山岸伸の「写真のキモチ」
第68回:17年、撮りためた祝花
枯れゆく花と贈り主へ感謝を込めて
2024年4月15日 12:00
今まで写真展(個展)を40回以上開催してきた山岸さん。その度に会場はたくさんの祝花で溢れていた。
役目を終えて枯れゆく花を撮り続け17年、この撮影に対する思いと写真を振り返っていただきました。(聞き手・文:近井沙妃)
溢れるほどの祝花
私は恐らく日本で1番写真展の祝花をいただいているカメラマンだと思う。昔々大昔に銀座にあったコダックフォトサロンで米米CLUBの「KAO’S」という写真展を開催した時にもの凄く大量のお花をいただいた。会場やバックヤードが花で溢れ、入りきらずに外まで並んだ。ギャラリーの方に「匂いが強くこのお花は困りますね」と言われたのを今でも覚えている。
その後ギャラリーにもよるが「祝花は堅くお断り申し上げます」という文言がDMなどに記されるようになったと思う。充満する花の匂いや種類によっては花粉が作品や服に付着することもあったり、水やりなど手入れをする人が必要になる場合もあるからだと思う。会場の空間デザインにも影響があったりね。
その後も私は年に1度、多いときは2度ほど写真展を開催し続けた。特にライフワークの「瞬間の顔」は2007年のVol.1から始まり、現在はタイトルを「KAO」に変えて今年7月が16回目の写真展となる。他にもいろいろと写真展を開催してきたが、その結果お花をいただくことが非常に多い。
写真展会場の様子を少しお見せしよう。オリンパスギャラリー東京が神田小川町にあった頃、毎度会場に入り切らずビルの管理人さんにお願いしてエントランスに置かせてもらう状態が続いていた。皆さんにはご迷惑をおかけしたと思うが、花が枯れ始める前にビルのテナントの皆さんに好きな花を摘んでお持ち帰りくださいとお声がけすると「わ~、綺麗~」「立派なお花をいただけて嬉しいです」と喜んでくれたり、スターの方が祝花を入れてくれたりするので立札を見て「わ、すごい!」と反応する方も多かった。
もしかすると写真を見に来ている方には少々邪魔に感じられるかもしれないけど、贈ってくださった方々には本当に感謝しかない。1週間ほどの短い間なので最後まで枯れないで欲しいという気持ちでいつも大切に扱っている。
枯れゆく花と贈り主へ感謝を込めて
枯れていくたくさんの花たちが勿体なく感じ、そして写真展に彩りを添えてくれたことと贈り主へ感謝を込めて控室で撮り始めたのが2007年の「瞬間の顔」Vol.1のとき。バケツに枯れそうな花を一杯に集めてバックヤードに入り、スタジオから持ってきたビュアーに乗せて写真を撮る。私が撮れないときは当時アシスタントだった鈴木さや香が撮っていて、そこから鈴木の1つのテーマとなり写真展も開催していた。
今はフィルムを見なくなり使わなくなったけど、この富士フイルムのCREATE VIEWER-Sを下に1台置いてもう1台を上や後ろからと試し撮っている。自分でも「おお、すごい!」とちょっと感動してしまう予期せぬ写真がこのライト部分27.5cm×35cmのビュアーの中から生まれる。このサイズ感に対して想像以上に広く大きい世界観が写るから考えて撮ることができるんだ。
今は色温度も全部崩れてヘロヘロのビュアーだけど、2つあればどんなものでも撮れる。贈物などをいただいてもこの透過光で写真を撮っている。
大きい花はスタジオに持ち帰り、ビュアーでしていたことをサイズアップするような形でライティングし撮影していた。
当時の使用カメラは大半がオリンパス。アートフィルターを使ったりモノクロにしたり霧吹きで花に水滴をつけたりといろいろ試していたり、その時の気分や趣向が残っていて振り返ると面白い。枯れゆく経過が美しいものも多いね。
もっと試そう、もっと生かそう
大きい花や会場で撮りきれなかった花をスタジオに持ち帰るようになってから更にいろいろと撮ってみようという気持ちが湧いてきた。私の事務所にはミニスカポリスというアイドルグループが当時もいたので、彼女たちが寝そべった周りに花を添えて撮ってみた。きっと心の準備もあまりしていなかったと思うんだけど、花との相乗効果で華やかさが増すね。ときに被写体の心情や状態、花言葉や季節感などで表現を添えてくれる花とポートレートの組み合わせは王道でもあるよね。
写真家のHASEOさんの写真を見ると比べ物にならないくらい大量のお花を一から活けて写真を撮っていて、とても真似はできないが私のスタジオではいただいた花を大切に、捨てる前にこうして撮っている。
花があるときに新しいカメラが手に入ればテストを兼ねて写真を撮る。これはシグマのf pLで撮ったもの。いろいろと機材がある中でそのカメラに慣れなければいけないので自分のペースで撮影を進められて色の表現を試しやすい花は被写体として最適だ。
自分の作品「KAO’S」の中からプリントされた1枚に花を重ねてみた。
カメラだけではなくフィルターやアクセサリーもそう。最近色んなフィルターが流行っているけど手に入れば同様にテストする。本番の仕事に繋げていくためにはモノの癖を覚える為にたくさん撮らなきゃいけない。これはこういう風に使える、ああいう風に使えるって特徴を掴んだ上で人物に使うようにしていて、実際にこのOMNI(オムニ)クリエイティブフィルターを使って女性ポートレートを撮ることも多くある。
ある時は万華鏡作家の山見浩司先生に大小さまざまな撮影用の万華鏡を作っていただいて随分と写真を撮った。今はCGやAIを使って表現や加工の幅も広がったけど、花は万華鏡との相性がすごく良くて夢中になり遊びながらその枚数が増えていった。今はそういう撮影をしなくなったけど、花以外でも万華鏡を使ったかなりの量の作品が残っている。
写真の貯蓄を殖やしていく
先日、山岳写真家の菊池哲男さんの写真展に行ってきたが、彼は「山岸さん、あまりびっくりさせないで。女の子を撮るカメラマンがあんな風に桜や馬を撮って発表したら驚くよ。今度はどんなものを撮るんだろうって心配もするよ」と言葉をくれた。
自分には撮れるものと撮れないものがあるし、身近にあるものしか撮らないからこれ以上テーマは広げないと思うけど、今でも花をいただけば必ず撮る。ビュアーの中の蛍光灯が切れない限りは撮り続けるだろうし、花に限らず撮っておけば自分のためになるだろうと思って写真の貯蓄をしている。
今回は4000枚の中からこの連載用に必要なカットを選んだが、それは過去にある程度セレクトしたものをまとめた枚数で実際はその何倍も撮影している。セレクトしながら「俺、花も上手いな(笑)」って思えたのは、これも勉強あれも勉強って日常的になんでも撮ってきたことが生きているからじゃないかな。
普段みんなに見せないようなジャンクカメラや時計が千葉のビーチハウスに保存してあるから、今度はそれもちょっと見せられるような撮り方をしながら残していこうかな。近々取りに行こうかなと思っている。