ライカレンズの美学

SUMMARIT-M F2.4/50mm

独特の味わいを楽しめる軽快50mmレンズ

現行のM型ライカ用レンズの魅力を探る本連載。今回はSUMMARIT-M F2.4/50mmを紹介したい。

この連載でも何度か書いてきたことだが、M型ライカ用現行レンズを焦点距離ごとに分けると50mmレンズは最も種類が多く、超大口径F0.95のNOCTILUXを筆頭に、開放F値や仕様の異なる5種類もの50mmレンズがラインナップされている。

50mm大好きな筆者としてはこの事実だけでも「おおっ、さすがはライカ!」などと思ってしまうわけだが、今回使ったSUMMARITはその中でも最も小口径かつ低価格な、M型ライカ用純正50mmレンズとしては極めてカジュアルな存在である。他のSUMMARIT銘レンズと同様、このレンズも2007年に開放F2.5で登場し、2014年のフォトキナで現在のF2.4へとバージョンアップ。その際に鏡胴デザインも変更されている。

古くからのライカファンが感じるSUMMARIT銘に対する雑感についてはSUMMARIT 75mmを取り上げた本連載の10回目でも詳しく書いたけれど、やはりSUMMARIT 50mmと聞くと、1954年に登場した50mm F1.5の方を思い起こす人も多いだろう。絞り開放時の滲んだようなピントの結ばれ方や、現代のレンズとはまったく異なるかなり独特なボケ味など、強烈な個性を持ったSUMMARIT 50mm F1.5は今でもオールドレンズ市場で人気の高いレンズだ。ちなみにF1.5は当時としては結構な大口径で、その明るさを実現するためには他の諸収差をある程度妥協するしかなく、結果として個性的な描写になったという背景がある。

一方、現行のSUMMARITは1954年のSUMMARITとは真逆の設計思想で、単焦点レンズとしては小口径な開放F値とし、その代わりにコンパクトで描写バランスがよく、しかも(ライカとしては)安価なプロダクトという違いがある。同じレンズ銘でも往時のSUMMARITとは開発コンセプトがまったく異なるわけだ。

こうした開発の経緯は事前に了解していたし、F2.5バージョンのSUMMARIT 50mmは過去にちょっと使わせてもらったこともあったので、今回の現行SUMMARIT 50mmも写り方というか、ある程度の実力は使う前から想像できて、「きっと良く写るだろうけど、すごく平凡な感じなんだろうな~」と思っていた。ところが使ってみて驚いたのは、その写りのクオリティが飛び抜けて高いことだ。

どんな被写体、シチュエーションでも期待以上の描写を見せてくれる。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/90秒 / WB:オート
ちょっと深度が欲しかったのでF5.6で撮影。現代レンズらしいヌケのいい写り。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/30秒 / WB:オート
解像性能は優秀で遠景の細部までよく再現されている。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/500秒 / WB:オート

前述したとおり、現行SUMMARITシリーズはライカ純正レンズとしては入手しやすい価格の、いわばカジュアルなイメージのレンズなのだが、思った以上によく写る。解像性能や像の均質性、歪曲収差などはもちろんだが、そういった定量的な評価軸よりも、絞りを開けたときの被写体が飛び出てくるような立体感や、絞って使ったときの切れ味鋭いクールな描写など、思わず「マジかっ!」とつぶやいてしまったほど味のある写り方をする。使う前に想像していた「良く写るけど退屈」ではなく「良く写るし味も濃い」ことはかなり意外だった。

絞り開放で撮影。ボカす対象が少し遠方になると当然ながらボケ味の印象が変わる。近接時に比べるとクセが少なく自然な印象だ。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.4 / 1/1,000秒 / WB:オート
開放で撮影。ボケ味は必ずしも自然じゃないけど、そのせいか何とも言えない立体感の演出がすごい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.4 / 1/1,000秒 / WB:オート

もちろん、味が濃いと言っても63年前のSUMMARITのような強い個性ではなく、あくまでも現代のレンズに求められる基本性能を備えた上での味付けが絶妙だ。前述したとおりM型ライカには50mmが5本も用意されているから、それらが単にF値が異なるだけでは面白くなかろうという光学設計者の考えが見えたような気がした。

近接で植物のような有機的な被写体だけでなく、このような無機的な被写体を写したときのシャープな描写も完璧。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/1,000秒 / WB:オート
SUMMARITシリーズのいいところは小型軽量なこと。歩き回って撮り歩くタイプの人には重要なファクター。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/125秒 / WB:オート
レンズ本体はフルサイズ用50mmとしてはかなり薄型。ここでは未装着だが、フードを付けない時用の飾りリングで鏡胴先端のネジを隠すことも可能。

正直、撮ってみる前はそれほど強い興味を持てなかったSUMMARIT 50mmだが、この印象深い描写の味付けは結構気に入ってしまった。先細り型のスマートなレンズフードの形状や、フードを外すと相当に薄型なレンズのルックスも美しい。他のライカレンズと同様に「モノ」としてもかなり魅力的だ。

フードは花型とは逆に先端が絞り込まれた形状でカッコいい。
フードキャップは金属製のかぶせ式。フードに当たる部分は起毛素材が貼り込まれている。

あまり褒めちぎってもナンなので、あえてネガティブな要素も指摘しておくと、最短撮影距離が80cmなのが唯一残念なポイントだ。35mmから90mmまでのSUMMARITレンズ4本がそれまでのF2.5からF2.4へと改良されたとき、75mmについては最短が70cmまで寄れるよう改良されたのだが、35mmと50mmはF2.5バージョンと同じ最短80cmに据え置かれた。

軽量化や近接時の収差量など、最短撮影距離を70cmにしなかった理由はいろいろあると思うが、やはりここは70cmまで寄れたらなぁと思う。特にこの50mmのSUMMARITは絞りを開けて近接したときに醸し出される雰囲気というか、立体感の演出が独特なので、余計にそう思ってしまう。

この立体的な写りはやはり素晴らしい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/90秒 / WB:オート
最短撮影距離が80cmまでで繰り出し量が少ないこともあり、フォーカシングトルクは軽くピント合わせは軽快に行えた。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/500秒 / WB:オート
フラットな光でも完璧な描写を見せてくれるが、ちょっと陰影のあるシーンではさらに本領発揮されると思う。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.4 / 1/180秒 / WB:オート
レンズの性能にはあまり関係ないけど、RAW現像時にハイライトスライダーを動かすと、画面左のハイライト部分のディテールがほぼ完璧に出てくる。最新のライカM10ほどではないが、ライカM(Typ240)の潜在的なダイナミックレンジはかなり広い。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F4 / 1/60秒 / WB:オート

ただし、撮影の種類が近接主体ならミラーレスカメラや一眼レフカメラを別途用意すれば、70cmどころか等倍のマクロ撮影が簡単に行えるわけで、あえてM型ライカに過剰な近接撮影能力を期待しない人も多いだろうという「そもそも論」もある。

最短撮影距離は80cmまで。できれば70cmまでにしてくれたら…

というわけで、使う前と使った後では大いに印象の変わったSUMMARIT-M F2.4/50mm。ライカ的にはエントリーユーザーを意識した商品企画なのかも知れないけれど、そうしたユーザー層はもちろんのこと、"ライカを使って何十年"のようなベテランユーザーの琴線にもきっと触れてしまうのではないかと思う。

自分が好きだということもあるが、50mmの画角はやはりシックリくる。LEICA M(Typ240)/ ISO800 / F4 / 1/25秒 / WB:蛍光灯
ご覧の通り歪曲収差はほぼ完璧に補正されている。LEICA M(Typ240)/ ISO250 / F5.6 / 1/750秒 / WB:オート
絞り開放でも合焦部はコントラストのあるシャープな写り方。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.4 / 1/1,500秒 / WB:オート
これも絞り開放で撮影。合焦部の像質は相当にハイレベルで、深度目的以外に絞り込む必要はほぼないと思わせてくれる写りだ。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.4 / 1/2,000秒 / WB:オート

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。