写真展レポート

50年間にわたり動物の生態を追う。宮崎学さん「イマドキの野生動物」展が東京都写真美術館で開催中

ハンドメイド自動撮影カメラも展示。その独特の撮影手法にたどり着いた理由とは?

東京都写真美術館で、写真家・宮崎学さんの活動を包括的に紹介する作品展「イマドキの野生動物」が開催されている。会期は10月31日まで。展覧会の開催に先立ち、作家自身による展覧会開催に向けたコメントを聞く機会を得た。展示の内容とともに、宮崎さんがどのようなアプローチで撮影を続けているのかをお伝えしていきたい。

自作ロボットカメラが捉える野生動物の世界

宮崎さんの撮影アプローチは、無人で撮影できるようにした自動撮影カメラ(ロボットカメラ)をあらかじめ設置して、野生動物に人間の存在を悟らせずに、彼らの素の姿を捉えるというスタイルが特徴となっている。

このスタイルで撮影された「けもの道」シリーズは、無人撮影だからこそ撮影できる野生動物の自然な表情が特徴。一定の評価を得た今もなお撮影は続けられており、その年数はすでに40年以上に及ぶものとなっているという。

本展では、こうした独自に編み出した手法で撮影された作品のほか、昨今、社会問題として取りあげられることが多くなってきている野生動物の人間社会への進出や、想像以上に身近に生息している外来生物の存在を知らせる作品など、社会的な視点から捉えた作品シリーズ「アニマル黙示録」シリーズや「イマドキの野生動物」シリーズも多数展示。

また、死と食べることをテーマに自然の循環や摂理を視覚的に捉える試みなど、その多彩な活動も紹介。このほか「新・アニマルアイズ」や「君に見せたい空がある」など、宮崎さんの現在地点も網羅されている。

まさに50年におよぶ作家活動の全体像を追うことができる展示は、出品点数からもその規模や範囲の広さが窺えるものとなっている。その数は写真210点に加え、資料約20点と、大ボリュームでの構成となっている。

いい写真を撮ろうと思うと殺気が出る

展覧会開始に先駆けて作家自身がふりかえる撮影の軌跡も語られた。宮崎さんは独自の撮影手法である自動撮影カメラに行き着いた経緯について、「どうしてもいい写真を撮ろうと思うと殺気が出る」と語る。曰く、そうした殺気が立ちのぼっている状態だと野生動物たちは姿を見せてくれないのだそうだ。反面で、ふっと気を抜くと動物たちが姿をあらわすと続けて、そうした“殺気”をどうにか消すアイデアとして、自動撮影カメラにたどり着いたのだと、独自の撮影手法を編み出した経緯を明かした。

その撮影手法は試行錯誤の連続だったと振り返る宮崎さん。まず、赤外線が動物を感知するとシャッターが切れる仕組みでアプローチしたところ、これが成功。こうして「けもの道」シリーズが出来あがっていき、フクロウの撮影でも大いに活躍することになった。

「けもの道」シリーズ

ただ撮影方法自体が完成しても、仕掛ける場所に動物がいないのでは意味がない。果たして宮崎さんはどのようにして、野生動物たちのいる場所にピンポイントで、それら撮影装置を設置しているのだろうか。

このような疑問に対して、宮崎さんは、そうした野生動物たちの存在を察知するひとつの感覚として「ちょっと鍛えてくると、ニオイに気づくようになる」と答える。土に染み込んだ狐のオシッコのニオイであったり、クマの体臭であったり、など動物の存在を嗅覚的に知ることが一つの秘訣なのだという。

もちろん、そうした感覚は宮崎さん自身の生まれと育ちに支えられたものだ。宮崎さんは1949年に長野県で生まれた。子どもの頃から自然の中で遊んできたという宮崎さん。生まれ育った長野県伊那谷もまた、野生動物の多い場所だった。幼少の頃からこうした環境の中で過ごしてきたことで、「けもの道」シリーズに見られるように、野生動物たちがどのような動き方をするのか、といった傾向やクセを自然の中から掴み取っていったのだという。

そうした知見に基づき設置される自動撮影カメラは、いわば野生動物の“姿を捉える”一種のワナだと形容することもできる。そうした試行錯誤の繰り返しから生み出された数々の「改造カメラ」も一部が資料として展示されている。レンズもボディもどこかで見たことがある製品だが、なぜか両者が接続されていたり、などユニークな取り組みも垣間見られる。撮影手法を想像しながら作品を見て回るのも本展を楽しむコツになりそうだ。

九相図絵巻の動物版をつくろうと思った

自然界における生と死の結びつきは、生命全体の循環に大きく関わっている。動物たちの死を見つめていく中で、宮崎さんは、そうした自然の摂理に気がつくようになったとのだと語る。

そうした動物の「死」に出会うことも実際には難しさがあった。死体となった動物は、その死という事実をニオイによって周囲に知らせる。これを糧とするために様々な動物たちが死体に集まり、やがて体毛や骨に至るまで、その「死」の痕跡は跡形もなく消え去ってしまうからだ。そうした「死」をめぐる一連のストーリーを追うため、宮崎さんは動物の体温を検知してシャッターが切れるカメラを準備するなどして、撮影を進めていったのだという。

この「死」をめぐる撮影を通じて、「死を食べる」シリーズが展開していった。宮崎さんは、この死と食べることの関係を、“クリーニングとしての効果がある”と表現する。

死体は腐敗の進行に応じて病原菌等の菌を発生させるが、好んで死の直後の身体を食べる動物が存在し、そうした菌が拡大する前に死体を片づけてくれている。そうした自然の摂理や循環への気づきは大きな発見であり、また一生のテーマにもつながっていったのだと、宮崎さんは振り返った。

野生動物を通じて人間社会の裏面を照らす

自然環境と野生動物との関係を写真を通じて明らかにしていった宮崎さん。1993年頃からは、人間社会と野生動物の関係に迫る取り組みも、大きな撮影テーマとなっていった。そうした中で築き上げられていったのが、野生動物を通して人間社会を描いた「アニマル黙示録」シリーズと、現代社会にたくましく生きる野生動物を捉えた「イマドキの野生動物」シリーズだった。

野生動物の人間社会への進出は、いまや社会問題としてしばしば取り上げられるようになってきているが、宮崎さんは、こうした動物社会の変化は、反面で人間社会の愚かさを浮き彫りにするものでもあると指摘する。

例えば、冬季に路面の凍結防止のために道路上にまかれる塩は、胆嚢をもたない鹿にとって、非常に都合のよい措置だったのだという。つまり、通常存在しない塩化カルシウムが豊富に摂取できる環境が整ったことで、鹿の健康状態がどんどん良くなっていったのだそうだ。そして、高速道路等に現われるようになった鹿を目指して熊も出てくるようになってくる、といった変化につながっていったのだと、人間社会の利便性追求の裏面を紹介してくれた。

宮崎さんによれば、いまの動物の増え方は、もはや手遅れの状態だという。

長玉から魚眼へ

展覧会場では、1965年頃、当時としては幻と言われていたニホンカモシカの姿を捉えた作品からスタートする構成となっている。宮崎さんの野生動物の生態を捉える作品づくりは、このニホンカモシカに出会うところからスタートしていったわけだが、その撮影ストーリーは、もはや執念といえるものだった。

当時中央アルプスや南アルプスに生息しているという情報はあったものの、その姿が見られることは稀だった。地元の目撃者への取材を繰り返す中で、登山術を身につける必要があると感じた宮崎さんは、地元の山岳会に入って登山を学ぶ中でニホンカモシカを自然の中で捉えることに成功した。

しかし、不眠不休で山中をめぐり続けた結果、肝臓と腎臓を悪くして入院。その後もフクロウの生態を追う中での無理がたたり、胃潰瘍に倒れるなど、その撮影は一進一退が続いていた。自動撮影カメラの開発は、二度目の入院時に構想を練っていたことが、展覧会図録の解説中で説明されているが、これもまた執念が生んだ必然だったということなのだろうか。

フクロウの前に精力的に撮影を進めていった「鷲と鷹」シリーズも見どころ。国内に生息する猛禽類16種類すべてをカメラに収めるため、宮崎さんは北海道の知床半島から沖縄の西表島までを撮り歩いたのだという。猛禽類生態写真の第一人者としての側面を紹介している展示も数多くの作品が展示されている。

様々なアプローチを通じて野生動物の素の表情を捉え、また自然環境の中における動物、そして人間社会と動物の関係へと進んできた宮崎さんは、今、魚眼レンズで動物に肉薄していく撮影が面白いと話す。

そんな宮崎さんは、500mmのレンズについて、まさに“ライフルのようなもの”だと形容する。そして、もう40年ほど前からこうした望遠レンズを使うことに疑問を覚えていたのだと続ける。

ではどのようなレンズを使っていきたいのか、という疑問に、宮崎さんは50mmの標準レンズで1mくらいまで動物に接近して撮りたいのだと笑顔を見せる。ここ30年ほどは28mmや20mmを使う方が、動物たちは自動撮影カメラを、殺気の宿らない、ただそこにあるだけの“モノ”と判断してくれるため、より自然な姿が捉えられるとも語る。

2018年から2021年にかけて撮影された「君に見せたい空がある」は円周魚眼で捉えた画面に動物たちの姿が写しとめられている。

最新作「君に見せたい空がある」で使用されたカメラ

それは彼らが森の中でどのように暮らしているのか、何を見ているのかを浮き彫りにする内容ともなってる。もちろん、超広角で捉えることになるため画面内に動物たちの姿を収めるためには、相当の距離まで近づいてきてもらう必要がある。そうした意味でも展示室最後に壁面いっぱいに展示されている最新シリーズは、宮崎さんの技術と経験のひとつの集大成ともなっているわけだ。

この魚眼レンズを用いた撮影に関して宮崎さんは、いろいろな問題も発見されたが、焦点距離の短いレンズによる撮影が今はとても面白いと語り、もうしばらく研究を続けていきたいと考えていると、衰えることのない独自の撮影アプローチの発展へ向けて歩き出していることを宣言した。

展覧会概要

会場

東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

会期

2021年8月24日(火)~10月31日(日)

休館日

毎週月曜日、9月21日
※8月30日、9月20日は開館

観覧料金

一般700円、学生560円、中高生・65歳以上350円

来館時の注意点

同館では現在、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、入場制限が実施されている。展覧会はオンラインでの日時指定予約も可能となっており、同館では事前の予約を推奨している。

アーティスト・トーク

宮崎学さんを講師に迎えて、全国取材を通じて撮影された映像を交えながら、身近な野生動物やイマドキの環境問題まで、野生動物と向き合うためのさまざまなヒントが語られる。会場は東京都写真美術館1階ホールで、参加費は無料。全4回の開催が予定されており、各回それぞれに異なるテーマで実施される予定となっている。

第1回

テーマ:「展覧会から考える イマドキの野生動物」
日程:2021年9月11日(土)
定員:95名(事前申込制・先着順)
申込期間:8月31日(火)12時〜9月9日(木)12時

第2回

テーマ:「黙して語らない自然から学ぶ」
日程:2021年9月12日(日)
定員:95名(事前申込制・先着順)
申込期間:8月31日(火)12時〜9月9日(木)12時

第3回

テーマ:「間違いだらけの環境問題」
日程:2021年10月9日(土)
詳細:後日美術館Webサイト上に掲載

第4回

テーマ:「獣害ってなんだろう」
日程:2021年10月10日(日)
詳細:後日美術館Webサイト上に掲載

本誌:宮澤孝周