イベントレポート
AIが関わる新しい写真展――東洋大学で「井上円了AIワンダーランド」が開催中
2024年5月30日 11:30
東洋大学は5月30日(木)~6月1日(土)の3日間にわたって、東京・赤羽台キャンパスにおいて「井上円了AIワンダーランド」を開催する。
AIを駆使して同校の創立者で哲学者であった井上円了の哲学を紹介するだけでなく、井上円了ゆかりの哲学堂公園を撮影してきた写真家・佐藤倫子氏の作品からAIが写真をチョイスし、AIがキャプションを生成するというスライドショーが表示され、「写真とAI」の1つの研究を見せてくれるイベントにもなっていた。
AIが写真を選んでキャプションを付ける新しい写真展
井上円了AIワンダーランドは、東洋大学情報連携学部で産学連携などに取り組む学術実業連携機構(INIAD cHUB)によるプロジェクト。同機構の機構長である坂村健氏がプロジェクトリーダーを務め、産学のプロフェッショナルを集めてAIなどに関する開発を行ったという。
もともと2018年に「哲学ワンダーランド」として実施された企画の後継として、最新のAIを活用した展示会が、今回の井上円了AIワンダーランド。
展示は5つに分かれており、「井上円了×AI×四聖討論」「井上円了×AI×妖怪動画」「哲学堂公園フォト×AIスライドショー」「哲学堂公園×360パノラマ」「井上円了×AIトンネル」で、とくに写真に関係あるのが「哲学堂公園フォト」だ。
写真は坂村健氏と長年の付き合いがある写真家の佐藤倫子氏が撮影。2018年頃から撮り続けてきた哲学堂公園の写真を提供した。
このコーナーではプロジェクターを使って写真を表示するが、AIがいくつかの機能を提供している。
1つ目が画像の表示のカスタマイズで、プロジェクターで画像を表示する際に1枚1枚プロジェクターにあわせて画質調整をするのは手間がかかる。そこで、今回利用したプロジェクターに最適化した設定を自動で適用するように、AIに学習させて適用しているという。
2点目が写真のクラスタリング。写真の特徴を数値化して類似度を計算して、その結果から写真を自動分類する。クラスタリング結果は3次元空間に視覚的に表示されるとともに、スライドショーの画像選別でも活用される。
3点目がAIスライドショー。前述のクラスタリングで分類された情報などを活用して、AIが写真を選別してスライドショーの順番を決め、さらに生成AIによって写真に応じたキャプションも自動生成してスライドショーとして表示する。
キャプションの生成には、井上円了の文章などを大量に学習させたデータを用いており、「井上円了が写真に対してコメントした」かのようなテキストが生成される。生成されたテキストを見る限り、写真自体を分析しているようで、的外れな印象はなかった。
実際にプロジェクターでの表示やスライドショーを見た佐藤氏は、画質もよく、色もきちんと再現されていて、なおかつテキストも的外れではない内容が生成されていたことに驚いていた。佐藤氏は「AIが世の中と共存しつつあるいまだからこその展示会」と話していた。
佐藤氏は数年にわたって哲学堂公園を撮影しており、今回の展示では長年の写真を提供したという。カメラもニコンやシグマ、オリンパス(当時)などの写真が混在していて、ニコンだと当初はデジタル一眼レフカメラのD850から、最近はミラーレスのZシリーズへと進化。特に暗所性能は「どんどんどんどんよくなっている」(佐藤氏)そうだ。
哲学堂公園は、哲学者・井上円了の思想と世界観を体現するような設計になっているが、一見すると普通の公園内に特徴的な建物があるというだけで、佐藤氏も当初は漠然と撮影していたという。
ただ、園内には井上円了の教えに従ってルート説明があったり、2つに分かれた道でどちらかを選ばされたり、哲学的な面があってそれを面白く感じた佐藤氏は、「考えながら歩くようになっている気がする」と自身の変化も感じるようになったそうだ。
当初と直近では、同じ場所でも写真の撮り方が異なるのでは? という質問に佐藤氏も「全然違うでしょうね」と頷く。「写真を撮るということは結局1人になること。その無の時間に(井上円了の哲学などの)情報が入ってくると、さらに考えながら撮影するようになる」と佐藤氏は話す。
数年にわたる撮影のため、いつも見かけていた猫がいなくなったり、古びてあまりにも恐かったという幽霊と天狗の像が塗り直されて恐くなくなったり、哲学堂公園の変化も捉えた佐藤氏の作品群が、AIによって井上円了の思索とオーバーラップするAIスライドショーの取り組みは、写真の展示の仕方にも新たな可能性を感じさせた。
坂村氏は、写真をきれいに見せるための調整でも、項目が多くなればなるほど手間がかかり、テクニックがある人しか使いこなせなくなるが、AIはそういった経験のなさを補ってくれると指摘。プロジェクターにあわせた画質調整でAIを活用したと説明する。
スライドショーでは、歴史的に重要な順番、繋がりがキレイな順番といった複数のパターンを指定して、写真をAIが解析してクラスタリングを踏まえてスライドショーを作成しているという。
写真自体は、あくまで佐藤氏が写真家として撮影したもので、AIは関係していない。そのため、坂村氏はこれを「人間×AI」の展示だと表現した。これによって「新しい展示会の未来を追求したい」と坂村氏は話す。
今回は井上円了の言葉にフォーカスしたテキスト生成がされていたが、写真を解析して最適なテキストを生成するのは、タグ付けやテキスト検索の高精度化にも繋がるし、ひょっとすると「数年前に公園で子供と楽しく遊んだ写真」と指示したら、自分と子供が公園で遊んでいる笑顔の写真だけを探してくれる、といったこちらの意図と写真の内容を認識した自然言語の検索が可能になるかもしれない。
写真のクラスタリングでは、何枚も同じ場所で撮影した写真を分類してくれるので、整理がはかどる。従来のように日付などの時間軸でグルーピングするのではないので、例えば「昼間」「お城」「人物」が同じような写真だけをクラスタリングしたり、「天狗の像」の経年変化だけをクラスタリングしたり、様々な要素からの分類が可能になる。しかも、あらかじめ手動で設定する必要もない。
撮影自体にAIが関係していないとはいえ、今回の取り組みを応用することで、単にひたすら写真を撮りまくれば、その中からAIが「いい写真」を選んでテーマに従った演出を加えたアルバムを作ってくれる、といったこともできるかもしれない。それがさらに進めば、動画の中からAIがシーンごとに静止画を切り出して、自動で写真のアルバムを作成してくれるといった未来もありえるかもしれない。
今回の展示における「井上円了×AI×四聖討論」は、井上円了が「四聖」と位置づけたソクラテス、カント、釈迦、孔子をモチーフに、この5人のデータをAIに学習させたもの。音声で質問すると井上円了がモデレーターとなってその問いについて4人の回答を引き出しつつ、さらに質問を重ねるなど、話題が広がっていくという展示になっている。
音声入力と認識、音声合成もAIを活用しており、AIが生成したソクラテスの回答に対して孔子がさらに別の角度から回答する、といった不思議な状況が広がる。ちょっと小難しく哲学的に回答するところは「それっぽい」とも感じる。
写真の文脈で考えると、読み込んだデータから複数の写真家(のAI)がそれぞれ討論しながら優れた写真を選ぶ、といったような新しい写真コンテストの将来を見る気分にもなった。写真は感性の作品なので、同じ写真でも万人がいいと感じるとは限らない。AIに個性を持たせることで、「誰もがそこそこ良さそうに感じる」という平均的な選択ではなく、個性のある写真をAIが選び、作り出せるようになるのでは。そんな感覚も覚える展示だった。
他にも、「妖怪博士」という呼び名でも知られる井上円了の、妖怪に関する文章から生成AIによって妖怪の動画を生成したコンテンツや、AIで画像を繋いだ哲学堂公園の360°パノラマ映像、観覧者が立ち止まった位置を認識して、その位置で指定されている年代ごとに井上円了の業績を紹介するコンテンツもあり、短時間ながら楽しめる展示となっていた。
井上円了AIワンダーランドは、東京都北区赤羽台にある東洋大学赤羽台キャンパスにおいて、5月30日(木)から6月1日(土)の3日間にわたって開催。入場は無料だが、人数制限があるため事前予約が推奨されている。