写真展リアルタイムレポート

“現実と理想の間を彷徨う彼女達”を見つめる。坂東正沙子写真展「憂鬱のシンデレラ」

トーテムポールフォトギャラリー(四谷)で11月20日まで

坂東正沙子さん。ギャラリーの前で

被写体は普段は男性として生活していて、限られた時間だけ女性など自身の望む姿で生きることを望む人たちだ。撮影者である坂東正沙子さんも以前はそうだったが、今はいつも女性でいることを選んだ。彼女たちは「現実と理想の間を彷徨」い続け、本当の自分を探し続けている。一人一人が抱える想いはそれぞれ違うことは坂東さん自身が分かっている。彼女たちが身にまとう気配を写真に収めていく。

女装した彼女たちの、謎めいた部分に惹かれた

「女装する男性」は興味のある被写体だったが、坂東さん自身、どのように撮ればいいのかが分からなかった。大阪の西成を撮りに行った時、その近くにあった有名なハッテン場に立ち寄った。

「そこで一人撮らせてもらったことで、動けるようになりました。モデルになる人は最初、ハッテン場で探し、その後、出会い系サイトやSNSなども使うようになりました」

撮影は住まいの大阪と東京で行ない、これまで20人以上を撮影してきた。

「展示などで東京に行く時、事前にモデルさんを探して会う時間を決めておきます」

写真展のDMに使った写真は一見したところ、そこがどんな場所か、時間も定かでない1枚だ。新宿・歌舞伎町にある通りの一角で、赤いネオンが射す場所がある。

「以前、別の人をここで撮影しましたが、それはお蔵入りになってしまったんです。この場所のことはずっと頭の中にあって、彼女をSNSで見つけた時、すぐにこの場所のことを思い付き、どうしてもこの赤い光の下で撮りたいと思いました。それで彼女の時は昼と夜、事前に時間をとってもらうようにお願いしました」

モデルになる人には好きな服装で来てもらい、会って1~2時間、歩きながら話す。その途中、見つけた場所で撮る。

「過去のことを聞くなど、深い話はしません。今、どんな生活をしているのかを尋ねるぐらいですね」

撮り始めてから、動画に収めることも考えたそうだ。その時、自分が写真に対して何を求めているのか、彼女たちの何を撮りたいのかを改めて考えるようになった。

「写真は分かるようで分からないもので、そもそも世界の一部分を切り取る曖昧な媒体で、そこが面白い。女装した彼女たちもまた誰もが謎めいた部分を持っていて、私はそこに惹かれた。そこに気づいてから、彼女のたちの魅力を表現するために、情報をどう削っていくのかということに注力しました」

撮影の時、表情やポーズは指示しない。ただ「リラックスして、カメラを見てください」と声を掛ける。背景もあまり目を引く場所は選ばない。全身のカットも撮ってはいるが、今回の展示ではバストアップのものを中心に構成した。

「どこか無防備でいる時こそ、彼女たちの内面にある微かな感情の動きが現れると思います。分かりやすい笑顔や喜怒哀楽で隠れないように、フラットな表情でいることを狙いました」

撮影はソニーα7と85mmのレンズを使っている。

西成で……

坂東さんは高校の修学旅行で撮った1枚から写真に興味を持った。

「早朝、気球に乗るレクリエーションがあって、そのついでに日の出を撮りに行きました。その時、自分で撮った写真が凄くキレイで感動しました(笑)」

大学は工学部に入ったが、写真部の活動にのめり込んで中退。その後はアルバイトをしながら写真を撮っていた。

「マン・レイに衝撃を受け、暗室作業や光の操作でイメージを作り込んでいました」

その一方で、写真仲間に誘われ、西成の街や人を撮り始めた。

「67判のフィルムカメラを使っていたので、すぐに怖そうな人にどやされました。それでも優しい人もいたので、懲りずに通っていました」

バイト先を転々とするうちに写真から離れた。それが再開したのは、現在の職場であるカメラの修理・メンテナンスを行なう会社に入ってからだ。

「仕事でカメラをいじり始めたら、やはり自分でも撮りたくなった。そんなつもりはなかったんですけどね」

再度、西成に通い始めたほか、住まいの近くに流れる大和川を歩き、その風景や出会う人を撮り始めた。その一方で、生と死を手繰り寄せるようなイメージを採取している。

「テーマは自分の日常の中で気になったものです。今、目の前にある現実を記録したい気持が強くあります」

西成には学生時代、男性のままで通っていた。

「この街の人は結構、女装さんに慣れています。私の外見に興味を持ってくれることも多いので、撮影は以前よりやりやすくなりましたね」

今も自由に街の中を歩き、気になる人や風景をスナップしていくのが基本だ。次第に顔馴染みもできてきて、挨拶を交わす人も増えてきた。

「ダンボールに座ってお酒やジュースを奢ってもらい話すこともありますし、自宅に何度か通い、全身の刺青を撮らせてもらったこともあります」

かつてのドヤ街は、今はインバウンド需要やリゾート化で再開発が進み、きれいに整備され始めた。それは今住む彼らの居場所を奪うことでもある。

人はモノに名前を付け、分類し、理解しようとする。ただいくら細かくカテゴライズしても、そこからこぼれ落ちるものがある。坂東さんはそうした存在をただあるがままに見つめて、観る者に提示する。

 ◇◇◇

坂東正沙子「憂鬱のシンデレラ」

トーテムポールフォトギャラリー

住所:東京都新宿区四谷4-22 第二富士川ビル1階
会期:2022年11月8日(火)~11月20日(日)
開催時間:12時00分~19時00分
休館日:月曜休館

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。