カメラ用語の散歩道

第17回:像倍率と撮影倍率(後編)

被写体に近づける=大きく写せる? 露出倍率の補正がいる場合・いらない場合

※今回は、前々回に掲載した「像倍率と撮影倍率(前編)」の続きです。

撮影倍率の式

像倍率と撮影倍率の話を先に進める前に、前編でご紹介した図1a、つまり前側焦点、後側焦点などのポイントの関係図(図1)と、導出した撮影倍率の式、つまり【結論1】と【結論2】を再度掲げておこう。

図1:前回の図1a。撮影倍率は被写体までの距離として前側焦点からの距離Zをもってくるとわかりやすい。

【結論1】 M=f/Z
【結論2】 M=Z’/f’

ここで応用問題を一つ。太陽や月を撮影する際、撮像面に結像する像の直径は、焦点距離の約1/100だということがよく言われている。撮影倍率Mは像の大きさ(直径)y’を被写体となる太陽や月の直径yで割ったものであるので、上記の【結論1】の式から、

y’/y=f/Z

この式を変形すると

y’=f×y÷Z

つまり、【太陽や月の大きさy】を【太陽や月までの距離Z】で割った値を、【焦点距離f】に乗じたものが【像の大きさy’】になるわけだ。実際に値を入れてみると、y÷Zの値は約1/100になるはずである。なお、厳密にはZは【撮影レンズの前側焦点F】からの距離なのだが、実際にはレンズの焦点距離分の違いは無視できる。

撮影倍率と画面サイズ

ここで重要なのは、撮影倍率に画面サイズは関係しないということだ。図にも数式にも画面サイズに関することは出てこない。

前編で例として挙げたキヤノンRF135mm F1.8 L IS USMの最大撮影倍率は0.26倍なのだが、このレンズを35mm判フルサイズのキヤノンEOS R8に装着しても、APS-CサイズのキヤノンEOS R7に装着しても、最大撮影倍率0.26倍という数字は変わらない。

両者の違いは0.26倍の撮影倍率で結像した被写体像を、どの大きさで切り取るかということなのだ。

上記した例でも、焦点距離300mmのレンズで月を撮影した場合はその像の直径は約3mmになるわけだが、1/2.3型の撮像素子(普及価格帯のコンパクトカメラに多く採用)を備えたデジタルカメラで撮影した場合には、画面サイズは6.26×4.69mmであるのでほぼ画面長辺の半分ぐらいの大きさに撮影できるが、35mm判フルサイズの場合には長辺の1/12の大きさになってしまうということになる(写真1)。

写真1:満月の写真。ここでは焦点距離300mmのレンズで撮影したので像の直径は約3mmだ。カメラはPENTAX Q10(撮像素子は1/2.3型)なので、月の像の大きさは画面長辺のほぼ1/2になる。

同じ撮影倍率でも画面サイズが異なると撮影される範囲が変わってくるということだ。例えば等倍撮影を例に挙げてみよう(図2)。

図2:このように撮影倍率は画面サイズには無関係で、撮影倍率が等倍ならば被写体と同じ大きさの像を結ぶということだ。35mm判フルサイズでもマイクロフォーサーズでも撮影倍率は変わらない。その像をどう切り取るかというところに画面サイズが関係してくる。

35mm判フルサイズのデジタルカメラで、35mm判フルサイズの銀塩カメラで撮影したフィルム写真をデジタイズするとすれば、等倍撮影で画面いっぱいに撮影(複写)できることになる。

だが、例えばこれをマイクロフォーサーズのカメラで撮影すると、元の写真の1/4の部分を画面いっぱいに撮影することになり、それより外側は画面からはみ出す。この観点でみると、マイクロフォーサーズ用の等倍マクロレンズを“35mm判フルサイズ換算2倍相当”と表現するのは、却って話が難しくなってしまいそうな気がする。「17.4×13mm(センサーサイズ)の範囲が画面いっぱいに写ります」と注記するのが妥当な線ではないかと思う。

レンズ先端から××センチメートル

レンズ一体型デジタルカメラなどのスペックで、ときどき「レンズ先端から××センチメートルまで近づけます」という表記を見かける。いかにもものすごい接写ができそうな印象を受けるが、これはあまり意味がないということは、これまでの説明でわかるだろう。

そう、接写や拡大撮影の能力で重要なのは「どこまで近づけるか」ではなく、「どれだけ小さな被写体を画面いっぱいに撮影できるか」であって、要は撮影倍率なのだ。

レンズ先端からの距離を縮めるためには、内焦式(いわゆるインナーフォーカス)のフォーカシングで全体の焦点距離を短くすることで達成している。だから前側焦点から被写体までの距離Zが小さくなったところで前側焦点距離fもその分小さくなっているわけで、撮影倍率Mは思ったほど稼げない。

実際にマクロレンズに内焦式が採用され始めた時期には、ユーザーから「近づいても大きく写らない」というクレームがあったと聞いている。むしろレンズ先端から被写体までの距離が小さくなることで、ワーキングディスタンスがとれないというデメリットが生じるのだ。

ワーキングディスタンスというのは、接写時のレンズ先端から被写体までの距離を言い、これが小さいと被写体にカメラやレンズの影が写り込んだり、照明がやりにくくなったりする。かといって、ワーキングディスタンスが長すぎても十分な引きがとれなかったりするので、撮影場面に応じた適度なものが必要。同じ最大撮影倍率を持つマクロレンズにも様々な焦点距離がラインナップされているのは、このあたりの事情が背景にある。

露出倍率

以前は「接写をするときには露出倍率がかかるから、その分露出補正をしなくてはならない」と教えられた。有効Fナンバーなるものがあり、被写体に近づくためにレンズを繰り出すと、実際に設定したFナンバーよりも暗くなるというのだ。

これを理解するには、被写体からの光が出てくるレンズを光源とみるとよいだろう。無限遠にピントを合わせたときはレンズから焦点距離だけ離れたところに撮像面があるのだが、被写体に近づいてピントを合わせると、レンズを繰り出した分光源が遠ざかる。そのため撮像面の明るさが落ちるのだ。

レンズの明るさを表すFナンバーは焦点距離f’をレンズの有効径Dで割ったものだが、これは無限遠の被写体についての話であって、実際には【レンズから被写体像までの距離】を有効径Dで割ったものであるべきなのだ。これが有効Fナンバーなのだ(図3)。

図3(a):ここに示すように有効Fナンバーはレンズから像までの距離をレンズの有効径Dで割った値と考えられる。黒線は無限遠に被写体がある場合で、有効Fナンバーは焦点距離f’を有効径Dで割ったものだが、赤で示した近接撮影の場合は、像までの距離(f’+Z’)をDで割ったものになる。撮像面に入射する円錐形の光線の頂角に相当すると考えてもよい。角度が大きいほど像が明るくなるということだ。

図3(b):内焦式のフォーカシングでは、レンズと撮像面の相対位置は動かさずに、レンズの合成焦点距離を短くしてピントを合わせる。従って近距離でも有効Fナンバーが暗くなることはない。

では、撮影倍率Mで撮影した場合の有効Fナンバーを考えてみよう。繰り出し量Z’は冒頭に掲げた【結論2】の式から求められ、

Z’=Mf’

となる。有効Fナンバーはレンズから像までの距離、つまり(f’+Z’)を有効径Dで割ったものであるから、

(f’+Z’)/D=(f’+Mf’)/D=(1+M)f’/D

となる。(f’/D)はもともとのFナンバーなので、有効Fナンバーというのは、【撮影倍率に1を加えた数字】をもともとのFナンバーに乗じたものということができる。「等倍撮影のときには有効Fナンバーが2段暗くなる」と、これも以前から言われていることだが、このことも上の式の撮影倍率Mのところに1を入れてみればよいわけで、もともとのFナンバーを2倍したものが有効Fナンバーということになる。本当はこれに「瞳倍率」なる数字が関わってくるのだが、話がややこしくなるので、ここでは省略しておく。

昔は露出の測定は外光式であり、しかもほとんどのレンズがZ’を変えてピントを合わせる全群繰り出し方式のフォーカシングであったので、このことをしっかり対処しておかないと接写で露出不足の写真を量産してしまうことになったのだ。

その後、TTL測光が普及してこのような露出倍率や有効Fナンバーは気にしなくてもカメラ側で自動的に補正してくれるようになった。しかし、一部のマクロレンズでは近距離にフォーカシングすると有効Fナンバーを液晶パネルに表示するようにしたものもある。

ところで現在多くの写真レンズが採用している内焦式のフォーカシングではどうなるだろうか? この場合はレンズを繰り出すのではなく、レンズ全体の合成焦点距離を変化させることによってピントを合わせているので、フォーカシングによって光源としてのレンズが遠ざかることはない。実際にはフォーカシングによって瞳や主点の位置が動くこともあり得るが、近距離になっても有効Fナンバーはほぼ変わらず、露出倍数をかける必要はないのだ。

またまた昔話になるが「接写リングやベローズを使った近接撮影では露出倍数を考慮する必要があるが、クローズアップレンズの場合にはその必要はない」というように教わったことがあるだろう。クローズアップレンズは装着することで全体の合成焦点距離を短くし、それによって近くにピントが合うようにしているので、内焦式と同じことが言えるのだ。

豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在はカメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「とよけん先生のカメラメカニズム講座」(日本カメラ社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。