写真を巡る、今日の読書

第32回:通勤通学、旅の途中など…合間時間に読み進めやすい作品

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

村上春樹の新刊が出ていますね…『街とその不確かな壁』

連休ともなると、何を読もうかとつい書店に足が向いてしまいます。少し前に、村上春樹の6年ぶりとなる新刊『街とその不確かな壁』(新潮社)が発売されました。本作は、デビュー作である『風の歌を聴け』、その翌年の『1973年のピンボール』に続く中編小説『街と、その不確かな壁』(ただし、単行本化されていない)が元となる作品になっています。

さらには、その中編小説を書き改めた作品が、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』とのことですから、実に40年ほどに渡って取り組まれた大作であり、本そのものの厚みも相当なものがあります。これを読むとなると、以前に発表された関連作も改めて読みたいところで、そうなるとかなりの時間と集中力が必要になりそうなことは、容易に想像ができます。

そんなわけで、まとまった時間が取れるまで読みたい欲を抑え、まだ私は本書を開かずにいるため、ここでは何も書けないのですが、是非みなさんと思いだけは共有しておきたいと思い、「新作、出てるよね」という情報だけ確認させて頂きました。

今日は、私と同じくそこまでの大作には今手を伸ばせないけれど、常に一冊はカバンに潜ませておきたいという方のために、通勤通学、旅の途中などに少しずつ読み進めていくことの面白さがあり、かつ作ることや写真、美術に関連した本をいくつか紹介してみたいと思います。

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『楽園のカンヴァス』原田マハ 写真、トモコスガ 編(新潮文庫・2014年)

一冊目は、『楽園のカンヴァス』。作者の原田マハについては、本連載でも以前、ヤマザキマリとの対談集、『妄想美術館』をご紹介しました

原田作品の多くでは、印象派の時代を中心に様々な作家が物語の重要な軸となって登場しますが、本作のポイントとなるのは、アンリ・ルソーです。ジャングルを舞台にした一連の作品や自画像など、19世紀末から20世紀前半に制作を行った、いわゆるヘタウマの元祖と呼ばれたりしている画家ですが、その独特の絵には熱狂的なファンが多く、当時もゴーギャンやピカソといった一部のアーティストには熱烈な支持を受けています。YouTubeで配信されている山田五郎の「オトナの教養講座」でも取り上げられていますので、先に番組を視聴してから読み始めるとより楽しめるかもしれません。

本作は、そのルソーの名作「夢」に近似した作品を巡る真贋鑑定を軸とした物語になっています。展開は非常にスピーディーで、最後まで答えの読めないミステリーの要素も強い一冊です。様々な美術家の名前は出てきますが、非常に読みやすく流麗な文体で、短い合間の時間の読書でもスムーズに読み進められるのではないかと思います。

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『フォトグラフール』町田康 著(朝日出版社・2008年)

二冊目は、詩人、小説家、パンクロックミュージシャンとしても知られる、町田康の『フォトグラフール』。写真と短文で構成された一冊です。一葉の写真に対して、日々のエッセイや短い小説を含めた自由な散文が付けられています。その一編一編が実に痛快で、大体の話が4ページ程度に収められていますので、合間の時間の読書には最適です。

「嘘が溢れる世の中で唯一信じられるのが写真である」、という著者の前置きをどのように理解するかは、読み進めると段々と分かってくるのではないかと思います。一枚の写真が持つ奥行きや物語が感じられる、独特の写真論と読み替えることもできるかもしれません。

松本人志の「写真で一言」あたりが好きな方にもおすすめです。個人的には、「むかつくぜ!」と題されたクマの写真が印象に残っています。

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『想像ラジオ』いとうせいこう 著(河出文庫・2015年)

最後は、『想像ラジオ』です。著者は、以前『ノーライフキング』でも取り上げた、いとうせいこう。頭の中で流れる想像上のラジオ番組が、文字に書き起こされたような体裁で物語は進んでいきます。コロコロと目まぐるしく話題を変えながら、(想像上の)リスナーとやりとりしたり、ロックやクラシックなどの名曲をかけたりしながら番組が進む様は、まさにラジオを聴いているようで、口語体の文章も非常に軽やかに読み進めることができます。

章を挟むようにして、想像ラジオが生まれるまでの現実の物語が差し込まれることで、「想像ラジオ」に対する読者の想像力がより深まるようになっており、読みながら段々とその声や音楽が鮮明に聞こえるようになっていくように感じられます。

初めて読んだ時は、面白い文学的発明だなあ、なんて呑気に読み進めていましたが、読了する頃にはすっかりその世界観にハマっていたのを思い出します。初期の『ロッキング・オン』の誌面上で展開された、架空インタビューという企画をちょっと思い出したりもしました。とてもせつなく美しい文学作品だと個人的には思っています。是非。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。