ライカレンズの美学

SUMMARIT-M F2.4/90mm

ELMARITに代わる、実用に徹した中望遠レンズ

ライカレンズの魅力をお伝えする本連載。今回はSUMMARIT-M F2.4/90mmを取り上げてみたい。全部で4本ラインナップされたM型ライカ用SUMMARITレンズのうち、35mm50mm、そして75mmについては本連載ですでに取り上げ済みであり、今回の90mmで現行SUMMARITシリーズのレビューはコンプリートとなる。SUMMARITシリーズの変遷や概要については75mm35mmの回を参照して欲しい。

M型ライカ用ズマリットレンズはいずれもF2.4で統一されているわけだが、このF2.4という開放値は単焦点の35mm、50mm、75mmレンズにおいては焦点距離に対して、まあまあ"小口径"である。一方、90mmのF2.4というのは焦点距離を考えると、大口径とは言えないまでも決して小口径ではない。F値を欲張らないことでライカレンズの中では比較的価格が抑えられているSUMMARITシリーズだが、焦点距離を踏まえれば決して小口径とは言えない90mmだけは他の3本と意味合いが少し異なるように思う。

実際、このSUMMARIT 90mmが登場したことで、それと交代するように開放F2.8のELMARIT 90mmがディスコンになっていることを考えると、SUMMARIT 90mmのポジショニングはELMARIT 90mmの後継、あるいは上位レンズという見方もできると思う。

ではそのディスコンに追いやられたELMARIT 90mmと比べて写りはどうなのか? 以前から個人的にとても興味があったので、今回同一条件で比べてみた。

研究:ELMARIT 90mmと描写を見比べる

どちらもF2.8で撮影。合焦部分の描写はELMARITがシッカリ系、SUMMARITは繊細系。ボケはSUMMARITの方が輪郭強調が少なく素直な印象になる。

共通データ:LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2.8 / 1/250秒 / WB:オート

SUMMARIT F2.4/90mm
ELMARIT F2.8/90mm

結果的に合焦部分はELMARITの方がややコントラストが高く、それもあって線が太く力強い印象だ。対するSUMMARIT 90mmは線が細い合焦で、より繊細な描写になる。しっかりとした描写ならELMARITだが、大口径レンズらしいデリケートなピントの起ち上がりを求めるならSUMMARITという感じだ。

ボケ味については両レンズで傾向が違っていて、ELMARITは玉ボケのエッジが強調されるタイプなのに対し、SUMMARITはボケのエッジ強調が少なく、より自然な印象だ。この点は設計年次の違いが明確に現れている。ただ、一般的にはボケのエッジ強調は無い方が「良い」とされるものの、賑やかなボケ味を求める人にはエッジが好まれる場合もあり、ある意味ケースバイケースだ。

どちらもよく写るが、総じてELMARITはどこか古典的な味わいなのに対して、SUMMARITは現代的に洗練された写り方をする。被写体別に考えると、ラジカルなスナップ用途であればELMARITが合うような気がするが、ポートレートならSUMMARITの方が良いかもしれない。まあ、この辺は好みもあるのであくまでも筆者の印象だが、どちらもそれほど強烈な個性があるわけでは無いものの、同じ堅実さでも微妙にキャラクターが異なるのが面白い。

今回はスナップにM型ライカ、ポートレートにライカSLを使用。以下の作例はすべてSUMMARIT-M F2.4/90mmで撮影。
ELMARIT 90mmに比べると線は細く、力強さよりも繊細さの感じられる写り方をする。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F4 / 1/180秒 / WB:オート
絞りF5.6で撮影。画面全体の均質感は申し分ない。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/1,000秒 / WB:オート
ボケは輪郭強調が少なく、かなり自然なアウトフォーカス描写を得られる。LEICA SL / ISO50 / F2.4 / 1/160秒 / WB:オート
絞り開放でも合焦部分のピントの起ち上がりは極めて明確。LEICA SL / ISO50 / F2.4 / 1/100秒 / WB:オート
逆光でもコントラスト低下は最小限。ボケも美しい。LEICA SL / ISO200 / F2.4 / 1/400秒 / WB:オート
全身カットでも背景をある程度ボカしたいときに90mmは有効。LEICA SL / ISO50 / F2.4 / 1/320秒 / WB:オート

外観はSUMMARITの方が開放値が明るいにも関わらずELMARITよりも全長は短く、なおかつ重量も若干軽い。小型軽量な中望遠レンズを求める人にもSUMMARIT 90mmはいいチョイスとなるだろう。フードはネジ込み式だが、収納時は逆付けも可能。ELMARITのスライド引き出し式に比べるとフードの有効長は深く、効果的な遮光が期待できる。

フード収納時をELMARIT 90mm(右)と比較。F値が明るいにも関わらず、全長はSUMMARITの方が短い。フードは逆向きにねじ込め、シッカリと収納できる。この状態でも撮影は可能だが、絞りを操作できないのが唯一の弱点か。
フード使用時の比較。どちらもほぼ同じ全長になるが、フードの有効長は左のSUMMARITの方が深い。フォーカスピッチはELMARITがスロー、SUMMARITは速めという違いがある。

あと、両レンズで意外と違うなぁと思ったのがフォーカスリングの回転角で、ELMARITに比べるとSUMMARITは回転角が小さく、フォーカシングが速い。今回はM型ライカのレンジファインダーとライカSLのEVFという2種類のファインダーで使ってみたが、SUMMARITのピント変化の急激さに最初はちょっと戸惑ったものの、慣れるときわめてクイックなピント合わせが可能でまったく問題はない。ELMARITの最短撮影距離が1mまでなのに対し、SUMMARITは90cmまで寄れるのも美点だ。

フォーカスリングの回転角はやや急だが、慣れると迅速なピント合わせが可能。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F4 / 1/180秒 / WB:オート
最短撮影距離が90cmまでになった。1mとの違いは意外に大きい。LEICA M(Typ240) / ISO200 / F2.4 / 1/250秒 / WB:オート
ライカレンズはピントリングも金属仕上げのものが多いが、このレンズは珍しくラバー仕上げ。当たりが柔らかく操作性はマル。
絞り羽根は11枚。フィルター径は46mm。
レンズフードは金属製のネジ込み式。かぶせ式キャップはフードの前後どちら側でも装着可能なので、フード収納時、装着時のどちらにも対応。

光学系はELMARITが4群4枚、SUMMARITが4群5枚と枚数は異なるものの、構成図を比べてみるとレンズのパワー配置は非常によく似ていて、ELMARITの2枚目を分割するとSUMMARITの構成にかなり近くなる。こうして見ると、ELMARITの光学系をリファインして進化させたのがSUMMARITとも言えそうであり、ますますELMARITの後継レンズという感がある。

SUMMARIT-M F2.4/90mmのレンズ構成図

写りに関してはライカレンズの常で新旧甲乙付けがたいが、ボケ描写の素直さや、最短撮影距離の短縮など利便性が向上したSUMMARIT 90mmは、歴代のライカ用90mmレンズの中でもかなり実用性の高い1本で、すでに広角、標準レンズを揃えた人が最初に買うM型用中望遠レンズとしても適していると思う。

カメラ側の画処理もあるが、決して乾きすぎない、湿度感のある描写。LEICA SL / ISO200 / F2.4 / 1/160秒 / WB:オート
ライカレンズに共通した立体感演出はこのレンズにも受け継がれている。LEICA SL / ISO200 / F2.4 / 1/30秒 / WB:オート
中望遠だからポートレート用というわけでは決してないが、このレンズは描写特性的にポートレート向きな気がする。LEICA SL / ISO200 / F2.4 / 1/160秒 / WB:オート

モデル:いのうえのぞみ
協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。