写真展

「奈良原一高 王国」写真展レポート

完全版写真集の構成をほぼ踏襲 「人間の土地」も同時に展示

奈良原一高《「王国」より沈黙の園》©Narahara Ikko Archives

写真は時が経つことで、味わいを深くする一面を持つ。が、その一方で時間の経過に全く影響を受けず、輝き続ける作品もある。その稀有な作品となる奈良原一高氏の「王国」が東京国立近代美術館で展示されている。

会期は2014年11月18日から2015年3月1日。観覧料は一般430円、大学生130円。

なお併催行事として講演会を開く。まず12月13日(土)には同館主任研究員で本展企画者の増田玲氏による講演会が開かれる。時間は14時〜15時30分。聴講無料、申込不要、先着150名。

2015年1月16日には同館客員研究員で本展企画者の小林美香氏が、2月6日には増田玲氏がそれぞれギャラリートークを行う。時間は18時〜19時。参加無料、申込不要。

隔絶された場にいる人間、その姿を対比

奈良原氏は戦後、写真家として出発した作家の第一世代であり、東松照明氏、細江英公氏、川田喜久治氏らで立ち上げた写真家のセルフエージェンシーVIVOの1人でもある。

「その世代の写真家が新鮮な映像感覚を持って登場し、写真に新たな表現を持ち込んだ。とりわけ奈良原氏の独特な感性は際立っていた」と増田氏は指摘する。

奈良原氏が写真家としてデビューしたのは、早稲田大学大学院で美術史を学んでいた院生の時だ。1956年、富士フォトサロンで開いた初個展「人間の土地」で一躍脚光を浴びた。その次の作品として撮られたのが「王国」となる。

そこに共通してあるのは、「今日を生きていく人間」を追求する視線だ。人間の土地は炭鉱の島である端島(通称軍艦島)と、桜島の噴火で溶岩に埋まった集落、黒神村が題材となり、王国は北海道のトラピスト修道院と、和歌山県の女性刑務所に取材をしている。

「隔絶された場に生きる人間の姿を対比させることで、それぞれの事実の背後にある抽象的な構造が浮かび上がってくる。またそこには作者本人の内面的な想いや主観が共鳴し、新たな表現世界が生まれた。奈良原氏はその手法をパーソナル・ドキュメントと説明しています」(増田氏 以下同)

当時、人間の土地には賛辞だけでなく、批判もあった。その1人は土門拳で、サンケイカメラ1956年9月号に掲載された発言を増田氏は紹介している。土門氏は20代の青年たちの考え方の弱さを語り、「生活から遊離した抽象化はやりきれない」と語っている。そうした指摘もあって、奈良原氏はこのテーマを「王国」でより深化させることになったと増田氏は分析している。

人間の土地で撮影した場所より、「さらに屈折した心理の空間と時間」の場を選び、そこから表面的な状況をそぎ落とし、普遍的なテーマに肉薄していった。

「1956年に、まず女性刑務所の取材に着手していましたが、一度、中断している。その後、1958年6月から7月にかけて集中的に撮影し、9月に個展として発表した。修道院という対比する構造を見つけた時、一気に作品が完成したのではないか」

女性刑務所と修道院。社会的には全く異なる場所として存在するが、写真に捉えられたそれは共通した何かを投げかけてくる。ある人には、時が止まったかのような静謐さと、清冽さ、無垢な悲しみなどを感じるかもしれない。

奈良原一高《「王国」より壁の中》©Narahara Ikko Archives

ファインプリントに早くから着手

もう一つ奈良原氏がパイオニアたる存在だった点は、アート作品としてのファインプリントの存在を知り、実践してきた点だ。1970年に渡米し、約4年、ニューヨークを中心に滞在、長期的な保存方法をはじめ、オリジナルプリントの知識とその価値を身につけた。

「1977年にエディション付きで、作者のサインが入ったポートフォリオを制作されています。もちろん、当館も所蔵しています」

王国は1958年の展示と、中央公論のグラビアページに発表された後、1971年と1978年に写真集にまとめられた。本展は完全版ともいえる1978年の写真集の構成に準じたもので、そのプリント87点は、2010年にニコンから寄贈を受けたものだ。1970年代と1990年代に、奈良原氏が制作したクオリティの高いプリントとなる。

会場には王国が掲載された『中央公論』(1958年9月号)も展示。撮影データにはキヤノンⅡS キヤノン50ミリF1.8 ネオパンSS 絞F8 15分の1秒 ミクロファイン 月光V3 コレクトールとある

同館では本展と同時期に所蔵作品展「MOMATコレクション」を開催中で、そこでは奈良原氏の「人間の土地」をはじめとする作品が展示されている。人間の土地も個展開催の翌年、1957年に追加撮影がされ、同館のコレクションはそれを含んでいる。

「収蔵する全105点から、今回は23点を展示しています。人間の土地は完全版のダイジェストとして鑑賞していただけます」

同時開催の所蔵作品展「MOMATコレクション」にも、奈良原氏の「人間の土地」が展示されている

奈良原氏が提示したパーソナル・ドキュメントは、今の写真表現の大きな流れの源といえる。時間を経ても変わらない表現の強さをぜひ体験しておこう。

  • ・会場:東京国立近代美術館2階ギャラリー4
  • ・住所:千代田区北の丸公園3-1
  • ・会期:2014年11月18日火曜日〜2015年3月1日日曜日
  • ・時間:10時〜17時(金曜日は10時〜20時)
  • ・休館:月曜日(11月24日、2015年1月12日は開館)、11月25日火曜日、年末年始(12月28日日曜日〜2015年1月1日木曜日)、1月13日火曜日
  • ・料金:一般 430円、大学生 130円

奈良原一高《「王国」より沈黙の園》©Narahara Ikko Archives

(市井康延)