写真を巡る、今日の読書

第36回:雨の音を聞きながら、じっくりと読んでみたい本

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

雨の日に手に取ってじっくりと読む

梅雨の時期というのは、本をゆっくりと開くには良い季節だとも言えます。雨の写真を撮るのも悪くないのですが、一日中歩き回るというのもなかなか大変です。

そんな時は大体、窓辺で雨の音を聞きながら読書をするのですが、私にとっては贅沢で豊かな時間の使い方のひとつと言えるように思います。今日は、そんな雨の日に手に取ってじっくりと読むのが似合いそうな本をいくつか紹介したいと思います。

『絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで』デイヴィッド・ホックニー/マーティン・ゲイフォード 著(青幻舎・2020年)

一冊目は、「絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで」です。著者のデイヴィッド・ホックニーは、画家としてもそうですが、数十枚のスナップを貼り合わせたコラージュ作品などが代表作に挙げられる、20世紀を代表する現代美術家のひとりです。芸術論や絵画論の執筆も多く手がけ、柔らかく暖かな作家への眼差しが感じられる筆致には、美術を志す多くの学生たちが励まされてきたのではないかと思います。

本書は、評論家のマーティン・ゲイフォードとの会話形式により、絵画の歴史を紐解き、「見ること」と「画像」の関係がまとめられた読み物になっています。映画やアニメ、写真、絵画など、あらゆる視覚芸術のメディアとしての特性と共に、画像の歴史というものが非常に親しみやすい会話のやり取りによって進められていきます。

また、淡々と歴史をなぞるのではなく、その時代ごとの作品や作家、あるいはテクノロジーが現代にどのような影響を与えているか、どんな作家がその潮流や文脈を踏まえて制作を行っているかが語られていることで、常に現代の視点から絵画の歴史を眺めることが可能です。後半では、写真のもたらした様々な影響についても豊かに語られていますので、本連載の読者にはおすすめです。

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『女の子のための現代アート入門―MOTコレクションを中心に』長谷川祐子 著(淡交社・2010年)

二冊目は「女の子のための現代アート入門」です。著者の長谷川祐子さんは、様々な美術館やビエンナーレ、および大学での美術教育に携わり、現在は金沢21世紀美術館の館長を務めるアートキュレーターです。

「柔らかい感性をもち、自分の心を自由のなかに解き放ちたいと願っている人たち」へ向けてまとめられた美術書であり、本書の題名となっている「女の子」だけでなく、多くの方に開かれた入門書であることが、読み進めていくと感じられます。

「顔」から始まり、「生」「抽象」「物語」といったキーワードを元に、現代アートとその作家のテーマやコンセプトが丁寧に語られていきます。作品そのものから得られる視覚的情報だけではなく、その裏にある現代社会や歴史との関係によって読み解く必要のある「現代アート」の見方が理解できる、優しい手引きとして機能する一冊だと思います。

現代を代表するアーティストが網羅されており、図版も多く掲載されているため、通して読むことでアートのおおまかな枠組みや成り立ちが整理できるのではないでしょうか。

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『エピタフ 幻の島、ユルリの光跡』岡田敦 著(インプレス・2023年)

今日最後にご紹介するのは、「エピタフ 幻の島、ユルリの光跡」です。著者は、第33回木村伊兵衛賞受賞作家の岡田敦です。私とは、大学院時代の友人でもあり、またStairAUG.という写真家集団を共にした写真家仲間でもあります。

本作は、北海道で人の立ち入りが制限された保護区となっている、ユルリ島をめぐる作品となっています。馬と野鳥が暮らすこの島の記録は、十年以上にわたる岡田のライフワークであり、これまでにも映像作品や写真作品として何度か見てきましたが、本書はその撮影のはじまりからこれまでを写真と緻密な文章で紡いだことで、その全貌が俯瞰できるものになっています。

考えてみると、岡田のこれまでの作品は写真という視覚芸術による静かで厳かな見せ方を最大まで研ぎ澄ませたものが多く、ここまで文章を中心とした構成は初めてといっても良いのではないかと思います。しかしながら、文体にも写真作品と同様の静けさと情熱があり、霧に包まれたユルリ島の風景と馬たちの姿にも良く重なり合うもので、まさに雨と風の音を聞きながら読み進めるにはうってつけの一冊であると思います。ひとりの写真家の冒険譚としても読み応えがあり、その生き方や考え方、仕事の進め方についても非常に参考になるものではないでしょうか。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。