イベントレポート

写真家&フォトキュレーターが講師の「Canon PIXUS PRO」セミナーが開催

プリントからマットブックへの装着までを体験 “モノとしての写真”を再認識

左からフォトキュレーターの小髙美穂さん、写真家の岡嶋和幸さん。

1月26日、神保町にあるインプレスセミナールームにて「写真の存在感を高めるこだわりのプリント仕上げ with Canon PIXUS PRO LINE セミナー・体験会」が開催された。

講師を務めたのは、写真家の岡嶋和幸さんとフォトキュレーターの小髙美穂さんのお2人。キュレーターとは、美術館などで美術品や資料などの収集や研究、また展示や保存の管理監督を行うための、学術的な専門知識をもった人のことをいう。

今回は、写真家とキュレーターという、写真制作に携わるそれぞれ立場の違うお2人の指導を通して、「モノとしての写真の価値」を学んでいこうという主旨である。

1人1台にPIXUS PRO-10Sを用意

参加者のプリント体験用として用意されたプリンターは、キヤノンの「PIXUS PRO-10S」である。10色顔料インクを使ったプロフェッショナル向けプリンターだ。

これを参加者1名につき1台が準備された。「プロ向けの本格的なプリンターを使ってみたい」という理由で申し込んだ参加者は多く、憧れの高性能プリンターを存分に使えることも当セミナーの醍醐味のひとつとなっている。

また、同じく1人につき1台用意されたPCには、参加者から事前に送ってもらった20枚の画像が、あらかじめ保存されていた。

会場の様子はこんな感じ。中央に広い作業台がセットされているのが今回のポイントである。

この日の作業内容を把握する

ひととおりの挨拶が終わったところで、講師の岡嶋さんより本日の作業内容の説明があった。

まず、はじめにやることは、参加者それぞれが用意した20枚の画像の中から、作品とするための1枚を選び出すこと。20枚の画像は、すでに運営サイドがA4サイズのキヤノン純正用紙「微粒面光沢 ラスター」にプリントしてある。

そこから1枚を選んだら、次にPCで明るさやコントラスト、色味などを調整したうえで、PIXUS PRO-10S を使いA4サイズのキヤノン純正用紙「プレミアムファインアート・スムース」にプリントする。優れた発色特性をもつ、マット系の高級アート用紙だ。

作品とすべきプリントができたら、それをブックマットに挟んで固定するのもこのイベントの特徴。ブックマットとはオーバーマット裏側のボードが本のように一体となったマットのこと。プリントを額装するときにつかうものだ。

プリント、ブックマット、フレーム(額)を組み合わせると、写真展で見かけるこの姿になる。

「インクジェットプリントというと以前はクオリティーがいまひとつとされていましたが、今では技術が大きく向上したおかげで銀塩プリントと同等レベルと言えるまでになっています。また、写真をキチンとマット加工することでモノとしての価値、作品性がずっと高くなります。今日はこうしたことを実際に経験してください」と小髙さん。

フォトキュレーターである小髙さんに勧められると、俄然その気になってしまうというもの。心なしか参加者の背筋がピシッと張ったような気がした。

講評を交えながらのセレクト作業

そして、最初の作業である「自分で撮影した20枚の画像の中から1枚を選び出す」が始まった。あらかじめA4サイズ用紙にプリントされた20枚が作業台に並べられ、1人1人丁寧に講評を交えながら選んでいくのであるが、突然全員の前に自分の作品が並べられたため、ちょっと戸惑ってしまった参加者もいたようだ。

しかし、作品制作とは多くの信頼できる意見を取り入れてこそ成立するもの。しかも、20枚のプリントは岡嶋さんがこの日のために自ら出力したものである。聞いた話では、ひとつひとつの画像が最適となるよう、納得いくまで何度もやり直しながら出力を繰り返したとか。本日の参加者は合計で24名なので、24(名)×20(枚)=480(枚)である。

参加者も講師も、この時点で多くの苦労を乗り越えてきているだけに、講評を交えたセレクトは真剣そのもの。写真家の岡嶋さんは、並べられた写真に対して熱く意見を聞かせてくれる。

キュレーターの小髙さんも、作品となる写真には何が必要で、並べられた写真の何が良いかを確かな眼で導いてくれる。

そんな2人の熱意にほだされ、安心したかのように、撮影者自身が自分の写真で何を伝えたいのかを再認識し、やがてプリントしたいベストの1枚にたどり着く。

真剣ながらも微笑ましいセレクトの現場が繰り返された結果、プリントすべき1枚が無事に選び出されていったのであった。真剣かつ理論的な、セレクト作業自体が初めてという参加者が多かっただけに、この時点での達成感は相当なものだった。

パターン印刷機能を使って写真を細かく調整する

次に、選んだ1枚を最高の状態でプリントするために、微妙な調整をすることになった。PIXUS PRO用の無料アプリケーション「Print Studio Pro」がもつ機能のひとつ「パターン印刷」を使う。

パターン印刷とは、1枚の用紙にカラーバランス、明るさ、コントラストなどの変化を加えた画像を一覧でプリントしてくれる機能。どういった補正をを行うかを教えてくれるものだ。このパターン印刷を本番プリントと同じ用紙で行う。

一覧の中から希望の画像を選んだら、その下にプリントされたパラメーターをPrint Studio Proで設定して本番プリントに臨む。本番プリントと同じ用紙でパターン印刷をすることで、モニター上で調整するより変化の度合いが正確にわかる仕組みだ。モノクロ写真向きのパターン印刷も用意されている。

とはいっても、微妙な違いの中から最適な1枚を選ぶ作業というのは、意外に難しく迷ってしまうもの。だが心配はいらない。講師のお2人が会場を回りながら丁寧にアドバイスをしていた。

仕上がりを予想しながらパターン印刷からひとつを選ぶ。岡嶋さんが先に話されていた「僕は、撮影する段階で、すでに最終的な仕上がりに目を向けています」という言葉が、リアルに実感できる瞬間だったのではないだろうかと思う。

アート系用紙を使った本番プリント

いよいよ本番プリントである。マット系アート紙の場合、表裏の確認に加えて、製造工程でどうしても発生する紙粉を取り除いた方が良いとのこと。

用紙の端を触って裁断のとき生じる凹凸を確かめる。こうやって用紙の裏表を確認し……

表面の紙粉や埃を静電防止ブラシやブロアで取り払う。

これらを怠ると、間違えて裏面にプリントしてしまったり、白い点ができてしまったりと、せっかくの作品が台無しになってしまう。

ここまでくればあとはプリントするのみ。散々苦労して設定を終え、初めて本格的なアート系用紙にプリントするのであるから、出力されるプリントを見つめる参加者の眼差しは真剣そのものだった。

プリントの待ち時間の間に、講師の岡嶋さんと小髙さんお2人による、実践的な対談が開かれたのでここで紹介しておこう。

岡嶋 :プリント用紙ひとつとっても100を超える種類が販売されていて、同じ写真でもプリントするとそれぞれ異なる表現になります。用紙だけでなくマットや額の種類も今は豊富にあって、それを考えると一口に写真表現といっても本当に幅の広いものだなと思います。

小髙 :本当に、最近はますます展示の幅が広がりすぎているくらい広がっている感があって、もはや写真とはどこまでを写真というのだろうか、その垣根が曖昧になっているような気がします。

岡嶋 :これまでは展示のための写真作品といえば、今日みたいにキチンとブックマットに入れて額装してというのが常識でしたね。

小髙 :ここにきて、そうした常識も変わるくらいに展示の幅が広がっている印象ですね。昨年のある国際写真賞では、キャンパス地にスマートフォンで撮影した写真をプリントして、さらにその上から刺繍を施す、といった一般常識では奇抜ともとれる受賞作品も登場しています。

岡嶋 :SNSなど、インターネットで色々な人に気軽に自分が撮った写真を見せるというのもひとつの表現手段になっていて、広く受け入れられていますね。方や、紙にプリントした写真はというと、それを展示している場所に来てもらわないと見てもらえないという不自由な面もありますが、そこにはやはりモノとしての価値が存在しているのだと思います。

小髙 :そうですね。やはり写真作品はそれが存在する場所でモノと人が対峙しないと伝わらないことが多いですね。SNSで写真を見せるのもコミュニケーションや拡散力といったメリットがありますし、撮った写真を全部プリントしなければいけないかといえば、そんな必要は全然ない。そんななかにもプリントすべき写真、形にして残したい写真というのは必ずあると思いますので、必要に応じて作品のためのプリントをすればいいのだと思います。幅が広がった分だけ、目的ごとに展示方法を自由にチョイスできる時代になっています。

岡嶋 :今日参加してくださった皆さんもそうですけど、非常に多くの方たちがPCディスプレイなどのモニターにこだわりを持っています。でも、そのモニターは自分が設定した環境でないと自分が意図した表現を正確に表示できない。SNSは気軽で便利な反面、ネットに写真を上げると見る人の環境によって、それぞれ異なる見え方になってしまうという弊害もあります。

小髙 :こだわりをもって撮影し、細部まで調整を施した写真を、プリントに落とし込むことで、それを見に来てくれた人に意図を正確に伝えられる。表現の幅は広がっても、プリントが写真家の意図を最もストレートに伝えることができる手段であることに変わりはありませんね。

岡嶋 :ですので、参加者の皆さんには、プリントを含めたモノとしての作品作りを意識してもらえるようになって欲しいと思います。というところで、そろそろプリントが完了したようですね。

マット加工を施して写真を作品とする

プリントができたら、次はマットに写真を挟む作業である。恐らくは参加者の誰もやったことがない作業ということで、ここは岡嶋さんが順を追って説明をしてくれた。

今回、ブックマットに写真を固定したのが、「ピタック」という商品名のシール。

これは画材屋やネットなどで手に入れられる。決められた通りにピタックを折れば、プリントの4隅を固定するのに最適な形になるものだ。

四隅を留める必要があるため、4つ作る。

ブックマットの窓に写真がピッタリはまるよう、慎重に位置を決める。

位置を決めたら、写真やブックマット(マット面も作品の一部)を汚さないためにしていた手袋を外し、仮止めの意味で写真の上に置く。

写真の位置がずれないように細心の注意を払いながら、ピタックを四隅に貼って写真を固定する。ブックマットで挟み込めば、本日の作業は完了となる。

「慣れてしまえば何ということもないですよ。でも作品にモノとしての価値を出すためにはこのくらいの慎重さが必要だということを知ってください」と岡嶋さん。

慣れてしまえば、とはいっても経験したことのない作業は、意識を底上げしなければいけないという意味でも大変なことだったと思う。これにてこの日の作業は終了となったが、初めてPIXUS PROで本格的なプリントを出力し、自らの手でモノとしての“作品”を作り上げた方々の喜びは、つづく「参加者の声」でお伝えしたい。

参加者の声

藤田勝巳さん

岡嶋先生の本をよく読んでいますので、リアルに教えてもらえるチャンスだと思い参加しました。額装や展示まで含めた仕上がりから逆算して撮影を進めるといった、先生の筋の通ったお話はやっぱりとても勉強になりました。PIXUS PROの表現力や、プリント用紙による作品イメージの違いなども、自分にとっては予想以上のマジカルな体験で、応募者はたくさんいたと思いますが、そんななか運よく参加できて本当に幸運でした。

八木下恵介さん

フォトコンテストなどに応募する際に、今まではお店でプリントしていましたが、自分で思ったようにプリントしてみたいと考え、このセミナーに参加しました。プリント自体が初めての体験で不安でしたが、とても丁寧な説明で思ったよりも簡単にできました。

驚いたのは、いままでモニターで見てスルーしていた画像が、紙にプリントしてブックマットに入れたら、急に作品としての価値が感じられたことです。写真の撮り方から選び方まで、大きく変わりそうで楽しみです。

田渕麻衣子さん

写真を始めて3年ほどになり、自分で撮ったお気に入りの写真を壁などに飾りたいと思うようになりました。それでPIXUS PROシリーズの導入を検討していたところにこのセミナーのことを知って、参加してみました。先生方と一緒に選んだ写真を、PIXUS PRO-10Sでプリントしたら、とても温かみと透明感が出て驚きました。プリンターと用紙でこんなにも違うのかと……撮ったときの自分の気持ちがそのまま表現できたと思います。

田中眞由美さん

写真展を観ることが多く、そこに展示されている作品に憧れています。その一方で、自分でプリントするとイメージしていた写真にできなくて悩んでいました。でもこのセミナーに参加して、その原因が所有しているプリンターであることがハッキリ分かりました。撮っただけでは作品ではなくて、そこから作品に仕上げていく過程がすごく大事。作品を制作するってこういうことなのかと実感できました。

鈴木純子さん

作品制作を学ぶ講座に通っていますので、自分でプリントする機会が多くなっています。講座の仲間から「PIXUS PROはプリントのレベルが全然違う」とよく聞くので気になっていました。実際に今日体験してみると、いままで使っていたものとプリントのレベルが違いすぎて驚きまいした。タブレットやPCのモニターで写真をずっと見ているのは辛いですけど、キチンとプリントして額装した作品は壁に飾って眺めていたくなりますね。自分で撮った写真に愛着が湧きました。

伊東篤史さん

実はPIXUS PRO-10Sを所有しており3年ほど使っています。でもいまひとつ使いこなせていないような気がして、コンテストの応募や鑑賞のために、どうやれば効果的なプリントができるのか知りたいと思っていました。ちょうどそんなときにこのセミナーを知り参加しました。

プリントの設定で、サイズやプロファイルの選択など、いままでよく分かっていなかったことを丁寧に教えてもらえたのでとてもためになりました。自分の撮る写真は光沢系の用紙が合うと、漠然と考えていましたが、マット系の用紙を使った表現手段、選択肢があるということが理解できたことも大きかったです。

制作協力:キヤノン

曽根原昇

(そねはら のぼる)信州大学大学院修了後に映像制作会社を経てフォトグラファーとして独立。2010年に関東に活動の場を移し雑誌・情報誌などの撮影を中心にカメラ誌等で執筆もしている。写真展に「イスタンブルの壁のなか」(オリンパスギャラリー)など。