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最新レンズは製造技術の“底上げ”もスゴい。「栃木ニコン」見学レポート

「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」の完成までを追う

2026年現在、ニコンZシステムの主力のひとつである大口径標準ズームレンズ「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」。先にお届けした開発者インタビューで明らかになった通り、このレンズの開発では“底上げ”がキーワードになっている。

基本となる描写性能、AF性能、信頼性の全てを従来以上のレベルに引き上げつつ、さらに小型化を実現しているのだ。

そしてこの底上げは、レンズの製造現場にも通じていた。

このほど筆者が10年ぶりに見学した「栃木ニコン」の製造現場では、レンズ1枚ずつの製造から完成品の品質保証に至るまで、全ての段階で技術レベルや要求精度、作業環境そのものにもFマウント時代から一層の“底上げ”が見えた。

那須高原の豊かな自然に囲まれた、栃木ニコンの大田原本社(栃木県大田原市)を訪れた

企業秘密に囲まれた空間のため、この記事で公開できる部分はごく限られている。しかし、レンズ製造現場の高度で繊細な仕事ぶりと、それがZレンズ時代にますます進化している様子が伝われば幸いだ。

今回お話を伺った栃木ニコンのみなさま

栃木ニコンについて

栃木ニコンが手がけたレンズ群。展示ケースのライティングが素晴らしく、Fレンズの特徴的な緑色のコーティング反射を引き立てている

1961年に桜電子工業として創業し、1963年からNIKKORレンズの製造を開始。1973年に社名が栃木ニコンに変わる。1983年には半導体関連機器の製造も始めており、現在では半導体露光装置やFPD露光装置、検査装置に使われる産業用レンズ、顕微鏡の対物レンズも手がける。

NASAからの感謝状も飾られていた

特にニコンが2017年に行った“光学集約”においては、国内の交換レンズの組み立てが全て栃木ニコンに集約されるなどの変化があり、会社規模が4倍ほどになったという。栃木ニコンの拠点は、今回訪れた大田原本社のほかに、那須事業所と黒羽事業所(元:黒羽ニコン)が栃木県内に所在。加えて、熊谷、相模原、水戸の製作所の中にも事業所を有している。

この地でニコンの拠点が発展した理由の一説には、水が豊富だったことがあるという。工場排水といえば高度経済成長期の社会問題というイメージもあるが、現在の栃木ニコンでは「水道水をそのまま流すよりも綺麗なぐらい」という水準にあるそうだ。

2026年3月時点では、新棟建設のために大規模な工事が行われていた。生産体制強化に加え、地域貢献を目的とした見学スペースも用意するそうで、2027年夏の竣工が楽しみだ
ニコンの技術センターであり、マザー工場。ここでしか作れないレンズも

第2製品技術部の増田氏に、ニコンにおける栃木ニコンの役割を聞いた。2017年の集約以降は、ニコンの全事業の光学部品やユニットを担当する、光学コンポーネントビジネスにおける中心的な役割。かつ、これまでの伝統を引き継ぐ高技能者が多数在籍するため、超望遠レンズなどの高難度製品は栃木ニコンでしか生産できないとのこと。

また、各製品を製造するだけでなく、新技術を開発して製品展開していく技術センターとしての役割も担う。海外拠点のマザー工場として、海外工場で量産を立ち上げる際に現地へ出張し、技術支援も実施。つまり、海外工場も栃木ニコンと共通のものづくり思想を反映した拠点なのだ。

レンズ加工工程:1枚のレンズが形作られるまで

レンズ加工の見本。「ガラス材料」の状態で入荷し、完成品の状態で鏡筒に組み込む

まずは、レンズ鏡筒に組み込まれる1枚ずつのレンズを製造していく。ここに入荷するガラス材料の多くは「プレス形状」と呼ばれる状態。それを削ったり磨いたりして、お馴染みのレンズの形状に仕上げる。

「ガラス材料」がダイヤモンドツールで削った「研削品」になると、すでに完成品まで残り 0.15mm程度の厚さとなる。そして研磨前に半ツヤ状態になった「LAP品」(荒研磨)は、表面の粗さが数ミクロン程度に仕上がっている。

ポリウレタンの研磨パッドを使った「研磨品」は、見た目も完全に透明だ。この状態の表面の粗さはすでにミクロン単位ではなく、10ナノメートル程度の凹凸だという。

研磨中の様子。ホルダーに装着されたレンズが、下の研磨パッドに触れている。白色の研磨材を使っている

研磨工程を見ていると、白い研磨材を使っていることに気付いた。ガラスレンズの研磨といえばピンク色の粉をよく見かけたからだ。

聞けば、栃木ニコンで扱うレンズは「スーパーEDレンズ」や「蛍石レンズ」といった、高性能ながらデリケートで扱いの難しいものが多い。そのため、ゆっくりと傷をつけずにレンズを磨くことができるよう、一般的な研磨剤よりもかなり細かい粒子の研磨剤を使用しているそうだ。

栃木ニコンで主力となっているコンピューター数値制御(NC)のレンズ研磨機。レンズの上側から加圧し、下側が動く。よりレンズにストレスを掛けずに研磨できるため、高精度を担保できるのだという

実際に研磨工程を見ていく。10年前の見学時には、レンズの上側に伸びたアームで研磨パッドを動かすタイプの機械が多く使われていた。他のレンズ工場でも見かける機械だった。しかし、現在の栃木ニコンで主力となっているのは、よりハイテクな数値制御方式のレンズ研磨機だ。

これはレンズを保持する方法も異なり、研磨中にレンズに掛かる物理的ストレスを減らすことで高精度を実現している。また、数値制御のため研磨するレンズを切り換えることも容易で、より小ロットの生産にも対応しやすい設備になっているそうだ。

また、最新のレンズ研磨機はよりフチの薄いレンズをセットすることも可能。最新レンズの軽量化には、1枚1枚のレンズの薄型化・軽量化が貢献していることが開発者インタビューで明らかになったが、なぜガラス部分を軽量化できるかというと、より薄いレンズも磨けるようになったのも一因だった。

フチの薄いレンズは、研磨機が保持するのも難しい。つまり、ここまで薄く軽量化されたレンズ1枚1枚を扱える研磨機があることも、レンズ全体の軽量化を支える大事な要素なのだ

レンズの光学設計、メカの機構設計だけではなく、高度化する形状や精度を安定的に実現する製造環境があってこそ、性能や信頼性を損なわずにレンズの軽量化が実現できているのだ。

150mmに近い大型径のレンズホルダー。これで研磨したものは、超望遠レンズの前玉に使われる

研磨したレンズは、逆のカーブを持つ「原器」と重ねてレーザー干渉計にセット。発生する「干渉縞」(かんしょうじま)を見て曲率の正しさを確認する。干渉縞はレンズ表面の等高線のように発生し、表面のうねりや凹凸が可視化される。

この干渉縞をナノオーダーで解析し、レンズの研磨精度は確認されている。しかも、レンズによっては全数でこの検査を行うというから気が遠くなる。

交換レンズの価格に対する「高い」「安い」とは、果たして何を基準に語れば客観的なのだろうか。改めて背筋が伸びる思いだ。

研磨したレンズと逆のカーブを持つ、比較測定用の「原器」と呼ばれるレンズ。重ねることにより発生する「干渉縞」(かんしょうじま。ニュートンリングとも)で曲率差をチェックする。規定に入っていないものは再度研磨する

クリーンルームへ潜入。コーティング前の洗浄もZレンズ向けに進化

研磨が完了したレンズは、洗浄とコーティングの工程に進む。ここからはクリーンルームへ立ち入るため、ホコリを持ち込まないように身支度をする。

ツナギのような上下一体の無塵服を着て、膝下までを覆う専用靴を履く。手袋には無塵服の袖口をたくし込み、徹底して隙間をなくす。口と鼻は不織布マスクで覆い、前髪もフードの中に入れる。準備ができたら、付着しているホコリを風で吹き飛ばすエアシャワーを浴び、クリーンエリアへ進む。

エアシャワーを浴びる。水色に染まった同行者の姿には、宇宙ミッションに飛び立つクルーかのような非日常感が漂う。宇宙クラスの精密光学機器を製造する場所には正装だ

中に入ると、研磨が完了したレンズが待っていた。注目するのは「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」の前玉(前から見える1枚目のレンズ)だ。

「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」の前玉がズラリ。これから洗浄とコーティングを行う

詳しくは開発者インタビュー記事を読んでほしいが、この大口径両面非球面レンズこそ「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」のキーパーツ。高い光学性能を維持しつつ、大幅な軽量化とインターナルズーム化を実現させた立役者だ。

多数のレンズが載ったトレーを洗浄機にセットすると、レールに沿って全自動で工程を進んでいく。仕組みとしては、メガネの洗浄に使うような超音波洗浄機の業務用といった感じで、内部はいくつかの槽に分かれている。

洗浄機の内部。各レンズの特性ごとに洗浄方法は最適化され、そこに生産性も加味して複数種類のレンズが流れてくる
槽に沈み、超音波洗浄が行われる

それぞれの槽には洗剤槽、純水槽、溶剤槽といった役割があり、この精密洗浄で“ゴミケバ”(ゴミやケバなどの細かな異物)や汚れが付着していない状態にする。50ミクロンもあれば立派に異物と呼ばれる精密さだ。洗浄が不足していると、コーティングを施したあとに異物が点になったり、シミや色ムラが発生するのだという。

洗浄の方法も、研磨と同じようにレンズの特性を見ながら最適化している。種類によっては水に浸けるだけで溶けてしまう場合があったり、機械で洗浄できずに手で処理しなければならないレンズもあるのだとか。

来ました、「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」の前玉が!

NIKKOR ZレンズはスーパーEDレンズなどの特殊硝材を扱うことが多いため、洗浄でもケアすべき点が増えているとのこと。ここ10年の間にも、超音波のパワーや処理時間など、より細やかに洗浄方法をコントロールするような進化があるのだという。

ここでの洗浄をきっちり行わなければ、次に施す反射防止コーティングも成り立たない。担当者いわく「付加価値を生まないけれど、非常に重要な工程」だそうだ。

レンズにコーティングを施す

レンズをドームにセットしているところ。清浄度を保つ透明カーテン越しに撮影

洗浄が完了したレンズは、クリーンルーム内でさらに透明のカーテンで隔絶され、さらに清浄度を高めた空間でコーティングドームにセットされる。

洗浄後のレンズは、装置外の空気に触れないようにレールを通り、清浄度の高いクリーンエリアへ直送されてくる
ドームにセットされたレンズ。引き続き、「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」の前玉を追っている

ここに、ニコンが独自に開発した多層膜コーティング「ニコンスーパーインテグレーテッドコーティング」を施す。真空のチャンバー内でコーティング材料を加熱・蒸発させる。

カメラ業界では1970年代からマルチコーティングが広まり、コーティングの名前には“電子銃”(電子ビーム)を感じさせるものもある。その由来は、チャンバーの中で電子ビームを使ってコーティング材料を蒸発させる原理にある。

真空蒸着チャンバー。レンズをセットしたドームは左右の待機槽から出し入れし、中央部分のチャンバーでコーティング材料の真空蒸着を行う。ニコン向けのカスタム仕様だそうだ
チャンバーの窓にレンズを押し当てて撮影。電子銃でコーティング材料を数千度に加熱・拡散させ、10層ほどのコーティングを形成する。写真で見えているのは上側で、実際にコーティングしているのは下側

カメラ好きであれば「単層」や「多層膜」(マルチコーティング)という言葉を聞いたことがあるかもしれないが、それはコーティングの層の数をいう。最初は1層(単層)から始まり、現在の写真レンズは10層ほど。多層膜コーティングの難しさは、各層を均一な厚さにできなければ、その凹凸が積み重なってしまうところにある。コーティング全体の厚さは300nm前後だそうで、髪の毛の太さの1/300程度というその幅の中に、10層ほどのコーティングを正確に形成している。

多層膜コートの難しさは、各層を均一な厚さにできなければ、その凹凸が積み重なってしまうところにある。そのため近年では、逆にコートの回数を減らして精度を高めるというアプローチも取っているそうだ。

ちなみに、NIKKORレンズ史上最高の反射防止性能を発揮するメソアモルファスコートについては、「特殊なやり方をしています」という言葉以外に回答は得られず、栃木ニコン内のどこで施しているかも秘密だった。これは10年前の取材時にナノクリスタルコートについて質問したときも同じ回答で、Fマウントレンズに輝く“N”のバッジの重みを感じたものだ。

そして同じく新開発のアルネオコートも、ニコンのスタンダードな多層膜コーティングに比べて膜厚の制御誤差をさらに抑えるような、より高性能に特化した作り方をしているとのこと。

Fマウント時代に一般的だったコーティングは既に使っておらず、現在ではコーティングを施す難度が高まり、膜厚や反射防止性能に対する許容誤差も縮まっているそうだ。いずれも、現代のレンズに要求される性能に応えるためのレベルアップだ。

コーティング装置から取り出し、次工程に運ぶところ。息を呑んで見守ってしまった
整備中のコーティング装置。上の空間にドームがセットされ、下からコーティング材料を加熱・蒸着する
コーティング済みのレンズを1枚1枚厳しくチェック。改めてレンズ形状の複雑さに驚かされる

目視のチェックは、昔はレンズをドームにセットしたまま、ドームを回して外観検査していたそうだ。しかし、今では1枚1枚を手に取って光にかざして検査している。かつての検査方法ではデジタル時代の要求品質は確保できないのだという。

ちなみに、ここまでで完了するコーティングは、レンズの片面だけ。片面のコーティングが完了したレンズは改めて洗浄の工程を経て、もう片面にも種類の異なるコーティングを施し、ようやく1枚のレンズが完成する。再び厳しい目視チェックを受け、鏡筒の組立工程へ進む。

「Zレンズにハズレなし」が作り手のモチベーションに

ニコンユーザーやカメラファンの中には、どこかで“Zレンズにハズレなし”という言葉を耳にしたことがあるかもしれない。その言葉は栃木ニコン内でも広まっており、「Zレンズにハズレなし、という市場評価に恥じないレンズをお届けできるよう、各工程の品質に向き合っています」と、レンズ加工工程を担当する毛塚氏は語る。ユーザーの評価が製造現場のモチベーションに循環する、幸せな構図を見た。

組立工程:工具も専用開発。品質確保のために徹底した対策

ここまで精密な加工・研磨、洗浄・コーティングを経たレンズ達が、いよいよひとつの鏡筒に組み込まれる。

クリーンルーム立ち入り前にも、防塵服の上から除塵ローラーを体に掛けた。こうした“ゴミケバ”対策も年々レベルアップ

作業者の手元に置かれた青い筒は、ご家庭で“コロコロ”などと呼ばれる粘着クリーナーのクリーンルーム用(除塵ローラー)だ。ひとつの作業ごとに両手のひらで挟んでコロコロしている。10年前に見た記憶のない光景だったので質問してみると、まさしく近年新たに取り入れたゴミケバ対策とのこと。「まだ、やれることがあるのか」と筆者は驚いたが、最新NIKKORレンズの品質は、こうした製造現場のたゆまぬ改善努力に支えられているのだ。

栃木ニコンにはいくつかの組立工程を設置するスペースがあるが、今回見学した場所は「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」だけを扱う専用スペース。今後も長期にわたり常設されるそうで、主力の製品であることが伺える。他の場所では短いサイクルで組み立てるレンズが切り替わったり、ひとつのスペースで複数のレンズを組み立てたりもしている。

組立工程の最初は「部組」(ぶくみ)。部品ごとに組み立てていく。1枚ずつのレンズを鏡筒内の「レンズ室」というホルダーに入れたり、レンズユニットの枠に固定していく。手が入らない鏡筒内部にセットするため、専用工具の上にレンズを載せ、部品や鏡筒を上から被せるように置き、機械を使って一定の力で入れていく。

それぞれの作業を支える治工具は、各レンズの各工程に向けて専用品が用意されている。使用している汎用品は電動ドライバーぐらい……との話もあった。量産前に必要な工具を洗い出し、治工具を準備するのだという。

レンズ室にレンズをセットするための工具。上の窪みにレンズを載せる。それぞれの工程で外観検査も行うため、清掃用のスティックやホコリを飛ばすエアツールも備わっている
レンズを載せ、レンズ室を用意しているところ。作業性を支える治工具は、その工程のためだけに専用設計されたもの

レンズをレンズ室に入れただけでは完全に固定されていないので、「カシメ」(加締め。固定)を行う。レンズ室のプラスチックを熱して変形させ、レンズを固定するのだ。

これにも機械を使っている。機械のパラメータを⼊念に検証し、カシメ後の外観品質にも拘っているそうだ。

レンズの鏡筒内に収まるユニットでありながら、それを“外観”として見え方を意識しているあたり、実用を超えた美しさへのこだわりが感じられる。

先端が粘着性のスティックで、目に見える異物を取り除く。動作部分にはゴミが発生しやすいとのこと

部組が完成すると、それらを最後に組み上げる「総組」(そうぐみ)に移る。ここでは普段あまりお目にかかれない、交換レンズの内側をお見せしたい。

現代レンズには電気部品も欠かせない。ここはFPC(フレキシブルプリント基板)の作業工程。ガイド溝のある治具にFPCのシート部分を置いて固定し、ピンセットでパーツを載せていく
FPCを取り付けたところ。黄色いシート状の部分がFPC。小型化・高機能化した最新レンズでは、各部のパーツをかいくぐってFPCを“這い回す”のが非常に難しいという
鏡筒内の「カム筒」が見える。ズーミングで動く各レンズ群に繋がっており、ズームリングの回転動作をレンズ群の移動に変換する。各群がいかに複雑な動きをするかがよくわかる
上から鏡筒の外装部分を取り付ける。左奥に見える青い筒は除塵ローラー。作業ごとに両手で“コロコロ”とやり、鏡筒内への異物混入を防ぐ
かなり気になる、透明のレンズリアキャップ。完成前のレンズには透明のキャップを付けて区別している。Fマウント時代も同様に、色の異なるキャップを取り付けて「作業中」であることを示していた。色以外の形状は通常品と同じに見える
組み立ても佳境。Zマウントを取り付ける工程
Zマウントのバヨネットリングを置き、ネジ留めしていく
高品質を担保するために……それは量産試作から始まる

レンズの量産が始まる前には「量産試作」という段階があり、トータルで100〜200本ほどを製造するという。第2製品技術部の増田氏は「“量産現場に課題を持ち込まない”をモットーに、技術検証での課題を全て解決し、品質の作り込みを行っています」と語る。量産試作には、完成度を高める段階と、量産性を確認する段階の2つのフェーズがあり、途中では防塵・防滴や高温・低温といった環境試験も行う。

そして作業者のための工夫としては「工程表の作り込み」も大事だと説明する宮本氏。人が変わっても品質をキープするための工程表だが、人によっては“矢印ひとつ”でも受け取り方が違うため、書き方を統一してブレをなくす取り組みをしているという。「技術で挑み品質で答える」を標語に、わずかな改善をも心掛けているとのこと。

また、実際に組み立てやすい部品形状や、ゴミケバが入りにくい構造を盛り込むべく、設計段階からの工夫も欠かさないという神山氏。これも工程内で不良を出さず、品質をキープするための工夫だ。発生した課題はチェックリスト化することで、その後の対策・改善を行っている。

調整工程:高性能を担保するための設備進化

マウント部分が組み上がると、調整工程に移る。光学的なものから電気的なものまで様々だ。いかに現在のミラーレスカメラ用レンズが、電気的にもメカ的にも複雑かを感じさせられる。

ズーム位置を検出する仕組みの調整工程。透明なケース内の機構で自動的にズームリングを回す

例えば、ズームリングに関して検査・調整する機器があった。ズームレンズでは、ズーム位置がどこにあるかの正確な情報も欠かせない。一昔前であれば、焦点距離がわかることで手ブレ補正動作を最適化したり、Exif情報に書き込む……というぐらいのイメージだったかもしれない。

しかし現在では、ズーム位置に応じてフォーカスレンズ群が素早く補正動作を行い、ズーミングしてもピントずれが起こらない(補正レスポンスが速いため撮影者は体感できない)ようにするなど、カメラシステムの基本動作として大事な要素になっている。そのため、物理的なズーム位置と、カメラが検知するズーム位置を一致させることが必要になる。

電気的調整のあとは、光学的調整に移る。以前より自動化が進み、作業効率が高まっているそうだ。

これらの機器は、機械にレンズをセットすると、あとは自動で動くものが多い。前回取材時に「技能を技術にする」という言葉を聞いたが、今ではそれがますます進んでいるように感じた。だからこそ、最新製品において従来以上の高性能や高精度が実現できているわけだ。まさに、進化の歴史である。

また、現場の工夫として様々な“ポカヨケ”がある。単純なミスを防ぐための工夫だ。わかりやすい例では、ビス締めの工程において、取り付けるビスを皿に必要数だけ取っておくことで、「ビスが皿に余っていなければ数が合っている」というチェックができる。

自動化に生きる、“マイスター”の知見

繊細なものづくりには人の手が欠かせない一方で、高度な自動化を活用している場面もある。組立・調整部門を担当する江﨑氏いわく、「以前は調整・調芯はいきなりできる作業ではありませんでした。しかし自動化により工数を削減しつつ、誰でも同じ品質が保てるようになりました」とのこと。

ただし、この自動化を制御・活用するための技術やノウハウが必要で、それには熟練の作業者が欠かせない。ニコン社内に「マイスター」や「ジュニアマイスター」という制度があり、認定された各部門の熟練メンバーが作業効率の向上や自動化、後進の指導について日々検討している。ドイツ語のマイスターという言葉が使われているところには、日本光学がドイツ人技術者に学んだ歴史も垣間見える。

品質保証:厳しい目が光る、“ニコン品質”の最終門番

最終の外観検査。このレンズ、特にこの前玉を追いかけてきた取材だった

レンズや機構部品が組み上がると、品質保証部門で最終チェックが行われる。内部にゴミがないかの確認、レンズの動作や通信に不具合がないか、ズームリングなどの操作感覚が規定通りかを再度確かめる。

例えばズームリングを回す重さには、操作トルクの規格がある。規格内のものと規格外のものを触り比べれば誰でも違いはわかるだろう。しかし品質保証部のプロフェッショナルは、いつもそのレンズ(ここでは「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」)を手に取っているため、1本だけを触っても規定トルクから外れた違和感を発見できるという。

こうして「見える部分」「動く部分」のを全てチェックするのが品質保証だ。栃木ニコンで扱う全てのレンズは、全数がこの検査を受ける。

光を入れながら、細かなゴミがないかチェックする。Zマウント化により、目視のチェックはさらに厳しくなった
リングの操作トルクが適正かを確かめる。違和感があればトルクを測定し、検証する

検査の中では、実際のカメラボディに取り付けた状態での動作チェックを行う。室内にターゲットがあり、そこに対してピントを合わせるなどのテストが行われていた。

実際にカメラボディに取り付け、動作の最終チェックを行う
カメラボディで確認できないレンズの通信も、専用機器でチェック
作業工程の途中だけでも、どれほど多くの目でチェックが行われたかわからないほど
マウントを清掃し、グリスを塗る。先に拭き取り清掃を行うという丁寧さ

レンズの作動や鏡筒内部の“ゴミケバ”を改めてチェックし、良品となったものを梱包・出荷に進める。マウント部分にグリスを塗ってキャップをはめる工程を見ていると、完成した芸術作品に落款やサインが入れられていくような心地がした。

まさにファイナルタッチといった雰囲気がある

良品のレンズには、ようやく見慣れた黒いレンズキャップが装着される。ここでようやくレンズキャップを交換するのは、作業中の個体を示す意味と、作業工程中にキャップを脱着すると、キャップに摩耗が出るからだという。それに実用上の問題は全く感じないが、なんとも“日本”だなあと感じ入ってしまう心遣いだ。

良品となったレンズには黒いレンズキャップが装着され、梱包・出荷に向かう
梱包されていく「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」
全世界に出荷されていく
ものづくりの緊張感が、発売後のやりがいに

最後の門番である品質保証部。担当する渡邉氏は「お客様にとって大切な1本なので、満足していただけるように心掛けて検査しています」と重責を語る一方で、「音楽フェスでプロカメラマンが長時間ストレスなくニコン製品を使っている様子を見て、努力が実を結んだと感じました」と話す。

同じく品質保証部の髙瀬氏も、「市場に届ける以上、“不良は出さない”という緊張感があるものの、担当した製品を街中で見かけると、自分の仕事が誰かの役に立っている実感と誇りを感じます」と語る。出荷までの苦労が大きいだけ、愛用者を見かけた喜びもひとしおだ。

まとめ:全方位の“底上げ”で、さらに磨かれるNIKKOR Zレンズ

昔からカメラ業界において、日本人は世界的に見ても“細かい”ことで知られている。そんなお国柄を反映してか、高性能や信頼性を実現するだけでなく、美観に対しても日本的な細やかさがある。実際の写りには影響しないであろう内部のクリーンさも追及する姿勢は、まさしく「こだわり」と呼ぶべきだろう。

特に、今まで通りの必要十分なレベルを続けるのではなく、絶えず改善・向上を続けてきていることに敬服した。それは10年前に栃木ニコンを訪れた際に「交換レンズはここまで繊細に製造されていたのか」と感銘を受けた経験があったからこそ、さらに進化していた10年後の現在に、より驚いたと言える。

最新Zレンズの何がスゴいのか。それは決して機能や耐久性だけではなく、それを手にする人々の気持ちまでを大事にした、ものづくり美学としてのレベルアップだ。商品企画から設計、そして製造から品質保証まで。関わる全ての人々の存在に思いを馳せ、彼らを信頼し、撮影をとことん楽しんでいきたいと思った。

ライター。本誌編集記者として14年勤務し独立。趣味はドラム/ギターの演奏とドライブ。日本カメラ財団「日本の歴史的カメラ」審査委員。YouTubeチャンネル「鈴木誠のカメラ自由研究