写真を巡る、今日の読書

第27回:わかりやすい“美術評論”で、アートの面白さを知る

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

最後までしっかり読み込まなくても良いのです

美術史や美術評論というのは、難しい本ばかりだと感じる方は多いのではないでしょうか。確かに、まるで論文をそのまま書籍に落とし込んだような、抑揚もユーモアも無い評論や解説も中にはありますね。

そもそも、美術や芸術、あるいは写真を論じた本というのは、ある程度前提となる知識や知的好奇心が求められるものでもあります。ですから、まずは自分が興味を持てるところだけ読んでみるというのが良い読書方法のひとつになるでしょう。

「あ、この作家知ってるな」とか、「印象派のとこだけ読んでみるか」といった感じです。小説や映画のように最初から最後までしっかりと読み込むものではない、という意識を持っても良いと思います。

今回は、そんな感じでさらっと部分ごとに読んでも成立し、かつ読みやすいテキストで構成された本をいくつか紹介したいと思います。

『妄想美術館』原田マハ・ヤマザキマリ 著(SBクリエイティブ・2022年)

一冊目は、『妄想美術館』。『楽園のカンヴァス』や『暗幕のゲルニカ』といったアートとアーティストを巡る、大胆な解釈を加えた小説を多く発表している原田マハと、漫画『テルマエ・ロマエ』で知られるヤマザキマリによる、めくるめくアート談義が収められた一冊です。

溺愛する様々なアートから受けた影響。お気に入りの美術館。絵画の見方。それぞれについて熱く語る二人の対談の熱量に当てられると、今までアートに今ひとつ興味が持てなかった方も、その一歩を踏み出すきっかけが得られるかもしれません。

この本を読んでいて思い出したのは、中学の頃、私に聖飢魔IIの魅力を休み時間から放課後に至るまで熱く話し続けていた友人の顔でした。その後、私は聖飢魔IIをモチーフにしたゲームカセットを購入したり、その友人とライブのビデオを楽しむほどには興味を持ちましたので、その影響は大きかったのだと思います。

分かりにくいかもしれませんが、そんな感じで、「アートってそんな面白いんだ」と思ってもらえるのではないかと思います。個人的には第5章の「マニアックな情熱ゾーン」が好きだったのですが、この本に関しては最初から読み進めても良いと思います。文字数もそこまで多くありませんので、一気に読んでしまえるでしょう。行ってみたいと思える美術館もたくさん見つかると思います。

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『自伝でわかる現代アート』暮沢剛巳 著(平凡社・2012年)

二冊目は、『自伝でわかる現代アート』。アーティスト本人によって執筆、あるいは編集された「自伝」を元に、そのアーティストの生きた時代や背景、作品について読み解きを行なった一冊です。その点で、作品論でもなく、物語でもない不思議な体裁の美術評論になっています。

二十世紀以降に活躍したアーティストが取り上げられており、ジャンルとしては画家や彫刻家だけでなく、写真家、建築家、デザイナーなどが含まれています。章ごとに分けられていますので、まさに自分の興味がもてるところから読み始められる構成になっています。

例えばウォーホルからでも、草間彌生からでも構いません。写真に興味がある読者に向けるとすれば、マン・レイから読むのも良いでしょう。それぞれの「自伝」を引用しながら、周辺の時代や環境に触れながら解説されるため、より親しみを持ってアーティストの人生に触れることができるでしょう。興味を持ったアーティストに関しては、引用元となる「自伝」にも手を伸ばしてみてほしいと思います。

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『新型コロナはアートをどう変えるか』宮津大輔 著(光文社・2020年)

最後は、『新型コロナはアートをどう変えるか』です。タイトルからは、少し難しい評論のように感じられるかもしれません。しかしながら、内容としては非常に分かりやすく要点が掴みやすいものとなっています。

一言で言えば、社会の中でアートはどのように機能しているのか、また、してきたのかを論じた本になります。新型コロナという一つの軸を立てることで、アートと社会の結びつきが非常に分かりやすく図式化されていきます。

まず第一章では、様々な疫病に見舞われたとき、その時代のその世界ではアートがどのように働いたのか、変化したのかを歴史的に紐解きます。次章以降では、新型コロナ以前以降の現代アート市場の反応と変化が解説されていきます。アート市場の側から眺める金融や政治、あるいは新しい技術や社会問題は、新たな視座からそれらを考えるひとつのきっかけになるのではないかと思います。最終章ではオンラインアートやAIといった現代のトレンドにも触れ、今後のアートの動向の推察も行われています。

実制作者としての写真家や美術家だけでなく、これからアートに触れていこう、あるいはコレクションしてみたいという方にも、良い入門書となるのではないかと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。