ライカレンズの美学

SUMMICRON-M F2/35mm ASPH.

スナップやルポルタージュに最適な定番最新レンズ

現行のライカM型レンズの魅力を探る本連載。15回目となる今回は、SUMMICRON-M F2/35mm ASPH.を取り上げたい。

数多く用意された現行M型ライカ用レンズ(今数えたら全部で24本ある)の中で、最も「定番」な1本はどれか?という質問があったとして、その回答としてもっとも多いのはこのSUMMICRON-M F2/35mm ASPH.ではないだろうか。

筆者は大のライカ好きなので、M型ライカを使っているフォトグラファーなどが雑誌などに登場すると「レンズは何を使っているのか」すごく気になるのだが、スナップ系フォトグラファーの場合、たぶん45%くらいの確率(統計を取ったわけではないので、あくまでも筆者の印象を数値化しただけです)で、歴代のSUMMICRON 35mmのどれかが彼もしくは彼女のM型に装着されていたりする。

おそらくM型ライカを愛用する世界中のフォトグラファーにとって、歴代のSUMMICRON 35mmは、SUMMICRON 50mmと共に最も常用率の高いレンズじゃないかと思う。

定番、"ズミクロン35mm"の歴史

M型ライカ用SUMMICRON 35mmは1958年に初代が登場して以降、何度かのモデルチェンジを経て、1997年に現行のひとつ前のSUMMICRON-M F2/35mm ASPH.が4世代目として登場した。初代から3世代目までは対称性の高いオーソドックスなレンズタイプであったが、4世代目は前後に凹レンズを使ったまったく新しい光学系を採用。SUMMICRON 35mmとしては初の非球面レンズの採用や、コーティング技術の進化などにより、3世代目までと比べるとコントラストが非常に高く、「キリッ」とヌケのよい描写を見せてくれるようになった。この4世代目はまだフィルム全盛だった1997年に登場したレンズだが、相当に先を見越した設計になっているせいか、デジタルで使用しても性能的な問題はまったく感じず、筆者も愛用している。

最新ズミクロン35mmの前玉および後玉は凹面。

その第4世代SUMMICRON 35mmを2016年にリニューアルしたのが今回取り上げるSUMMICRON-M F2/35mm ASPH.である。外観はレンズフードが従来のフック取り付け式プラスチック製(ライカの製品コードは12526)から、ネジ込み式の金属製(12470)に変更されたことがもっとも大きな違い。従来のプラスチック製フードも非常に実用的で、個人的にはまったく悪いイメージは持っていなかったけれど、金属製の方が高級感があって、造形的にもシャープな印象なのは確かだ。

ネジ込み式とすることで、従来あったフックの出っ張りも無くなって、フードそのものが極めてシンプルでミニマルなデザインになったことも好ましく感じる。この新型フードは単に金属化されただけではなく、フードの有効長も従来型より深くなっている(実測で約5mmほど)ので、フレアやゴースト対策という本来のフードの役目としても効果向上が期待できそう。単にカッコ良くしただけでは済ませないところがライカらしい。

従来ズミクロン35mmとの外観比較。右が現行型。大きな違いはフード形状だが、絞りリングの幅なども異なる。

この他にもピントリングの幅が従来より太くなったことで、無限遠位置にしたときの絞りリングとピントリングの間隔がわずかに狭くなっていて見た目のバランスがよくなったことや、レンズ前面の銘板の文字表記が従来と異なり、カメラへ装着したときに正方向になる(従来は下半分の文字列は上下逆さまになっていた)よう変更されたことなどが従来SUMMICRON 35mmとの相違点だ。

絞り羽根が増え、ボケがより自然に

一方の光学系だが、新旧レンズ構成図を見比べてみても違いはまったくなく、5群7枚のレンズ構成から非球面レンズの配置など、構成図を見た限りでは完全に同一に見える。これについてライカの光学開発責任者であるピーター・カルベ氏に尋ねたところ、光学系は従来とほぼ同じだが、より性能を上げるためにレンズ間隔などをほんの少しだけリファインしたという。どうやら相当に微妙な小変更らしく、その違いはレンズ構成図からは読み取れない。

このあたりの変更については同時期にリニューアルしたSUMMICRON-M F2/28mm ASPH.や、ELMARIT-M F2.8/28mm ASPH.と同じで、デジタルM型ボディとのマッチング向上を目的としたファインチューニングだろう。

絞り開放でも合焦部の解像度は十分で、葉脈もハッキリと再現されている。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2 / 1/180秒 / WB:3600K
35mmの画角は両目で広範囲を見たときの視野に近く、第2の標準レンズ的に使える。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/125秒 / WB:白熱球
F2.8で撮影。ボケ味はあまりクセがない。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2.8 / 1/4,000秒 / WB:オート

ただし、明確に変わった部分もある。それは絞り羽根の枚数で、従来SUMMICRON 35mmの8枚から11枚に増えているのだ。これによって絞った時の点光源形状が丸に近くなると共に、ボケ味もより自然になっているほか、夜景などでは点光源部に発生する光芒の数が格段に多くなる(ご存じの通り、絞り羽根枚数が偶数枚のときは光芒数=羽根の枚数だが、奇数の時は羽根の枚数の倍の光芒が現れる)という違いもある。

絞り羽根の枚数は従来ズミクロンが8枚なのに対し、現行型は11枚に増えている。レンズ名表記も、カメラに装着したときにひっくり返らない向きに変更された。こうして見るとコーティングも変更されているようだ。

肝心の写りはとにかく「安定」のひと言。より大口径なSUMMILUX 35mmを絞り開放で使ったときのような繊細かつデリケートな写りとは異なる、SUMMICRONシリーズに共通の骨太でリアリスティックな描写である。

F8まで絞って撮影。画面中央部と周辺部での画質差はかなり小さい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/500秒 / WB:オート
こうしたリアリティの感じられる描写こそズミクロンの真骨頂だと思う。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/500秒 / WB:オート
比較的近距離でも解像が落ちる印象はなく、画質の均質性も非常に高い。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート

従来SUMMICRON 35mmとの違いという点では、撮り比べてみても解像性能などで明確な差違は正直見いだせないが、前述したとおり4世代目SUMMICRON 35mmはもともとコントラストが高くてヌケがよく、とてもシャープな描写だったので、描写が向上したとしてもかなりハイレベルな域での話になるはず。チャートなどを撮り比べてみないと違いは分からないのではないだろうか。逆に言うと、基本的に1997年に発売されたレンズをほんの少しチューニングしただけで、今でも十分以上に「最新機材」として通用してしまうところにライカレンズの凄さがあると思う。

基本設計の古さをまったく感じさせないシャープでヌケのいい描写を得られる。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/1,000秒 / WB:オート
ズミクロン35mmというと、通称8枚玉と呼ばれる第1世代の人気が高いが、ポートレートならともかく、こうした硬質な被写体にはコントラストがしっかりと確保できる現行世代がマッチすると思う。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/125秒 / WB:オート
操作性は従来のズミクロンと大きくは変わらず、絞りの操作や滑らかなフォーカシングまで、とても使いやすい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/750秒 / WB:オート

もし、これを読んでくれているあなたがこれからM型ライカを使い始めるとして、最初のレンズをどれにしようか迷っているのなら、筆者的には今回紹介した最新SUMMICRON 35mmを手に入れることをお薦めしたい。35mmレンズとレンジファインダーカメラの相性がとても良いことは以前にも記したが、小型軽量で写りも最高な最新SUMMICRON 35mmは、M型ライカならではの機動性の高さや取り回しの良さを実感でき、スナップやルポルタージュに最適なレンズだからだ。

この日は約2万歩で、距離にして16kmほど歩き回ったけど、軽量な機材だとどこまでも歩ける気になる。ズミクロンは本当に機動力に優れると感じた。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/750秒 / WB:オート
絞り開放で撮影。モロに逆光でもフレアはほとんど発生しない。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F2 / 1/4,000秒 / WB:オート
ライカらしい立体感はこのレンズでも健在。決して平面的ではなく、ぐっと立ち上がってくる描写だ。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/125秒 / WB:オート
35mmの画角はスナップには本当に使いやすい。最初に手に入れるMレンズを何にしようか迷っている人にはこの現行ズミクロンがお勧め。きっと一生モノになるはず。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。