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最後の開催を迎えた第44回写真新世紀のグランプリが決定。昨年に引き続き映像作品に

受賞者は賀来庭辰さん。作品コメントと展示会場の模様も

公開審査会当日、リアル会場で登壇したファイナリスト5名と審査員の面々

キヤノンは11月12日、写真新世紀の2021年度グランプリを選出する公開審査会を東京都写真美術館で開催した。今回で最後の開催となった写真新世紀の模様と結果をお伝えしていきたい。

ファイナリスト7名がプレゼン

写真新世紀とは、新人写真家の発掘や育成、支援を目的にキヤノンが主催している文化支援プロジェクト。1991年の開催以降、長きにわたって新人写真家の登竜門として位置づけられ、数多くの作家を輩出してきた。30周年の節目となった今回(第44回)は、国内外から2,191名(組)の応募があった。その数は過去最多となったという。

10月16日~11月14日にかけて開催されていた「写真新世紀展 2021」の様子。公開審査会当日も多くの鑑賞者がつめかけていた

11月12日に行われたグランプリ選出公開審査会では、優秀賞受賞者がそれぞれ自身の作品を審査員に対してプレゼン。質疑応答に臨んだ。

審査に臨んだファイナリストは登壇順に宛 超凡さん、テンビンコシ・ラチュワヨさん、光岡光一さん、賀来庭辰さん、ロバート・ザオ・レンフイさん、千賀健史さん、中野泰輔さんの7名。

審査員は7名。オノデラユキさん(写真家)、グエン・リーさん(シンガポール国際写真フェスティバルディレクター)、椹木野衣さん(美術評論家)、清水 穣さん(写真家評論家)、安村 崇さん(写真家)、横田大輔さん(写真家)、ライアン・マッギンレーさん(写真家)がつとめた。

ファイナリストの各作品タイトルは以下のとおり。なお当日はコロナ禍の情勢下ということもあり、海外の受賞者および審査員は欠席。ビデオメッセージによるプレゼンと選評となった。

宛超凡さん「河はすべて知っている―荒川」
テンビンコシ・ラチュワヨさん「Slaghuis II」
光岡幸一さん「もしもといつも」
賀来庭辰さん「THE LAKE」
ロバート・ザオ・レンフイさん「Watching A Tree Disappear」
千賀健史さん「OS」
中野泰輔さん「やさしい沼」

グランプリ受賞者は

各ファイナリストによるプレゼンが終了すると、即座に審査に移行。審査員による約1時間ほどの合議を経て当日中にグランプリが発表される流れとなった。

この合議の結果、写真新世紀、最後のグランプリ受賞者は賀来庭辰さんに決定。前回(第43回)の樋口誠也さん「some things do not flow in the water」に引き続く映像作品での受賞となった。

「写真新世紀展 2021」では、前回グランプリを受賞した樋口さんの新作映像作品「super smooth」が展示されていた

名前を読み上げられ、壇上に立った賀来さんには奨励金100万円のほか、副賞として同社のミラーレスカメラ「EOS R5」と「RF24-70mm F2.8 L IS USM」が贈呈。また次年度の新作個展開催の権利が贈られた。

賀来庭辰さん「THE LAKE」とはどのような作品なのか

それでは賀来さんの映像作品「THE LAKE」とは、どのような内容だったのか。その制作意図について、プレゼンの内容を振り返ってお伝えしたい。

本作では標高1,000mを超える山々に囲まれた湖が舞台となっている。この地に冬の約3カ月の間滞在し、刻々と移り変わる湖の様子を記録していったという賀来さん。25分52秒の映像として湖が凍ってから解けるまでの様子を収めている。

「THE LAKE」展示スペースの様子

作品のプレゼンにあたり、自身と両親との関係から語り始めた賀来さん。台湾人の両親のもとで育つ中、自身は日本語のみを習得したとして、日本語をよく理解できていない父親との間に言語コミュニケーションの断絶を感じてきたのだと語った。そうした中で写真と映像を用いて家族との関係に遡っていったのだと続ける賀来さん。やがて写真と映像を撮ることが自身の言語になっていると実感するようになっていったのだと語った。

壇上でプレゼンをする賀来さん

そうした中で記録された3カ月間にわたっての湖との対話は、自然の変化や生活を見つめていくものでもあったのだという。

映像作品に収められているシーンの数々。

受賞にあたり、賀来さんは「僕がこの作品でグランプリを獲るためにずっと支えてくれた友人や大切な人たちがいて、そのような方々に恩返しができたかなと思っています。写真新世紀2017で佳作をいただいて、また今回優秀賞をいただいたことで非常に救われました。写真新世紀がなくなってしまうことを聞いた時は本当に驚いて、悲しい気持ちになりました。この写真新世紀が忘れられないように、作家である僕たちが頑張らなくてはいけないと思っています。また、両親とは隔たりがありますが、今回グランプリを受賞したことはしっかり伝えたいと思います。」とコメントした。

審査員コメント

審査員からは、清水さんからのコメントがあった。グランプリ選出の背景について、2017年に佳作を受賞した際の作品にもふれつつ、今回の作品は「私小説の作家が傷を癒しに湖へやってきたというような、非常によくできたフィクションでした」と評した清水さん。「今回はこれから映像作家や写真家としてまったく別の作品を作っていく可能性を感じ、グランプリに選出しました」とコメントした。

また、今回応募の総評として「人間と自然の関係性」に関わる作品が多かったと指摘した清水さん。文明の脆さや、表層的なものに乗っていること、テクノロジーがそこまであてにならない、といった危機意識が「水」というモチーフに象徴的にあらわれていたと続けた。そうした危機意識が現在の状況を指し示しているとして、「根源的な条件について考えを巡らせるという点でも今回の優秀賞作品は共通していて、時間と空間、世界と自己など、シンプルだけれども深い問題に写真で立ち向かうという点が共通していたことも、最後の写真新世紀にはふさわしかったと思います」と締め括った。

写真新世紀30周年回顧展の開催が予定されている

今回で最後となった写真新世紀だが、キヤノンは「写真新世紀30周年回顧展」の開催を予告。「もう一度見てみたい歴代受賞者の受賞作品は? お気に入りの作家にご投票ください!」という呼びかけのもと、歴代のグランプリおよび優秀賞、佳作受賞者の中から、展示作家・作品の一般投票を受けつけている。

投票締切日は2022年4月2日を予定。今後も回顧展の詳細が決定次第、「写真新世紀」ホームページに案内を掲載するとしている。

本誌:宮澤孝周