切り貼りデジカメ実験室

100円ショップで買える「かまぼこレンズ」撮影システム

具象から抽象へ~シリンダーレンズが作り出す摩訶不思議な世界

前回は100円ショップの老眼鏡で超望遠レンズ「テレ・ローガン400mm」を自作したのだが、同じ100円ショップで「かまぼこ形ルーペ」が売られているのを発見した。

かまぼこ形ルーペは、断面が半円形で棒状のルーペである。本や新聞の上に直接置くと、文字を拡大して読むことができる。

球面状のレンズとは形状が異なっており、写真用レンズとしては使用されることはない。だからこそ、これで写真を撮ってみたらどうだろう? というアイデアが浮かんだのである。なにしろ100円なのだから「実験」に使うにはちょうど良い。

さっそく買って、まずはかまぼこ型ルーペを目に当てて覗いてみると、風景が極端に伸びてストライプ状になったような、なかなか斬新な光景が見える。これをレンズに取り付ければ、面白い写真が撮れそうだ。

しかし棒状のルーペは幅が狭く、口径の小さなレンズを選ばなければ上手く撮れないだろうし、装着方法も考えなければならない。

「口径の小さなレンズ」ということで考えると、オリンパスの「ボディーキャップレンズBCL-1580」(15mm F8)の口径が約5mmと圧倒的に小さく、これを使用することにした。カメラボディは同じくオリンパスの小型軽量機種として「OLYMPUS OM-D E-M10 Mark II」をセレクトし、撮影システムを組んでみることにした。

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カメラとレンズの工夫

100円ショップで購入した「かまぼこ形ルーペ」。断面が半円形で棒状のルーペで、普通のレンズとは異なる形状をして言える。これは「スライドルーペ」の商品名で売られていたが、他に「バールーペ」という呼び名があり、文具店などでは数千円程度で売られている。

かまぼこ形ルーペはご覧のように、本や新聞のページに直接置いて、文字を拡大して読むために使う。しかし100円ショップで買ったこれは、金型の傷やヒケによる歪みが生じており、見え具合はイマイチだ。それだけに、写真撮影用には面白い効果が期待できるかもしれない。

棒状のかまぼこ型ルーペは幅が狭く、口径の小さなレンズに装着しないときちんとした効果が得られない。そこでレンズは小口径のボディーキャップレンズBCL-1580を選び、小型軽量のE-M10 Mark IIと組み合わせることにした。試しにレンズの前に、かまぼこ型ルーペを当ててみたが、幅はちょうど良いのにずいぶん長すぎる。

そこで、かまぼこ型ルーペを短くカットする。まずは加工の途中で傷が付かないように、ルーペ全体にマスキングテープ(画材店で購入)を貼って保護を施した。また、ルーペを40mmの長さでカットするための線を鉛筆で書いた。

ルーペのカットは「ピラニアソー」を使用したが、ノコギリとしては刃が細かくて切れ味が良く、この手の工作には非常に重宝している。

このように、かまぼこ型ルーペをカットできた。この短い方を「かまぼこレンズ」としてマスターレンズに装着する。

かまぼこレンズにはご覧の位置に、細く切ったマジックテープ(これも100円ショップで購入)を貼り付ける。また、両端の半円形部分にはフレアカッターとして、黒ラシャ紙を両面テープで貼り付けた。

かまぼこレンズをひっくり返したこの位置にも、マジックテープを貼り付ける。

次にボディーキャップレンズの加工だが、上記と同じ幅でマジックテープの片面をカットし、レンズ周囲の垂直水平方向に、四角くレイアウトして貼り付ける。

ボディーキャップレンズの前面にはこのように、かまぼこレンズを装着する。マジックテープなので簡単に着脱可能で、また後述するようにかまぼこ型ルーペを4種類の位置に固定できる。

カメラにレンズを装着すると、このような姿になる。実験用の撮影システムとしては、かなりコンパクトに収まった。

テスト撮影

先に書いたように、かまぼこ型ルーペは本来撮影用には使われず、また撮影に使用した例も見たことがないから、自分でもどんなふうに撮れるかは見当も付かない。そして今回の撮影システムは、レンズ前にかまぼこ型ルーペを4種類の方向に固定して、4種類の異なる効果を持つ撮影が可能なのである。

以下、カメラを三脚に固定して、同じ風景をそれぞれの効果によって比較撮影を行った結果を見ていただこう。絞りはF8固定。ピントも無限遠に固定している。

まずはかまぼこ型ルーペを装着しない、ノーマル状態での撮影。あらためて確認すると、中心部はシャープだが周辺部は解像力が劣っている。しかし実勢価格が税込4,500円程度であることを考えると、十分に良く写るし面白いレンズだと言える。

次にかまぼこ型ルーペを装着して撮影。ルーペの位置は、凸面を表側にして、横向きに装着した。

先ほどと同じ風景を写したとは思えないくらいに変容し、全く見たこともない「写真」になって驚いた。あらゆるものが縦に引き延ばされ、何が写っているのかわからないほどに抽象化されている。また画面中心部の直線はまっすぐだが、端に行くに従って弓なりに曲がっているもの特徴的だ。

かまぼこ型ルーペの表裏をひっくり返し、凸面を内側にして、横向きに装着して撮影。

同じように風景が縦に引き延ばされてはいるが、その効果は先ほどよりも弱く、何が写っているのかも何となく判別することができる。しかし「写真」としてはかなり特殊であることに変わりはなく、独特の雰囲気がある。

かまぼこ型ルーペの凸面を表側にし、縦向きに装着して撮影。

今度は風景が左右方向に極端に引き延ばされ、やはり何を撮ったのか判別できないほど抽象化されている。

最後に、かまぼこ型ルーペの凸面を内側にして、縦向きに装着して撮影した。

風景全体が横方向に引き延ばされたが、その効果は弱まり、抽象化の程度も弱まっている。このように、かまぼこ型ルーペの取り付け方によって、4種類の撮影が可能なシステムになった。

レンズの前にかまぼこ型ルーペを付けると、なぜ被写体が一方向に伸びたような写真が撮れるのか? を考えてみると、まず写真用レンズの前に曲率の大きな凸レンズを装着すると、光が収束せずに拡散して、ピントが合わずに全体がぼやけて写る。

しかし、かまぼこ型ルーペの形状は一方向だけが曲面になっており、だからその一方向だけに光が拡散し、被写体がその方向に伸びたような効果がもたらされるのだ。かまぼこレンズをひっくり返すとその効果が異なるのは、表裏でその一方向のボケ量が異なるからだと考えられる。

実写作品とカメラの使用感

さて完成した「かまぼこレンズ」撮影システムだが、とにかく被写体にカメラを向けてファインダーを覗くと、肉眼とは全く別の、思いもよらぬ光景が見えて、戸惑ってしまう。また、少しカメラを動かすだけで映像が予想外に変化し、ともかくできるだけ綺麗で面白い「絵」が撮れるようシャッターを切った。

カメラの設定は、レンズ自体が絞り固定なので絞り優先モードにして、MFレンズでもあるので無限遠に固定。適宜、露出補正しながら撮影した。

E-M10 Mark IIはボディは小型ながらダイヤルなどの操作部は大きく、露出補正もやりやすい。また内蔵EVFを覗きながら撮影したが、こちらも視野が大きく高精細で、像の変化をリアルに捉えることができる。思えばフィルムカメラのOMシリーズも、ボディは小さいが操作部とファインダー像は大きく作られており、そのコンセプトを見事に蘇らせたといえるだろう。

さて、撮影はまず自宅付近の藤沢市内の住宅地で行ない、次いで夜の新宿歌舞伎町で人混みやネオンを撮影した。今回の作品は写真でありながら抽象表現であるのが特徴で、何をどう撮ったかを1点ずつ具体的に説明するのはあまり意味が無い。それよりも、観る人の想像力に任せた方が良いだろうと思い、キャプション無しで並べることにした。

抽象画が生まれた過程を再演

カメラやレンズの技術が進歩して、写真から収差やノイズが除去され、より鮮やかに、より高精細化するに従って、時代に逆行するかのようにクラシックレンズの収差を「味」として再評価し、デジカメに取り付けて撮影する人も増えてきた。しかし今回の「かまぼこレンズ」は、収差という範囲を遥かに超えて、被写体そのものをほぼ完全に抽象化する効果をもたらす。

実は、一般に「抽象芸術」と言われるものは、19世紀半ばに発明された「写真」の影響によって、産み出されている。実用的な写真術がフランスとイギリスで発明されが、それが発展しながら欧米各地へと浸透してゆくに従って、伝統的な写実絵画が写真に取って代わられるようになった。

その中で画家たちは仕事を奪われアイデンティティも確立できなくなってきた。そこで当時の「前衛的な」画家たちによって、写実とは異なる新たな絵画のあり方が模索されはじめ、近代芸術の歴史が始まったのである。

抽象絵画もその一環で、1910年代にモンドリアン、クプカ、ドローネーなどの画家たちによって、それぞれ独自に始められたとされている。

世の中に抽象絵画がまだ存在しなかった時代に、画家たちはどうやってそれを産み出したのか? その過程を確認すると、どの画家も当然ながら最初は具象画を描いている。しかし試行錯誤を重ねながら、それぞれ独自の方法論によって、具象を抽象に変換している過程が見えてくる。

だから今回のかまぼこレンズは、抽象絵画が産み出された過程をデジタルカメラによって光学的に再演したものと見ることができ、「実験」としてはなかなか興味深いものになったと自分では思っている。

糸崎公朗

1965年生まれ。東京造形大学卒業。美術家・写真家。主な受賞にキリンアートアワード1999優秀賞、2000年度コニカ フォト・プレミオ大賞、第19回東川賞新人作家賞など。主な著作に「フォトモの街角」「東京昆虫デジワイド」(共にアートン)など。毎週土曜日、新宿三丁目の竹林閣にて「糸崎公朗主宰:非人称芸術博士課程」の講師を務める。メインブログはhttp://kimioitosaki.hatenablog.com/Twitterは@itozaki