カメラ用語の散歩道
第16回:受光素子と撮像素子(後編)
クレーンゲームかバケツリレーか CMOSの利点は? など
2023年3月9日 09:00
受光素子から撮像素子へ
1つの半導体チップ上にフォトダイオード(SPD)を複数並べてアレイとすると、画像のセンサーとして使えるようになり、カメラのオートフォーカスに応用されるようになったことは、前編で述べた。この場合にはSPDを横一列に並べた、いわゆるラインセンサーの形式になるが、このSPDをたてよこ碁盤の目に並べ、二次元としたものがエリアセンサーとなり、二次元の画像の情報を電気信号に変換できることになる。この一つ一つのSPDが「画素」になるわけだ(写真1)。
少し話はそれるが「画素」という言葉が使われるようになったのは1980年代の終わりごろではなかったかと思う。このように平面や空間を領域に分けて考えることを「標本化」というのだが、テレビの分野で撮像管やブラウン管を使っていた時代には、走査線が走る横方向は連続的で標本化されていなかった。縦方向のみ走査線の形で標本化されていたのである。
それが固体撮像素子の時代になって縦横両方向とも標本化されるようになり、その単位となるものが「画素」と呼ばれたわけだ。この言葉は英語のピクセルつまり“pixel”の訳語であり、その“pixel”は“picture element”をつづめたものである。
どうやって信号を読み出すか?
画素となるフォトダイオードを平面上に並べれば画像の情報を電気信号に変換できるわけだが、問題はこの個々の画素で発生した信号をどうやって外に読み出すかということだ。画素数が少ない場合はそれぞれのフォトダイオードにリード線を接続すればよい。しかし、画素数が何千、何万、何百万となってくるとそんなにたくさんのリード線を出すわけにはいかず、何らかの工夫が必要になってくる。
いっぺんにすべての画素の情報を引き出そうとするから、リード線がたくさん必要なわけで、情報の出口は1つにし、そこに順番に運んでくればよい。この出口への運び方には2つの方法がある。
その1は、画素の位置を指定して、指定された画素のみを出口に接続する方法で「xyアドレス型」と呼ばれている。ゲームセンターにあるクレーンゲームのようなものだ。クレーンゲームでは横方向(x方向)の位置と縦方向(y方向)の位置を指定して目的のものをつかみ、出口に運んでいくのだが、撮像素子の場合はx方向とy方向に情報が通る道を作っておき、各画素と半導体のスイッチで接続しておく。普通は縦方向の画素の列の横に1列に1個ずつ縦方向の通路を設けておき、それぞれの画素と通路とを半導体のスイッチで接続しておく。そして横方向の通路は1個だけ設け、この横通路とそれぞれの縦通路との間にも半導体のスイッチを設けておくのだ。このスイッチの組み合わせで画素を1個だけ指定して出力信号を出口に運んでくる(図1)。これを順番に繰り返していけば、すべての画素について信号を出口に運ぶことができる。
方法その2は「電荷転送型」と呼ばれるものだ。これはよくバケツリレーに例えられる。各画素で発生した電荷(マイナスの電気を帯びた「電子」とプラスの電気を帯びた「正孔」があるが、要するに電気を帯びた粒子)を貯めるバケツのようなものを縦横に並べておき、順に隣のバケツに中身を移していく要領で信号を出口まで運ぶ(図2)。
xyアドレス型から電荷転送型へ
固体撮像素子でまず最初に開発されたのはxyアドレス型であった。1980年ごろ、日立製作所を中心に「MOS型撮像素子」が盛んに研究されたのだ。これは前述の半導体スイッチとしてMOS型FET(電界効果トランジスタ)を用い、各画素で発生した電荷を通路となる配線を通して出口に運ぶものだが、開発にあたってノイズに悩まされた。FETは電荷が通る道筋(チャネルという)に絶縁膜を介して形成したゲート電極を設け、このゲート電極に加えた電圧でチャネルを通る電荷をオンオフするのだが、スイッチをオンオフするための制御信号がゲートを通過して信号となる電荷に混入してしまうのだ。
当時のMOS撮像素子の開発は、正にこのノイズとの闘いであった。前述の日立製作所を中心にノイズ退治の努力を重ね、なんとか何機種かの家庭用ビデオカメラに組み込んだ(写真2)のだがそこまでで力尽き、続いて登場したノイズ面で有利な電荷転送方式のCCDに取って代わられた。そして実際にCCD撮像素子は家庭用のビデオカメラのみならず放送用、業務用のテレビカメラにも採用され、撮像素子の主役に躍り出たのである。特に印象的なのは1989年のソニーハンディカムCCD-TR55であろう(写真3)。CCD固体撮像素子のメリットを生かしてカムコーダを大幅に小型化し、「パスポートサイズ」として人気を博した。それらに使われたCCD撮像素子が黎明期のデジタルスチルカメラにも波及し、1995年のカシオQV-10に始まるデジタルスチルカメラの実用化に大きく貢献したのだ。
そして再びxyアドレス型
続いて1990年代の半ばにCMOS撮像素子が登場した。もともとMOS撮像素子の“MOS”という呼び名は上から金属(Metal)、酸化物(Oxide)、半導体(Semiconductor)を層状に重ねたという構造からきており、それらの頭文字を並べたものだ。“CMOS”はさらにその前に相補型(Complimentary)がつく。MOS FETにはPチャンネルのものとNチャンネルのものの2種類があり、その両方のタイプのFETが同じチップに同居できるのが、CMOSなのだ。そして、そのことを利用してMOS撮像素子の画素一つ一つに増幅器を設けたのが、CMOS撮像素子である。
それまでの撮像素子では各画素のフォトダイオードで発生した電荷を、そのまま出口までもってきて、出口で電荷の量を電圧に変換していたのだが、CMOS撮像素子の場合は画素のところで電圧に変換してしまう。そしてその電圧を増幅器を通した後に、MOS撮像素子と同様に縦方向と横方向のスイッチで選択して出力端子までもっていく(図3)。
増幅器といってもソースフォロワーというタイプのもので電圧を増幅するわけではなく、電圧は入力と同じで出力電流を潤沢に供給できるようにするものだ。この増幅器のおかげでMOS撮像素子のスイッチングノイズの影響を大幅に減らすことができ、xyアドレス型の撮像素子として実用レベルに改良することができたのだ。
それでも当初のCMOS撮像素子は画質面でまだまだCCDに敵わず、低コストを生かしてトイカメラのような用途に使われていたのだが、その後大幅に改良されて最終的にはデジタル一眼レフカメラにも使われるようになった。CMOS撮像素子がCCD撮像素子に比べて、決定的に優れているのは消費電流である。撮像された画像の信号を読み出すのに、CCDの場合は画面全部の画素について電源を供給しなくてはならないのに対して、CMOSならば読み出している画素の回路さえ動作していればよい。従って大幅な省電力化が可能になるのだ。
このことはライブビューに関係する。ライブビューモードで撮像素子の画像信号を繰り返し読み出し、カメラ背面のモニターやEVFに表示するのだが、その際の撮像素子の駆動電流が大きいと電池寿命や発熱、低温時の電池特性などの関係でライブビューの実現が難しくなるのだ。特にデジタル一眼レフカメラやミラーレスカメラのように大画面の撮像素子ではこの問題が深刻になる。
実際APS-C、35mm判フルサイズ、中判のデジタルカメラについてはCMOSなればこそライブビューが実現したと言ってもよいだろう(写真4)。こうしてデジタルカメラの撮像素子はCCDからCMOSにだんだんと移行し、現在ではCMOSの天下でCCDはほとんど姿を消したような状況になったのである。
色再現のこと
ここでちょっと触れておきたいのは、色再現のことだ。「CCDの色再現が好き」とか、「CCDらしい色再現」というような表現をときどき目にすることがあるが、CCDとかCMOSとかの違いは、これまで述べたように各画素の情報、つまり発生した電荷量の信号を出口まで運んでくる方法の違いであるので、基本的に色再現には無関係である。確かに半導体としての製造プロセスが異なっているのでそれが画素を構成するフォトダイオードの分光特性に影響する可能性はあるが、それによる色再現の違いよりもカラーフィルターアレイの分光特性や後段の画像処理による違いの方がはるかに大きいはずなのだ。