山岸伸の「写真のキモチ」

第29回:わたしの心を震わせた昭和ロマン“白ばら”

日本最北端の「キャバレー 白ばら」をロケ地に

山形県酒田市に佇む、築60年以上にもなる「キャバレー 白ばら」。2015年暮れに閉店した白ばらでしたが、その昔は華やかな時代がありました。今は誰もいない店内に、きらびやかな電飾で飾られたステージだけが独特な雰囲気を感じさせます。山岸さんに「どうしても撮りたい!」と思わせたキャバレー 白ばらの話を伺いました。(聞き手・文:rinco)

素晴らしい場所がありますから行ってみたら?

「今年のGWにどこか行こう」と思ったのが、きっかけです。探し始めた時にはもうどこも予約でいっぱい。ふと、「そうだ、山形県酒田市にある土門拳記念館へ、妻と写真を見に行くのもいいかな」と思って。それと温泉にも入りたかったので、隣町の湯浜温泉にも一泊して、翌日酒田市に向かう計画を立てたんです。

車で二人、なんと山形県まで8時間かけて行きました。いや~疲れましたね。酒田市に着いてまず、土門拳記念館を訪れ、その後、山居倉庫や日本海など観光しました。

酒田市の港

今回の目的のひとつに「キャバレー 白ばら」がありました。実は、写真家の大西みつぐさんに酒田の話をしたら、「素晴らしい場所がありますから行ってみたら?」と言われていたのです。

カーナビに「白ばら」を入れて、向かいました。崩れかけたその建物の前で、大きな男性の方が二人、椅子に座っていた。僕は車で通り過ぎましたが、妻が「ちょっと行ってくるね」とカメラを片手に、歩いて行くのを50mくらい離れたところで車から見てました。

すると、なんとなく怖そうなその大きな男性のひとりが妻に近づき、「山岸さんですか? 大西先生から山岸さん達がいらっしゃると伺っています」と声をかけてくださったんです。

白バラの建物

今まで目にしたことのない空間

その方はこの白バラの責任者の佐藤仁さんでした。「お店の中を見ていきますか?」と言われ、一瞬怖かったのですが、勇気を出して中に入れてもらいました。

その世界たるや、そこは今まで目にしたことのない空間。本当、衝撃でした。僕は昭和の人間なので、こういうところに慣れていると妻は思っていたらしいのです。でも僕はあまりお酒を飲みませんから、こういう場所に出入りするタイプではなく、知りませんでした。

入り口。大西みつぐさんの写真作品も飾っていて、それもまた衝撃でした。

責任者の佐藤さんは優しい方で、親切に対応してくださいました。このときはロケハンということで、店内全ての電気を付け、案内してくれたステージがここです。色といい音楽といい、若干カビの臭いのするこのキャバレーに、だんだん創作意欲が沸いて、「撮影に来たい! どうしても撮影に来たい!」という思いを強く感じてきたんです。とりあえず、佐藤さんと名刺交換をして、酒田を後にしました。

仲良くしているグラビアアイドルの草野綾ちゃん

帰ったあと、ロケハンで撮った写真を見ていたら、やはりどうしてもここで撮影をしたいと思いました。まず僕のFacebookにここの写真を載せてみたら、やはり撮影したいという方が何人か出てきて……。お金があったら、「この白ばらを3日間くらい借りて、大勢で行ってモデル撮影したいなぁ」なんて考えたりしてました。

そんなふうに気持ちが高揚しているうちに、さっそく、仲良くしているグラビアアイドルの草野綾ちゃんに「作品をこういうところで撮らせてもらえませんか?」と連絡を入れたら、本人もマネージャーも「ぜひ!」と言ってくれた。

それで先日、白ばらへ撮影に行って参りました。責任者の佐藤さん曰く、そんなに長く運営することもできないということで、「思いついたら吉日」と思って行ったんです。

白ばらのステージ

想像通り、作品は素晴らしい出来上がりになりました。被写体の綾ちゃんとこの撮影場所が合いましたね。先日、編集者の方とみんなでセレクトをしたんですが、もちろんお褒めいただきましたよ。多分、その作品を皆さんにお見せできるのは、来年になると思います。

作品撮りの合間に撮った草野綾ちゃん。僕の大好きなグラビアアイドルです。

この時のカメラはライカとシグマ、オリンパスを使い分けました。今度、写真をお見せするときに、なぜここをこのカメラで撮ったか? 理由をお伝えしたいと思っています。

撮影画像を確認する、山岸さんと綾ちゃん。

僕に「ここで写真を撮れ!」と言っている

さて、これだけでは気持ちもおさまらず、この記事が掲載される頃にもう一度、白ばらへ撮影に行っていると思います。

一回で撮影の要素をたくさん詰め込み、行って参ります。如何せん、自費のロケです。僕らはワンボックスカーで向かいます。モデルさん達は飛行機で向かいますが。

とにかく、現役でまだこの場所があるのは、僕に「ここで写真を撮れ!」と言っている気がするんです。

酒田市の日本海沿いの土手

白ばらで撮るのはもちろん、難しいです。暗いですし、色もかぶります。自然光でも撮影していましたが、撮影用の照明を使わないと撮れない場所もあります。人手も必要です。私は助手がいるので、LEDやストロボを使用して撮影することができますが、それでもなかなか難しいですよ。

今度はキャバレー会場だけでなく2階や3階にも行き、ほぼ廃墟な空間でも撮影をしようと考えています。

僕もお客になった気持ちになってしまう不思議な空間

店内に飾られたサイン色紙からは、永六輔さんなど、有名な方が過去にたくさん訪れていることがわかります。先日、酒田市出身の評論家 佐高信さん達とお会いして、白ばらの話をしたら、当時初任給でこのキャバレーに行ったと懐かしい話を伺いました。

帰りに加茂水族館に寄り、クラゲの写真を撮ってきました。

今、PCでステージの写真を見てますが、僕もお客になった気持ちになってしまう不思議な空間です。今度行ったときは、ちょっと飲みながら撮ってみようかなと考えています。

写真は帰ってきたら皆さんにすぐにお見せできると思いますので、次回を楽しみにしていてください。

(やまぎし しん) タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、15年をかけて総撮影人数1,000人を達成。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。