山岸伸の「写真のキモチ」
第67回:ばんえい競馬 重賞レース「第56回ばんえい記念」に迫る
3泊4日の帯広ロケに密着
2024年3月31日 12:00
ライフワークとして北海道遺産ばんえい競馬を撮り続け17年を超える山岸さんだが、朝調教の風景に惚れ込んだ分、レースを撮影する機会はそう多くなかった。レースも力を入れて撮りたいという気持ちが湧き始め、重賞レース「第56回ばんえい記念」に合わせ帯広へと向かった。今回は3泊4日の帯広ロケに密着。(聞き手・文:近井沙妃)
まだ雪が降る帯広へ
やはり年に1度は帯広へ行かないとどこか寂しく感じ、ばんえい競馬の写真を撮りたくてうずうずしてしまう。今回の目的はばんえい競馬のレースを撮ること。元々ギャンブルや賭け事をあまりせず、せいぜい麻雀のお誘いに年に1度参加する程度。ばんえい競馬もレースより朝調教の撮影に力を入れていた。レースの中でも1番の重賞レース「農林水産大臣賞典 第56回ばんえい記念」を撮りたいと思い、まだ雪の降る帯広に行ってきた。
羽田空港を出発。私は絶対に窓際でなければダメな人間で何十年と飛行機に乗る時は窓際を選んでいる。本当はトイレが近いので通路側の方がいいのかもしれないが、何より上空から写真を撮りたい。この街はあの街は、と色々考えることが大好きで出発から到着まで2時間ぐらいだったら撮りまくっている。だいぶ前にミュージシャンの坂崎幸之助さんとお話しをしたとき、坂崎さんも飛行機に乗ればずっと写真を撮っているとおっしゃっていた。
とかち帯広空港へ到着。今回は株式会社東京スポーツ新聞社の社長さんがどうしても同行したいとうことでご一緒に。預け荷物返却所のターンテーブル1番手前に私が撮影したばんえい競馬の明るい写真が飾られている。私はこの写真が大好き。まずはここで記念写真。
とかち帯広空港は少しずつ大きくなり2020年末には国内線と国際線の共有が可能になっている。まだ定期路線は就航していないがそのうち帯広からも海外に行けるようになるといいね。国際線到着ロビーには私の写真を使用して大きなコルトンが設置されている。
帯広市内と空港を行き来する2台の帯広空港連絡バスも私の写真でラッピングされていて、見るたびに帯広に帰ってきたんだなという気にさせてくれる。
私は飛行機に乗るとき行動をなるべく同じにしている。歩く道、乗る飛行機の便、お店で食事をするにしても全て同じところ。験を担ぐわけではないが若い頃から決まりのようにそうしているんだ。帯広へ着いたらすぐに車でこのラーメンを食べにくる。お店の奥様はいつも快く迎えてくれて、この1杯を食べないと帯広に実感が湧かない。もし帯広に行くことがあれば大光というラーメン屋さんに行ってみて欲しい。山岸の紹介だと言えばチャーシュー1枚くらい多く乗るかもわからないね(笑)
着いた日は特別な撮影をせずに少しゆっくりして夕飯を食べたら早く寝るようにする。冬場の朝調教を撮りに行くには3時半起き。馬が出てくる少し前に撮影ポジションに向かわなければいけないので4時半には競馬場に入ってスタンバイするからだ。
撮影1日目
前夜に雪が降り、朝一番の競馬場にはこのような馬の蹄鉄の跡がついていた。馬たちの邪魔をしないように歩いて撮影ポジションに向かう。
コロナ流行以前は朝調教ツアーなどがあったが今はまだ再開していないようだ。笑い話だが、ある時に元アサヒカメラ編集長を朝調教へ案内したとき、雨が降っていた。彼は思わず傘をさして競馬場の中を歩いて行き、大きな声で谷調教師に怒られたのを今でも覚えている。とにかく競馬場は馬が中心。本来私達はとても邪魔な人間で、この緊張感溢れるところに一歩足を踏み入れ感じるものは何度通っても同じ。
過去に見たことのないような樹氷があり、それを1枚撮れただけで1日目の撮影は十分納得がいくものになった。もちろんこの樹氷の下に馬が写っている写真もあるが、今回はまだお見せできない。何故かというと将来のことを考えてまたもう1冊写真集でも作れたらという気持ちになっているからだ。
翌日のばんえい記念にも出場する私の大好きな阿部武臣騎手。いつ行っても声をかけてくださり、競馬場の孤独な撮影をふっと和らげてくれる。
朝調教の撮影はだいたい1時間半から2時間ほど。日の出前から始まり日が昇って少し経ったころ、私は1度ホテルへ帰って朝食を摂り撮影データを確認する。
そしてお昼前にFM-JAGA「Bravo Funky Voice」に出演。いつの間にか私が帯広へ行けば声をかけてくれるラジオパーソナリティの梶山憲章さん。私のことをよく知ってくれているので余計な前置きはなく、今回はなぜ帯広に来たのかということをちゃんと聞いてくれる。私は2007年よりとかち観光大使を務めている以上、少しでも帯広を全国へ広めたいという気持ちがあって、写真の力でだけでなく生の声で皆さんに帯広の良さを伝えたいと思い毎回出演させていただいている。
30分のラジオ放送が終わり、そのまま近所のそば小川へ。小川さんは私のライフワーク「瞬間の顔Vol.12」に親子で出演いただき、プレゼントした写真をお店の待合室に飾ってくれている。
いよいよレースの撮影へ。この日の第1レースが始まる14時頃に向かった。私達は遊びで行くわけではなく競馬場の中に撮影で入るのは非常に大変で、許可を取った上で市や競馬場の方が必ずそばについてくれている。
いつ見ても珍しいこのトロッコ。これで馬が曳くソリをゴール地点からスタート地点まで運ぶ。私も1度は乗ってみたいがまだ乗ったことはない。
ばんえい競馬のレジェンド、服部義幸調教師。長くばんえい競馬を支えられている1番の功労者だと思う。いつお会いしても偉ぶらず威圧感のないとても真摯な調教師の方。通りすがりに撮れた1枚だがやはりお顔が違う。この写真は我ながらいい写真だと思う。
競馬場でお会いしたカメラマンの小久保夫妻。2人とも写真を撮るのだがご主人はキヤノンにRF100-300mm F2.8 L IS USMを肩から掛けて手持ちでガンガン撮り、奥さまは地元の新聞社に勤め記事も書く。ばんえい競馬を文字と写真で支える方たちだと思う。
そしてレースの撮影。レースの撮影をあまりしないカメラマンの私はナイターもあまり撮ることがなかった。今回1番の目的のばんえい記念は翌日の17時15分と夕方から夜にかけてのレースなのでこの日は練習も兼ねて撮らせてもらった。
加えて今回は3人体制で撮ろうと、アシスタントのマッハ佐藤と近井とそれぞれ分かれたポジションへ。これで撮影1日目は無時に終わり。気温が低くても氷点下5度くらいとそんなに寒くも感じず、機材にも特別負担がかからない撮影だった。
撮影2日目
2日目の朝も朝調教から始まる。いつも本当にお世話になっている谷あゆみ調教師がソリに乗せてくれたので少しお話をしながら練習コースを1周させてもらった。谷さんは帯広の畜産大学を卒業して長く調教師をされていて絵もお上手だが、最近はスマホで撮る写真がもの凄く上手くてばんえい競馬の朝調教を撮っている私としては恐怖。カメラを持たないでほしいと心から思っている(笑)。スマホでばんえい競馬の朝調教を撮る天才。さすが馬のことをよく知っているので上手いよね。
曇天で朝日が昇っても見えず、こういう時は下手に粘らずに体力を温存しようと思うので軽めに流してホテルへ戻る。
朝調教が早く終わったのでこの日はジュエリーアイスの名付け親の浦島久さんに会いに豊頃町へ。残念ながらジュエリーアイスが撮れるシーズンは終わったということでアメリカンドーナツが名物の朝日堂にお伺いし、1日2,000個も作られるドーナツをいただいてきた。
いつも優しくしてくれるご主人の岡本さん。岡本さんは趣味人でギターも弾く、釣りも占いもする多才な方。奥様は絵も描かれていてドーナツを作りながら楽しく豊頃町でお店を営んでいる。連日ドーナツ2,000個分のクリームを作るんだからすごいよね。
ドーナツとコーヒーをご馳走になり十勝川右岸側(茂岩市街地側)堤防にある、さくら休憩所へ。浦島先生が撮影されたジュエリーアイスの写真が展示されている素敵な空間。東京でも中々ないぐらいの立派なギャラリーになっている。彼は元々英語塾の経営者であり先生でもある。お父様も地元の写真家で彼も写真家と言ってもいいくらいだが、ひたすら「私は写真愛好家です」と。素敵な言葉だよね。いつまでも写真愛好家でいてほしい。
重賞レース 第56回ばんえい記念
さあ、往復2時間かけての豊頃町の旅は終わり、競馬場へ戻る。目的のばんえい記念。なんとレース前から雪が降ってきた。私にとっては最高のシーンだ。隣の新聞社の方はこんなに雪が降ったらAFでピントが合うか心配だと話をしていた。もちろん私も心配だし極端にピントが合わないと困るが、少し甘い方がいいような気もしている。
私はゴール先で正面から待ち構えるポジションで小さな脚立をイスにして1レースを撮るのに1時間ほど静かに耐える。変に動くとゴールした輓馬が驚くので座ったらレースが終わるまでは動かない。レースというのは真剣勝負。勝ち負けがある。勝った方も負けた方も私の前を通過するときは非常に緊張感がある。私は皆さんが通り過ぎるまで下を向いてじっとしている。
いつもは三脚を据えるが重賞レース本番になったら何名かマスコミやカメラマンが入ってくる可能性があるので邪魔にならないよう一脚を選んだ。カメラはソニーα1とレンズはシグマの60-600mm、最近このカップリングが好きで他のシチュエーションでも使わせてもらっている。
雪が降り続ける中で重賞レース「第56回ばんえい記念」が始まる。この大観衆、私が競馬場に通いだした頃はお客様がほとんどいなくて寂しい競馬場だったが今はこの雪の中でもこのようにたくさんの人が集まる。
ばんえい競馬は直線200mの間に高さ1mの第1障害と高さ1.6mの第2障害を上り超えてゴールする非常にシンプルだが非常に難しいレース。今回の優勝者は鈴木恵介騎手。ばんえい競馬ではリーディングジョッキーだ。1番に第2障害を乗り越え進んでくる姿を正面から捉えた。
想像以上の大きなレースで伝わってくる緊張感がもの凄く、観客の盛り上がりも含め衝撃を受けた。久々に何人ものカメラマンと同じ場所に整列してレースを撮り、若いカメラマンが多い中で誰にも負けない私だから撮れる写真を撮らなければという気持ちにもなった。もっと多くの写真をお見せしたいがそれはまた後日違う形で。
このレースを撮り、私たちは引き上げてそのまま夕飯に30分程離れた芽室へ向かう。芽室駅付近の赤レンガ倉庫はその1つが焼肉屋さんになっていて何度か赤レンガ前で撮影をしたこともある。目の前には踏切があり運がよければ電車が走ってくるから食事だけではなく撮影も出来て好きな場所なんだ。
雪の中を1時間に1本の特急がやってきた。皆さんはもっといろいろ撮ればと思うかもしれないが、普通の靴で足元は雪のため滑り、夜で思うようなカメラの操作もできず、ただ来たっていうだけで撮った瞬間だ。