写真を巡る、今日の読書

第26回:『キルギスの誘拐結婚』に見るジャーナリズムとしての写真…自分のソトを眺めるという写真表現の世界

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

鏡と窓の“窓”

鏡と窓という比喩にもあるように、写真表現は自己の内面を探るような方法と、ひたすら自分の外側にある世界を眺め、観察する方法に分けることができます。今回は、自分の外側を見る方法=窓に分類される写真について少し紹介してみたいと思います。

いわゆるドキュメンタリー(事実に基づいた作品)やジャーナリズム(報道や解説)に類する写真が、まずは代表的なアプローチだと言えるでしょう。歴史的に言えば、ルポルタージュやフォトエッセイで構成された、雑誌『LIFE』などのグラフ誌で扱われてきた作品が思い浮かびます。ロバート・キャパやマーガレット・バーク・ホワイト、日本では名取洋之助、土門拳などが活躍した雑誌です。

写真を通じて見たことのない土地の風景や暮らし、あるいは社会問題に触れることができるという点で、ドキュメンタリーやジャーナリズムは写真というメディアが持つ記録という特性を最も良く表すものであると言えます。写真集としても多くの名作があるのですが、今回は現代日本の作家に焦点を当てて紹介したいと思います。

『TOKYO STYLE』都築響一 著(ちくま文庫・2003年)

一冊目は、都築響一の『TOKYO STYLE』。現代美術やデザインの分野におけるライターや編集者としての活動に並行して、多くの写真集を発表し続けてきた、日本を代表するドキュメンタリー作家の一人です。

アイドルやそのファンたちの暮らしを追った『IDOL STYLE』や、デコトラ、ラブホテル、コスチュームなど無名の人々によるデザインに目を向けた『STREET DESIGN FILE』など、様々な対象を取材しています。秘宝館や村おこし施設などを収めた『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』で第23回木村伊兵衛写真賞も受賞されています。

多くの著作の中で、今回紹介する『TOKYO STYLE』はその原点とも言えるものであり、1997年の出版から重版され続けている代表作です。90年代の生活感溢れる小さなアパートの一部屋を収集した一冊は、発売当時に学生だった自分にとって、写真から感じられるリアリティや記録性、あるいは写真家の視点というものを最も強く感じられた写真集のひとつでした。暮らしや文化、時代というものを記録するひとつの方法を確立した名作だと言えるでしょう。

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『バガボンド インド・クンブメーラ 聖者の疾走』近田拓郎 著、名越啓介 写真(イースト・プレス・2019年)

二冊目は『バガボンド インド・クンブメーラ 聖者の疾走』。TBSが制作したテレビ「クレイジージャーニー」を通してその名を知っているという方もおられるのではないでしょうか。筆者とは同世代ということもあり、ずいぶん昔から展覧会などでも一緒になることが多かったのですが、飲みに行くと取材時の様々な逸話を直接聞くことができ、いつもその行動力と勇気に驚嘆させられる写真家です。

被写体と同じ場所で暮らし、同じものを食べながら長期に渡る共同生活の中で取材を重ねるというスタイルで作品を発表し続けています。日系ブラジル人が暮らす愛知県豊田市の保見団地に約三年間住み込んで撮影を行なった、『Familia 保見団地』では第29回写真の会賞を受賞しています。

本作では、インドで行われるヒンドゥー教の大祭クンブ・メーラを舞台に、サドゥー(苦行僧)を被写体としています。様々なスタイルのヨーガや瞑想のスタイルを知ることができると共に、その混沌とした風景と熱気が写真集全体に溢れています。近田拓郎氏の取材記も秀逸で、その場の空気感や、名越啓介という写真家の姿勢を良く知ることができます。

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『キルギスの誘拐結婚』林典子 著(日経ナショナルジオグラフィック社・2014年)

最後は、林典子の『キルギスの誘拐結婚』。国内外で多くのジャーナリズム関連の受賞歴があり、本作は特に注目を浴びるきっかけとなった代表作のひとつになります。被写体の暮らしや人生に寄り添いながら密着した記録を残すその作品群からは、その地の現状と共に、写真家の目を通して描かれる、世界各地で生きる様々な人々の物語が浮かび上がります。

街を歩いている女性を車でさらってきて結婚するというこの事実を写真集で知った時には、非常に衝撃的だったことを覚えています。作者は、誘拐結婚の当事者である女性やその家族を丁寧に取材しながら、その姿を写真とテキストで描いています。

あとがきには、非常に冷静でフラットな視点でこの問題とそこにある暮らし、人に触れており、ここで扱われている問題と共にひとりのジャーナリストとしての姿勢や態度も良く理解できるでしょう。また、ジャーナリズムの世界で必ず直面する「なぜ助けずに撮影するのか」という問題にも触れられており、是非多くの方に一度触れてみてほしい一冊だと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。