写真を巡る、今日の読書
第43回:写真の表現力を上げるために
2023年10月4日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
どうすれば写真の表現力は上がるのか
長い長い夏がようやく終わり、晴れの日も多くなる十月は、外での撮影を再開しようという方も多いのではないでしょうか。どこか撮影旅行に行かれる方もおられるでしょうし、仲間と撮影会に出かけるという方もいるでしょう。中には、今年の秋は新たな技術や表現の研鑽にあてようという方もいらっしゃるかもしれませんね。
そこで考えてみたいのは、写真の表現力というのは、どうすれば上がるのかということです。ひたすら量を撮る、ということもあれば、名作をひたすらまねてみるということもあるでしょう。本屋の写真コーナーに行きますと、多くの教本がありますから、それを頼りに習ってみるという人もいるかもしれません。
私もときおり、学生たちからどんな本が技術習得のために参考になるかと聞かれることがあるので、今日はそんなときに紹介する本をいくつか挙げてみたいと思います。ジョン・シャーカフスキーが企画した展覧会のカタログであるMOMAの『THE PHOTOGRAPHER’S EYE』や『Mirrors and Windows』などを薦めることも多いのですが、これらは既に絶版になっておりますので、ご興味ある方はMOMAのウェブサイトで公開されているアーカイブを参考にされると良いと思います。今回は、現在も書店で手に入るなかから選んでみたいと思います。
『Photographer's Mind : どう撮り、見せるか。記憶に残る写真の作り方』マイケル・フリーマン 著(ボーンデジタル・2015年)
一冊目は、『Photographer's Mind : どう撮り、見せるか。記憶に残る写真の作り方』です。著者は、『Smithsonian』や『National Geographic』等の雑誌などに写真を提供してきた写真家マイケル・フリーマンです。本書の他、構図に焦点を当てた『Photographer’s Eye : 写真の構図とデザインの考え方』や、光の扱い方をテーマとした『Capturing Light : 臨場感はどう生まれるか。光を知り、光を撮る』などがシリーズとして刊行されています。
本書はその中で、考え方や見せ方を中心とした応用的な写真表現の広げ方についてまとめられたものになります。対象としては、初心者ではなく、写真をもっと自由に扱いたい、自分だけの写真表現を見つけたいという中上級者に向けた本だと言えるでしょう。説明や作例も、直接まねできるような分かりやすいものではないため、構図や色彩がもたらす心理的作用や視線の誘導について体系的に学びたい方に有効な指南書です。
基本的な絵作りの考え方や作用について知ることできるため、理解を深めればあらゆるシーンや被写体に応用できる知識と技術が得られると思います。紋切り型の「良い写真」から一歩抜け出したいという方のための、良いヒントになる箇所も多く見つかるでしょう。
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『まなざしのエクササイズ ─ポートレイト写真を撮るための批評と実践』ロズウェル・アンジェ 著(フィルムアート社・2013年)
二冊目は『まなざしのエクササイズ ─ポートレイト写真を撮るための批評と実践』です。写真家として多くの作品を残しつつ、大学等で写真教育に携わってきたロズウェル・アンジェによる、ポートレートの実践的かつ理論的な教本で、非常にユニークな一冊だと言えるでしょう。
テーマごとに様々な写真家を取り上げつつ、批評的、歴史的な観点から写真が論じられます。また、章ごとに課題が用意されており、具体的に撮影方法と考え方が提示されているため、取り組んでみるのも面白いでしょう。
一冊をひと続きの講義演習科目だと考えれば、米国の写真教育を追体験できる仕組みになっています。そういう意味では、一緒に楽しんでくれる仲間を見つけ、お互いの課題への取り組みを共有して進めていくなどするのも良いのではないかと思います。スナップ、ドキュメンタリー、アートの文脈から、改めて現代におけるポートレートの可能性について考えるための良いきっかけになる良書だと思います。
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『秘密の知識(普及版)』デイビッド・ホックニー 著(青幻舎・2010年)
三冊目は少し趣向を変えて、絵画と光学映像の歴史と関係性から、視覚芸術の仕組みを学ぶことができるデイビッド・ホックニーの『秘密の知識』です。ホックニーによる絵画論については、この連載の第36回にも、マーティン・ゲイフォードとの会話形式で編まれた『絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで』をご紹介しました。
本書は、ホックニー自身の言葉のみによって、歴史観や絵画と光学的な映像との関係についてさらに深く掘り下げて語られた一冊になります。写真の歴史というのは、ダゲレオタイプが発明された1839年が始まりとされていますが、光学そのものは、遡ればもっと以前からあり、様々な画家がその光学映像の力を借りていたことを、この一冊の中で様々な仮説も含めてホックニーは検証していきます。
カメラ・オブスクラやカメラ・ルシダといった古典的な光学映像機器がどのように画家の目を支えていたのかということを知ると、今までとは全く違った印象で絵画を眺められるようになるかもしれません。また、レンズの力、映像の力というものを知ることで、私たちの専門である写真にも、その知識と技術は十分生かせるのではないでしょうか。
半世紀以上にわたり、目の前の世界を「どう見るのか」、「どのように描くのか」を研究し続けてきたホックニーの考え方や見方に深く触れられる一冊です。ちなみに現在、東京都現代美術館では、2023年11月5日(日)まで「デイビッド・ホックニー展」が開催されています。今年見ておくべき展覧会のひとつだと思います。こちらも是非。