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2019年日本写真協会賞受賞式で、受賞各氏が作品を語る

石川真生氏が作家賞 新人賞はインベカヲリ★氏と峯水亮氏に

公益社団法人日本写真協会は6月3日、2019年の日本写真協会賞の表彰式を都内で催行した。

日本写真協会賞は、同協会が主体となって日本の写真界や写真文化に貢献した個人や団体を顕彰する賞。作家賞、新人賞、国際賞、功労賞、学芸賞の5部門で構成されている。

選考委員は5名で、2019年は織作峰子氏(写真家)、佐々木広人氏(朝日新聞出版 雑誌本部長・前アサヒカメラ編集長)、佐藤時啓氏(写真家)、土田ヒロミ氏(写真家)、松本徳彦氏(写真家)の各氏がつとめた。

表彰にあたり各部門受賞者の表彰理由が発表され、それぞれの作家からコメントが寄せられた。

作家賞:石川真生氏

作家賞が送られたのは、自らを“沖縄人”だと称して登壇した石川真生(いしかわまお)氏。同賞は「日本国内で優れた写真作品を近年継続して発表し、写真界に多大な影響を及ぼした個人を対象」に贈られる賞だ。

その表彰理由は、70年代から沖縄の米軍基地周辺で懸命に生きる女性たちの姿を捉えた写真集「FENCES,OKINAWA」(未来社・刊)をはじめ、数々の個展や写真集を発表し続け、また2018年に原爆の図 丸木美術館(埼玉県東松山市)で催された「石川真生 大琉球写真絵巻」展で沖縄における苦悩の歴史を綴るまでの、その継続性と創作力が評価されたのだという。

石川真生氏

受賞にあたり石川氏は、これまで“日本人”が撮った沖縄が有名になっていたが、沖縄には自身も含めて良い写真を撮っている写真家がたくさんいるとして、そうした人々の写真が認められてきていないことに憤りを感じている、とコメント。

「体はガタガタだけれども、頭は冴えています。私は沖縄人と沖縄に関係のある人しか撮りません。どこも撮らない。自然も撮らない」(石川氏)

これからも同様の被写体に向き合っていくと力強くコメントし、今回の受賞で「やっと日本人が認めてくれた」と、その喜びを語った。

新人賞:インベカヲリ★氏 峯水亮氏

新人賞はインベカヲリ★氏と峯水亮(みねみずりょう)氏の2名の作家に対して贈られた。新人賞は「国内で近年写真作品を発表した将来を期待される有能な新人写真家を対象」とするもの。

インベカヲリ★氏は、写真と言葉からなる写真集「理想の猫じゃない」(赤々舎・刊)を2018年に上梓した写真家。この写真集と同名タイトルの個展が、写真家のすぐれたコミュニケーション能力により、写真家とモデルという関係性を「撮る・撮られる」ものをこえて表現されていること、そして若い女性をこれまでになく自由闊達に表現したことが表彰理由としてあげられた。

インベカヲリ★氏

「写真を撮るという意識よりも人を知りたいという意識で撮っている」というインベカヲリ★氏。「私の世代は女性は女性としてひとくくりにされることが多く、考えていることもひとくくりにされてしまう。そこからはみ出すと目をつけられる」ような世界を見続けてきたという。

しかし、そうした中でも一人ひとりが独自の考え方をもっていて、それまで聞いたことがないようなセリフが一人ひとりから出てくることに感動し、それを写真の中で表現していった、と振り返った。

「私が撮っている被写体は、私の前で見せる姿というのは日常生活で見せない人がほとんどで、だいたいがステレオタイプな女性として擬態している人がほとんどです。ポートレートというと、若くてきれいな人を撮るというものですが、私は普通の人の中にある物語こそが一番すごいと思っていて、そういうものを表現しようとしてきました」(インベカヲリ★氏)

自身の作品について、つくりこみが多いことから、理解されることが少なかったと振り返りつつ、「理想の猫じゃない」発表以降はそうした状況から心境が変わってきたと述べた。賞をもらうまでは、自身の作風に自信をもつことに多くのエネルギーを要したが、これからは気負わずに作品制作に臨んでいけそうだ、と笑顔を見せた。

続けて登壇した、峯水亮氏は、第5回日経ナショナルジオグラフィック写真賞(2016年)でグランプリを受賞した写真家。

夜の海にもぐり、呼吸やフィンなどを使って水中で静止する高度な潜水技術と、ストロボを駆使しながらマクロレンズにより数mmのプランクトンを高精細に撮影する技術によって、幻想的な世界を描いたこと、その作品を写真集「Jewels in the night sea 神秘のプランクトン」(日経ナショナルジオグラフィック社・刊)にまとめあげたことに対して贈られた。

峯水亮氏

海の中にはいろいろな生き物がいるものの、これまでプランクトンはほとんど注目されてこなかったという峯水氏。海の中を泳いでいる中で、いろいろな命があり、小さな生き物であっても必ず役割をもっていることから、そうした生き物の姿を伝えたかったと話した。また被写体に出会うこと自体の難しさも語った。

「海の中に入れば必ずいつでもいるかというと、まったくいない日もあって。では、どうやって出会っているのかかというと、自分自身が長いあいだ海の中にいることで彼らに遭遇します。だいたい1日6時間から8時間、海の中にいるんです」(峯水氏)

授賞式の翌日も沖縄の海に潜る予定だと話す峯水氏。そうした気づかないような微小な生物の命のことをこれからも知ってもらいたい、伝えていきたいと話した。

国際賞:「THE JAPANESE PHOTO BOOK:1912-1990」(マンフレッド・ハイティング氏/金子隆一氏)

国際賞は、マンフレッド・ハイティング氏と金子隆一(かねこりゅういち)氏に贈られた。同賞は「日本写真文化のために国際的に顕著な功績のあった国内外の個人または団体を対象」というものだ。

511冊の写真集や3,500点もの写真・図版を体系的に纏め上げ、日本の写真集が世界に与えた影響が歴史を辿りながら見えてくること、そしてそれが日本の写真史を知る上で貴重な資料となっていることが理由としてあげられた。

マンフレッド・ハイティング氏
金子隆一氏

「THE JAPANESE PHOTO BOOK:1912-1990」の出版には6年の歳月が費やされたと語ったハイティング氏。金子氏の協力がなければその出版は実現しえなかっただろうと話した。

「日本の写真は20世紀の歴史に大きく貢献しました。たくさんの日本の写真出版物なくしては、私たち西欧の者は日本文化の重要な部分と私たちへの貢献を見逃してきたと思います」(ハイティング氏)

「ドイツの光学とバウハウスの教えは、デザインの創造性とその実り多い融合となって、日本の写真撮影に最初の重要な影響を与えました」と技術的な側面の歴史にふれつつ、しかし決して西欧の技術に従う必要はなく、自身の創作性や独自の技術で写真をつくりあげていくべきだ、と述べた。

続けて登壇した金子氏からは、この書籍にこめる期待と感慨が語られた。

「昨年のカリフォルニアの山火事で、この本の元になったハイティング氏のコレクションはすべて消失してしまいました。でも、私たちがつくったこの本が、彼のコレクションがいかに素晴らしいものであるのかを示す重要なものであることを、忘れないでいただきたい。精魂こめてつくりあげたこの本が、我々自身が今後いかにあるべきかを探る重要な指針になるのではないかと思います」(金子氏)

功労賞:富岡畦草氏 原直久氏

「日本写真文化のために顕著な貢献をした個人または団体」に贈られる功労賞の受賞者は、富岡畦草(とみおかけいそう)氏と原直久(はらなおひさ)氏の2名。

富岡畦草氏は、定点観測的手法で作品撮影を続けている写真家。著書「東京定点巡礼」(日本カメラ社・刊)を契機として、東京の街や家族などの成長記録を捉えた定点撮影の手法が、写真表現の原初的な特性を改めて明らかにしたこと、その長年の功績をたたえての表彰だという。

富岡畦草氏(右)。隣に立つのは、2代目畦草こと次女の富岡三智子氏。

これからも引き続き声援をお願いしたい、と喜びの笑顔を見せた富岡氏。このお願いが写真界にひろがり、そして社会の発展につながっていくことを願っていると述べた。

続けて登壇した原直久氏は、日本大学芸術学部で教育活動をおこなってきている人物。文化庁派遣芸術家在外研修員としても活動しており、フランスおよびドイツにおける写真表現の原点を探る活動、古典技法から最新の技術をさぐる試みが、海外の写真界にも大きな影響を与えたことが、今回の表彰理由だという。

原直久氏

卒業後そのまま大学に残り、学生の指導にあたってきたという原氏。大学院に進んだ留学生が母国に戻った後も活躍しているとして、展覧会やワークショップで交流できたこにも喜びがあると話した。一方で、これからも新しい表現へ取り組んでいきたいと話した。

学芸賞:港千尋氏

学芸賞は港千尋(みなとちひろ)氏に贈られた。この賞は「国内で、優れた写真評論・写真研究などを発表し、広く一般に上梓して写真界に多大な影響を及ぼした個人または団体」に対して贈られる。

2018年に刊行された著書「風景論-変貌する地球と日本の記憶」(中央公論新社・刊)が、デジタル勃興の現代に対して、新たな風景論を提示し、今後の写真表現の領域を拡張させることを示唆する評論となっていることが表彰理由だという。

港千尋氏

2011年の東日本大震災を機に、一夜にして変貌してしまった風景に対して写真家として受けた衝撃・経験から写真を撮ることや、風景という概念そのものを一から考え直していったという港氏。以来、およそ7年間をかけて書きためていったものをまとめたのが、この著書にまとまったのだと話す。

「2019年は写真が発明されて180年目であり、また先ほどマンフレッド・ハイティングさんが触れられたようにバウハウスが誕生して100年目にあたる、そうした意味でも大きな節目にあたる年だと思います。震災後の日本には復興という言葉がありますけれども、しかし未だにそこで生まれた問題はまだまだ解決つかずです。そうした中で写真をとおして何ができるのかどうか、この受賞をきっかけに皆さんと考えていきたいと思っています」(港氏)

本誌:宮澤孝周