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Canon EXPO 2023 レポート【後編】市場投入を目指す開発中の先進技術
超高感度の多画素SPADセンサーやテラヘルツスキャナーなど
2023年10月23日 12:15
キヤノンの技術展示会「Canon EXPO 2023」が10月19日と20日にパシフィコ横浜で開催された。【後編】では今後の製品化が期待される要素技術やカメラ分野のテクノロジーを応用した展示を取り上げる。
すでに発表済みの最新製品も目を引くが、会場には今後展開予定の技術展示も多い。製品化に向けて来場者の意見を聞いたり、他社と協業の可能性を探る意味もあるという。
微細な表面構造で実現した「メタレンズ」
光の波長以下の微細な構造を持つ光学素子「メタレンズ」を開発中で、スマートフォンのカメラやウエアラブル端末のレンズへの応用などを見込んでいる。レンズ枚数を削減できるほか、高画質化も可能という。形状もフラットなため、スマートフォンのカメラの小型化も期待される。
メタレンズは回折光学素子の1つだが、波長分散特性の制御が可能。従来の回折光学素子は波長分散性があるため単体では色収差などが発生するが、メタレンズは波長分散性の小さなレンズになり、1枚で結像できる可能性もあるという。
デモではメタレンズで画面を撮影して結像する様子が示されていた。今回のデモはメタレンズ単体ではなく、屈折レンズを加えて2枚で構成している。メタレンズを入れないほうは結像していない。
実用化にはさらなる性能向上が必要とのことで、すぐに製品化されるイメージでは無さそう。「将来的には1枚で済むことを目指したい」(説明員)とのことで、スマホカメラがフラットになる日が来るかもしれない。
このメタレンズは、次に紹介する「ナノインプリント半導体製造装置」で作成された。
ナノインプリント半導体製造装置
回路パターンを刻み込んだマスク(型)をウエハーに押しつけてハンコのようにして回路パターンを形成する新技術「ナノインプリントリソグラフィー」(NIL)方式の半導体製造装置「FPA-1200NZ2C」をキヤノンが世界に先駆けて10月に発売した。
これまでの半導体製造装置は「フォトリソグラフィー」技術を使った投影露光装置と呼ばれ、パターンを縮小投影して回路パターンを焼き付けていた。
投影露光装置が搭載していた大電力を要する光源装置は不要となり、消費電力は現在最先端プロセスで使われているEUV露光装置の1/10程度に抑えられるという。加えて、従来必要だった投影光学系のレンズやミラーも使わないので装置規模も小さくなり、スペース効率にも優れる。
ナノインプリント機ではウエハーの上にレジストと呼ばれる樹脂を塗布して、その上からマスクを押し当てる。レジストの塗布は同社のインクジェットプリンターで培ったインク突出技術を応用し、微細で正確な塗布を実現した。
押し当てたマスクの上から紫外線を照射して硬化させ、マスクを外すと回路パターンが完成する。1回のインプリントで三次元パターンも形成可能。プロセス世代としては5nmノード(線幅14nm)に対応しており、今後マスクの改良で2nmノードも目指す。
300mmウエハーに対応し、今回展示されていた2ステーション構成ではウエハーを毎時40枚処理できるという。ロジック半導体やメモリーの製造に向けるが、三次元構造を作れるため先のメタレンズのような半導体以外への応用もできる。
マスクはガラス製で、日本メーカーが手がけている(展示品は大日本印刷製)。1つのマスクで30万回程度の寿命(マスクライフ)があるという。レジストは専用品だが、キヤノンでも提供する。ウエハーは従来品が使える。
本装置はすでにキオクシア(旧東芝メモリ)の四日市工場に設置され、量産性の検証が行われている。
超高感度カメラを実現した多画素「SPADセンサー」
ノイズの影響をなくして夜間でも鮮明に写せる多画素の「SPADセンサー」を開発。同センサーを搭載したカメラを夏に発売した。
SPAD(Single Photon Avalanche Diode)センサーは、光の最小単位となる光子(フォトン)1つ1つをカウントできるセンサー。CMOSセンサーのように光子がたまった量を計測するセンサーではノイズが混入して高感度撮影が難しかったが、SPADセンサーはノイズが入らないので正確に光子の数をカウントできるのが特徴となる。
SPADセンサー自体はこれまでも存在しており、スマホの距離センサーなどには使われていたが、今回キヤノンでは世界最高の320万画素タイプを開発し、フルHDといった解像度での撮像センサーとして使えるようにした。センサーサイズは1型。
SPADセンサー搭載カメラは「MS-500」。フルHD 60pの動画を撮影できる。放送用レンズのバヨネットマウントを備えており、高倍率の放送用レンズと組み合わせて夜間の遠方監視などに向ける。
併せて、超高感度カメラシリーズ用の画像鮮明化ソフトも提供する。独自のAI技術を使ってPCで画像処理し、リアルタイムで画像の鮮明化が行える。
小型軽量のXRグラス
「光学描画コンポーネント」として展示されていたのは、XR(VR/AR/MR)向けのコンポーネントを利用した小型グラスの試作品。製品化は未定となっている。
コンポーネントとしては、カメラを内蔵するビデオシースルー型やハーフミラーを使ったシースルー型を開発した。今回それらを用いた双眼のグラスの実働品でデモを行っていた。
いずれも小型軽量で、メガネ型にしたり手で持って目にかざして使う方法が提案されていた。デモ品のビデオスルー型はUSB端子がありPCに接続して映像を映していた。試作品はバッテリー非搭載なので、PCやスマホと常時接続して使うイメージになっていた。
一般的なVRゴーグルほど大型ではないので、メガネのように使えるのがメリット。商談などで顧客に説明する際に、手持ちタイプのグラスで気軽に見てもらうツールとしての使い方もあるとのこと。
光学モジュールも手がけており、軽量な樹脂製導光板やマイクロ有機ELディスプレイ(μOLED)からの光を効率よく届ける工夫を施している。
さらにグラス向けμOLEDも従来の第2世代から第3世代への進化版を提案している。有機EL材料の変更や光取り出し構造の見直しで、同じ消費電力ながら輝度を5倍に引き上げた。
こうしたグラスでは表示までの光路で光の損失があるため、より明るいディスプレイの開発が求められていたとのこと。同時に色域も広がっている。
高度な温度シミュレーション
「製品保証プラットフォーム」の一例として、温度シミュレーションの取り組みを説明していた。
カメラなどは発熱により性能に影響が出るため、熱設計が重要となる。これまでは試作品で温度を計測していたが、最近はコスト低減や開発期間の短縮、環境負荷低減(試作品は廃棄物になる)の観点から試作品を減らす方向だという。
そこで、高い精度の温度シミュレーション技術を作り、製品開発に活用している。デモのシミュレーションでは、実測に近い温度分布が見られる。
この技術は特定の製品だけでは無く、同じシミュレーション技術を例えばFPD(フラットパネルディスプレイ)製造装置内の温度シミュレーションといった全く異なる製品でも活用する。その際にシミュレーション技術に改良が加えられることで、プラットフォームとして精度が高まっていくメリットがあるという。
カメラ技術も生かしたテラヘルツスキャナー
テラヘルツ波は電波と光の中間の性質があり、プラスチックや木材などを透過する性質がある。これを利用して内部を透視するスキャナーのデモが行われていた。
1つのイメージング機器としてみると興味深いものであるうえ、撮影するセンサーは同社カメラのセンサー技術を応用したものだそうだ。
テラヘルツ波の発生デバイスは、独自に開発し今年発表したもの。従来よりも大幅に小型化、高出力化した。
テラヘルツ波はX線と異なり被爆しないので、歩いている人を監視カメラのように撮影して武器を持っていないかリアルタイムで検知するといった使い方もできる。
見た目を重視したプリントカラーマッチング
プリンターや用紙が異なっても、同じ印象でプリントできる技術「SCM(Super Color Management)」の参考展示もあった。
家庭用や業務用のプリンターでキャンバスや光沢/マットの各用紙にプリントしたサンプルを展示。実際の見た目では、かなり色味が揃ったプリントだった。
再現したい色に対して、人の目が最も近いと感じる色を割り当てるマッピング処理などを開発することで、印象の揃ったプリントを作れる。
デザイナーが完成品と異なるプリンターで印刷しても、印刷所のプリンターに近い見え方で作業ができることなどをアピールしていた。