カメラ旅女の全国ネコ島めぐり

猫にまつわる不思議を秘めた、伊豆諸島随一の温泉の島へ(式根島・前半)

東京から南に約160km、伊豆諸島のひとつに、外洋に浮かぶ小さな式根島があります。ここは、温泉評論家の野口冬人さんが、全国の露天風呂番付をしたときに、横綱とほぼ同格の張出横綱に選んだ“地鉈温泉”がある「温泉の島」として知られています。

【これまでのねこ島めぐり】
遥か昔、火山が噴火して出来た島で、今でも、島のあちこちで温泉が湧いている、と言います。実際に、島を囲む海岸線の浜辺では、ぷくぷくとお湯が沸き上がって、“海中温泉”を楽しめます。

季節はいよいよ初夏を迎えますが、式根島の人たちは、「夏こそ最高だ」と言っておられます。

一方で、昔から猫がとても多いのだそうです。しかも、猫にまつわる、ちょっとした不思議な話も、島を訪れたときに聞きました。それは一体……。

いざ、温泉の島で、猫をめぐる旅へ!

東京から11時間の船旅

式根島へは、東京竹芝桟橋から東海汽船の“さるびあ丸”に乗って向かいました。

高速ジェット船もありますが、東京の夜景をクルージングする気分で、ゆっくりとした時間を楽しむ船旅もいいなと、今回は大型客船にしました。

さるびあ丸は、全長120mの大型客船で、伊豆大島、利島、新島、式根島、神津島へと航行しています。

22時に竹芝桟橋を出航して、式根島へ到着するのは翌日の9時5分。実に11時間の船旅ですが、東京タワーや摩天楼が煌めく夜景や、レインボーブリッジ、羽田空港を発着する飛行機の往来を眺めながら、同乗した他の旅人たちと交錯する時間を楽しんで、2段ベッドの特二等室で横になったら、あっという間に朝でした。

船が近付く式根島は、「あ、山が低いな」という印象。どうやら、平らな地形をしているらしいです。

港で、予約していた民宿わたなべの女将さんが迎えにきてくれました。

接客上手の猫

島の中心部にある民宿わたなべは、庭に白い砂が敷いてあって、南国のようです。実はこの砂は、抗火石という火山岩の一種で、国内でも新島、神津島、そして式根島にしかないそうです。東京渋谷のモヤイ像は、この石でつくられています。

さてさて、民宿で待ち構えていたのは、可愛らしい猫ちゃん。

「アメです。雨の日に、迷い込んできた仔猫だったの。保護してからずっとうちで暮らしてるんですよ~」と、女将さん。

玄関でしっかり写真を撮らせてもらいました。

アメちゃん、「いらっしゃいませにゃ」と、接客バッチリです。

それから部屋に通してもらい、ふっとバルコニーから外を眺めようと出てみると、横から視線を感じ?

「あ! アメちゃん!」

「にゃーん」

隣の部屋へ、女将さんがほかの旅人を案内したときに、アメちゃんもくっ付いて行ったようです。

庭先では、先輩猫のマロがいました。

マロは、もうおばあちゃん猫です。女将さんの息子さんが小さいときに、路上で保護して連れて帰ってきたそう。たまたまそのとき、目の上に黒い汚れが点、点と付いていたため、「麻呂」って名前にしたんだとか。

「式根島って猫が多いんですね~?」と、女将さんに確認すると、

「いっぱい、いっぱい。そこらへんで、すぐ会えますよ」と、特定の場所を言うでもなく、“あちこち”だと教えてくれました。

ただし、最近はちょこっと数が減ったかしら、とも付け加えていましたが。

犬とも仲良し

さっそく島を散策しようと、民宿の向かいにある、レンタサイクル屋さん「千代屋」に行くと、飼い主さんとお散歩しているワンちゃんがいました。

「あれ、猫ちゃんもいる」

「毎日いっしょに散歩してるんですよ」と飼い主のおじちゃん。

ほかの島でも、猫と犬の散歩シーンに出くわすことがありますが、大抵猫が自由で、犬と飼い主が猫のペースに合わせています。

このときも、猫ちゃんが「休憩」をはじめたので、ワンちゃんが待機。お利口さんです。

さて、電動自転車を借りて島のなかを走ることにしました。

その道すがら、猫たちが路上でぐでーん、ごろーんとしていました。自転車を止めて写真を撮ろうとすると、「何者だにゃ?」と警戒されましたが、猫に会えば止まり、写真を撮って……、という繰り返し。

温泉で島の人々と交流

島には露天風呂が3つと、温泉施設「憩の家」があります。

露天風呂のうち、地鉈温泉と足付温泉は、野湯なので、潮の満ち引きによって温度が変わるため、入れる時間が限られます。

式根島港近くの温泉「松が下雅湯」は、温度調整ができるように作られているので、24時間いつでも入ることができます。

観光客と地元の人が入り交じって、男女混浴(水着着用)で、温泉談話している光景がとても素敵でした。

私も夕方入りに行きましたが、地元のおばあちゃんやおじちゃん、他の旅人たちと

「どこから来たの~?」

「どこに泊まっているんですかー?」

なんて交流できて、一人旅でもとても楽しめる温泉の島だなあと感じました。

ちなみに、泉質は、硫化鉄泉なので、鉄分が豊富で、それゆえ色が赤っぽいらしいです。「内蔵があたたまる、内科の湯だよ」と、おばあちゃんが教えてくれました。

自転車でくるくる走ると、島はだいたい半日もあれば回れてしまう規模感。もちろん、温泉に浸かったり、山道の遊歩道を歩いたりすると時間がかかります。

個人的に好きな場所は、石白川海岸。

真っ白な浜辺と、こじんまりとした湾が可愛らしいです。

なにより、おばあちゃんがぼうっと海を眺めていて、

「今日は穏やかな海で、気持ちがいいなあ、ああ本当にいい日だ」と言っていたのが、心に残りました。

島生まれ、島育ちで、ずっとこの海を見てきたようです。

不思議な猫の話

ところで、式根島にいる間に、地元の人にこんな話を聞きました。

「この島は、猫にまつわる不思議な話があって、まず、大王神社というところ。ここは、満月の夜、島中の猫が集まって、みんな同じ方角を見るんですよ」

「え! 何を見ているんですか?」と突っ込んでも、

「いやあ、わからないです。とにかく、目撃者が何人もいるのは事実で、いったい猫たちがなぜそこに集まるのかも謎。飼い猫まで、集まるそうですよ」

そんな不思議な場所、行ってみるしかない! と、シャーッと自転車を走らせていきました。

そして、大王神社に到着。

すると!

ぜんぜん、猫の気配がしない……。

急な階段があり、とことこ登って、本殿まで来たのですが、やはり猫の姿はまったく見当たらない。

いつか満月の夜に来てみたいと思います。

ちなみに、満月のとき、海は大潮になります。

温泉で出会ったおじちゃんが、「大潮になると、幻の温泉が海にできるから。また来てごらん」と言われました。

さーーっと潮がひくと、海底の岩が自然の湯坪をつくり、そこを温泉として入ることが可能になるそうです。

猫の集会を確かめに、幻の温泉に入りに、満月のときに必ずまた来ようと誓いました。

夜、わたなべで美味しいご飯をいただき、部屋で寛いでいると、アメちゃんが遊びにきてくれました。

「あなたも、満月の夜は大王神社に行くの?」

「にゃ?」

ちょっと知らんぷりをされましたが、アーモンド型の愛らしい瞳の奥に、人が知らない秘密が隠されているようにみえました。

(後半はこちら)

小林希

旅作家。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後、『恋する旅女、世界をゆくー29歳、会社を辞めて旅に出た』で作家に転身。著書に『泣きたくなる旅の日は、世界が美しい』や『美しい柄ネコ図鑑』など多数。現在55カ国をめぐる。『Oggi』や『デジタルカメラマガジン』で連載中。