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キヤノン「EOS-1D X Mark II」の技術説明会レポート

“100点満点”でなければならないフラッグシップ機の設計と生産

キヤノンは3月15日、デジタル一眼レフカメラの新製品「EOS-1D X Mark II」の技術説明会を都内で開催した。

EOS-1D X Mark IIは、同社EOSシリーズのフラッグシップモデルとして4月下旬に発売されるプロ機。報道やスポーツ撮影などで活躍したEOS-1D Xの4年ぶりの後継モデルとなる。直販価格は税別67万8,000円。

最初に、キヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICP第二事業部 事業部長の戸倉剛氏が開発思想などを説明した。

戸倉剛氏

戸倉氏は1984年発売の一眼レフカメラT70からカメラ開発に関わり、T90、EOS 650(EOSの初号機の1つ)、EOS Kiss、EOS 3、EOS-1V、デジタルではEOS Kiss Digital、EOS 40D、EOS 7D、EOS Mなどの開発に関与してきた。初期は手書きの図面だったが、T90の頃からCADに切り替わったそうだ。

「昔は紙で設計していたため書き直すのが大変だったが、“エイヤー”とフリーハンドで書けたのは良い面もあった。“エイヤー”とは、料理で言えば“適量”のイメージ。これは、いい加減というわけではなく、蓄積された経験によるノウハウだった」

1986年発売のT90は、キヤノンの総力を結集したカメラという。ルイジ・コラーニ氏のコンセプトデザインで、今のEOSに続く曲線ボディとなった。

戸倉氏は「EOSの操作性がこのとき完成した」と振り返る。電子ダイヤルや肩のボタンなど現在のEOSの操作系がこの時に作られたからだ。「メイン電子ダイヤルには苦労した。シャッターボタンの近くで、他の様々なボタンの密集した部分。最初は、組み立てると収まらないほどだった」

「そのT90のころαショック(AFを搭載したミノルタα-7000の登場)があり出遅れた。αに一気に勝つために、EOSのプロジェクトを立ち上げた」。

EOSとは曙の女神という意味だそうで、それまでのFDマウントから互換性の無い完全電子マウント「EFマウント」に切り替えた。EFマウントのメカインターフェースは今日まで30年以上変わっておらず、「メカ設計は優れたものだった」という。一方、ボディとの通信内容は高速化するなど進化しているそうだ。

またファミリー向けでヒットしたEOS Kissについては、「プロジェクト名は“OKプロジェクト”と言っていた。OKとは親子丼の略。当時は推測されないようにどんぶりメニューの名前をコードネームに使っており、EOS 1000は勝つぞという意味を込めてカツ丼プロジェクトだった」と開発秘話を打ち明けた。

その後、EOS 3では初めてエリアAF(45点)を採用。「このAFは非常に曲者で、サブミラーに楕円ミラーを採用して微妙な光束を使わねばならなかった。開発の困難さではEOS 3とEOS 7D Mark IIが筆頭では無いかと思う」

戸倉氏は2000年のEOS-1Vで、初めてフラッグシップ機を担当。「学んだのは、フラッグシップ機は100点満点でなければならないとうこと。全機能、信頼性が満点でなくてはだめ。満点というのは非常にハードルが高いが、それが求められる。評価の厳しさも違う。フラッグシップ機を作る責任の重さを知った」とのことで、これがEOS-1D X Mark IIの開発にも繋がったそうだ。

EOS-1D X Mark IIの大きな強みは、光学技術、撮像素子、画像処理エンジン、98本ものEFレンズという。コンセプトは「革新と熟成」。「品質にはこだわりを持っており、厳しい試験を行っている」とのこと。

例えば高温高湿試験や北海道よりも寒いという寒冷試験、ロボットによるボタンの耐久テストなどがある。

またカタログには書いていないというが、キヤノンではユーザーの誤操作に対してなるべくリカバリーするような思想で設計しているという。一例として蓋には全て開閉の検出スイッチがあり、不用意に開けてしまっても正常シャットダウンして画像が消えたりすることがないようになっているという。ほぼ全機種が対応しているそうだ。

生産は大分キヤノンが担当する。クリーンルームで生産するが、ユニットのアッセンブリー(メイン組立)のみならず、各ユニットの組立もクリーンルームで行っているという。パーツも洗浄してからクリーンルームに入れるなど、EOS-1D X Mark IIは特別な配慮で生産されているとのこと。組立の作業員も熟練した選抜メンバーで固めているそうだ。

シェアについては、「スポーツ分野では絶対に譲らないと思っている。スポーツ大会は公式なシェアが出るわけではないので、自社でカウントして把握している。大会や競技種目によって異なるが、キヤノンが6~7割を占めている」とした。

戸倉氏は最後に、「ブランドを支えるものは4つある。高いスペック、格好いいデザイン、実際にプロが使っていること、長い歴史だ。これらに支えられたキヤノンのブランドを今後も強化していく。これからも夢のある、ユーザーに楽しんでもらえるカメラ作りを目指す」と締めくくった。

実はDIGICを3つ搭載していた

続いて、技術面の詳細についてキヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICP第二開発センター 所長の塩見泰彦氏が説明した。

塩見泰彦氏

イメージセンサーは新開発の有効約2,020万画素CMOSセンサーで、最大16コマ/秒連写(ミラーアップ)や4K・60pの動画撮影など高速読み出しに注力したものとなっている。

高速化実現の鍵は、読み出し回路の複線化。垂直読み出し、水平読み出しとも大幅に複線化したという。クロックアップも実現し、従来の1.6倍の高速化を達成している。

加えて、処理回路の短縮を行いノイズも低減している。画像処理エンジンはDIGIC 6+のデュアル構成。もともとDIGIC 6はハイエンド向けのエンジンで、今回高感度での色ノイズを抑制した。「テストしたプロからは、ISO6400やISO12800で1段分程度ノイズが減っているとの評価があった」とのこと。

一方で低感度の暗部ノイズも抑えており、レタッチで2~3段持ち上げた場合のS/Nが向上しているそうだ。

また、これまでパソコンでの処理が必要だったデジタルレンズオプティマイザがカメラ内で適用できるようになった。光学特性による画像劣化を復元するもので、カメラ内で行えるようになったのは今回が初めてとなる(カメラ内RAW現像時のみ)。

デジタルレンズオプティマイザは人間の視覚特性に合わせて処理を行っている。完全に戻そうとするとS/Nが悪くなるため、適度な解像感になるように調整しているそうだ。

今回、デジタルレンズオプティマイザを専用のチップとして実装した。レンズデータは数十MBのメモリーに収めてあり、データを元にこの専用チップで回復フィルターを生成する。それをDIGICに送り、画像に適用するという仕組みになっている。

画像処理面では、新たにリアルタイムで適用できる回折補正機能が入った。絞り込んだ場合の回折ボケに対応するもので、例えばF22といった絞り値で撮影した画像でも解像感が維持されするという。

EOS 5Ds/5Ds Rから搭載しているピクチャースタイルの「ディテール重視」については、輪郭が細くなるため、トリミングして拡大する場合に有効という。一方で、画像全体を使う場合はスタンダードを使用する、といった使い分けの一例も示された。

会場ではカバーを外したEOS-1D X Mark IIが展示された
背面。撮像素子や画像処理エンジンが発する熱はヒートパイプによって外装などに伝える
上面。ペンタプリズムの上にはAEセンサーなどがある
グリップ側。記録メディアスロットの青い基板が見える
グリップと反対側には端子類が集まっている
前カバー。カバーもマグネシウム合金製
後カバー
上カバー

AFは全61点。測距点数は従来と同じだがエリアは広くなった。またF8測距に強いことをアピールしており、従来F8は1点のみ対応していたが、全点対応になった。中央の21点はF8でクロス測距が可能となっている。

動体予測も進化しており、自動車やバイクのレースのように、近づき、向きが変わり、遠ざかるという不規則な動きに対応できるようになった。速度変化を瞬時に判定し、予測パターンを想定して制御しているそうで、テストしたプロからは好評を得ているとのこと。

AEは引き続きEOS iSAシステムを採用。シーン解析を行うことで露出のみならずホワイトバランス、ピクチャースタイルオート、オートライティングオプティマイザなどが最適化される。この解析処理のためだけにDIGIC 6を搭載しており、カメラ全体では3つのDIGICを搭載していることになる。なお、測光センサーも従来比3倍以上の画素数となる約36万画素タイプとなっている。

ミラー駆動での最高連写速度は従来から2コマ増えた14コマ/秒。従来はミラーの動作をバネで行っていたが、今回はモーターで直接制御して動作完了の直前に減速するようにした。このため特にミラーダウン時の振動を低減し、次の動作に早く移れるようになったことが大きいという。

ミラーボックス

塩見氏は、ミラーアップの16コマ/秒で動画を作ることや、動体の多重露光など新しい撮影スタイルの提案も行った。

記録メディアには高速なCFast2.0を新採用したことで、従来できなかったJPEGでの無限連写も可能となっている。

(本誌:武石修)