山岸伸の「写真のキモチ」
第49回:東京拘置所旧庁舎(旧小菅刑務所)
歴史を純粋に写し残すこと
2023年6月30日 13:00
歴史ある文化財建造物などの撮影を大切な趣味としている山岸さん。法務省のパンフレットの表紙に写真が使用されたことがきっかけとなり、撮影で東京拘置所へ。そこで出会った東京拘置所旧庁舎(旧小菅刑務所)や建造物を撮ることについてお話を聞きました。(聞き手・文:近井沙妃)
小菅の東京拘置所へ
法務省のパンフレットの表紙に撮影した写真を使用していただいたことがきっかけとなり、私のライフワーク「瞬間の顔」で特別機動警備隊を撮影することに繋がった。
撮影は2020年10月下旬、東京拘置所にて。この日は瞬間の顔の撮影以外にもほぼ私のために隊員の方々が訓練を披露してくださり様々なシーンを見学、撮影することができた。
最初に東京拘置所に入ってきたときには気づかなかったが、敷地内には昭和4年に建てられた旧庁舎(旧小菅刑務所)が残っている。当時東京拘置所長であった中川さんから「もし興味があったら見ますか?」と建物内もご案内いただけることに。
設計は旧司法省(法務省)の技師 蒲原重雄。結核により享年34歳で逝去されていて小菅刑務所が処女作にして遺作である。素敵と言ったら語弊があるかもしれないが今見ても当時の建築としてもかなりのものだと思う。白鳥が大空へはばたくようなイメージと直線が鋭く交わる鋭角的な造型にえらく惹かれた。昭和7年に初来日した喜劇王 チャーリー・チャップリンは小菅刑務所を視察して絶賛したという。
最初に目に留まったのは「開かずの門」。つくりがとても可愛らしく、鍵はハート形をしている。東京集治監が関東大震災で全壊し、その跡に小菅刑務所が建てられるに当たり、東京集治監の象徴ともいえるこの監門を外壁の一部に記念として残したもの。決して開けられることのないことから「開かずの門」と呼ばれている。
1階2階と撮り進めていく中で古い建物好きの私としては撮影したい箇所があまりにも多く、さすがにこの数時間では撮り切れないだろうと感じていた。加えて初対面かつたくさんの関係者の方と行動を共にしていたのでどうしても撮影だけに没頭するのは難しく、次回の撮影をお願いすることで頭の中はいっぱいだった。
鉄の扉には昭和4年と記されている。これを見ただけでも感動してどんなことをしても自分がきちんと写真で残したいという固い決意が生まれた。
最終的には建物中心部にある監視塔の一番上まで梯子を使って登って行った。如何せん私は70歳過ぎのカメラマンなので体力的に結構キツイものがあり、加えて高所恐怖症なのかもしれないと思うくらいには苦手意識がある。しかし全てを見たいという思いで登り、写真に収めてきた。
建物内の撮影を終え、駐車場へ向かう途中に何気なく飾られていたレンガの桜に気づいた。そのひとつひとつに桜の印が入っている。話を聞くと、銀座煉瓦街の建設の際は大量のレンガを必要になり、小菅に煉瓦工場が築かれた。日本で初めて火を消さずに連続してレンガを焼ける西洋式の窯(ホフマン窯)を取り入れ、質の高いレンガが大量につくることができた。関東大震災で施設が大打撃を受けるまで小菅集治監の囚人労働の一環として煉瓦製造が行われていたという。ここから東京や千葉へこのレンガが出て行ったのだ。
このレンガが使われている建物を追ってみたいと、また1つ次に繋がるきっかけとなった。そして既に撮影した場所もある。それに関してはまた近々お話したい。
四季で変わる表情
3回に分けて撮影させていただいた後の2021年3月、ここに桜が咲くということで写真に残そうと訪れた。ところが撮影前に拘置所内の駐車場で大転倒。歯を数本折り、頸椎を痛め、現在病院では手術をしろと言われているが手術を拒み続け今日に至る。自分の不注意だがこの1枚を撮るのに大きな代償を払う結果になった分、より被写体と向き合う気持ちも高まり、こうして写真を発表できることによって報われる思いだ。
撮れる間に残すこと
歴史ある建築物を撮ることは私の大切な趣味だ。趣味と言い切るのは極端かもしれないが、だからこそより純粋な気持ちでシャッターを切れる。過去には解体前の文化放送(四ツ谷)、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地、平和荘(墨田区緑2丁目)など多くの文化財建造物を撮らせていただいた。
現在も幅を広げて撮影しているが、まだ発表をする場がないものもある。撮った後のことも大事だが、まずは撮影できる間に積極的に残さなければ。現に東京拘置所旧庁舎も、撮影した後に工事件名を「東京拘置所旧庁舎保存改修工事」として清水建設による旧庁舎の耐震補強と改修、外塀の補強や外構の整備が完了した。工事前に撮影ができ、そして「工事後の姿もぜひ撮影に来てください」とお声がけいただけたことがどんなに嬉しくありがたいことか。
これからもこの「趣味」を広げていきたい。そして発表される機会を待っていてほしい。