写真を巡る、今日の読書
第44回:基礎的な教養を支えてくれた「漫画」
2023年10月18日 08:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
漫画から学ぶ
今回は漫画作品をいくつかピックアップしてみたいと思います。この連載では、様々な小説や詩といった文学作品を紹介してきましたが、漫画にはあまり触れてきませんでした。遡ってみると、長尾謙一郎の『ギャラクシー銀座』やホイチョイ・プロダクションズの『気まぐれコンセプト』を紹介して以来でしょうか。
私は小学生の頃、ほとんど毎日のように漫画を読んで過ごしていたように思います。週刊少年ジャンプを繰り返し眺めたり、横山光輝の『三国志』の気に入っている箇所(例えば赤壁の戦いだとか、五丈原の戦いとか)を読み返してみたりということをしていたわけです。
漫画は、漢字の読み書きや言葉の使い方、言い回し、感情の暗示の仕方といった様々なことを私に教えてくれたように思います。それに、手塚治虫の短編集などは、歴史や哲学を含んだ様々な雑学を、自然に押し付けることなく子供の頭に染み込ませてくれたような気がします。
その点で考えると、私の基礎的な教養を支えてくれた子供の頃の文化活動は、多くが漫画作品の鑑賞から成り立っていたのではないかと思えます。そんなわけで、今日は最近読んだ漫画の中からいくつか抜き出して、みなさんと共有したいと思います。
『泣きたい日のぼのぼの』いがらしみきお 著(竹書房・2014年)
一冊目は、『泣きたい日のぼのぼの』。多くの方が一度はどこかで見たことがあるだろう、いがらしみきおの『ぼのぼの』から編集された一冊です。対となる本として、『癒されたい日のぼのぼの』が同時に刊行されています。
本書は、「泣きたい日の」と言っても別に泣かせる話が集められているというわけではなく、心の奥の、なんとなく人と同じなのかそうでないのか分からないような、繊細で曖昧な感情が話の所々に落ちているといった感覚の作品が編まれている印象です。
個人的には、雨の日の朝や、夜寝る前にウイスキーでも飲みながら読むのにおすすめです。『ぼのぼの』は4コマ漫画によって構成されている作品ですが、本作でいがらし作品に再度興味を持たれた方は、是非最近の長編作品である『I【アイ】』や『Sink』にも手を伸ばしてみてほしいと思います。
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『筒井漫画瀆本ふたたび』筒井康隆 著ほか(実業之日本社・2019年)
二冊目は、『筒井漫画瀆本ふたたび』。『筒井漫画瀆本 壱』の続編でもあります。様々な漫画家が、筒井康隆の原作を独自にコミカライズした作品によって編まれています。SFだけでなく、日常やメタフィクションなど様々なジャンルを混在させることで、筒井作品の混沌とした世界観が感じられる展開になっています。
名を連ねる漫画家の名前で、一作目と本書のどちらを選ぶかを決めても良いかと思います。ちなみに、本書は今回一冊目でご紹介したいがらしみきおによる「北極王」という話から始まります。そのほかに、『神様の言うとおり』などの折原みとや、『あまいぞ!男吾』のMoo.念平などの作品が連ねられています。
筒井康隆の作品には小説や映画でしか触れたことがないという方にもおすすめです。
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『日本短編漫画傑作集(5)』いしかわじゅん 監修ほか(小学館・2021年)
最後は、『日本短編漫画傑作集(5)』です。様々な少年青年漫画の短編から選び抜かれた全6集に渡るアンソロジーです。本書はその第5集にあたる一冊で、高野文子や弘兼憲史、花輪和一、高橋留美子、浦沢直樹などの作品が編まれています。ちなみに、一冊目で紹介した『ぼのぼの』のいがらしみきおも、この第5集に掲載されている作家のひとりです。
先ほどの筒井作品のコミカライズとは違い、本書ではそれぞれの漫画家のオリジナルストーリーを中心に展開しているため、より漫画家の持つ世界観や哲学、特徴に深く触れることができます。セレクトされている作品の多くは、80年代に発表された短編になっており、現代でも読まれている様々な漫画家の新人時代の作品を眺めることができます。
ある種実験的でもあり、またその後の作品に繋がる本質的なテーマが描かれているものでもあるそれぞれの短編は、今現在の地点から読み返すことで多くの発見があるのではないでしょうか。収録作品のなかで個人的に特に好きだったのは、泉昌之「夜行」、浦沢直樹「さよならMr.バニー」あたりです。