写真展レポート

世界を知る写真展:ボイス・オブ・アフリカ

マグナム・フォト所属写真家が伝えるアフリカ紛争地帯の今

世界を知る写真展「ボイス・オブ・アフリカ」が神奈川県横浜市のクイーンズスクエア横浜「みなとみらいギャラリー」で開催されている。会期は12月18日から12月26日まで。

本写真展のテーマはアフリカのチャド湖周辺国(カメルーン、チャド、ナイジェリア、ニジェール)の人道危機の現状を伝えるというもの。マグナム・フォトに所属する4名の写真家が参加しており、NewshaTavakolian(ニューシャ・タヴァコリアン)氏、MoisesSaman(モイセス・サマン)氏、LorenzoMeloni(ロレンツォ・メローニ)氏、EminOzman(エミン・オーズマン)氏の作品計46点が展示されている。

報道されること自体が少ない土地・チャド湖周辺国の現状

チャド湖周辺4カ国は、それぞれ大陸の中央部から西部に位置しており、現在も紛争や政情不安、また気候変動の影響から極めて不安定な状況にある。

現在、これらの地域は約240万もの人々が避難を強いられている現状にある。支援を必要としている人の数はおよそ1,000万人以上にものぼるといわれており、現在も支援の手は十分に行き届いてはいない。

こうした現実は報道されること自体も少ないため、一般にあまり知られてるとはいえない。だからこそ、写真というメディアを通じて当該地域の現状を広く知ってもらいたい、というのが本写真展開催の最大の趣旨となっている。

そこで、赤十字国際委員会(ICRC)はマグナム・フォトに所属する4名の写真家を現地に派遣した。撮影は4氏それぞれが1国に専従するかたちで、2017年8月から12月にかけて行われた。展示されている作品は、これら4氏がそれぞれに向きあったアフリカの現実なのだ。

また、2019年8月には横浜市でアフリカ開発の課題について議論する国際会議「第7回アフリカ開発会議」(TICAD)の開催が予定されている。本展覧会は、これとの連携事業でもある。同会議は日本がイニシアチブを取って1993年に第1回会議が東京で開催されて以降、アフリカ諸国ならびに支援に携わるパートナー諸国、人道支援や開発支援に関わる国際組織、市民社会、NGOなどが参加して開催されてきた。

TICADの開催を契機として多くの人にアフリカの現実を知ってもらいたい、ということもまた本展のテーマとなっている。

4氏それぞれ異なる地域を撮影

展示室は全部で3室。作品は各国ごとに分けられている。

その国に状況説明とともに、写真家のプロフィールと撮影にあたってのインタビューが掲出されている。各作品のキャプションは、それぞれの作品がどのような状況を捉えたものであるかを細かく説明しており、冒頭で写真家各氏がそれぞれ向きあった作品が展示されていると紹介したように、各氏が何に向きあったのかが理解しやすくなっている。

また、本展では写真家自身が選ぶ「最も思い入れのある一枚」が作品のキャプションとインタビューで示されている。撮影者の視線をより深く考えることができる工夫だ。

左から国の状況、写真家プロフィール、写真家インタビュー。

ナイジェリア

人口は1億9,000万人で、面積は日本の約2.5倍。2013年に武装勢力の暴力行為が激化し、インフラが破壊された。これにより人々の生活は困窮し、食糧難や栄養失調が大きな問題となっている。特に北東部では政府軍と武装勢力の衝突がきっかけとなり紛争が激化しており、4,000にのぼる人々が誘拐されている。武装勢力の一員にするための強制的なリクルートも一般市民を巻き込む状況が、作品に写しとめられている。

撮影した写真家は、ニューシャ・タヴァコリアン氏。地域紛争や自然災害、社会問題から出発して、現在ドキュメンタリーとアートの融合を試みているイラン生まれイラン在住の写真家だ。

ニューシャ・タヴァコリアン氏(Magnum Photos)

本展で展示されている作品では「国際社会から忘れ去られ、かつ避難を強いられている人々の気持ちに寄り添いたかった」としており、特に、ある家族の写真の撮影が強く心に残っているという。

一見、何でもないような家族の写真だが、被写体の事情は極めて複雑だ。この家庭は父親に次いで母親が逃亡し、長女と弟と妹の3人が取り残されてしまった。自分たちを裏切った両親に対して長女の心にはトラウマが残り、この家族写真を撮影する場面でも両親のそばに近づくことを拒んだほどだという。それでも、その両親とともに生きていかざるをえない現実との狭間で、蚊帳のベールがそうした過去を象徴しているようだ、と写真家はコメントしている。

このほかにも、傷ついた兵士の姿や避難民キャンプ、母親が誘拐された一家の写真などが展示されている。

カメルーン

チャド湖の南側に位置する国で面積は日本の約1.26倍。人口は2,400万人にのぼり、ナイジェリアに次いで2番目の規模を誇る。だが、その内訳は270以上の異なる民族によって構成されている。

チャド湖周辺ではナイジェリアからの避難民が流れ込む状況下にあり、その数は9万人にもおよぶという。また、北部には食糧難にあえぐ260万人の人々のうち、およそ80パーセントが集中しているため、水や医療施設も十分とはいえない状況に陥り、コレラやボリオといった伝染病の流行が懸念されている。

同地の撮影を行ったのはモイセス・サマン氏。ペルー生まれアメリカ在住の写真家だ。ユーゴスラビア紛争でコソボ取材を経験して後、各国の紛争を取材している。

モイセス・サマン氏(Magnum Photos)

同地の撮影では「殺伐とした風景に衝撃を受け」たという。思い入れのある一枚についても、現地のキャンプで生活を続ける人々の忍耐力や生きる力に感銘を受けたとコメントしている。

作品は、キャンプに逃れてきた人々や同じくキャンプ内の学校に通う少女など、現地で生活をしている人々の姿を捉えたものが展示されていた。

チャド

面積は日本の約3.5倍、人口は1,500万人を誇る国。中央アフリカ共和国やスーダンの正常不安が影響して、470万人もの人々が支援の手を必要としているという。食糧難に伴う栄養失調率は緊急事態を示す基準値を15パーセントも超えている状況にあり、水や医療問題も深刻の度を深めている。

ナイジェリア、中央アフリカ、スーダンの各国からの避難民40万7,000人が流入しており、資源も圧迫されている。

同地を撮影した写真家はロレンツォ・メローニ氏だ。イタリア生まれの人物でITエンジニアから写真家に転向し、地元のギャングやラッパーの撮影を経てパレスチナ紛争などの取材に従事。中東政治やイラク紛争をテーマに活動を続けている写真家だ。

ロレンツォ・メローニ氏(Magnum Photos)

事前に新聞報道などで現地の状況自体は把握していたという同氏だが、実際に現場を目の当たりにして「ことの複雑さなどは文面では理解できないと感じました」と、感想を綴っている。

印象に残っている写真は「スリー・ミニッツ・コール」を捉えた場面だという。

避難民キャンプや他国へ逃れた家族と連絡をとるために電話が使用されているのだが、利用したい人々が長蛇の列をつくっているため、使用時間に3分という制限がかかっている状況を捉えたものだ。

列に並ぶ人の顔ぶれはいつも同じだという同氏。3分間という家族との会話が大切な日課になっているのだとコメントしている。

また、チャドでは家畜が収入源と食料になっている。そのため、こうした家畜へのワクチン接種も支援活動として重要な意味を担っている。展示作品にはそうした家畜と暮らす人々の姿を捉えたものや、他の家畜への感染予防のために焼かれた牛を写しとめたものもあった。

ニジェール

チャド湖の北西側に位置する国で、人口は2,150万人。面積は日本の約4倍に及ぶが、その多くがサハラ砂漠に覆われている。主産業は農業だが、土壌は半乾燥地帯で降雨量も少ないため、慢性的に食料が不足している。

ナイジェリアとの国境付近にあるディファ州では避難民も多く、武装勢力の暴力行為が悪化した2014年以降は状況がさらに悪化し、食糧不足に拍車がかかると同時に避難民同士の緊張も高まっているという。

同地を撮影したのが、エミン・オーズマン氏。トルコ生まれの写真家で東アフリカの飢饉や中東取材のほか、日本の東日本大震災も取材している。

エミン・オーズマン氏(Magnum Photos)

現地で発生している大規模な人道危機に対して心を痛めたという同氏は「何千もの人たちが灼熱の太陽が照り付ける砂漠のど真ん中で、家族に食事を与えるために食糧支援を1日中待っています。生活していくことではなく、生き残ることに必死です。滞在中、最も心を打ったのは、そうした彼らの姿でした」と回想している。

思い入れのある1枚は、蚊帳に覆われた病院のベッドで火傷を負った娘に寄り添う母親の写真だ。娘の年齢はまだ2歳、火傷は体の40パーセントにも及んでいる。

ほかにも、広場で教科書をひろげて授業を受けている子どもたちの様子や川べりで休む人々、赤十字国際委員会による食糧支援の様子など、「現地へ赴き、何が起きているのかを理解する責任があると強く感じました。この現実から人々が目を背け内容に、きちんと記録に残したかったのです」という同氏のコメントのとおり、様々な場面を捉えた作品が展示されていた。

チャド湖周辺の今

展示会場を一巡した後、あらためて現地の地図が示されたパネルに目を向けると、そこに見られるチャド湖は、とても小さく見えた。水不足もさもありなんといった印象だが、その大きさは実に90パーセントも縮小したのだという。原因は人口増加やそれに伴う開発、気候変動なのだそうだ。そうして、こうした環境の変化は、漁業や牧畜業で生計を立てていた人々から生きる術を奪っていった。

会場の解説パネルより一部分を拡大。

4名の写真家が捉えたチャド湖周辺国では、そうした自然災害の影響に加えて、社会への不満が鬱積し、人々が武装勢力へ流れていくキッカケをも生むなど、負のスパイラルが形成されつつあるという。

会場では各氏の作品展示のほか、映像プログラムも上映されていた。

写真家各氏のコメントがつけられた作品は、まさに写真家が捉えた「アフリカの声」だ。こうしたコメントやメッセージをうけて、2つの作品にどのような想いをいだいたかを尋ねるコーナーも設けられていた。作品から想像される「声」をシェアしよう、という取り組みだ。

紛争が生む現実と、それが人々にもたらしたものの姿を伝える本展は、あまり触れる機会のないアフリカ諸国の現状を知る、またとない展覧会でもある。興味のある読者は、ぜひ足を運んでみてほしい。

展覧会概要

開催期間

2018年12月18日(火)~12月26日(水)

開館時間

11時00分~19時00分

会場

みなとみらいギャラリーA・B・C
神奈川県横浜市西区みなとみらい2-3-5 クイーンズスクエア横浜クイーンモール2階

入場料

無料

主催

日本赤十字社、赤十字国際委員会(ICRC)、キヤノン株式会社

協力 / 協賛

マグナム・フォト、神奈川県赤十字国際奉仕団、神奈川県青少年赤十字賛助奉仕団 / 神奈川県日赤紺綬有功会

ガイドツアー

展示内容を説明するツアーも実施される。1日に3回実施の予定で、参加する場合は事前に申込が必要。

日時

2018年12月21日(金)~2018年12月23日(日)
14時00分~、16時00分~、18時00分~(各回30分)

定員

各回15名(申込先着順)

申込方法

日本赤十字社神奈川県支部 企画振興部企画課宛てにメール(kanagawa-info@kanagawa.jrc.or.jp)もしくは電話(045-681-2123)で名前、希望日時、人数、電話番号の4点を連絡する。

本誌:宮澤孝周