伊達淳一のレンズが欲しいッ!

繊細な描写が得られる魅惑の引伸しレンズ

「EL-NIKKOR」をFUJIFILM X-E1で試す

 デジタルカメラの高画素化により、これまで画素数の少ないカメラでは気づかなかったレンズの解像性能や諸収差が嫌でも目に入るようになってきた。APS-Cの600万画素から1,200万画素になったときは、倍率色収差(レンズの周辺ほど目立つ色ズレ)が気になったものだが、画像処理エンジンで倍率色収差が補正できるカメラが多くなり、レンズも従来より倍率色収差を抑えた設計のものが増えてきたため、最近ではそれほど倍率色収差を気にせずに済むようになってきた。

 ところが、APS-Cで2,400万画素と画素数が増えてくると、今度は、軸上色収差が気になるようになってきた。軸上色収差とはいわゆる色にじみのことで、コントラストの高い被写体の輪郭に青にじみが発生したり、ボケの輪郭に色づきが現れる(しかも、前ボケと後ボケで色づきが異なる)現象だ。まあ、開放から2段程度絞ればピント面の色にじみはほとんど目立たなくなるのだが、一度、軸上色収差が気になり始めると、もうその存在が許せなくなる。

 倍率色収差は、前述したように画像処理エンジンで補正できる機種もあるし、最悪、RAWで撮影してデジタル現像時に目立たなくすることが可能だ。しかし、軸上色収差は、開放から2段程度絞って撮影すればピント面の色にじみは解消するが、ボケの色づきは残るし、RAW現像でも補正は困難。なので、ボクのレンズ選択基準(特に大口径レンズ)は、いかに軸上色収差が少ないかが、プライオリティの上位だったりする。

 そんなボクが最近気に入っているのが「EL-NIKKOR」(エルニッコール)。引き伸ばしレンズだ。引き伸ばしレンズは、フィルムに記録された情報をできるだけ忠実に印画紙に投影するために設計されたレンズで、小さな原版をシャープに拡大できる解像性能を備え、歪曲収差や色収差など諸収差が極限まで補正されているのが特徴だ。それだけに、撮影レンズとしても高い解像性能が期待できるというわけだ。

 しかも、デジタル全盛となった現在、中古の暗室用品は下手をすればジャンク扱いで処分されているので、中古の引き伸ばしレンズは、その光学性能を考えると驚くほど格安で入手できる。特に、50mmクラスの引き伸ばしレンズは販売数量が多く、レア度も低いので、EL-NIKKORであっても2,000~5,000円程度が相場。ボクが、中古で買った「EL-NIKKOR 50mm F2.8 N」(生産終了)も、元箱こそ付属していなかったものの、焼けやクモリもなく、レンズ内に混入したホコリもそれほど目立たない美品で、販売価格はなんと2,000円。実にお買い得だ。

 ちなみに、引伸しレンズはL39ネジなので、ライカL用のマウントアダプタを利用すればカメラに装着するのは簡単だ。ただ、引伸しレンズにはフォーカスリングがなく、そのままではピント合わせができないのが問題だ。

 それを解決してくれるのが、BORG(トミーテック)の「M42ヘリコイドシステム」。このM42ヘリコイドに引き伸ばしレンズを装着することで、ピント調節機構を持たない引き伸ばしレンズでマニュアルフォーカス撮影が楽しめるようになる。ただ、引き伸ばしレンズはL39、ヘリコイドはM42、BORGカメラマウントはM49.8とネジ径が異なるので、ネジ径を変換するアダプターを介して各パーツを接続する。具体的には、[引き伸ばしレンズ]+[L39-M42変換アダプター]+[M42ヘリコイド]+[M42-M49.8変換アダプタ]+[BORGカメラマウント]という構成だ。

引き伸ばしレンズでピント調節を可能にするBORGのM42ヘリコイドシステム。左から「M42P1→M39AD【7844】」(4,500円)、「M42ヘリコイドS【7840】」(1万2,800円)、「M42P1→M49.8AD【7843】」(4,500円)、「カメラマウント」(3,500~5,700円)。

 M42ヘリコイドには下記の3種類があり(Tリング対応のM42ヘリコイドTもあるが、ピッチが0.75なのでここでは除外)、50mmの引伸しレンズで無限遠までピントを合わせるには、もっとも全長が短い「M42ヘリコイドS【7840】」とミラーレスカメラを組み合わせるのが基本。一眼レフだとフランジバックが長いので、無限遠には合焦せず、マクロ専用のシステムとなってしまうからだ。

製品名全長稼働距離重量価格
M42ヘリコイドS【7840】11-17mm6mm60g12,800円
M42ヘリコイド 【7842】16-26mm10mm80g13,900円
M42ヘリコイドL【7841】29-49mm20mm110g14,800円
BORGパーツを組み合わせて、引き伸ばしレンズにフォーカスリング機構を追加。中古の引き伸ばしレンズの価格に比べ、M42ヘリコイドシステムのほうが値段は高くなるが、BORGパーツはさまざまな用途に流用可能なので、引き伸ばしレンズ遊びに飽きても、投資がムダになることはない。

 最近、ボクのお気に入りは「FUJIFILM X-E1」。周期性の低いカラーフィルター配列を採用することで、ローパスフィルターレス仕様でも偽色や色モアレが出にくいのが特徴、富士フイルムならではの力強い色再現と高感度画質の良さが魅力。老眼の洗礼を受けたボクにとって、EVFも内蔵しているのもポイントで、マウントアダプター遊びには最適な機種だ。

 ただ、EL-NIKKOR 50mm F2.8とX-E1の組み合わせでは、M42ヘリコイドSだと全長が短く、数mmのスペーサーを挟み込まないとオーバーインフ(無限遠よりも遠くにフォーカスリングが動いてしまうこと)になってしまうのと、ヘリコイドの可動距離が6mmと短いので、最短撮影距離は60cm~1m前後と通常のカメラレンズに比べると近接撮影に弱いのが難。もちろん、M42マウント用の中間リング等のスペーサーを光路に挟み込めば、もっと撮影倍率を高くすることも可能だが、やはりそういった組み替えなしで無限遠から近距離までピント合わせできるのが理想だ。

 試しに全長と可動距離がもう少し長い「M42ヘリコイド【7872】」を試してみると、近接撮影には強くなったものの、今度はミラーレスカメラでも無限遠が出なくなる。ほんの数mm全長が短ければ無限遠が出るのに……、と諦めかけたのだが、よく見るとM42ヘリコイド【7872】の後ろに“謎の金属環”が装着されていて、この金属環を外せばヘリコイドの全長を約1.5mm短縮できる。

M42ヘリコイドには、3種類とも後方に謎の金属環が装着されていて、回すとそのまま取り外せるようになっている。
この金属環を取り外すと光路長を1.5mm短縮することができ、全長の長いM42ヘリコイド【7842】に50mmの引き伸ばしレンズを装着しても無限遠が出せる可能性が出てきた。

 この金属環を取り外しても特に問題はなさそうだが、念のため、メーカーに問い合わせてみると、M42レンズを装着した際に距離指標が上に来ないときに、この金属環を回してネジ長を微調整するためのものだという。それと、ヘリコイドを支持しているピンが脱落しないような役目も果たしているようだが、実際には、M42P1→M49.8AD【7843】というステップアップリングを装着してしまうのでこれは無問題。

 というわけで、M42ヘリコイドの後ろに装着されている金属環を外すことで、数10m先までピントが合うようになった。2~3段絞り込めば十分無限遠もクッキリ写るレベルだが、絞り開放で無限遠に近い点光源を点に写すには、あと1mmほど光路長の短縮を図る必要がある。

 さらに、どこか光路長を詰められないか、ヘリコイドと接続パーツの組み合わせをチェックすると、引き伸ばしレンズのL39ネジをM42に変換する「M42P1→M39AD【7844】」というパーツで約1.5mm光路長が伸びていることがわかった。このM42P1→M39ADをもっと薄いパーツに交換できれば、M42ヘリコイド【7872】とEL-NIKKOR 50mm F2.8、X-E1の組み合わせでも無限遠を確保できそうだ。

 そこで、L39-M42の変換リングがないか、インターネットを検索してみると、ほぼゼロ距離でL39をM42に変換できるリングがあるようだ(しかも、M42P1→M39ADよりも安い!)。さっそくその変換リングを取り寄せ、M42P1→M39ADと交換してみると、無限遠(若干のオーバーインフ)から約45cmまでピントを合わせられる。めでたし、めでたしである。

左がmukカメラサービスから取り寄せた「muk select M42-M39アダプタリング」(900円)、右がBORGの「M42P1→M39AD【7844】(4,500円)」。
引き伸ばしレンズにM42P1→M39AD【7844】を装着したところ。金属板の厚みが1.5mmあるので、その分光路長が長くなってしまう。
引き伸ばしレンズにmuk select M42-M39アダプタリングを装着したところ。ネジ径を単に太くするだけなので光路長は変わらない。ただ、リングが固着すると取り外しがむずかしくなるリスクは高い。
EL-NIKKOR 50mm F2.8にM42ヘリコイド【7842】を装着。謎の金属環を外し、M42-M39アダプタリングに換装したことで、中サイズのM42ヘリコイドでも無限遠が確保でき、最短45cmまでピントが合わせられるようになった。
FUJIFILM X-E1に装着した引き伸ばしレンズ。X-E1のクラシカルな外観によくマッチしている。FUJINONの引き伸ばしレンズを使って、富士フイルム純正というのもおもしろいかも。
仕上げに八仙堂から40.5mmのメタルフードを取り寄せ、さらにドレスアップ。もちろん、遮光効果も期待できるのでコントラスト低下を抑えることができる。

 さて、問題は引き伸ばしレンズの描写性能だ。フィルムに記録された像を印画紙に焼き付けることを前提に設計されているレンズなので、歪曲収差や像面湾曲、色収差が少なく、少なくとも近接撮影においてはピント面に対し抜群の解像性能が期待できそうだ。ただ、遠景を撮影した際の描写ボケ味、そしてフレアやゴースト、内面反射についてはまったくの未知数だ。おそらく平面に対する解像性能だけを追求し、かなりうるさいボケになるのでは、と半ば覚悟していたのだが、いい意味で期待は裏切られた。

 球面収差の過剰補正による後ボケの縁取りもなく、解像力の高さに裏付けされた自然な解像感で、“線の細い描写”とはまさにこのこと。特にピントのピークの前後、いわゆる“ボケ足”の描写が実に自然で、枯れ枝や芝目があっても自然な解像感を保ちつつ、緩やかにぼけていく。

 これが最近のレンズだと、ピントが完全に合っている部分はしっかりシャープでも、ボケ足の部分になるといきなりブレたように見えたり、二線ボケでかなりうるさい描写になってしまうので、中途半端なボケは厳禁だ。絞りを開けて完全に大ボケさせてしまうか、しっかり絞り込んで被写界深度を深くするかのどちらかにしないと、ピクセル等倍では気持ち悪いボケを見ることになる。

 その点、EL-NIKKOR 50mm F2.8だと、開放から1~2段絞って撮影することが多かったのだが、撮影したカットをピクセル等倍で見てもボケ足になんの嫌悪感も抱かないのだ。しかも、倍率色収差、軸上色収差はほとんど感じられず、ボケの輪郭に不自然な色づきもない。これこそボクが求めていた素直で自然な描写だ。

引き伸ばしレンズにはフォーカス機構は備わっていないが、絞り機構はしっかり備わっている。今回の作例は、絞り開放から1~2段絞って撮影しているものがほとんど。開放でもAPS-Cサイズなら極めて安定した周辺画質が得られるが、ボケ足が素直なので安心して“ちょい絞り”ができるのだ。

 また、EL-NIKKOR 50mm F2.8の絞り羽根は8枚構成で、かつてのAi-Nikkorレンズと同様、円形絞りではなく、カクカクと角張っている。絞り開放でも少し絞り羽根が絞られているので、光点ボケは円形ではなく八角形になってしまう。通常であれば嫌われる仕様だが、こと都市の夜景撮影においては、光源周りに非常にクッキリとした光条(放射状の明るい筋)が現れ、まるでクロスフィルターをかけて撮影したかのような効果だ。偶数絞りということもあるが、それ以上に光条が出やすい光学系のようで、同じ8枚羽根の引き伸ばしレンズで光源を含む夜景を撮影しても、これほど鮮鋭な光条を得られるレンズはそれほど多くない。都市の夜景撮影には欠かせないレンズとなっている。

  • 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。
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伊達淳一

(だてじゅんいち):1962年広島県生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。写真誌などでカメラマンとして活動する一方、専門知識を活かしてライターとしても活躍。黎明期からデジカメに強く、カメラマンよりライター業が多くなる。