強弱調整をはじめ、髪の毛を柔らかく表現する、眼鏡の反射を除去するなど、きめ細やかな処理を施しています。
また通常の写真モードでは、顔の陰影を薄くするなどの軽めの調整をかけ、きれいに見せる処理をしています。
――かなりコンピューティングパワーを使いそうですね。
小野 :ポートレートモードは2眼(モノクロセンサーとの併用)を使っているんですが、それをしながらビューティーをかけて、しかもAI処理が加わると、かなりパフォーマンス的に厳しいです。
被写体によっては処理に時間が掛かったりすることもあります。時間がかかっても、それだけの価値がある画が出てくるのではないかと思っています。
画に“作られた感”が見えるのは避けたい。そこにはライカカメラ社のフィロソフィーもあるので大事にしていきたいと思っています。
自社開発のAIで一新した処理
――AQUOS R6と比べて、AIで変わった部分はありますか。
小野 :大きく変わった点としては、AIのエンジン自体を自社で一から開発しています。「そこまでやるのか」というぐらいやりました。
社内的には大きな違いです。細かい画質面ではライカから指摘をいろいろいただき、R6以下には絶対になっていない、それ以上になっているという自負はあります。
例えば、ライカから「緑色がおかしい」と言われたときに、どのようにAIを調整すればいいかすぐに動けました。ひとつひとつの積み重ねで、自分たちで改善できるものは資産になって、将来的にはもっといい絵作りができるのではないでしょうか。
――アップデートは進めていますか?
平嶋 :発売日以降、毎日のようにエゴサーチをして、SNSの声を集めて技術者にもフィードバックしています。直接販売はせず(AQUOS R7の販売は携帯事業者)、直接お客様と接するわけではないので、メーカーにとって、SNSでお客様の声を直接いただけることは大変ありがたいです。常に情報収集して改善に繋げたいと考えています。
スマホカメラからデジカメ、相互に流動する世界へ
――AQUOS R7で、ユーザー層の変化はありましたか?
平嶋 :肌感覚的にはカメラにこだわりをもつお客様にご支持いただけたと手ごたえを感じています。カメラの使用時間が以前より長くなった、マニュアルモードの利用機会が増えたといった嬉しいお声もいただきました。
――カメラユーザーがハイエンドスマホに切り替えているのでしょうか。
小野 :しばらく様子を見ないと変化は分かりませんが、デジタルカメラの代わりにスマートフォンだけで済まそうという、変化が起きているのではないかと推測はしています。
平嶋 :そういう楽しみ方をしているお客様もいるのではないかと思いますが、使い方として、「今までデジカメが多かったけど、スマホでもこれぐらいの画質なら興味がある」というお客様も、ちょっとずつ増えてきているとは思います。
画質だけでなく、構えて撮るという体験、デジカメならではの良さがありますので、性能だけでは測れない部分があると思っています。
宮崎 :1型センサーを使ってみて、改めてセンサーが大きいのはこれだけ有利なのかと実感しています。フルサイズと1型を比べるとまたさらに大きさが違い、これはさすがに比べるものが違います。
小野 :画質の良さを追求して、写真を撮る楽しみをスマートフォンに与えていけたらいいなと思っています。
平嶋 :今までデジタルカメラを使っていなかった人たちが、スマホカメラを使ううちにもっといい写真が撮れるのではないかと、今度はミラーレスカメラなどに興味を持ってくれるかもしれない。AQUOS R7がそのきっかけになれれば、デジタルカメラとスマホカメラで相互に流動性ができればいいと思っています。AQUOS R7での撮影体験を通して、お客様に写真の楽しさをお伝えしたいと思っています。