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ドイツ本社の「ライカI」100周年記念イベントで見たもの(写真編)
フォトアーカイブに初潜入。有名写真家が出演する映画も
2025年7月4日 07:00

既報の通り、ライカカメラ社はドイツ・ウェッツラーで「ライカI」誕生100周年を記念したイベントを開催。先の記事では、そのイベントで見かけた珍しいカメラなどについてお伝えした。本稿では、ライカが取り組む写真関連の話題について取り上げる。
ライカのイベントにはレジェンド級の写真家が多く訪れるが、それでもどこかアットホームな雰囲気がある。カンファレンスの前方席に空きが多いのを見ると、壇上から「皆さん、もっと前に来てください。ほらそこ、ジョエル・マイロウィッツの隣も空いてるからどうぞ」といったアナウンスがあったりする。そして、そこにやってきて座ったのがラルフ・ギブソンだったりする。
参加者も落ち着いたもので、レジェンドをワイワイと取り囲むようなこともない。カジュアルながら敬意を持って、ドリンク片手に立ち話をしたり、カメラを見せ合ったり、テーブルがあれば写真集にサインをもらったり。それぞれに豊かな時間を過ごしていた。



ライツパークで、ジョエル・マイロウィッツの回顧展など開催

ライツパーク内のエルンスト・ライツ・ミュージアムにて、アメリカのストリートフォトを代表するジョエル・マイロウィッツの回顧展「The Pleasure of Seeing」がスタート。本人によってセレクトされた100点の作品は、1960年代のニューヨークで撮影された初期作品から、さまざまな都市の街角でのスナップ、静物モチーフなど、各時代の視点を辿る内容。9月21日(日)まで開催される。


マイロウィッツが初めて買ったのはライカM2。1963年のことだった。近ごろは初期に撮影した25万枚の写真をスキャンしなおしており、ベストショットはそのライカM2に初めてカラーフィルムを入れて撮った写真なのだとか。撮影レンズを通して一部がボケた状態の世界を見る一眼レフカメラと異なり、M型ライカはいわゆる“素通し”のファインダーのため現実が見えて、次に何をすべきかも察知できるのが心地よいとのこと。

また、ライカカメラ本社内のギャラリーでは、イギリス人ミュージシャンであるジェイミー・カラムの写真展「These Are the Days」が行われていた。自身の日常を「ビジュアル・ダイアリー」としてライカで記録しており、コンサートツアーで訪れた場所、出会った人々にもカメラを向ける。



インタビュー:ライカ100周年と写真の関係
ライカギャラリー代表のカリン・レーン=カウフマン氏に、ライカの写真文化に対する取り組みについて聞く機会を得た。

——写真とAI技術の関わり方について、議論が増えています。どのようにお考えですか?
1つの例として、高級なブランドであるほど、広告写真にもオーセンティシティを重要視する傾向があります。世の中に生成AIがあるからこそ、本物を訴求することができるのです。「自分の子どもの写真にAIは使わないよね?」といった具合に、AI技術が広まることで、大事なものほどオーセンティックに、という逆の動きが出てきているように感じます。
AIそのものは技術として活用していくとしても、一方で人間は社会的な生き物です。こうして今回のイベントでも体感できますが、世界中から集まった人達と顔を合わせて話すことを体験すると、一人ひとりが組織に属していて、その関係性を大事にします。こうした行為を大事にする限り、AIを使っても、人の愚かさは現れないのではないかと思います。
——45年続いている「ライカ・オスカー・バルナックアワード」(LOBA)ですが、新たな動きはありますか?
Leica Camera USAが6年前に始めた「Leica Women Foto Project Award」をより国際的にして、LOBAの3つ目の柱にしようと考えています。UKやカナダ、メキシコなどにも広まっている良い取り組みだと思うので、ぜひLOBAの中に取り入れたいのです。ただ賞を与えるだけではなく、フォトグラファーに「何を撮りたいのか?」を聞いてサポートし、作品を撮ってもらう活動もしたいと思っています。
LOBAそのものは参加者も増えて、世界約50か国・120名以上の写真のエキスパートによる推薦があります。私としては、もっと一般的な認知を広げたいと思っています。賞という栄誉だけでなく展示のチャンスもありますし、世の中に知られる機会になるように活動していますが、もっと幅広い人達が「今年のLOBAの受賞者は?」と興味を持ってもらえる形で広げたいです。
フォトグラファーからの動きもあります。「ライカ・オスカー・バルナック・ニューカマーアワード」の初代受賞者であるドミニク・ナーは、LOBAの受賞者同士で集まって「水」をテーマにギャラリー展示を行うなど、賞をきっかけに新たなネットワークも築かれています。
——今年の取り組みでは、伝説的なフォトグラファーと現代のフォトグラファーによる2人展が新鮮だなと感じました。この狙いについて教えてください。
伝説的なフォトグラファーだけでなく、若い世代(new talent)もライカとして評価し、サポートしたいという考えからです。若い世代にも注目してもらえるような形で企画しました。
世界に30あるライカギャラリーの中から、日本の表参道を含む12の重要なギャラリーを選びました。2025年はここで毎月、ひとつずつ写真展が開催されています。これまでに「ライカ・ホール・オブ・フェイム・アワード」に殿堂入りしたフォトグラファーの“まだ見ぬ新しいもの”と、より若い世代のフォトグラファーの撮り下ろし作品を一緒に展示する内容です。日本ではエリオット・アーウィットとジョン・サイパルの組み合わせで、10月に展示がスタートします。
ニュー・タレントという意味では、ライカギャラリー・ウェッツラーの展示でも、34歳のフランス人ジャーナリスト、エドゥアール・エリアスをフィーチャーしました。彼の写真はセバスチャン・サルガドのスタイルに近く、注目しています。



ドキュメンタリー映画を制作中

100周年の記念式典では、ライカがこの100年で写真に与えた影響を伝える映画『Leica, A Century of Vision』のプレビューが行われた。ライナー・ホルツェマー監督が手がけるドキュメンタリー作品で、写真家へのインタビューと、実際に写真家が撮影しているシーンが多く含まれる構成。ジョエル・マイロウィッツであれば、実際にストリートで撮影する姿が見られる。5月に亡くなったセバスチャン・サルガドの姿が映し出されると、会場から拍手と歓声が起こった。
まだ完成前ということもあり、撮影・記録は禁じられていた。すでに90分ほどに編集された状態だったが、これから追加のインタビューが撮影・編集される模様。音楽には、ライカユーザーの写真家でもあるアンディ・サマーズの名前がクレジットされていた。
フォトアーカイブに初潜入。最新の「ライカM11」が活躍

ライカ本社にはこれまで2つの資料室があった。過去の製品資料や世界のライカ関連書籍などを集めたペーパーアーカイブと、歴代製品などを集めたカメラアーカイブだ。しかし今回、初めて「フォトアーカイブ」という部屋に入ることができた。つまり写真作品の収蔵室だ。ライカカメラ社が所有している写真作品のデジタルアーカイブ化を進めたり、ライカギャラリーで展示する写真を管理したりしている。



収蔵する作品数は、1950〜1960年代のもので約1万点。写真家の名前、作品名、使用機材などを記したカードもある。保存のために合紙やフレームは“ミュージアム・グレード”の素材に随時交換しているとのこと。



作品のデジタル化はフォトアーカイブ内で行われていた。「古い機材がそのまま使えた」とのことで、昔ながらのコピースタンドに最新デジタルカメラの「ライカM11」が装着されている。ライカ製品の長寿命さをライカ自身が享受している図式が面白い。


写真に囲まれるライツパーク
フォトアーカイブを出ても、ライツパークにいると常に写真に囲まれている。現地では日本的な名刺交換というより、お互いのInstagramアカウントをフォローしあうのが挨拶というイメージ。SNSを名刺代わりにするのは、写真業界に限らず欧米ではそうした傾向にあるとも聞く。写真好きもカメラ好きも仲良く楽しめるのが、ライカの中枢、ここウェッツラーのライツパークなのだ。


