写真展リアルタイムレポート

2会場で振り返る“写真新世紀30年の軌跡”。最後のグランプリ受賞者・賀来庭辰さんの新作個展「夜」も

東京都写真美術館とキヤノンギャラリーSで開催中

東京都写真美術館会場の入り口

1枚から数枚の写真の優劣を競うコンテストしかなかった中で、キヤノンの「写真新世紀」は公募展という新しい評価基準を提示した。ブックや空間で世界を表現する作品という概念を一般に広めた点がこのプロジェクトの最大の功績かもしれない。東京都写真美術館(恵比寿)とキヤノンギャラリーS(品川)の2会場で30年間の歴史を振り返る。

若手の登竜門として

歴代受賞者の名前を見ると、この公募が若手の登竜門として果たしてきた実績がわかる。グランプリ受賞者はもちろんだが、優秀賞の中にも現在、活躍する写真家の名前をいくつも見つけることができる。

キヤノンギャラリーSでは、歴代グランプリおよび準グランプリ受賞者31組の受賞作品を時間軸で並べた。公募をスタートした1991年はフィルム写真の時代であり、そこにデジタルカメラが入り始める。さらに展示方法にモニターが加わり、動画作品も登場してきた。

キヤノンギャラリーS

スナップショットで今を生きる女性の日常を描いた2005年度(小澤亜希子「A DAY[Women of 30 years]」の翌年には、合成したポートレートで人間に潜む謎をイメージ化した作品(高木こずえ「insider」)がグランプリに選ばれている。そうした時代の変遷が感じられるのは、時代感覚を鋭敏に現した作品が選ばれてきたからだろう。

東京都写真美術館では、一般投票で選ばれた歴代受賞者10名の受賞作品を再展示した。グランプリ受賞者は中村ハルコさんのみで、その他は8名が優秀賞、1名が特別賞というのも面白い結果だ。その後、キャリアを重ねた写真家たちの原点を改めて見ると、さまざまな発見があり興味深い。

東京都写真美術館の会場内

最後のグランプリ受賞者は……

グランプリ受賞者への副賞で、1年後、個展を開く場を提供したのも写真新世紀(同時にガーディアンガーデンが立ち上げた「ひと坪展」も同様に実施)が先駆けだった。

この会場では、最後の公募となった2021年度[第44回公募]でグランプリに選ばれた賀来庭辰さんの新作個展「夜」(動画21分)も上映されている。

賀来庭辰さん

両親とは“言葉を使わないコミュニケーション”

賀来さんは日本で生まれたが、父と母は台湾出身で日本語がほとんど話せない。一方で、自身が育つ中で言葉を使わないコミュニケーションが成り立っていたことで、賀来さん自身も中国語を学ばずに育った。

「祖父母や親戚は台湾にいて、行くと可愛がってくれました。彼らは日本の統治時代を経験しているので、少し日本語が話せます」

台湾の家には家族写真やムービーなどの動画が残されていて、それを見ることも大切な体験だった。距離がある台湾の家族のことを知ることができ、より彼らに近づけたからだ。

自宅には自分が生まれた時のビデオ映像があり、それは賀来さんにとって大切なお守りのような存在でもあるそうだ。新作の「夜」は、自分の手で誰かにとってもそのような存在となる映像を撮れないかと発想したものだ。

賀来庭辰さんの新作個展「夜」より

友人に子どもが生まれると聞き、その子を撮影させてもらえないかとお願いした。地方にある実家で里帰り出産をするとのことだったので、出産が近い時期にそこへ向かい、それまでの期間は身近な日常を被写体に、それぞれの夜の時間を撮影していった。

新しい生命は母の胎内で長い時間を過ごす。次第に外の音も耳に入り始め、胎内から光を感じることもできるかもしれないが、外の世界に比べれば視界は暗いはずだ。そしてある日、誕生の日を迎え、光をその目で初めて感じる。

賀来庭辰さんの新作個展「夜」より

動画は写真に比べてその場に引き込む力が強くある。ほんの数秒であっても時間は拡張され、そこに居る感覚が深く刻み込まれる。

「動画と写真を自分でどう使い分けているか。それはよく考えますが、まだうまく言葉にできません。被写体とどのように時間を共有するかが重要なのかなとは思っています」

賀来庭辰さんの新作個展「夜」より

“自分も一歩踏み出さなければ”

賀来さんは大学を卒業後、映像編集の仕事に就いたが全く肌に合わず退職した。家で悶々と過ごす中で、写真で何かを表現してみようかと思い立つ。

「森山大道さんや奈良原一高さんなどの写真を見たことがきっかけで、フィルムカメラを買って撮り始めました」

映画にも興味があったので、映画美学校で学んだが、その先の進路が見つからなかった。図書館にこもって作品集を見続けたり、展覧会に足を運んだほか、美術館などでアルバイトをした。

「知り合いの彫刻作家の個展を開く手伝いをした時、自分も一歩踏み出さなければいけないと痛烈に感じ、自分でも個展を開くことを決めました」

表現できるテーマを考えた時、自分のことしか思い付かず、自分に向き合うことにした。家族のことや自分の居場所、台湾のことを考え、作品を制作してきた。

昨年、写真新世紀に応募した「THE LAKE」は撮影場所だけ決めて、そこに行って感じたことから被写体を見つけようと考えた。今回の「夜」もそうだが、事前のシナリオなどは一切なく、その場の感覚で捉えた映像から作品を仕上げていく。そのスタイルが写真的なのだろう。

日常のスナップはフィルムカメラを使い、今は富士フイルムの「GW690」と、二眼レフの「LOMO ルビテル」を愛用し、映像の撮影では、キヤノンのミラーレスカメラ「EOS R5」を使用しているそうだ。「夜」の撮影にはソビエト連邦時代に製造された16mmカメラの「クラスノゴルスク」を選んだように、実にマニアックな一面も持つ。

1991年から約30年にわたる「写真新世紀」の時代にどっぷりと浸かってみよう。

なお、2023年春からは新たにキヤノンマーケティングジャパンの主催で写真・映像作家発掘オーディション「GRAPHGATE」がスタートする。

東京都写真美術館の会場には、写真新世紀の歴史が年表となって記されている

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「写真新世紀30年の軌跡展-写真ができること、写真でできたこと」

東京都写真美術館

住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
会期:2022年10月16日(日)~11月13日(日)
開催時間:10時~18時(木・金曜日は20時まで。入場は閉館時間の30分前まで)
休館日:月曜休館(月曜が祝日の場合は開館し、翌平日休館)

キヤノンギャラリー S

住所:東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー
会期:2022年10月13日(木)~11月22日(火)
開催時間:10時~17時30分
休館日:日曜・祝日

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。