赤城耕一の「アカギカメラ」

第70回:“ガチャガチャ”できる最新レンズ。フォクトレンダーNOKTON 55mm F1.2 SL IIsの痛快なる互換性

ニコン Z 8登場で、騒々しい昨今でございますが、その陰に隠れ、いや隠れていないですね、コシナ・フォクトレンダーから新製品のNOKTON 55mm F1.2 SL IIsが登場しました。

スペックだけをみればニコンFマウント互換の平凡な標準レンズでありますが、このレンズはとんでもないことをやってのけているのです。今回はその秘密を少しずつ解き明かそうという試みでありまして、かつ、このレンズに似合うニコンの一眼レフは何かを探ってみることにしました。

まずはそのスタイリングです。全体はブラック基調で鏡筒も少し太め、静かな迫力があります。鏡筒のローレットはヤマの部分にあります。ええ、どうでもいいようなことですが一部のマニアへのメッセージかもしれません。最初の印象はクラシックだけれど、それでも新しいという言い方をしてもいいでしょう。FマウントのMF純正ニッコールオートレンズに似ているようで少し異なるこの雰囲気にオリジナリティを感じます。

左からNikkor-S Auto 55mm F1.2(Ai改造)、NOKTON 55mm F1.2 SL IIs 、New Nikkor 55mm F1.2(Ai改造)になります。大きさはほとんど同じ。NOKTONはフォーカスリングの幅が広く扱いやすいのです。

かつてのフォクトレンダーSL IIsシリーズには、これまでのFマウントニッコールのデザインをそのままいただきましたぜ、みたいなレンズもありましたが、今回はFマウント純正ニッコールを意識した印象は薄まり個性を放っております。

年寄りになると白いカメラが好きになるわけです。平和主義的です。カメラはニコンF2アイレベルです。メッキの輝きとレンズの黒基調の相性がいいですね。
ニコンF3Pに装着してみました。黒々しとります。その昔なら、目立たず黒子になりたい報道写真家のアイテムとして良い組み合わせだったかもしれません。

フォーカスリングのローレットは、ミノルタSR時代の初期のミノルタバヨネットマウントを採用するロッコールレンズみたいに幅広くとられており、操作性は抜群です。って書いてもそんなこと誰も知らないか。ま、お好きな方は調べてください。例によって、ロータリーフィーリングが心地よくしっかりと作り込まれていることはフォーカスリングを回してみればすぐわかります。

アタッチメントサイズ、いわゆるフィルター径は52mmです。最近はニコン内部でもご存じではない方がいらっしゃるようですが、かつてのニッコールレンズの“標準”アタッチメントサイズは52mmでありました。20mmから200mmのレンズまでを同一のアタッチメントサイズにしたこともあったのですよ。フィルターを共用できるからユーザーの負担が減るということが根底にあったかと思いますが、この分、レンズ設計者には負担になっていたんじゃないかと思いますね。でもそのストイックな縛りがなんか萌えますよね。レンズごとにフィルター径が違うって煩雑じゃないですか。

ニコンFに装着しましたが、なんだか物足りなくなり、ニコンのHS-7フードを組み合わせました。これはニッコールの各種F1.2の50mm、55mmレンズの指定フードです。大丈夫ですケラレませんでした。素晴らしく美しいですね。

23日17時30分追記:記事初出時、上記写真に「HS-14フード」と記載していましたが、正しくはHS-7だったため修正しました。

本レンズもフォーカスリングを回してヘリコイドを少し繰り出してみるとわかるのですが、フィルター径が小さいので前後が少しすぼまっていて、形だけみれば、小型の手榴弾のようなフォルムをしています。

フォーカスリング下には色分けされた被写界深度指標があり、その下に絞り環があります。絞り数値はそれぞれ色分けされ、設定絞りごとに同じ色の指標を見れば、被写界深度がわかるようになっています。これは純正のFマウントニッコールレンズと同じ表示方法です。

ニコンFのシルバーボディです。アカデミックな写真を撮れそうな感じがしませんか?しないか。ボディの直線とローレットの刻みのバランスがいいですね。

絞り環のF5.6位置上には通称「カニの爪」、すなわちニコンFマウントレンズの最初からAi化前までの露出計連動カプラーがあり、ニコンF2フォトミックSBやニコマートELWまでの、ニコン旧方式のカメラのメーターに連動するように設けられています。

ニコマートFTシリーズ最後のガチャガチャ機、ニコマートFT2です。もうね、絞り環を往復運動させた時のバネのピーン! っていう共振音がたまりませんね。そんなことに感激しているとロクな写真は撮れないことはわかっていますって。

これらのカメラに本レンズを装着する場合は、カニの爪の間にカメラボディ側の露出計連動ピンをカップリングさせたのちに絞り環を一往復させる、通称「ガチャガチャ」の儀式が必要になります。

カメラボディに装着レンズの開放F値を知らせ、TTL開放測光を行う仕組みでありますから、これらのカメラに使用する場合は忘れないようにしなければなりません。

ニコンF2フォトミックSBです。最後のガチャガチャフラッグシップ機ですね。発売から1年で後継機のフォトミックASが出てしまうので短命ですが、どうしてもガチャガチャしたい人には人気です。
ガチャガチャの儀式を終えますと、小窓に開放F値1.2が表示されました。

絞り環をよく見ると、F値と同じ数字が小さく刻まれています。これはニコンF2フォトミックAなどのAi(Automatic Maximum Aperture Indexing)方式が採用されたカメラに設けられた、光学式のF値読み取り窓のためにあります。ファインダー内で設定絞りを確認するためです。カニの爪はAi方式のカメラには使用しないので、ここに穴が空いているのも、この小さな数字に影を作って見えにくくなるのを避けるためであります。どうも使わない爪があるのがイヤという人もいるようですが、私は好きですけどね、ニッコールぽくて。でも不用意に指に刺さないようにお願いします。

本当にお前はファインダー内で絞り値とか見るのか? 必要なのか? と突き詰められると怪しいのですが、昔はファインダー内で一度に撮影情報が見えるものを「情報集中ファインダー」と呼んでいました。ファインダーから目を離さなくても全ての設定が一目瞭然だぜ、ってことをウリにしたかったようです。

でもね、ファインダーから目を離してチャチャっと設定した方が早いような気がするけどね。絞り環の周囲にはAi方式用の「露出計連動ガイド」がありますから、Ai方式のカメラに使用する場合は装着時にガチャガチャの儀式を不要としております。

ニコンF2フォトミックAS+サーボEEコントロールユニットです。もちろんこのNOKTONを使用してシャッター速度優先AEで撮影してチャンスに備えようというわけです。
ニコンFGに装着しました。Pモードに設定して、絞り環を最小絞りに設定するとプログラムAEモードが制約なく使えます。

ちなみに最小絞り値のF16とF値読み取り数字も同じオレンジ色です。これは何を意味するかといえば、Aiニッコールでいえば「Sレンズ」であることを示しています。

ニコンFGなどのカメラでP(プログラムAE)モードやS(シャッタースピード優先AE)モードを使用するときに最小絞りにするのを忘れないでねと注意喚起するためのものでしょうか。これらの機種ではボディ側からの絞り連動ピンで絞りをコントロールしようというものです。メカ連動ですから、Sタイプレンズは安定して絞りをコントロールする機構を採用しています。

ニコンFAに組み合わせますと、すべての撮影モードが使えます。A/Mモードでは絞り環で絞り値を合わせます。P/Sモードでは原則として最小絞りに合わせます。Sモードでは動作するF値がきちんと表示されます。
ニッコールでいえば「Sレンズ」である証の切り欠きがマウント部にあります。ニコンFAではこの切り欠きの有無をマウント部のピンで識別します。
これがボディ側の識別ピンです。ニコンF4までこのピンがありますが、F5では廃止されます。
リトルニコンのニコンEMに装着しました。ジュージアーロも感激するであろう組み合わせです。嘘です。でも意外にバランスいいわけです。絞り優先AEオンリーで使いたい覚悟のある方はどうぞ。
組み合わせるとすごい塊になりますね。ニコンF4sであります。手首の弱い方は使わないほうがいいかもしれませんが、露出モードは全部使えちゃいますぜ。もちろんマルチパターン測光も。
かつての写真学校指定教材、ニコンNew FM2に組み合わせてみます。NOKTONはデザイン的な趣味性が高く、真面目な写真表現者を気取るには難しくなります。そこでNew FM2はNOKTONの鏡筒の塗装が少し剥げたころに使うのが良さそうです。

レンズをマウント側から見てみますと、後玉の縁に沿い、綺麗に電子接点が並んでいます。これはニコンのほぼすべてのAF一眼レフボディ(F3AFを除く)のためにあり、レンズとの情報のやり取りを電気的に行います。

AF一眼レフの中にはAi連動用のガイドを省略した機種もあり、これらのカメラに本レンズを装着した場合にも正常にメーターは機能します。Ai連動方式と電子接点を共存させたレンズはニッコールの純正MFレンズにもあり、これを「P」タイプと呼びますが、理屈としては同じことになります。例を挙げるとAi Nikkor ED 500mm F4PとかAi Nikkor 45mm F2.8Pなどが有名です。

電子接点を設けているニコン一眼レフボディに装着してPタイプレンズを使用する場合には、撮影モードにかかわらず、原則として絞り環を最小絞りに設定し、絞りの設定はボディ側のコマンドダイヤルを使用することになります。なおニコンDfやF6では、絞り設定にボディ側のコマンドダイヤルを使うか絞り環を使うかは選択可能です。

ニコンF80に装着。本機ではAi連動レバーがありませんので、レンズとボディの連携は電子接点頼りになりますが、撮影モードは全部イケます。
ニコンF5に装着。全体がブラックになりますから、グリップの明太子部分がより目立ちます。ジュージアーロはどう思うでしょうか。戦車みたいな重厚感があります。
ニコンDfと組み合わせました。その姿を見て落涙しそうになりました。絞りは絞り環か、ボディ側のコマンドダイヤル設定が選択ができます。コマンドダイヤル側では1/3刻みで絞りの設定が可能です。

このNOKTON 55mm F1.2 SL IIsも同様に最小絞りに設定して使用することになります。ただ、純正のPタイプのニッコールレンズにはカニの爪は備えられていませんから、ガチャガチャ方式のニコン一眼レフに使用する場合は、TTL絞り込み測光となります。

重要な論点が一つあります。ニコンFマウントで最も明るいF値のAi Nikkor 50mm f/1.2Sには最後まで電子接点が設けられることはなく、PタイプどころかAF化も成し遂げることはできなかったのです。

この理由は単純で、構造的にレンズ後玉を固定する枠に電子接点を入れるスペースがなかったからのようです。いまZ マウントのNIKKOR Z 50mm f/1.2 Sが注目されているのは、マウント径が大きくなったことにより、この鬱憤を晴らしているからかもしれません。

本レンズでは最後部の金属枠にレンズを入れ、枠を曲げてレンズを固定するカシメ方式を採用しています。レンズを固定する枠そのものを薄くして電子接点の入るスペースを稼ごうというわけです。加工現場ではそんな面倒なことさせるなという声が上がりそうで心配ですが、それを実現しちゃうのがコシナの凄さであります。電子接点のパーツにも工夫が凝らされています。

そして電子接点と絞り連動ピンのスペースを確保することができたわけです。これに伴い、絞りピンの連動スペースにはマウント部分を切削加工することで対応していますがこの加工もすごいですね。エンジニアは工場の職人肌の技術者に、一升瓶を提げて難しい加工のお願いに行ったそうです。ええ、もちろん嘘ですが、そんなことすら妄想しちゃいますね。

ニッコールの55mm F1.2あるいは50mm F1.2レンズに電子接点を入れるのは不可能とされていました。
NOKTON 55mm F1.2 SL IIsも後玉径は同じ大きさですが、カシメというレンズ固定技術を使い、巧みに電子接点のためのスペースを確保しました。

いずれも多品種少量生産を得意とするコシナの職人芸によるものですが、正直、マニアックなMFのFマウント互換レンズにこれだけの技術、手作業の技を投入して大丈夫なのかよと心配になるほどです。すごいことをしているのに、それを伝えるって大変だよなあ。一部の人だけが喜びそうな話だというのに。

ニコンフォトミックFTNに装着しました。少し陰湿なイメージですが、何かに似ているなあと思ったら、そうです。かつてのNASAが発注したスペースモデルに似てませんか。ええ、単なる妄想です。
ニコンF3Tのブラックだと、これも暗い雰囲気になりそうなので、F3Tの初期のチタンカラーと組み合わせてみます。なかなか良い感じですが、見せびらかしアイテムみたいですね。

本レンズの構成は6群7枚構成、しかも球面レンズだけの構成でありますね。ガウスの王者みたいなレンズ構成図で、今では逆に珍しい部類になるかもしれません。レンズ構成を見ますとNikkor-S Auto 55mm F1.2をかなり意識していると思われます。

開放絞りでの描写、これはふわっとハイライトが滲む感じです。このことからもNikkor-S Auto 55mm F1.2を彷彿とさせます。

雨天の条件です。みんなが大好き開放絞りです。ハイライトがわずかに滲んで美しいですね。筆者がもう少し、牧野富太郎みたいに植物に思い入れがあると名作になるのですが。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/絞り優先AE(F1.2・1/3,200秒)/ISO 100
新玉の季節ですね。サラダでいかがですかみたいに売られていたので撮影してみたのですが、逆光気味なんで良い感じです。説明しないとなんだかわからないように見えるのがミソです。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/絞り優先AE(F1.2・1/2,000秒)/ISO 400

この滲む感じは至近距離になるほど大きくなるようです。球面収差の影響でしょうか。周辺光量も若干低下しますが、これは頑なにアタッチメントサイズを52mmにしたこともあるのかもしれないですね。ちょうどほのかに周辺を焼き込んだような効果を得ることができ良い感じです。

面白いのは“絞りの効く”レンズであることです。個人的な印象ですがヌケはよく、開放絞りでもコントラストはそれなりにあります。それでもわずか半絞りでも絞った効果は出てくるようです。ボケ味は条件によってはクセが出るかもしれませんがおおむね素直です。

最近のレンズは絞りを変えても、変わるのは被写界深度だけみたいなものばかりですが、本レンズは被写体や表現によって印象を変えるために絞り設定操作を行い収差を生かす楽しみがあります。ボケ味にも変化が出てきます。

このレンズは撮影距離によっても味わいが変わります。ピントの芯を見せたい場合は少しだけ絞り込んでみるといいでしょう。撮影距離で絞りの加減は変わります。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/絞り優先AE(F1.6・1/1,600秒)/ISO 100
エッジのはっきりしないものにはなかなかフォーカシングしづらいので、少し絞り込んで安全をみましたが、これは正解でした。発光部にも滲みがありません。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/プログラムAE(F2.8・1/200秒)/ISO 200
肉眼での観察よりは確かに狭角なんで、街中などでは少し戸惑うこともあるのですが、標準レンズの範疇には入ります。歪曲収差もほとんど感じません。キレ味もバッチリです。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/プログラムAE(F11・1/500秒)/ISO 200

おそらく解像性能はF4あたりですでに頂点に達しています。絞りこめばコントラストが上がりギンギンにシャープな写真になります。絞りが効くというのは描写の二面性があるということですね。

とはいえ、本レンズをニコンAF一眼レフに装着してMFで正確なフォーカシングを行うのは容易なことではありません。AFカメラはAFでの使用を前提としているためでしょう、AF一眼レフの多くはスクリーン上は明るくても、開放絞りでフォーカスの頂点を確実に見極めるには、相当の練習が必要になります。

ならばフォーカスエイドを利用すればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、フォーカスエイドは位相差測距でありますし、大口径レンズの開放絞りでは心許ないです。また被写体の細かい部分にピンポイントでフォーカスを合わせるのはかなり難しいですね。気合いを入れ、肉眼でフォーカスの頂点を見極めるしかありません。筆者も頑張って、今回の作例は自分を信じて光学ファインダーのみでフォーカシングして撮りました。

それでも、どうしても本レンズの開放絞りにおける描写のポテンシャルを全て引き出したいとするなら、潔くライブビューに切り替えて、LCDの表示画像を拡大し、フォーカスを追い込むべきでしょう。

あるいはFTZアダプターを使いZ シリーズに使うというのもいいかもしれません。でも、これではデザイン的にも、あまり感心しませんね。本レンズの意義は、ニコン一眼レフとメカニカルに連結して使う楽しさにあると思いたいです。

とにかく久しぶりに使って楽しいレンズでした。とにかくありとあらゆる新旧のニコン一眼レフに装着して、そのデザインとバランスと使い勝手を試したくなるのです。

あらゆるインターフェースを考慮し、各時代のカメラ側の機能をほとんど損なうことなく使えるレンズがNOKTON 55mm F1.2 SL IIsということになります。ニコンがやらなかったことをコシナが実現してしまったという意味においても、痛快かつ個性的な製品といえるでしょう。

55mmって焦点距離は場合によっては少し長めかなあと思うことがありますが、でも慣れてしまえばどうということはなく。階調のつながりの良いレンズです。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/絞り優先AE(F4.5・1/400秒)/ISO 100
NDフィルターとか用意するのが面倒なのでプログラムAEにおまかせで撮りましたが、別にこれで問題なさそうです。合焦点は鋭いですね。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/プログラムAE(F3.2・1/4,000秒)/ISO 100
光線状態が複雑な場合でもうまく収めてくれるレンズという感じがします。面白くない被写体を被写界深度の浅さでごまかしているわけではないので念のため。
ニコンDf/NOKTON 55mm F1.2 SL IIs/絞り優先AE(F1.2・1/3,200秒)/ISO 100
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)