イベントレポート
日本カメラ博物館「世界のカメラ100選」展を紹介
100台の名機でカメラの歴史を知る
2016年11月25日 14:37
日本カメラ博物館では11月22日から「世界のカメラ100選」と称した特別展を開催している。カメラの原型となったカメラオブスキュラからミラーレスカメラまで、その時々でエポックメーキングとなった100モデルを紹介した展示だ。
- ・会場:日本カメラ博物館
- ・住所:東京都千代田区一番町25番地JCII一番町ビル地下1階
- ・会期:2016年11月22日(火)〜2017年3月26日(日)
- ・時間:10時〜17時
- ・休館:月曜日
- ・入場料:一般300円、中学生以下無料、団体(10名以上)200円
同博物館学芸員の井口芳夫さんは「カメラが誕生以来どのように変化してきたか、また自分のカメラがどこからきたのか、そのルーツを知るにはまたとない展示となっています。さらに、日本カメラ博物館の所蔵するカメラが多岐におよぶことを知っていただく貴重な機会でもあります」と語る。
展示では、カメラに対する解説も細かく紹介されており、たいへん分かりやすい。さらに英訳も添えられているので、海外のカメラ愛好家にも優しい展示になっている。同博物館はカメラ専門の博物館であるが、その収集力、分析力の一端を垣間見ることのできる展示といってもよい内容といえるだろう。
以下、展示されているカメラの一部を紹介する。
プラクチナ
1953年/旧東ドイツ/カメラヴェルクシュデーテン
交換レンズ、ファインダー、ワインダーなど充実した周辺機器を揃えたはじめてのシステム一眼レフカメラ。露光時のブラックアウトに対応する透視ファインダーも備える。
マミヤシックス
1940年/日本/マミヤ光機
レンズでピントを合わせるのではなく、フィルム面を前後させてピント調整を行うバックフォーカス機構を採用した6×6の中判スプリングカメラ。反射式ファインダーも備えていた。
ハンザキヤノン
1935年/日本/精機光学研究所
日本の小型精密カメラのはじまりといえるカメラで、ボディは精機光学研究所(キヤノン)、距離計とレンズは日本光学工業(ニコン)が製造を担当。飛び出し式のファインダーはライカの特許を回避するため。
コンパス
1937年/スイス/ジャガー・ルクルト
連動距離計、露出計(視覚式)、水準器、フィルター、パノラマ撮影用機構など製造当時に考えられる機構をコンパクトなボディに満載する。複雑な機構を搭載するため製造は時計会社が行った。
プラウベルマキナ
1920年/ドイツ/プラウベル
乾板を使用するクラップカメラである。ボディは当時としてはコンパクトで、さらに薄く折りたためる構造とする。開放F2.9の明るいレンズも当時としては劇的で、モデルチェンジを繰り返しながら戦後まで発売された。
マキネッテ67
1976年/日本/ドイ
「プラウベルマキナ」の隣には、1980年に発売された「プラウベルマキナ67」の試作機も展示。「マキネッテ」の名称は1931年に発売されたカメラの名を継承したもの。ポップアップ式のファインダーが特徴的。
ローランド
1931年/ドイツ/プラズマート
露出計を最初に内蔵したセミ判カメラ。当時としては珍しく距離計とファインダーを一体式としている。搭載するレンズの開発はテッサーを設計したパウル・ルドルフが担当した。
カリプソ(写真手前)
1960年/フランス/スピロフォトテクニック
日本光学工業(ニコン)がその後「ニコノス」の名で発売することになるカメラ。当初は全天候カメラとして開発されたが、防水性の高さから水中カメラとして活躍。後ろに並んでいるのは「ニコノス」。
コダックプロフェッショナルデジタルカメラシステムDCS(100)
1991年/アメリカ/イーストマン・コダック
最初の市販デジタル一眼レフカメラである。「ニコンF3」をベースにコダック製の個体撮像素子を搭載。撮影した画像はケーブルで接続した電送装置兼用のストレージユニットに記録した。有効130万画素。
ソニー マビカ
1981年/日本/ソニー
個体撮像素子を使用して電気的に画像を記録した初めてのカメラ。一眼レフタイプとし、有効画素数は28万画素とする。記録方式はアナログであったが、現在のデジタルカメラの礎となった。市販はされていない。
ドッペル・スポルト
1908年/ドイツ/ユリウス・ノイプロンナー
首振り式のレンズを搭載するパノラマカメラであるが、鳩に取り付けて使用するという極めて珍しいカメラである。シートフィルムを使用し、30×80mmのパノラマ写真が撮影できた。
コニカ ランドマスター
1996年/日本/コニカ
GPS受信機と方向角センサーを搭載するコンパクトフィルムカメラ。ベースとなったのは「コニカ現場監督」で、使用カメラ番号、撮影した年月日時刻、位置(経緯度)、撮影した方角などフィルムに記録した。
シンプレックス マルチエクスポージャー カメラ
1914年/アメリカ/マルチスピードシャッター
映画用の35mmフィルムを使用するカメラ。映画と同じフォーマット(18×24mm)なら800枚。24×36mmであれば400枚の撮影を可能とした。この当時、アメリカには映画用35mmフィルムを使用するカメラがいくつか存在する。
ニコン ズーム700 VR QD
1994年/日本/ニコン
手ブレ補正機構を初めて搭載したカメラ。一眼レフでないため補正状態は目視できなかったが、大いに人気を博した。これより手ブレ補正機構は瞬く間に広がっていった。
ミノルタ ディマージュ A1
2003年/日本/ミノルタ
手ブレの動きに合わせてセンサーを可動させる手ブレ補正機構を最初に搭載したデジタルカメラ。これ以降デジタルカメラではセンサーシフト方式の手ブレ補正機構が数社からリリースされている。
シャープ J-SH04
2000年/日本/シャープ
いわゆる「写メ」はこの移動体から始まった。有効画素数は11万画素。電話回線を使った写真電送は古くからあるが、個人レベルでしかも小さな携帯電話から簡単に行えるようになったことは画期的であった。
セプト
1923年/フランス/アンドレ・ドゥプリ
映画カメラ、スチールカメラ、映画用映写機、スライド映写機、スライドビュアー、引伸機、ポジフィルム作製用プリンターの7つの用途に使える35mmカメラ。「セプト」とはフランス語で7を表す。
キヤノン ペリックス
1965年/日本/キヤノンカメラ
ハーフミラーを採用する「ペリックス」自体は現在でも中古市場でよく見かけるが、装着されている「FLP 38mm F2.8」は同モデルの専用レンズでたいへん珍しい。このようなマニアックな展示も日本カメラ博物館ならでは。