トピック
「これをF2.8標準ズームの最終形とする」…クラス最軽量のNIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II開発ストーリー
“伸びない”以外にもあるインターナルズームのメリット
2026年3月27日 07:00
ニコンが2025年9月に発売した「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」は、Zシステムの顔となるF2.8標準ズームの“II型”として、6年半の時を経て登場した。今も昔も揺るぎない性能と信頼性を求められる“24-70mm F2.8”という存在に、果たしてニコンはどのようなアップデートを施したのか。その仕様決定に至る時代背景や、進化を支える最新のレンズ技術について詳しく聞いた。
コンセプト:徹底して“現場力”の高いレンズを目指す
——本レンズを開発するにあたり、どのようなユーザーの声がありましたか?
臼井明之氏(以下、臼井): 従来モデルの「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S」(2019年発売)には、プロやハイアマチュアのお客様を中心に非常に高い評価を頂戴していました。主に、開放から非常に高い解像力があること、色収差が少ないこと、高い信頼性があることです。
一方で軽量化やAFの更なる進化を求める声もあり、動画ニーズの高まりも踏まえ、これに応える必要性を感じました。
大竹史哲氏(以下、大竹): 「もっと被写体に寄りたい」というお声もいただいていましたので、最短撮影距離の短縮も重要な課題でした。撮り逃さないこと、撮影に集中できることは、このレンズの大きなテーマです。
今榮一郎氏(以下、今榮): 標準ズームに限らずプロの方々からは「壊れず、確実に成果を出してくれる、信頼できる機材が欲しい」というご要望があります。
また、プロに限らず多くの方々に「ズームの繰り出し機構は壊れやすいのではないか」「ホコリが入りやすいのではないか」といった、漠然とした不安があることが分かりました。これらも含め、撮影に集中できない要因を軽減することは、潜在的ながら確実に存在するニーズでした。
例えば、撮影が一段落するたびにズームリングを最短ズーム位置に戻す手間や、ズーミングによる重心位置の変化からくる手首への負担といった部分も、細かなストレスとして無視できません。これらの不安やストレスを可能な限り排除し、撮影に集中していただくための一つの答えが、ズーミングで鏡筒の長さが変化しない「インターナルズーム」の採用です。
“繰り出したレンズへの不安”などの心理的なストレスの排除も、撮影に集中していただくための「機能」のひとつと捉えています。
加えて軽量化への要望、「速いとは言えない」と指摘されていたAF性能にもテコ入れを行うことで、撮影現場での使い勝手を徹底的に追求し、“現場力”を最大限に高めたレンズを目指しました。
——本レンズは「インターナルズーム」であることを大きくアピールしています。静止画撮影以外にもメリットがありますか?
臼井: ズーミングしても全長が変わらないことから、動画撮影時にマットボックスや角型フィルターを付けたままでもズーミングできます。また、重心移動が少ないことからジンバル使用時のバランス再調整が不要で、長時間撮影時の安定性も向上します。
※筆者注:ニコンでの統一表記「インターナルズーム」は、一般的に使われる「インナーズーム」と同義
——レンズ内VR(手ブレ補正)は非搭載ですが、望遠レンズでなければボディ側の補正量だけで十分に足りるということでしょうか?
今榮: そうです。焦点距離を踏まえると、このレンズの使用領域ではボディ内VRによる補正で十分に効果を実感頂けると考えています。広角~標準域のレンズにVR機構を内蔵しても、得られるメリットは限定的で、仮にレンズ内VRを搭載すると、サイズや質量の増加につながり、部材が増えることで製品価格にも跳ね返ります。
本レンズでは、手ブレ補正はボディ内VRに任せ、レンズをより小型・軽量に設計することを優先しました。その結果、十分な手ブレ補正性能と携帯性の良さを両立した、実用性の高い製品に仕上げることができたと考えています。
——本レンズが想定している被写体・撮影シーンを教えてください。
臼井: 静止画と動画の両方で、高い現場対応力が求められる状況です。主な3つは、まず「人物」、これはポートレート、ブライダル、スナップ的な撮影などです。そしてスポーツ、子ども、ペット、イベントステージといった「動体」、加えて「風景・都市」です。機動力・信頼性・描写性能を同時に要求される現場で期待に応える製品となっています。
今榮: 最短撮影距離の大幅な短縮に加え、AF駆動にSSVCM(シルキースウィフトVCM)を採用したことで、近距離に素早く寄ってくる被写体への追従性能が大きく向上しました。動き回る犬や猫のアップのように、従来モデルでは追従しきれなかったシーンでも確実に撮れるようになりました。
大竹: 光学性能としては、高い解像力に加えて、被写体や距離によらず、ありのままを自然に描写できる特性に仕上げています。撮りたいシーンを確実に捉え、印象的で見返すたびに心地よい撮影ができる製品を目指しました。
——その「自然な」「印象的な」といった感覚は、どのように光学設計に反映していくのですか?
大竹: 感覚を描写に変換していく手法があります。映像を見て直感的に得た感覚的な部分を、まずは「物理的にどのような画か」という“特性”に置き換えます。そして、それを“収差”をはじめとした光学の言葉に置き換えることで、光学設計に反映していくのです。「上手く言えないけど何かいいな」「なにかがひっかかるな」という素朴な感覚を大切にしています。
光学設計:「単焦点に匹敵するボケ味」とは?
——描写傾向は従来モデルと異なりますか?
大竹: 従来モデルの描写は高い評価をいただいておりました。そこから継承しているところ、進歩しているところ、異なっているところ、それぞれあります。端的には、従来モデルは「メリハリの利いた画」でしたが、今回のII型では「線が細く端正な画」になっています。収差の残存量、すなわち解像力としては大きく変わりませんが、描写性のためにわずかに残す収差の傾向が異なります。
II型では、より自然で奥行き感や空気感を感じられる描写になるように調整しました。少しの差ですが、印象の差として感じていただけると思います。この収差バランスとヌケの良さから、わずかな光の階調を丁寧に描き出すことができます。また、ズーム中間域から望遠域にかけての遠景の周辺画質も改善しました。
——本レンズの特徴を実現する上で、特に貢献した硝材(ガラス材料)や技術は?
大竹: 前玉(一番前に見えているレンズ)の大口径両面非球面が、本レンズのキーパーツです。これがなければ、高い光学性能を維持しつつ軽量化とインターナルズーム化を実現することはできませんでした。
大口径の凹メニスカス非球面は、歴代の大口径ズームレンズで採用され、ニコンが長年培ってきた技術です。Zマウントの「NIKKOR Z 14-24mm f/2.8 S」でも、こうした大口径の両面非球面が前玉に使われています。
また、従来モデルの時代に比べて硝材の選択肢も増えています。当時は存在しなかった、より色収差補正に有利なガラスが開発され、II型に採用しています。こうした光学設計の進歩も、ニコンのグループ会社である栃木ニコンや光ガラス株式会社との協働があってこそです。
——レンズ構成は従来モデルと大きく異なりますか?
大竹: はい。大きく異なります。従来モデルはいわゆる凸先行タイプ、II型はいわゆる凹先行タイプと分類できます。詳しくは過去の弊社へのインタビュー記事が参考になると思います。
大竹: それぞれのメリットを端的に申し上げますと……
凸先行タイプ
ズームを繰り出し式とすることで収納時のサイズを小型化しやすく、携帯性に優れます。メリハリのある描写になりやすい傾向や、ズーム倍率を稼ぎやすいメリットがあり、Zマウントでは「NIKKOR Z 24-120mm f/4 S」をはじめとする標準ズームのほとんどで採用されています。市場にある大口径標準ズームも、ほとんどが凸先行タイプです。
凹先行タイプ
「AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED」「AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR」を筆頭に、Fマウントの標準ズームに多く採用されてきました。像の均質性や奥行き感に優れる描写が得られる一方で、レンズの全長は長くなりやすい傾向があります。
実は従来モデルの開発時に凹先行タイプも検討しましたが、小型化などの当時のニーズに最も応えられる形だったことから凸先行タイプを最終的に選びました。II型の開発でも凸先行と凹先行の両タイプを検討した上で、我々が求める光学性能と軽さ、インターナルズームを全て実現できるのが凹先行タイプでした。そして、II型の凹先行タイプは、従来モデルでの検討をもとにして、それを発展させて生まれたものです。伏流のようなものですね。レンズタイプ自体にこだわりはなく、最もその時代のニーズに応えられる、将来の表現を担っていける設計を模索しています。新しいニーズが生まれた時、それに応えられるものが、かつて選ばなかったほうから生まれてくるのはレンズタイプの発展の歴史の醍醐味だと思います。
——レンズ枚数の削減により、どんなメリットが得られましたか?
大竹: 軽量化のほか、コーティングの進化と相まってヌケの良さや逆光耐性が大きく改善されています。どのような光線状況でもクリアな画が得られるため、撮り直しが利かず、後工程に追われるスポーツやウェディングの分野のフォトグラファーから特にご好評をいただいています。
I型で採用した凸先行タイプで小型軽量と高い光学性能を両立しようとすると、レンズ枚数が増えがちです。一方、II型の凹先行タイプでは、一眼レフカメラと比べてイメージセンサーのより近くまでレンズを配置できるミラーレス構造の恩恵を生かした対称型のレンズ配置とし、さらに前玉と後玉を非球面化して補強する構成をとっています。このため収差補正のポテンシャルが極めて高く、少ないレンズ枚数で高い光学性能を実現できています。
レンズは収差補正のために必要なものですが、かわりにベイリンググレアのような影響も発生させます。この考え方は、ニッコール千夜一夜物語の第六十三夜にて、“レンズは「必要悪」”として述べられています。
今はコーティング技術が進化しているため、レンズ枚数が多いことは必ずしもネガティブな要素ではありません。しかしカメラボディ側も進化していますから、なるべく損失なく光を届けることは依然として重要です。
——製品説明にある「単焦点レンズに匹敵するボケ味」とは、どんな特徴のことを指すのですか?
大竹: ご承知の通り、“単焦点レンズ”とひとくちに言っても、スペックやレンズタイプ、設計された時代やメーカーによって、その描写は千差万別です。ゆえに深い沼がありますよね。
同じように“良いボケ”にもいろいろありまして、決して一つだけの正解があるわけではないところも交換レンズの魅力だと思っています。
S-LineのNIKKOR Z単焦点レンズに共通する特徴としては、解像感の高いピント面からなだらかにボケが変化していくことを意識して設計されています。これにより、ピントの合った被写体が自然に際立ち、そこから自然に奥行きが変化していく、立体的でクセのない描写が得られます。
ボケと解像は独立した要素ではなく、互いに繋がり、映像が鑑賞者に訴えかける力を左右します。今回の「NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S II」では、このボケと解像の繋がりを大切にし、「単焦点レンズに匹敵する」映像世界の構築に重点を置いた光学設計を行っています。
今榮: メカ構成もボケ味に貢献しています。絞り羽根を11枚に増やしたことで、開放から3段絞ったところまで円形を保ち、綺麗な玉ボケを実現しました。ちなみに従来モデルは9枚絞りで、開放から2段までが円形でした。
——静止画と動画で、理想とする画質や解像性能に違いはありますか? 違いがあるとすれば、そのバランスはどのように取りますか?
大竹: 動画と静止画とでは鑑賞の方法や体験が異なるので、それに応じた調整はありうると思いますが、光学設計としては、画一的な理想はないのではと考えています。「理想的な画質」を考える前に、一歩前に戻り、「なぜそれが理想的なのか」を知る必要があります。
巷では「動画用レンズは解像力が低い」と言われることがありますが、これは一概にそうとは言えません。様々なシネマレンズを調べてみると、解像力がスチルレンズと比べても極めて高いものから、とても大きな収差を残した特徴的なものまで幅広くあります。撮影者も表現の意図に合わせてレンズを選ぶのが一般的です。
静止画も同様で、大切なのは「どのように表現し、映像として残していきたいのか」という意思だと考えています。画質や解像力は、その一部にすぎません。必ずしも最新鋭のレンズこそが理想的で普遍的な正しさをもつわけではなく、大きな収差を素晴らしいバランスでまとめあげたものや、特徴的で替えの効かない描写をするものは、どれほど古くとも愛され、使われ続けていくと思います。
本レンズは評価の高い従来モデルの解像力を継承しつつ、動画撮影にも適した描写であることを目指しています。例えば静止画でも、エッジの目立つボケや、ピント面から急激に大きくなるボケは好まれない傾向にありますが、動画ではそこに時間の流れも存在しますので、静止画よりもさらに不自然に見え、メインの被写体への没入を妨げることがあります。
II型はピント面から遠ざかるごとに、芯を残しつつ、少しずつ散逸していくようなボケ像としています。「そこに何があるか」がわかるようなボケ方で、かつ距離に応じて滑らかに変化していくことで、静止画でも動画でも高い空間再現性を持たせています。
また、描写の統一感も重要です。本レンズは標準域を広くカバーするレンズですので、シーンによって写りの雰囲気が変わって不自然さを生まないよう、ズーミングやフォーカシングによる収差の変化を緻密に調整しています。これは均質性に優れる凹先行タイプの光学的特徴と、ミラーレスならではの対称型ズームタイプ、そして距離に応じた描写を精密にコントロールできるマルチフォーカスあってのものです。いまZマウントでできることのすべてを用いて本レンズは設計されています。またほぼ同時期の開発となった「NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S II」と互いに色味やトーンを参照し、レンズの組み合わせにも配慮しています。
——カメラ側の補正はどれぐらい活用していますか?
大竹: 従来モデルと同じく、歪曲や周辺光量などの補正が使えます。活用の度合いはII型も同程度で、カメラボディ側の補正に任せた光学設計ではありません。
——デジタル補正に頼らない光学設計にはロマンを感じますが、デジタル補正では至らない部分はどこにありますか? 高級なS-Lineのレンズとして、価格帯なりの納得感も意識してのことなのでしょうか。
大竹: 製品ごとの立ち位置を踏まえて、光学で頑張ることと、デジタル補正に頼ることを選べます。デジタル補正だから画質が良くないということはなく、軽量化などのメリットが得られることはご承知の通りです。どちらがよりご満足いただけるレンズになるか、情緒的価値も大切にしながら判断しています。
軽量化:進化したレンズ技術と構造シミュレーション
——小型軽量化の目標はどのように設定しましたか?
大竹: クラス内で最軽量を目指して開発をスタートしました。インターナルズームは全長が長くなりやすいイメージもありますが、収納性を犠牲にしないレベルに抑えています。重量は従来モデルの約805gから約675gに軽量化できました。
また、フィルター径を82mmから77mmに小さくしたことも重要です。70-200mm f/2.8などとフィルターを使い回せますし、鏡筒自体が細身になり、グリップ感や操作性の向上に寄与します。
今榮: 70-200mm f/2.8 S IIのインタビューでもお伝えした通り、絞り開放F2.8のズームレンズだからといって「大きく・重い」ことはもはや許されません。NIKKOR Zは重い、というイメージも払拭したい思いが強くありました。また、他社から大幅な軽量化を実現したレンズも登場していましたから、チャレンジとしてクラス最軽量を目指すのは自然な流れでした。
とはいえ、ただ軽ければ良いとは考えておらず、機能や使い勝手の向上、や高い光学性能といった、このクラスのレンズに求められる要素をしっかり満たした上で最軽量を実現する、という姿勢で開発を進めました。これにより多くの機材を持ち歩けたり、少しでも長く撮影を続けられることで、撮り逃せない一瞬を撮影する支えになると考えています。
——どのように軽量化を達成しましたか?
大竹: 光学的には、光学系の刷新が大きいです。レンズ枚数の削減に加え、加工技術の進歩で各レンズをより薄く高精度に加工できるようになっています。これらの合わせ技で、従来モデルからガラス質量を大きく減らしました。
今榮: 高い光学性能と軽量化を同時に達成するため、複数のメカ(機構)構成案を検証し、構造シミュレーションも繰り返し行いました。その結果、従来モデルを上回る光学性能を実現しながら、大幅な軽量化にも成功しています。
このレンズはインターナルズームのため、ズーミングで最前群は動かないものの、内部では複数のレンズ群がそれぞれ個別に駆動します。ズーミングの回転操作に連動して群を動かす「カム筒」というパーツがありますが、なるべく一つのカム筒に複数のレンズ群を搭載したり、群によってはSSVCMで電気的に動かすことでも、部品構成を最小化しています。
こうした工夫に加えて、最終的には一つ一つの部材をコンマ数グラム単位で地道に軽量化していきます。その積み重ねでクラス最軽量を達成しました。
——軽量化のための構造シミュレーションはどのように行いますか?
今榮: シミュレーションのモデル上に全てのパーツを表現し、バーチャルで落下テストを行って負荷の掛かり方を見ます。シミュレーション上で壊れない設計ができていれば、実際にも壊れないと考えられます。
以前は実機と見比べながら、落下テスト後にひび割れがないか、傷が入っていないかなどを何度も検証していました。シミュレーションの精度が上がってきているため、近年は実際に作った試作機で落下テストを行っても、まず壊れることがありません。
大竹: ここ何年も試作機は1本も壊れていませんが、昔は数十本という単位で壊れていました。シミュレーション技術が進化した恩恵です。
——鏡筒は金属製より樹脂製がむしろ強いと聞いたことがあります。
今榮: はい。昔ながらの金属鏡筒ですと、負荷が掛かったら部材が変形してしまって元に戻らず、ズームやフォーカスリングの動きが渋くなったりもしますが、現代の鏡筒素材は弾性があるので軽微な変形であれば元に戻ります。外装にプラスチックが多いのはこうした理由からです。もちろん、軽量化にも効果的です。
——軽量化しても堅牢性を保つために、どんな工夫がありましたか?
今榮: 従来モデルも十分に堅牢ですが、今回はインターナルズームの構造を採用したことで、さらに一段上の堅牢性・耐久性・防塵防滴性能を実現しています。レンズそのものを軽量化できたことで、仮に外装をぶつけてしまったとしても発生する衝撃が小さくなりますから、その点でも堅牢性に有利です。
AF性能:未来の高速連写にも対応。描写まで操る「マルチフォーカス」機構とは?
——どのようにAF速度を向上しましたか?
今榮: AF駆動を行うアクチュエーターに、SSVCMを採用したことが大きく寄与しています。従来モデルに採用していたSTM(ステッピングモーター)は、回転運動を直進運動に変換するためにロスが生じたり、高速化すると駆動音が気になります。
今回、AF速度を従来モデルと比べて約5倍と大幅に向上させていますが、これは将来的にカメラボディ側のコマ速(連写速度)が飛躍的に向上することを見据えた速度設計です。制御アルゴリズムの見直しで高速・高精度・静音の3つを同時に達成し、メカ構造も最適化しています。
——速度以外の進化点はありますか?
今榮: フォーカスレンズ群に、SSVCM専用の高精度光センサーを採用しています。ズーム位置の検出精度も約7倍に向上したことで、より正確なズーム位置を把握できます。おかげでズーミング時に見えるピントずれも、体感できないレベルまで抑えられました。
さらに制御アルゴリズムの見直しで、音や振動も極限まで低減しています。高速でフォーカス群を加速・停止させても、その反動や振動をほとんど感じないAFとなりました。これも、撮影時の小さなストレスを取り除くための重要な改善のひとつです。
——正確なズーム位置を把握するメリットは、フォーカス変動の補正のためですか?
大竹: はい。光学的にはバリフォーカル(ズーミングによりピント位置が変動する)ですが、先のようにシステムとして頑張ってもらえたおかげで、使い心地としてはパーフォーカル(ズーミングしてもピント位置が動かない)と言えるレベルに達しました。
——望遠レンズでよく見る「フォーカスリミッター」が搭載されました。
今榮: 望遠系のレンズとは、想定している用途が若干違います。望遠系では近距離側へのフォーカス駆動を制限してAFが迷わないようにするのが一般的ですが、本レンズではズーム全域で最短撮影距離が同じになるよう制限が掛かります。
これを鏡筒が伸びないインターナルズームの特徴と組み合わせることで、「ズーム位置を問わずワーキングディスタンスが一定」という使用感を実現します。例えば広角端24mmの最短0.24mで撮影してから望遠端70mmにズームすると、カメラ位置を0.33mまで引かなくてはいけません。ですがLIMITに設定していただくと、広角端も最短0.33mに制限されますので煩わしさがなくなります。
今榮: 開発がスタートした時点で「最短撮影距離は一定のほうが使いやすいよね」という声と、「寄れるなら寄れるほうがいい」との声が両方あったので、それぞれに対応できるようにしました。スイッチひとつでFULLとLIMITを切り換えられます。
——AF機構に関わる「マルチフォーカス方式」とは何ですか?
大竹: 一般に、遠くの物体にピントを合わせたときと、近くの物体にピントを合わせた時とで、収差の様子は変化します。つまり描写性能が変わります。
マルチフォーカスは、2つに分かれたフォーカス群に独立した動き方をさせることができますので、収差補正を分担することで変化を抑え、撮影距離に関わらず高画質を実現したり、撮影距離ごとに想定される被写体に合わせた描写特性になるよう緻密なコントロールができます。
——いわゆる「近距離補正」や「フローティング機構」と言われていたものとマルチフォーカスでは、どう違うのでしょうか?
大竹: 目的は同じです。しかし2つの群をそれぞれ独立したモーターで高速かつ静粛に動かしつつ、さらに狙った描写特性を実現する動き方に緻密にコントロールできることは大きな技術進化です。
——ピントリングが大きくなっています。これほどAFが進化したのに、MFの使い勝手を高める必要はあるのでしょうか?
臼井: これは、道具としての信頼性を高めるためです。AFが進化したからこそ、「人が意思を持って介入した時の精度と安心感」を同時に引き上げる必要があると判断しました。
今榮: 動画撮影で自然なフォーカス送りや滑らかな速度変化を与えるためには、やはりMF操作が欠かせません。静止画でも、意図しないAF動作が起きたときに瞬時にピントを戻したいといったニーズもあります。これらを踏まえ、ピントリングを大きめに設定し、さらに滑りにくいゴム素材を巻いています。
リングの使い勝手といえば、リニアなズーム操作性も特徴です。ズームリングの操作量に対し、画角の変化が常に一定になるような設計をしています。一定の回転量でズームリングを回していけば、「ある領域では急激に画角が変わり、ある領域ではなかなか画角が変わらない」……ということが起こらず、より自然で直感的なズーミングを可能としました。
まとめ:今も大事な「F2.8標準ズーム」。その最終形を目指した1本
——開放F2.8の標準ズームレンズとは今、どんな存在ですか?
臼井: 必ずしも絶対的な存在ではありません。しかしながら、サイズ、重量、画質、AF、動画対応までを含め、とりわけプロ・ハイアマチュアのお客様が現場で安心して使えるバランスの取れた主力レンズとして、今も変わらず重要な役割を担う中心的存在と考えています。
大竹: 絶対的な憧れの存在ではなくなっても、中心的存在であることに変わりはありません。「確実に仕事をこなしてくれる1本」「どんなときでも頼れる相棒」「最後の一瞬まで撮り続けられる」という使命のために磨き上げています。
光学設計もそれに合わせ、その場の情景を何年先でも再現できるような、空間と空気を残せる描写性能を目標としました。解像やボケの質、ヌケの良さ、逆光耐性は、そうしたテーマのもとに練り上げています。
今榮: 焦点距離のバリエーションが増えたり、より明るいレンズが登場したり、ミラーレス化による小型軽量化でユーザー層の裾野も広がっていると感じます。それでも標準域のF2.8ズームは妥協が許されないカテゴリーです。そのため、あらゆる技術を結集し、最高の1本となるよう開発を進めました。
——これほどの最新鋭レンズは、設計から製造までの間にも、いろいろご苦労がありそうです。
大竹: 設計段階からレンズの加工性や生産方法を製造現場と相談し、綿密に調整しています。本レンズの肝である前玉の大口径両面非球面もたくさん製造テストを行いましたし、普通の球面レンズもどこまで薄く軽量化できるか検討を重ねました。光学調整においても装置の進歩のおかげでより細かく性能を評価できるようになり、品質ばらつきを抑えるだけでなく、描写性を考慮しながら組み立てていくことができるようになっています。
今榮: 本レンズは500点以上の部品が精密に組み上げられて完成します。部品点数が増えたり性能が上がるほど、加工・組み立て・調整の要求精度は格段に高まります。組み立てのしやすさも最終製品の精度に貢献しますので、これも設計段階から考慮しています。
製造現場である栃木ニコンの技術メンバーと密に連携し、部品製造から組み立ての工程までひとつずつ確認しながら精度向上策を検討してきました。3Dプリンターで設計段階の部品を試作して組立性を検証し、再び設計に盛り込む改善も重ねています。
そして量産試作の段階では、実際に製品を形にして問題点を抽出します。設計部隊だけでなく、栃木ニコンの各部門とも一体となって、課題の洗い出しから解決に向けた取り組みを進め、製品の完成度をさらに高めます。
製造現場との連携も、お互いに画面上で3Dモデルを見ながらビデオ会議ができます。電話でやり取りしていた時代と比べれば、設計初期の時間をとても有効に使えています。実際にモノとして出来上がってきたら、我々が栃木ニコンに出向いて設計と実物を比べていきます。
——発売後の反響はどうですか?
臼井: おかげさまで、大変な好評をいただいています。約675gという軽さとインターナルズーム化、AF性能の進化、静止画と動画の両立を強く意識した部分が高く評価されています。
従来モデルの長所である耐久性や、S-Line最高クラスの描写力・高画質を犠牲にせず、軽量化などの実用性も徹底的に突き詰め、次世代のハイレベルなAFを実現し、高まる動画ニーズにも対応しました。
今榮: 「今後リニューアルの必要性がない完成度を実現する」「このレンズをF2.8標準ズームの最終形とする」という意気込みで開発に挑みました。大変苦労した部分も多いですが、それだけ完成度の高い製品に仕上がったと自負しています。
インターナルズーム化、軽量化、AF高速化と、こだわって開発した部分に高評価頂けていることは、設計者としても大変うれしく思います。
大竹: 本レンズでは同クラスで世界初となるインターナルズームと、クラス最軽量とを同時に実現することを目標に掲げました。チャレンジングでしたが、ニコングループが一丸となって高い完成度を達成できたと思っています。
手に取っていただいたお客様からは、まずレンズの軽さ、次にズームして鏡筒が伸びないこと、そしてAFの速さと、順を追って何度も驚きと喜びの声をいただきました。ワクワクするもの、使っていて楽しいもの、納得できるものを開発していましたので、ご好評をいただけて嬉しいです。



















