写真を巡る、今日の読書

第31回:写真集は資産になる

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

写真文化と写真集

文学作品の紹介が続いた本連載ですが、今日は少し本筋と言いますか、写真集に目を向けてみたいと思います。いつも書くことですが、写真集は発見したその時が一番の買い時です。

というのも、写真集というのはよっぽどのベストセラーにでもならない限り重版されるということはありませんので、最初に刷った数百~数千部が売り切れればそれまでということになるからです。それ以降は、古書で流通しているものを探さなければいけませんし、欲しいと思うような本というのは大抵の場合定価よりも高値になってしまいます。言い換えれば、写真集は良い資産になるものでもありますので、「これは!」と思うものは手元に置いておくと良いでしょう。

日本の写真集というのは、海外のコレクターも注目するようになって久しいのですが、これは日本の写真文化というものが、写真集という媒体と非常に密接な関係を築きながら発展してきたものでもあるからです。是非この連載のバックナンバーで取り上げてきた様々な写真集にも、この機会にもう一度注目してみて欲しいと思います。

~バックナンバーはこちら~

『奥山由之写真集 BEST BEFORE』奥山由之 著(青幻舎・2022年)

さて、今日紹介する一冊目は、奥山由之の『BEST BEFORE』です。かつて若手写真家の登竜門であった「写真新世紀」で優秀賞を受賞して以降、雑誌や広告、CM、ミュージックビデオなど様々な商業写真/映像の場で活躍を続けている写真家です。

現在受け持っている専門学校や大学の学生たちにアンケートを取ると、目指したい写真家像のひとりとして必ず上位にノミネートされる、まさに今をときめくフォトグラファーとも言えます。みなさんも、波打ち際で激しくダンスをする高校生たちを捉えたポカリスエットのCMあたりは見かけたことがあるのではないでしょうか。写真集としては、初期の『Girl』や『BACON ICE CREAM』などには、礎となっている世界観が良く表れています。

一言で言えば、日常をきらめく舞台にするような、写真の魔法とも言えるヴィジュアルを軽やかに描き出すのが奥山の特徴のひとつと言えるでしょう。今回取り上げた一冊には、デビューから現在までの約十年間に携わったクライアントワーク(商業制作)の作品が収められています。

512ページにもわたる分厚い資料のような本ですが、写真表現において可能なアイデアやコンセプトについて知るには非常に有効な写真集になるでしょう。ブレやボケ、光、粒子の荒れなど、自由に写真というメディアを使い、生命力に溢れた、生き生きとした「写真」が綴られており、現代が良く写されています。

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『深瀬昌久 1961-1991レトロスペクティブ』深瀬昌久 写真、トモコスガ 編(赤々舎・2023年)

二冊目は、『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』。深瀬作品としては、本連載でも以前『MASAHISA FUKASE』を紹介しましたが、それに比べると判型も小さい写真集ですが、解説も丁寧でコンパクトにまとめられた一冊です。本書は、現在東京都写真美術館で開催中(2023年3月3日~6月4日)の同名の展覧会のカタログとして出版されたものになります。

自身の私生活を深く見つめるスタイルは、日本における私写真と呼ばれる写真表現を生んだ源流のひとつであり、現在も多くの研究者によってその写真の重要性が注目され、研究が続けられています。先の奥山のスタイルが横に広がる社会の躍動や地平を見つめるものだとすれば、深瀬のそれはどこまでも自身の立つその場を深く掘り続けるような視点が特徴的です。どちらもその時代の狂気や愛を取り扱いながらも、そのアプローチは対照的だと言えるでしょう。

収録されている作品は初期の「遊戯」や「鴉」から、晩年の「私景」、「ブクブク」まで代表作によって編まれており、深瀬作品の入門書としても非常に良いガイドブックとなるでしょう。

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『この写真がすごい2』大竹 昭子 著(朝日出版社・2014年)

三冊目は少し趣向を変えて、様々な写真家の単写真を集めた『この写真がすごい2』をご紹介したいと思います。著者は作家であり、多くの写真関係の著作を出されている大竹昭子です。

前著『この写真がすごい2008』の続刊となる本書ですが、実に様々な写真家の作品が取り上げられています。面白いのは、単なる解説や論評ではなく、一枚の写真を見て、著者の中で広げられる様々な解釈や想像を用いて読み解いているということです。

現代写真というのは、なんでもないものが写っていたり、どうしてこれを写したのだろうという疑問を浮かべるような作品が多くありますが、著者のテキストと掲載されている写真を合わせて読むと、なるほど写真作品というのはこんなふうに楽しめば良いのか、というヒントがもらえるように思います。特に、本書は一人の作家のシリーズを用いて紐解くようなかたちではなく、インパクトのある単写真をその対象としているため、単純に面白い写真を眺めるための写真集としても楽しめます。

現代写真や美術は難しいものだと思っているかたには、是非手に取ってみて欲しい一冊です。写真に興味を持ったら、巻末のインデックスでどんな写真家が撮影した一枚なのかも知ることができます。本書をきっかけに、お気に入りの写真家が見つかることもあるでしょう。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。