トピック
あの日のライカ Vol.7 別所隆弘 × ライカSL3
ウズベキスタンの旅で探す光と影
2024年3月26日 07:00
滋賀・京都を中心に活動し、花火や飛行機などを得意とする風景写真家の別所隆弘さんは、意外にもライカQを手にして以来のライカファン。現在はライカM11を愛用しており、プライベートやスナップを撮る際に使っているという。そして今回、最新機種ライカSL3を手に、念願だったというウズベキスタンへと撮影の旅へ出発。なぜウズベキスタンでスナップを撮るということを選んだのか。そして、ライカの最新鋭フルサイズミラーレスカメラを使ってみての使用感、ライカならではの普遍性などを聞いた。
別所隆弘
1979年、滋賀県生まれ。プロフォトグラファー、アメリカ文学研究者。国内外の写真賞を多数受賞。近著に『写真で何かを伝えたいすべての人たちへ』(インプレス)がある。関西大学社会学部メディア専攻講師
——なぜウズベキスタンに行こうと考えたのでしょうか。
元々、ウズベキスタンに行くのは決まっていました。その出発直前に、ライカSL3で写真を撮ってきてほしいと打診があったのです。薄々ウズベキスタンは仕事になると感じていたものはこれだったんだと。そしてライカSL3であれば、風景ではなくスナップを撮ろう。すぐにそれは決断しましたね。
——なぜスナップをメインにすると決めたのでしょう。
昨年、僕はプロモーション用の撮影のために風景写真家としてイタリアに行きました。僕の中にはイタリアへの強い憧れがありリクエストしまして、せっかく行くのならばイタリアの全てを撮ろうと思い、風景だけでなくスナップも撮ることにしたんですね。それが僕の内側に眠っていた、これまで撮ってきたものと違う方向のものを出していきたいという欲求とうまく合致しました。
そして、イタリアで撮った写真を見返していたところ、スナップの中に「CHANGE」と書かれた看板が写り込んでいるものがあり、それを見たときに、何かの啓示のように感じたのです。これからも自己模倣を続けていくつもりか? 以来、写真に人を採り入れること、スナップにも力を入れることに取り組んできました。今回ウズベキスタンでライカSL3という話が出たときに、よし、スナップでやってみようと考えるのは自然な流れでしたね。
——自己模倣からの脱却というのは、写真を撮る人には胸に迫る言葉ですね。
日本にいると、しがらみもあれば周囲との繋がりもあり、僕を規定する文脈が数多く存在します。それらが僕を形成している以上はそこからは逃げられない。だから自己模倣になりがちです。そこから無縁になれるんですよね、外国は。新しい自分を試すには、外国こそが向いている。その2点ですね。スナップを撮ろうとした理由は。
——ウズベキスタンに行きたかった理由は?
サマルカンドという名前に昔から憧れがありまして(笑)。シルクロードの最西端に位置し、ヨーロッパ、イスラム、中国、ロシアという4系統の文化が混じり合っている都市。サマルカンドでとあるカフェに入ったとき、イスラムのヒジャブを被っている女性と、白人女性が話していました。おそらく大学の同級生で、使っている言葉はおそらくウズベク語なんです。でも英語混じり。とても印象的な光景でしたし、ウズベキスタンはそういう国であろうと思っていたので、ぜひ訪れてみたいと思っていたんです。
——ライカSL3を持っていく、ということにならなければ、風景を中心にしていたかもしれない?
人は撮っていたはずですが、もっと風景の割合が増えていたはずです。でも、それは本当にもったいないことで、そうならずに済んでよかったと思っています。というのも、ウズベキスタンで撮影をしていると、僕らと写真を撮りたい、あまり見かけない日本人と話してみたい、と満面の笑顔で子どもも大人も声をかけてくるんです。最終的に50人くらいと撮影しましたが、そんな経験は初めてのことでした。
このような風土を目の当たりにしたとき、ウズベキスタンを撮ろうとしたら風景だけでは足りない、人を撮ろうという決断は正解だったと確信しました。ウズベキスタンの平均年収は20万円を下回ると言われています。でも、みんなニコニコしていて楽しそうなのは、貧富の差がないからかもしれません。
——ふだんはライカM11をお使いですね。
ライカM11は家族を撮るときに使っています。なぜならM型は失敗が許されるカメラだと思っているからです。写真が下手になったかのごとく、自分の底の部分が露わになってしまう。だからこそ、逆にものすごい写真を撮ることもできるんですが、ピントも外せば露出を外すこともあります。
ライカSL3は最新機種の雰囲気とライカの伝統の両面を持っているカメラなので、おそらくですが仕事でも使えると思います。ライカM11が自分の内側へと向かい自己対話を進めてくれるカメラだとすると、ライカSL3はもっとオープンなカメラだと思います。
——ライカQ以降、ライカを使い続けてきて撮影スタイルに変化が出たりはしたのですか?
出ましたね、確実に。光の見方がまず全く変わります。M型だけではなくてライカ全般がそう。独特のハイライトとシャドウの見せ方や感覚がライカQのときから培われてきていますから、ライカSL3でも自然とそういう撮り方をしますね。撮ることができる対象は広がるけれども、光の見え方はライカM11と同じように感じました。
——ライカSL3のファーストインプレッションをお願いします。
最初こそM型ライカっぽいのかなと感じたのですが、起動した瞬間に、これは正真正銘の最新カメラだと。背面液晶モニターがタッチパネル式だったり、AFの俊敏さであったり、とにかくキビキビ動くため、良い意味で落差を感じました。ライカの色と表現なのに、触り心地は最新のカメラ。このギャップがおもしろかったです。
今回は飛行機撮影などをしていないので動体に対するAF性能は把握していないですが、スナップをしていてAFが迷ったことやピントを外したことはなく、百発百中だったと思います。逆光や暗い場所で人を逃すこともありませんでしたね。ライカの最新機種というだけでなく、2024年段階での全デジタルカメラの最新機種の性能と伝統の強さの両方が感じられるカメラだと感じました。
——最も印象に残った機能・性能は?
やはり画づくりですね。画像処理エンジン「Maestro IV」を積んでいるためでしょう。ビビッドとモノクロームのハイコントラストモードがとても気に入りました。途中からはこのふたつのカラーモードしか使っていなくて、掲載されている写真はすべてそのまま“JPEG撮って出し”です。
旅の前半はスタンダードで撮っていたんですが、サマルカンドに行く前日、空が美しく焼けた時間がありビビッドに変えて撮ってみたんです。いわゆるデジタルカメラのビビッドモードにはあまり良いイメージを持っていなくて、やたら赤は赤くなったり、緑は蛍光色の緑くらいになっちゃうこともあるじゃないですか。しかし、ライカのビビッドの解釈ってこうなんだと。彩度が高まるというよりも、それぞれの色を分離するためのビビッド。ライカの色の解釈で色を明快にしているようなイメージですごく気に入ったんです。
——RAWからの現像だけでなくJPEGも楽しみたいカメラなのですね。
この結婚式の写真がウズベキスタンでの個人的ベストショットだと思っていますが、これもビビッドで撮影しています。「これがビビッド?」と感じませんか? 赤のパンチ力や空の表現はたしかにビビッドかもしれないですが、それよりも、この1枚の中にさまざまな色があるということを表現できている点がすごい。そういう出力をしてくれるんですよね。明らかに彩度のプラスというビビッドではないと思います。
これはウズベキスタンで最大の遺跡のレギスタン広場という場所。遺跡の下で撮っていたら、向こうで結婚式をやっていると友人に呼ばれ、慌てて向かったんです。たぶん日本で言うところの前撮り。プロのカメラマンもいらっしゃいました。声を掛けて撮らせてもらったところ、右の花嫁さんが離れていき、左にはまた別のカップルが来て、ちょうど2組同時に撮れたのがこの写真です。わずかな時間でした。AFも完璧でしたし手ブレ補正も効いていると思います。ライカSL3の即応力というものを感じました。
——AFモードは何を使いましたか?
その都度変更しています。公園などで人物を狙うときには人物検出にしますし、風景のときはスポットAFを使いました。ゾーンAFにしてカメラに任せることもありましたが、自分が欲しいところにピントが来ていて、全てのモードでAF精度は高かったです。使えば使うほど信頼感は増していきましたね。連写はさほどしていませんが、連写でトラムを撮ったときもバッファ詰まりはありませんでした。これはライカ初の対応となるCFexpressカードの恩恵も大きいと思います。
——8K動画にも対応しています。別所さんは8KのRAW動画もよくお撮りですが、ライカSL3の動画はいかがでしたか?
今回はスチールに注力したのでさほど撮っていないものの、ライカで8K、というのはおもしろいですよね。結婚式に遭遇した場所で雪の動画を8Kで撮りましたが、ライカの画づくりでの8K動画は雰囲気がありました。
8KのRAWで記録した動画は超高解像で、まるで手で掴めそうな光景が目の前に出てきます。しかしライカの8Kは、ライカの写真が動き出しているような雰囲気で、その空間だけ古い時代を撮っているかのようであり最新の映像のようなイメージになるというか。動画だけの撮影にもぜひチャレンジしたいですね。
——ライカSL2からUIが大幅に変わっています。
背面の左上に電源がボタン式で付いているのが衝撃的でした。しかし、よくよく考えると両手を使えるんです。左手で電源ボタンを押して、右手でタッチパネルやボタン類の操作をするという、背面液晶モニターを使うことを考慮し、ワンアクション減らすためにこの位置にしているのかなと。これまで手にしてきたライカと使い心地が違いますね。一連の流れが良く考えられていると思います。
——ボタン式のためオンオフの判別がつきづらいなど、電源で戸惑いはありましたか?
一度オンにしたら放っておき、撮るときはシャッターボタン半押しでスリープから復帰させるというやり方で使っていましたから、オンオフがわからないということはありませんでした。ちなみに、このような使い方の場合、バッテリーは丸1日持たず、ギリギリで1回交換するくらい、という感じでしたね。
——背面液晶モニターはライカQ3に続きチルト式が採用されています。
ライカは伝統としてファインダーを覗くためのカメラですよね。ライカQ3に続くチルト式で、モダンカメラの方向へ軸足を乗せたカメラなのかなと思います。撮影でもとても重宝しました。
水のリフレクションを使った遺跡の写真がありますが、これは水面ギリギリからチルトさせて撮っていて、チルトなくして撮れない1枚です。今回はJPEGにこだわっていたのでバチッと構図を決める必要がありましたから、ローアングルで撮影しても構図確認できるのはありがたかったですね。ライカSL3はチルト式であることが自然。トラディションの部分はM型ライカなり、他のカメラが背負うべきことかなと。
——IP54相当の防塵防滴性能を有しますが、ウズベキスタンでの撮影で役立ちましたか?
フラッシュ撮影などをしていないので写真からは伝わりづらいですが、実は豪雪状態だったんです。カメラもレンズも相当に濡れましたが、一度も挙動がおかしくなるというようなことはなく安心感を持って撮影に臨めました。全天候型であらゆる場面に使える対応力の高さを感じましたね。
——撮影には2本のズームレンズ、「スーパー・バリオ・エルマリートSL f2.8/14-24mm ASPH.」と「バリオ・エルマリートSL f2.8-4/24-90mm ASPH..」をお使いです。その理由は?
最初から「バリオ・エルマリートSL f2.8-4/24-90mm ASPH.」をメインにしようと決めていました。単焦点でじっくりと狙いを定め、大切にシャッターを切っていくというM型の使い方ではなく、ズームレンズでグリグリと押していくという現代的な撮り方を、ライカでしてみたいと思ったんです。
無敵ですね、24-90mmは。機動力を重視して小型軽量化が進んでいる各社のF2.8標準ズームレンズの中にあって、重量感のある本格ズームレンズ。出てくる画も完璧で、周辺もしっかりと解像します。6,030万画素にも耐えることができるズームレンズで、繊細だしカラーものってくる。でも滲みはなくてライカらしくスッキリとしています。
——大きさ、重さなどはいかがでしたか?
肩に1日カメラをかけて撮影をして、体が痛くなるか、悲鳴をあげるか、というのが僕の基準なんですが、ライカSL3に24-90mmを付けた状態で1日過ごして、たしかに重いものの、さほどそれを感じさせませんでした。これはカメラとレンズのバランスが良くホールディングしやすいこと、そして首の形に添うようシェイプされている純正ストラップのおかげだと思います。ストラップの形状は効いている気がしますね。
——ミラーレスカメラなどに慣れた方のファーストライカにも向きそうです。
イージーに扱えるライカQシリーズがファーストライカに選ばれがちですが、僕個人としては28mmの画角に苦手意識があり、50mmレンズをメインにしようと思いM型に移行したんです。初めてのライカとしては、トラディショナルなM型は難しいと感じる人も多いかなと思いますが(笑)。そんなトラディショナルとイージーなところを両方持ち合わせているのがライカSL3ですから、ファーストライカに選んでも戸惑わないと思います。そして本当にJPEGが優秀です。
——やはりJPEGの画づくりが強く印象に残っているのですね。
繰り返しになりますが、僕が初めてビビッドを使うことになったというのは、我ながら衝撃的なんです(笑)。“ライカは薄味”という印象をガラリと変えてくれました。最大限にライカが解釈した色合いを前面に押し出した使い方をすると、ここまでポップな使い方もできるのかと。上品なポップさ。エレガントポップみたいな名称がしっくりきますね。つくづく色の作り方はうまい。自然の色合いじゃなくライカの解釈が入っていて、色によって写真がグッと引き立つんです。もともとフィルムメーカーなどではなかったのに、不思議なカラーテーブルを持っているような気がしてなりませんね。
もちろん、ライカをここまで使ってきて感じている光と影の描写も素晴らしいのひと言。ボディとレンズの協調というのは確実にある。伊達に大きくないんですよ。
——最後に、別所さんは今後ライカSL3をどのように使っていきたいですか?
外国に旅人として持っていくカメラ、でしょうか。セバスチャン・サルガドが世界中で使ったように、ライカはメディアの人間が外国に派遣されるときに持参したという歴史があります。実際に海外でライカを使うと、出てくる画には雰囲気があり、こういう風景を多くの人がライカで撮ってきたんだろうな、と思わせてくれるんです。次はクロアチアにでも持っていきたいですね。サマルカンドと同じくらいドブロヴニクという都市名もカッコイイと思っていて、いつか行ってみたいんです(笑)。
制作協力:ライカカメラジャパン株式会社