写真を巡る、今日の読書

第46回:中平卓馬という写真家

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

中平卓馬という写真家

スナップショットや写真評論に興味のある方には、中平卓馬という写真家は良く知られているのではないかと思います。『Provoke(プロヴォーク)』という写真同人誌を創刊し、1960年代から70年代初頭までいわゆる「アレ、ブレ、ボケ」と言われた荒々しいモノクローム写真を森山大道と共に発表し、注目を浴びました。

その後、1973年には『なぜ、植物図鑑か』によってそれまでの自身の作品を自己批判し、新たな批評と写真制作に取り組んでいます。今回は、写真史や写真評論に触れると、必ずといって良いほど取り挙げられる中平卓馬という写真家について、いくつか現在入手可能なものを中心に紹介したいと思います。

『中平卓馬写真集 沖縄・奄美・吐カ喇1974-1978』中平卓馬 写真(未来社・2012年)

まず一冊目は、『中平卓馬写真集 沖縄・奄美・吐カ喇1974-1978』です。この本を紹介する前に、知っておきたい事実があります。それは、中平が経験した1977年の急性アルコール中毒による昏睡と記憶の一部喪失という出来事です。この前後によって、一人の写真家の仕事には連続性があったのか、あるいは切断されたものになったのかということは、多くの写真評論や写真展によって検証されてきました。

本書は、まさにその出来事を前後した一連の取材写真を一冊に編集したものになります。また、中平はこの沖縄取材を始める以前に『なぜ、植物図鑑か』によってそれまでの作品を自己否定しています。図鑑写真のような「事物が事物であることを明確化する」ことによって成立する写真を目指すことを宣言しており、その後の、模索的な過程もこの写真集には収められています。

実際、写真集前半では、モノクロームやカラーが混在し、横位置と縦位置の使い方にもヴァリエーションが感じられます。しかし、1977年をまたいだ1978年の沖縄の章からは、カラーポジを使用し縦位置のみを使い望遠レンズを用いるという、晩年まで引き継がれた撮影手法へ移行していることが明確に現れています。その違いを連続と見るのか、切断と見るのかを考えつつ眺めると、本作は一層興味深いものになるでしょう。

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『ADIEU A X』中平卓馬 著(河出書房新社・2016年)

二冊目は、1989年に発表された『ADIEU A X』。この写真集以降、カラーによる図鑑的な写真をさらに追求していきます。そのことからも、中平による最後の詩的なセンチメンタルを含んだモノクローム写真集だと言えるのではないでしょうか。

「撮影行為の自己変革に関して」と題されたあとがきにある「私、今日、素朴な写真家にまいもどりました」という言葉も有名です。また、「様々なものに対して“あばよ”、と言いたい」として付けられたアデュウ ア エックス(あばよX)というタイトルも、最後の写真集であろうと意識した中平の当時の意思が反映されているようです。

中平の写真集はどれもが古書市場で高値が付けられており、2010年に復刊された『来たるべき言葉のために』もすぐに数万円の価格帯で取引されるようになってしまったことを考えると、まだ新装版の新品が購入できる今のうちに、本書も手に入れておいたほうが良いでしょう。

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『挑発関係=中平卓馬×森山大道』中平卓馬/森山大道 写真(月曜社・2023年)

三冊目は、『挑発関係=中平卓馬×森山大道』。本書は、今夏に神奈川県立近代美術館葉山で行われた同タイトルの展覧会に対応した一冊となっています。

中平卓馬と森山大道という、二人の写真家の共闘や挑発、あるいは友情関係のなかで模索されてきた、写真表現の軌跡がまとめられています。最初期の作品から最近作までの流れが分かると共に、その表現の変遷が眺められることで、ひとつひとつの写真のその時点での意味や取り組みについて考えることができるでしょう。

後半の「資料編」では、二人の対談や各作品に添えられたエッセイなどがまとめられており、重要なテキストを効率的に読み進めることができますので、そこで興味を持ったらさらにそれぞれの単著にあたると良いと思います。一通りの作品が眺められますので、入門書としてもおすすめの一冊です。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。