赤城耕一の「アカギカメラ」
第130回:満足いく画質でなにより安い。コスパ良好なミラーレス移行期のレンズを楽しむ
2025年12月5日 07:00
ミラーレス機にはミラーレスのフランジバックやカバーガラスなど、カメラの特性に合わせた交換レンズを使うのが吉であるという話は筆者も何度もしていますし、いくたびかレクチャーも受けましたから、光学的な理論上もある程度は理解しているつもりであります。仕事でも新製品レンズのレビューを依頼されますから、新型レンズの描写性能の進化は自分でも認識しているほうだと思います。
では、自分の仕事用の機材の場合、たとえば仕事の効率を重視して、新しいミラーレス機を購入した場合、レンズもそれに合わせて、ミラーレス用のものを逐一新調しているのかと問われれば、むしろそれはあまりないわけです。
それでは、新型カメラのポテンシャルを完全に発揮できないではないかと突っ込まれそうですが、たしかに返す言葉はありません。ご安心ください、カメラのレビューのときは新型レンズもお借りして評価しておりますから大丈夫です。
筆者自身の場合でいえば、早い話がカメラの購入で手持ち資金を使い果たしてしまったということもよくありますし、手元の一眼レフ用のレンズを下取りに出して新しいレンズに交換したとしても、下取りのレンズは二束三文になってしまうことも多々あるということ、また、気に入って長く使用してきたレンズにあっさりと別れを告げてしまうのも、あまりにも惜しいですしもったいないのではないかという意識があります。
理屈を述べましたけど、早い話が貧乏性というか、実際に昨今の世間の情勢を鑑みますと、この小商いばかりでは、新規機材購入もままならないということが結論です。正直な告白であります。いちおう筆者は職業写真家でもあるので、これでも費用対効果は考えています。
過去の本連載でも、一眼レフ用の交換レンズをアダプターでミラーレス機に使用してもどの程度実用に耐えるのかということをいくつかのメーカーで検証しました。筆者個人の結論としては、自分の商いに限っていえば、実用上の問題はないというのがいつもの結論となりました。
まあ、そりゃそうです。予想はできます。つい数年前まで現役あるいは今も現役の一眼レフ用の交換レンズは星の数ほどあり、それらの設計がすべて古くなり使いものにならないということはありません。重箱の隅を突きまくるようなレビュー撮影とは、レンズの評価は大きく異なるというわけです。
いずれも新型のミラーレス用の同じスペックのレンズが登場したからといって、なかったことにはできないという無視することができません。それだけの長い歴史がありますね。
なぜ、こんなことを書いたかといえば愛機のLUMIX S5IIXをメインに使用したい撮影仕事が発生したのですが、その際に標準50mmレンズをどうしようかという悩みが生まれたのです。
これまで、S5IIXを使用する場合は標準ズームでなんとなくごまかしてきたのですが、今回の撮影案件が微量光下が主であること、ドキュメンタリーの手法で、さらにポートレートが中心なので、大口径標準レンズを使用して撮影したい案件がきたというわけです。しかも今回、施主が言うには軽く動画撮影もと、わがままも言うのです。やれやれ。
他の機種を使えばよいではないかという話もあるのですが、今回はどうしてもS5IIXでゆくという気持ちになりました。言うまでもなくLマウントはミラーレスに特化した規格ですので一眼レフ用のレンズの用意はありません。
LUMIXのSシリーズ交換レンズを調べてみると、純正ではLUMIX S 50mm F1.8とLUMIX S PRO 50mm F1.4がありますが、前者ではどうもシャープすぎるというか、あまりにフツーに写る印象があり、筆者の足りない腕をカバーする描写の情緒性には欠けるため頼ることは難しそうです。後者は発売時にレビューしましたけど、素晴らしい性能であることは間違いありませんが、高額なこと、無理をして購入しても、モトをとるまでに相当の時間を要しそうです。
そこで、LマウントアライアンスでもあるシグマのLマウントレンズをみてみるとSIGMA 50mm F1.4 DG DN|Art(以下DG DN)のLマウント版があり、これならばなんとかイケる予算だぜということで、なけなしのお金を握りしめ、量販店に走りました。
その途中のことです、よく立ち寄るカメラ店にふと顔を出したのですが、そこで、とあるレンズを発見してしまったのです。
その名はSIGMA 50mm F1.4 DG HSM|Art(以下DG HSM)といいます。シグマの3つのプロダクトラインのうち高性能のレンズで知られるArtラインの初代にラインナップされたレンズです。それなのになんとマウントはLマウントであります。
そう「DN」表記はここにはありません。つまり一眼レフ時代のレンズ構成のままLマウントにしたものということになります。
本稿で具体的なお買い物話はあまりしたくはないのですが、お値段はDG DNの半額以下でございました。デッドストックだと思いますが、熟考の末、うちにお越しいただくことにしました。
じつは本レンズが発売された2014年、筆者自身『アサヒカメラ』で登場と同時にレビューしていて、とてもよい印象だったことをこの時に思い出したこともあります。
先に述べたように、ミラーレス機の登場で、交換レンズの設計はミラーの可動距離を考慮する必要はなくなりました。このため一部のレンズでは、描写性能は高性能化し、さらに小型化を達成したものも多くあります。
シグマもこれは同様なのですが、当初はいくつかの交換レンズを一眼レフ時代と同じ設計のまま、LマウントやEマウントで発売していました。
これは在庫の整理とか、ミラーレス機登場のスピードに乗り遅れまいとしたことも理由としてあるでしょう。つまりDG DN登場までのワンポイントリリーフとしてマウントを変更し用意されたものではないかと。たしかEマウント版も用意されていたはずです。
でもね、一眼レフ用の設計といえど、シグマはレンズの性能に強い自信があったからに違いありません。あたりまえですよね。そう筆者は勝手に判断しています。となれば、ミラーレスのDG DNよりも廉価に入手できれば、これはお買い得感が増しますね。
手にしたDG HSMは珍妙な形をしていました。これは一眼レフ時代の光学設計のままLマウント化したために、マウントアダプターをそのままくっつけたかのような形状をしています。
たしかにね、一眼レフ用レンズとして設計したレンズですから、「おまえ無理にLマウントにしただろう」という印象があるのは事実ですが、Lマウントへのダイレクトな装着感は心地よく、あたりまえですが安心感があります。
したがって、レンズ全長は長くなり、マウント基部のくびれが50mm F1.4 DG DN Artよりも大きいのです。これ、余談になりますが、筆者は鏡筒のくびれの大きいレンズについて、セクシーでいいのではないかと思ってます。本当です。うちには鏡筒のくびれの美しさだけで購入したレンズが何本もあります。鏡筒デザインも重要なんですよ。
続けて鏡筒まわりを見てみますと、そうなのです。本レンズには私の好きな距離指標があります。多くのミラーレス機用の交換レンズにはご存知の通り距離指標はありません。じつに面白くないですね。でも本レンズにはあります。
50mmという焦点距離ですから、MFに切り替えて距離指標をみて、目測撮影しちゃうぜ、ということはありません。だから実用上は不要かもしれませんが、デザインとしては距離指標の存在は見過ごせないものがあります。鏡筒内でレンズが動き、仕事をしている雰囲気を強く感じとれることが重要なのであります。
悔しいのはDG DNには距離指標がないのに、絞り環が用意されていたことです。絞り環は本レンズにはありません。
まさか距離指標とのトレードオフという意味で、DG DNに絞り環をつけたということはないと思いますが、こうした鏡筒の太い立派な筐体の大口径レンズの場合、距離指標や絞り環が一切存在しないと、全体が黒い土管めいた、きわめてつまらないデザインになります。セクシーさとは真逆ですね。写りはもちろんいいでしょう。けれど仕事はデキても、ファッションセンスのない、モテないドンくさいやつみたいになりませんか。ならないか。
もうひとつ、本レンズはとても重たいです。これね使用にあたっては結構問題というか覚悟が必要だとは思いました。
調べてみるとLマウント用は重量が905gもあります。全長は123.9mm、フィルターアタッチメントは77mmとのこと。ちなみにDG DNのLマウントは重量670g、全長109.5mm、フィルターアタッチメントは72mmであります。羨ましいぜ。
「おまえ、デカくて重い機材はキライだ」と前に言ってなかったか?
はい、言いました。たしかに。
けどね、今回の言い訳としては、高性能描写は欲しいけど、そこまでの対価は払えねえぜという状況になったのですから仕方ありません。こんなことになった現在の世の中の経済状況に、問題はないのでしょうか。
だから写真撮影での最重要な項目が満たされているということで、耐えなければなりません。本レンズはお値段がお安くなったこともあり、きわめて優秀なコストパフォーマンスを誇っています。ここはデカくて重たいのは我慢するしかないのです。
それにね、あまり大きい声では言えませんが、スペックとしてはDG DNはたしかに小型化されましたが、カメラへの装着時にはそうコンパクトには感じませんぜ。あとね、DG DNの最短撮影距離は0.45mですが、本レンズは0.4mなのです。わーい。
もう少しスペックを比較してみますと本レンズのレンズ構成は8群13枚で、絞り羽根は9枚、DG DNは11群14枚のレンズ構成で絞り羽根は11枚あります。なに、描写は言われるほど大して変わりはしませんよ、なんて言ったら、また怒られてしまうでしょうか(笑)。
あとはAFの速度とかね、逆光性能とか両者にはいろいろと違いはあるんでしょうけど、極端な悪条件下で撮影を行うということでなければ、大きな問題はないのではないでしょうか。
実際に本レンズで仕上がった写真をみてみますと、もうね、筆者には出来すぎです。DG DNと撮り較べをしたわけではありませんから、正直細かいところはわかりませんけど。
本レンズの開発コンセプトは、高解像度と軟らかいボケ味の両立、サジタルコマフレアの補正、軸上色収差の補正とアナウンスされています。非球面や特殊低分散ガラスなど高価な硝材が使われています。
レンズ構成の全体はレトロフォーカスタイプでしょう。その昔の標準大口径はダブルガウスだぜ、という当然の構成でしたが、こうした固まった印象からは大きく離れたものになっています。
実際の描写を検証してみますと最短撮影距離で絞り開放という条件では、ハイライトにわずかにじみによる軟らかさを感じるかなあという程度で、問題なく実用に耐えます。
周辺光量も十分すぎますね、もう少し落ちてほしいくらいなのです。少し絞り込むとギンギンにシャープな描写になります。筆者には写りすぎると感じるくらいですから、アサインメントでの使用でも当然安心です。
そういえば、2013年に発表、2014年に発売されたカールツァイスのOtus 1.4/55という超弩級の標準レンズがあります。今も現行品です。
Otusが発売されてから、一眼レフ用の標準レンズの評価と設計には、「オータス以前、以降」という言葉が生まれたと、とあるカメラメーカーのレンズ設計者に聞きました。
そのくらいOtusの登場は大口径標準レンズの設計に大きな影響を与え、基準のひとつになっているようにみえます。
Otus登場以降の大口径標準レンズは、ガウスタイプのものとは異なり、レトロフォーカスタイプの設計が多くなっているように見受けられますね。
ちなみにOtus 1.4/55にはレトロフォーカスであることを示す「ディスタゴン」名が銘板に刻印されています。Otusは本年のCP+において、ミラーレス専用設計のものが登場しましたが、それでもなお一眼レフ用のOtus 1.4/55は伝説の存在です。Otus 1.4/55のレンズ構成は10群12枚構成でした。
今回のLマウント版のDG HSMがとても気に入ったので、筆者はハイエナのように同レンズの異なるマウント仕様のものを探すことにしました。
結果、EFマウントとAマウント版のDG HSMを発見し、これらも廉価に販売されていましたので、うちにお越しいただくことにしました。
現在ぞれぞれのマウントアダプターでEOS RFマウントのカメラとEマウントのαに使用しています。撮影結果はここに報告していますが、いずれもきわめて良好な結果になりました。満足です。
DG HSMとDG DNのベンチマークテストを行えば、数値上の違いは出てくるでしょう。これは当然のことです。
一眼レフ用とミラーレス用のレンズという、いわばハンデのありなしと、設計技術や硝材や非球面加工の進化なども測定数字に現れるはず。
それでも、現代のエンジニアが必死になって作りあげた高性能レンズですから、その描写が、たかが10年ほどで陳腐化するはずがないという確信めいたものが筆者の中にはあります。
優れたレンズをいまも応用したいという気持ちは強いですね。これは一眼レフ用だろうとミラーレス用だろうと関係ありません。実際に出来上がる写真をみても、なんら問題を感じることはないわけです。
ウソです、正直に申しましょうか。小商いの多い、貧しい年寄りカメラマンには、これら一眼レフ用の高性能大口径レンズを廉価に入手することができるのは、とてもありがたいことなのです。
さて、次はどの焦点距離のシグマ一眼レフ用レンズを物色しましょうか(笑)。








































