特別企画
カールツァイス入門・第三章「写真レンズ以外のツァイスとは。“プラナー125周年”の現行レンズシリーズも紹介」
2021年9月30日 17:00
カールツァイス(Carl Zeiss)といえば、カメラ用レンズに限らず双眼鏡、顕微鏡、医療機器、三次元測定機、半導体製造装置、眼鏡レンズ、プラネタリウムなど、今さら語るべくもないほど有名なドイツのブランドである。2021年は、そんなカールツァイスの設立から175年、日本との関係が始まって110年、写真用レンズ「プラナー」誕生から125年と周年づくし。
第三章は、“プラナー125周年”の写真レンズと共に、現在のカールツァイスを構成する大小さまざまな光学製品に紹介する。カールツァイス、ひいては光学機器の幅広さを感じてもらえれば幸いだ。
ツァイスの現在。どんな事業がある?
カールツァイスの理念を象徴するエピソードとして、第二章でも紹介した「今すぐ役に立つかわからなくても、将来的に何かの役に立つ可能性があれば、進んで先駆者として取り組む」というものがある。実際に総売上額の10%が研究開発に投資されており、具体的な数字として、2019年度は総売上の13%となる8億1,200万ユーロ(約1,000億円)を研究開発に投じている。
そんな現在のツァイスグループ(カールツァイスAG)は、大きく以下の4部門から構成されている。それぞれ、資料をもとに2019年度の収益と従業員数も併記した。
・半導体関連機器(半導体製造光学系、フォトマスク修復装置など)……18.4億ユーロ(約2,400億円)、4,335人
・工業用測定機(測定機や評価・管理ソフト)と顕微鏡……16.4億ユーロ(約2,100億円)、7,173人
・医療機器(手術顕微鏡、眼科診断機器など)……16.5億ユーロ(約2,100億円)、5,461人
・コンシューマー向け製品(写真レンズ、眼鏡レンズ、双眼鏡など)……10.9億ユーロ(約1,400億円)、1万1,267人
ここからは、その中でも特に象徴的な部門や、身近な装置を扱う部門について紹介する。
創業理念に最も忠実な「半導体製造関連技術部門」(SMT)
1968年、カールツァイスは写真レンズの応用として、テレフンケンのリソグラフィ技術のために新しい光学系を開発。1977年に開発されたS-Planar 10/0.28により、ステッパー(半導体露光装置)でウエーハに露光するという現在の半導体製造技術が誕生したという。
半導体は、あらゆる電子機器に欠かせない存在。回路を小さくすることでより多くの機能を詰め込むことができ、消費電力も少なくなる。それには半導体により小さく回路を描く必要があり、ツァイスの光学系が活躍するというわけだ。
この場合のレンズは、遠くを大きく写す望遠レンズとは反対に、フォトマスクに写された回路を極限まで小さく、収差なく写すことが求められる。その縮小率は、地球をビー玉ぐらいに小さくするものだという。
この半導体製造関連技術部門は「最先端でありながら、ある意味カールツァイス創業時代の理念が最も強く息づく部門」と言われており、以下の3つが挙げられている。
・できないことをできるようにする
・見えないものを見えるようにする
・それを数式で証明する
現在の最先端のEUV(Extreme Ultraviolet Radiation=極端紫外線)スキャナーの光学系は、かつて業界各社が“絶対にできない”と諦めていた技術を、ツァイスだけが「アッベの方程式では成り立つから、実現可能だ」と信じて開発を続け、ついに実現したというストーリーがあるという。
この開発こそが、アッベの方程式を基礎に、ショット(ツァイス創業時の一人、オットー・ショットが始めたガラス製造会社)の開発した素材を用い、測定機器自体も満足する性能の物がなければ自社で開発するという、175年前のツァイス創業時からのDNAが伝承されている成果と言えよう。
体感できるカールツァイス:プラネタリウム
次は、誰でも直接体感できるカールツァイスの発明品について紹介したい。
ドームの内側に星空を投影する、いわゆる現在のプラネタリウムの原型を発明したのはカールツァイスだった。1913年に「天体運行の原理を映す装置ができないか」と依頼を受けたカールツァイスのヴァルター・バウエルスフェルトらが設計し、1925年にドイツ博物館で初めて一般公開された世界初のプラネタリウム(惑星=プラネットに由来)の「ツァイスI型」は、恒星と惑星のほかに、星座、星座名、天の川、太陽、月とその満ち欠け、日周運動、年周運動を表現した。
ツァイスI型が投影できたのはミュンヘンから見える星空に限られていたが、続いて1926年に登場した「ツァイスII型」で緯度の変化に対応。加えて歳差運動、変光星の光度変化、朝焼けや夕焼けも再現。ここで光学式プラネタリウムの基本的な機能が完成したと言われている。
この時期のドイツといえば、1918年に第一次世界大戦が終結したことで経済恐慌の真っ最中。第一章でも触れたが、ツァイス自身も自社レンズの供給先であるカメラ産業の衰退を危惧し、既存のカメラメーカー4社を合併させて「ツァイス・イコン」を作ったのが1926年。どのような状況下での開発だったのか、苦労が忍ばれる。
1937年には、このツァイスII型が極東初のプラネタリウムとして大阪市立電気科学館(現:大阪市立科学館。2022年2月1日まで休館中)に設置される。調整のために訪れたカールツァイスの技師パウル・ランゲは、プラネタリウムを設置するドームを閉めきって誰一人近づけず、連日9時から19〜20時頃まで作業を行っていたという。機構の精密さ・複雑さが伺えるエピソードだ。これは52年間に渡り“四ツ橋のプラネタリウム”と親しまれ、引退後は“世界に3機しかないツァイスII型の実機”として大阪市指定有形文化財に指定され、同館に展示されている。
また、1938年には東京・有楽町の東日天文館に国内2機目のツァイスII型が設置されたが、こちらは1945年の東京大空襲で建物とともに消失。兵庫県の明石市立天文科学館には、現在稼働しているものでは日本最古となったカールツァイス・イエナ製のプラネタリウム(1960年設置)がある。1995年の阪神大震災により施設自体は3年も休館していたが、その間も電気接点の劣化を防ぐために同館の担当者が無観客で動かし続けていたそうだ。
なおカールツァイスは、設立175周年を迎えた2021年の記念事業の一環として、先のドイツ博物館に500万ユーロ(約6億5,000万円)を寄付。これはドイツ博物館の設備などを近代化するのに用いられるという。
体感できるカールツァイス:眼科・眼鏡店の測定機器
さて、我々に最も身近な“レンズ”である眼や眼鏡レンズも、“測定”から始まるツァイスの得意分野だ。眼の状態を測定し、最適なレンズを作るための機器と、そのレンズの性能を最大限に発揮するためのフィッティングを助ける機器がある。カールツァイスのオフィスで実機を見せてもらった。
「i.Profiler®plus」は、その人の目に合ったレンズを作るための入口となる測定機器。一般的な検査では瞳孔の中心部分のみを測るが、このツァイスの機器では瞳孔の全体を測定し、眼の波面収差データを取得。昼でも夜でも見やすい眼鏡を作る助けとなる。収差や瞳孔(絞り)といった、カメラ的にも馴染みのある言葉が登場する。
「i.Terminal®2」は、上のような検査により導き出されたレンズの性能を最大限発揮すべく、眼とレンズの位置関係を正確に決める「セントレーション」を行うための機器。手持ちの眼鏡に測定用の器具を取り付けて、正面と側面から1枚ずつ写真を撮影。レンズの中心をどこに配置するかなど、レンズ設計用のパラメーターを取得する。これはツァイスのWebサイトから導入店を検索できる。
https://www.zeiss.co.jp/vision-care/search/optician-near-you.html
(最新の情報はご来店前に店舗にお問い合わせください)
更に今回は、限られた店舗にしか導入されていないという最新システム「VISUFIT®1000」も見せてもらった。
これの特徴は、先のi.Terminal 2が2枚の写真を撮影したのに対し、ワンショットで9つの角度から撮影できる点。それらの画像から「アバター」と呼ぶ3Dモデルを作成し、画面の中で眼鏡フレームのバーチャル試着も行える。なお、このバーチャル試着の機能は、まだ日本国内で1店舗にしか導入されていないそうだ。
取材に訪れたカールツァイスのオフィスで、ツァイス初のデジタルカメラである「ZEISS ZX1」に突如対面した。2018年にドイツで発表され、ドイツとアメリカでのみ発売されている製品だ。筆者自身、発表の場に立ち会ったが、実機を手にするのは今回が初めて。今回の話題とは離れるが、少し寄り道して感触をお伝えしたい。
ZX1は有効3,740万画素の35mmフルサイズセンサーとDistagon T* 35mm F2レンズを搭載。内蔵するLightroomアプリや通信機能を用いて、撮影・編集・共有をカメラ単体で完結できる点が特徴となっている。
外装は金属製で、付属するレンズフードも金属製。ダイヤルの感触にも高級感があった。背面モニターは精細で、EVFは接眼光学系がしっかりしており、さすがの高品位。こんなところで手を抜くツァイスではないと思わせてくれる。
操作性は、一言で表すと「独特」。主要な露出設定はダイヤルで決定し、それ以外の項目は画面右端のアイコンが並ぶ部分を上下にスワイプして選択する。また、画面の左端部分を上下にスワイプすると、設定画面〜撮影画面〜再生画面〜Androidホーム画面が切り替わる。どんな時でもシャッターボタンを半押しすると撮影画面に戻るところは、さすがカメラと感じた。とはいえ唯一無二のUIで、現在販売されているどのデジタルカメラとも異なる世界観がある。
現在も日本での販売予定はないそうだが、ここに掲載した写真の通り、日本語にも対応していたことは書き添えておきたい。
プラナーが125周年を迎えた写真レンズ
本連載「カールツァイス入門」の結びとして、現在の写真レンズシリーズについて紹介したい。高度に発展した現在の写真用レンズでは、そのレンズ構成について「これは○○型」と単純に呼べないケースも多い。
しかし現在のツァイスレンズは、製品名自体にそのレンズタイプ名が入っていなかったとしても、銘板の部分に「Planar」や「Distagon」といった、何らかの伝統の名前が記されている。カールツァイスの長い歴史との繋がりを感じられるポイントだ。なお、カールツァイスの写真レンズの始まりについては本連載の第一章をご覧いただきたい。
ミラーレスカメラ用
・Batis(バティス):ソニーEマウント用の“プロフェッショナル向け”AFレンズ
・Loxia(ロキシア):ソニーEマウント用のコンパクトなMFレンズ
・Touit(トゥイート):ソニーE/富士フイルムXマウント用のAPS-C対応AFレンズ
一眼レフカメラ用(すべてキヤノンEF/ニコンF用のMFレンズ)
・Otus(オータス):“中判カメラを連想させる画質”の最高峰シリーズ
・Milvus(ミルバス):Otusに通じるスタイリングと、最新デジタルカメラ用の光学設計
・Classic(クラシック):ローレット加工など、クラシカルなスタイリングが印象的
まとめ
以上3回にわたり、駆け足でカールツァイスの創業からの歴史や、現在のカールツァイスの概要について紹介してきた。都合により触れられなかったアイテムや話題も多いが、これらのエピソードを通じて「ZEISS」の文字に一層の親しみや持つ喜びを感じてもらえれば幸いだ。
参考文献:朝日新聞1937年2月12日号、日本経済新聞2012年8月9日号
制作協力:カールツァイス株式会社