写真を巡る、今日の読書

第28回:小説の印象的なシーンを、写真のモチーフや構図に活かす

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

どんな話だったかは思い出せないけれど…

小説の中で描写される印象的な場面を、写真のモチーフや構図のアイデアとして応用することが私には時折あります。例えば熊本の草千里を撮影したときには、夏目漱石の小説「二百十日」で描かれる一節を参考にしました。風に揺れる草千里を眺めて「痛快だ。風の飛んでいく足跡が草の上に見える」という部分から想像し、撮影位置やフレーミング、タイミングを考えるといった要領です。

小説に関する記憶というのは、物語の結末などよりも、自分が最も心に残った、いわゆる自分なりの「名場面」によって作られていることが多いように思います。どんな話だったかは思い出せないけれど、ある場面だけは思い出せるという感覚は、きっとみなさんにも分かっていただけるのではないでしょうか。

今回は、そんな「名場面」に関して思い浮かぶ本をいくつかご紹介したいと思います。

『名場面で味わう日本文学60選』(徳間書店・2021年)

一冊目は、『名場面で味わう日本文学60選』です。まさに今回のテーマとした様々な「名場面」が、6人の作家によって解説された一冊になります。芥川龍之介や三島由紀夫をはじめとした多くの文学者の作品から紹介されており、読んだことのある作品もあれば、私にしてみるとタイトルそのものを初めて聞くといった作品からも選ばれています。

選者それぞれのセレクトや解説にも個性があり、個人的には阿部公房の『箱男』や村上春樹の『風の歌を聴け』、さらには『人間失格』や『吾輩は猫である』などを取り上げた鴻巣友季子さんの章が最も私自身の読書遍歴や「名場面」感覚に近いところがあったように思います。

数ページ単位で抜き出された各「名場面」を読んでいると、まさに読書をした当時の感覚が思い出されるようで、学生時代の自分や、目まぐるしく働きながらその合間にページをめくった20代の頃の自分に再会するような気分にもなるようです。

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『ノーライフキング』いとうせいこう 著(河出書房新社・2008年)

その鴻巣さんのセレクトの中の一冊に、『ノーライフキング』の名を見つけ、懐かしさのあまり、「名場面」だけでは物足りずにもう一度読み返してしまいましたので、今回の二冊目はこの小説に触れておきたいと思います。

刊行は1988年ですが、私がはじめて読んだのは90年代の中頃でした。「ライフキング」というゲームソフトを巡る、不思議な噂が子供達の間で広まり、ひとつの大きな物語が展開していく小説です。現実と妄想を都市伝説に重ね合わせて、日常を壮大な冒険に仕立て上げ、興奮し恐怖する、この物語に登場する小学生たちは、まさに同じ頃に小学生だった自分自身と友人たちそのものでした。

同タイトルの映画も製作されましたが、私としてはやはり小説のほうが想像が膨らむように思います。鴻巣さんは別の場面を取り上げていましたが、私がこの小説で最も印象に残っているのは、ゲームに関する「呪い」が広まりはじめたある日の朝礼で、ゲームに言及する言葉を残して校長先生が壇上で倒れるシーンです。仮想空間と現実が繋がる確信を多くの小学生に伝播させるこの出来事は、まさに話が急加速する「名場面」として頭に残っています。

同じ時期に発表されたファミリーコンピュータ用RPGゲーム『MOTHER』と、この小説『ノーライフキング』は、まさにこの時代を象徴するコンテンツとして、強く私の記憶に刻まれています。

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『類推の山』ルネ・ドーマル 著(河出書房新社・2010年)

最後は、一冊目のなかでは紹介されていない本の中から、『類推の山』を紹介したいと思います。シュルレアリスム運動に傾倒した作家、ルネ・ドーマルの遺稿をまとめて1952年に出版された未完の小説です。

世界の中心にそびえる不可視の山=類推の山を目指す冒険譚であり、様々な寓意や象徴を散りばめたシュルレアリスム小説でもあります。あまり有名な小説ではないかもしれませんが、スウィフトの『ガリバー旅行記』や筒井康隆の『旅のラゴス』といったSF冒険小説が好きな方には間違いなくハマる一冊だと思います。

「非ユークリッド的にして、象徴的に真実を物語る、登山冒険小説」という始まりからしても、想像力を刺激されます。個性豊かな登山隊を編成するくだりや、見えない山への近づき方など、「名場面」が数多く挙げられる作品です。

ちなみに、私は今「石」に関する作品に取り組んでいるのですが、この『類推の山』を補助線のようにしながら撮影を進めているところです。想像力を刺激し、新しい世界の見方を啓示してくれる一冊として、常に手元に置いている、私にとって今非常に重要な小説になっています。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。