写真を巡る、今日の読書

第45回:写真表現にはイメージの蓄積が重要

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

イメージのヴァリエーションを獲得できる本

本連載の第43回で写真技術習得のための本をいくつか取り上げましたが、今回はそのあたりをもう少し深掘りしてみましょう。前回は撮影に関する考え方を中心に参考となる本を取り上げましたが、今回は、イメージやキーワードを参照するために有効な本を紹介したいと思います。

実際、写真というのはどれだけ多くのイメージを見てきたかということが、非常に重要になります。多くのイメージを蓄積している写真家ほど、一つの光景に対してより多くのヴァリエーションを思い描くことができるでしょう。それは例えば、ストリートスナップを行う写真家が森山大道やウィリアム・クラインの写真を見たことがあるかどうかや、美瑛の風景を撮影する写真家が前田真三やフランコ・フォンタナを知っているかどうかによって、レンズを通して思い描く写真が全く変わるのと同じです。

またそれは、模倣するために利用するということとは全く別の話です。ですから、写真家の多くはその修行時代に、図書館や美術館に通い、多くの名作を目に焼き付け、それを元に自分ならどうするか、現代であればどう参照できるのかということを考えながら、自分なりの新たな写真を見出してきました。

写真は、誰にでも撮れるからこそ、より深く広く学ぶ必要がある芸術なのではないかと思います。それは、プロでもアマチュアでも、あるいは芸術や学問として究めようとする人でも変わらないのではないでしょうか。その点で、多くのイメージを見てきたかどうかというのは重要になるわけですが、膨大な量の写真集に一から当たるというのも、実際には大変な話です。

そんなわけで、今日は写真技術やイメージのヴァリエーション獲得にある程度即効性のありそうな本を紹介してみたいと思います。どれも良い入門書となるのではないかと思います。

『The Street Photographer's Manual』David Gibson 著(hames & Hudson・2020年)

一冊目は、『The Street Photographer's Manual』です。スナップ写真に特化して、参考になる写真家の作品やキーワード、アドバイスが集められています。

巻頭のテキストでは、写真を撮る全ての人へのアドバイスとして、「お金は、経験(旅行やワークショップ、教育)や本に費やすこと」「写真のセレクトに多くの時間を費やすこと」などのメッセージが記されています。エリオット・アーウィットや、ジョエル・マイエロウィッツといった写真家を取り上げつつ、各チャプターではキーワードとTIPS(コツ)をまとめながら写真を解説しています。

「WAITING(瞬間の待ちかた)」、「SHADOWS(影の使いかた)」、「DOUBLE(像の連なり)」、「ETHICS(モラル、マナー)」といったキーワードと共に写真が掲載されているため、英語の本文解説を細かく読解しなくても、十分イメージとキーワードの関連を理解することができるでしょう。魅力的な写真とそのアイデアが詰まった一冊です。

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『The Portrait Photographer's Manual』Cian Oba-smith/Max Ferguson 著(Thames & Hudson・2023年)

二冊目は、先ほどの本の続編となる『The Portrait Photographer's Manual』です。こちらは、人物写真をテーマにまとめられた一冊です。

冒頭で、レンジファインダーや大型カメラ、あるいはフィルムとデジタルの違いとその活用の仕方などを取り上げつつ、人物写真を捉えるための一通りの考え方がまとめられています。また各章では、光の使い方や様々なスタイルが紹介され、チャプター6ではキャリアの形成の仕方や、各種SNSやウェブメディアなどでのポートフォリオの作り方が説明されています。

一冊目に比べると、少し本文を読み込む必要のある箇所が多いのですが、文章量としては多くないため、スマートフォンのカメラによるリアルタイム翻訳機能などを使えばスムーズに読めると思います。国内にはあまりこういった類の本は見当たらないため、読み込む価値は十分あるでしょう。

掲載されている作品はどれも非常に現代的なアプローチになっており、クラシックなポートレートを踏まえた上で、現在どのように写真が撮られているのかを知ることができます。是非どこかの出版社から日本語版を出してほしい一冊でもあります。

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『American Geography: A Reckoning With a Dream』Thames & Hudson 著(Thames & Hudson・2021年)

最後は、『American Geography: A Reckoning With a Dream』です。この本は先の二冊とは違い教則的なものではなく、写真家Matt Blackによる現代アメリカ横断の旅の記録を中心とした写真集です。

『TIME』や『The New Yorker』といったジャーナル誌で活躍するフォトグラファーによるもので、アメリカンドリームという言葉とは対極にあるような、現代の貧困などをテーマとした一冊です。そこで捉えられているイメージの豊かさやヴァリエーション、編集やセレクトの独自性は、多くの写真撮影者にとって参考になるでしょう。

アメリカという国の時代の様相を捉えた写真集には、ウォーカー・エヴァンスの『American Photographs』やロバート・フランクの『The Americans』、スティーブン・ショアの『American Surface』など多くの名作がありますが、本書はそういった先達の作品を現代にアップデートしたものになっているのではないかと思います。

風景や人物、静物など様々なモチーフを独自の観点と印象的なイメージで描き出した本作は、多くの人に新たな視点をもたらしてくれる写真集だと言えるでしょう。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。