インタビュー

ZEISS Planar T* FE 50mm F1.4 ZA

レンズ構成を刷新した新世代「プラナー」に迫る!

ソニーが7月29日に発売した「Planar T* FE 50mm F1.4 ZA」は、Eマウントレンズで初めての“50mm F1.4”だ。昨今の大口径標準レンズの例に漏れず、大きく高価であるがそれだけに期待は高まる。レンズ構成も凝っており、「Planar」とあるが見慣れた前後対称のダブルガウス型に見えないので疑問を抱いた方も多かったと思う。

ソニーがこの王道レンズにどのようなテクノロジーを投入してきたのか、ソニーの開発者に話を聞いた。ソニーとカールツァイスが提案する最新のプラナーとはどんなものなのだろうか?

(聞き手:杉本利彦、本文中敬称略)

左から

ソニー株式会社 デジタルイメージング事業本部 コア技術部門 鏡筒設計部 2課 統括課長の獺庭和正氏

同社デジタルイメージング本部 コア技術第1部門 光学設計部 2課 統括課長の金井真実氏

同社デジタルイメージング事業本部 コア技術部門 鏡筒設計部 2課の兼田敬広氏

同社デジタルイメージング本部 コア技術第1部門 光学設計部 2課の細井正晴氏

同社デジタルイメージング事業本部 商品企画部門 商品企画2部 2課 プロダクトプランナーの須崎光博氏

なぜ「Gマスター」ではなく「ZEISS」ブランドなのか?

――まずは今回の製品の企画意図、どんなレンズを作りたかったかというところあたりからお聞かせください。

須崎:もともとα7シリーズのお客様から、大口径高性能でハイパフォーマンスなレンズに対するご要望というものがかなり強く来ていまして、先行してリリース致しましたDistagon T* FE 35mm F1.4 ZA、FE 85mm F1.4 GMに続いて、定番ともいわれる画角の50mm F1.4モデルを商品化してお客様に提供しようと思ったのが企画意図になります。

どんなレンズを作りたかったかと申しますと、定番画角の50mm標準レンズとして、どんな場面でも使って頂けるレンズを目指すため、最新の光学テクノロジーやメカテクノロジーを凝縮して、突き抜けたコントラスト、ヌケの良いシャープな解像感、描写力というものをコンセプトとして開発致しました。

――なぜGマスターシリーズではなく、ZEISSブランドなのでしょうか?

須崎:ZEISSブランドのレンズは、ソニーとZEISSの共同開発である場合に、ZEISSブランドを使用しています。これに対して、ソニー独自の技術とソニー独自の設計基準によるレンズはGブランドまたはGマスターブランドでリリースしています。つまり、今回のレンズはCarl Zeissとの共同開発なので、ZEISSブランドを採用しています。

Gマスターシリーズの1つ「FE 85mm F1.4 GM」

――設計の方向性などの違いはありますか?

須崎:もともとGマスターブランドでは、最高度のボケと解像度の両立というところを目的としています。そのため、そのレンズの開発コンセプトがボケと解像度の究極の両立、最高度の両立というところにある場合はGマスターのブランドを使い、それにふさわしい光学性能とメカの品位というものを追求し、製品化しています。

これに対し、ソニーのレンズ開発技術と伝統あるCarl Zeiss社の設計思想を融合させて、Carl Zeiss社の厳格な規格に基づき製造されたレンズに対してZEISSブランドを使っています。

――今回のレンズをZEISSブランドの方向にした理由は?

須崎:50mmというのは標準画角なので、どんなときにも使いたい。最初の交換レンズとして使って頂きたい焦点距離でもありますから、場合によってはポートレートも撮るし、場合によってはスナップも撮る。スナップの時は解像度が必要です。

我々の開発コンセプトとCarl Zeiss社の設計思想が良い形でマッチングするレンズとなった為、ZEISSブランドで開発する事に致しました。

――ZEISSブランドはCarl Zeissとの共同開発ということですが、設計自体はソニーで行われているのですか?

須崎:共同開発を行っておりますが、お互いがどのように関与しているかなどの詳細はお答えしていません。

α7R IIに装着したところ(以下同)

3本の標準域レンズをどう選ぶ?

――Eマウントには、既にFE 50mm F1.8とSonnar T* FE 55mm F1.8ZAがありますが、今回のPlanar T* FE 50mm F1.4ZAは、標準域でF1.4は初めてです。それぞれの選択のポイントを教えて頂けますか?

FE 50mm F1.8
Sonnar T* FE 55mm F1.8ZA

須崎:FE 50mm F1.8は、標準ズームとセットでレンズ交換式デジタルカメラを始められたお客様が、次に購入して頂く交換レンズと位置づけていまして、まず価格はできるだけリーズナブルであること、F1.8の大きなボケ味を味わって頂く、単焦点レンズの表現力を実感して頂くといったところが主なコンセプトになります。

Sonnar T* FE 55mm F1.8ZAは、小型軽量でありながら高解像であるところが一番の魅力になっていまして、表現力にこだわりつつも、小さなボディによる機動力を活かして常に持ち歩ける。高い解像度、高い表現力で街並みを写せ、いつでも持ち歩ける高性能なレンズといったところがコンセプトになります。

今回のPlanar T* FE 50mm F1.4ZAは、F1.4ならではの大きなボケと、絞り開放から使える高い解像力を活かして、より作品性のある写真を撮影して頂ける。プロ写真家やハイアマチュアのお客様のハイレベルな要求にお答えできる描写性をご提供したいといったところがコンセプトになります。

――今回のレンズはEマウントのF1.4大口径レンズとしては3本目になりますが、昨年のDistagon T* FE 35mm F1.4 ZA以前はF1.4モデルがありませんでした。単焦点レンズにおいて、なぜF1.8モデルが先行し、F1.4モデルが後発となったのでしょうか?

須崎:α7シリーズは、当初は小型でかつ高性能というところに重点を置いていましたので、Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSSですとかSonnar T* FE 55mm F1.8ZAといった、比較的小型で高性能なレンズを優先してラインナップを揃えて来ました。

ところがα7R IIをはじめとして、ボディ側の性能が上がるにつれ、F2.8クラスの大口径ズームレンズやF1.4クラスの大口径単焦点レンズに対するご要望が大きくなり、そうした声にお答えする形でF1.4の大口径単焦点レンズやF2.8の大口径ズームレンズのラインナップを充実させて来ています。

――正直今回のレンズは、50mmの標準レンズとしてみればだいぶ大きくて重いですが、マーケティング的にはこれでも大丈夫ということなのでしょうか?

須崎:同じ焦点域で先行しているモデルSonnar T* FE 55mm F1.8ZAに対しては、既に十分に高い評価を頂いていますが、これよりも大口径のレンズを考えたとき、やはり性能的に妥協することはできません。

プロ写真家、ハイアマチュアのお客様向けに、最高性能のレンズをご提供するというコンセプトからも、何よりも描写性能を優先したいというところがあります。

そうは言っても限度がありますので、光学設計担当者を含めて色々と検討した結果、実際にボディに取り付けて撮影した場合のバランスを考慮しサイズの最適化は行っておりますが、高い光学性能を優先した結果このサイズになっています。

――50mm F1.4としてはかなり高価(実勢価格:税込18万6,300円前後)ですが、この価格になった理由は?

須崎:実際に撮影して頂きますと絞り開放から画面周辺部まで、従来にない光学性能を達成していることがおわかり頂けると思います。こうした性能を達成するために、ソニーが持つ最新の光学設計技術を搭載しました。その結果、今回の価格設定とさせていただきました。

一見プラナーに見えないレンズ構成の謎

――まず、プラナーと言う名称からダブルガウス型を想像しますが、実際のレンズ構成はかなり複雑に見えます。レンズ構成の特徴といいますか、構成の見方を教えてください。

Planar T* FE 50mm F1.4 ZAのレンズ構成図
(参考)同社のFE 50mm F1.8はオーソドックスなダブルガウス型を採用している

細井:まず、最初の6枚は典型的なダブルガウスの構成を採用しています。後半の6枚のレンズでは、前半のダブルガウス型で補正し切れなかった収差を補正しています。

――ダブルガウス型は対称形を崩すと補正が難しくなると言われていますが、あえて後半にフォーカス及び補正光学系を追加した構成にする理由は?

細井:ダブルガウス型は明るいレンズが得られるのがメリットですが、絞り開放で多少収差が残る欠点がありますので、コンセプトにある絞り開放からのシャープな描写を実現するためにこのような構成をとっています。

――最近のソニーのレンズ設計の特徴として、レンズの後半部分に補正レンズ系を置く構成が多いと思いますが、これはミラーレス機に特化した設計手法なのでしょうか?

細井:ミラーレス機の特徴とは一概には言えないのですが、主な理由はα7R IIなど年々カメラの高画素化が進んでいて、それに合わせてレンズのほうもより収差を抑える方向で設計する必要があります。

そうした場合、従来のダブルガウス型などクラシカルなレンズ構成だけでは十分に収差を正しきれないので、それに対応するために後方部分に補正光学系を配置しています。

――他社を含めて最新のレンズ設計では、一眼レフ用では標準レンズでもレトロフォーカスタイプでガウス型のマスターレンズの前にコンバーターを配置した構成が出てきていますし、ミラーレス機では逆にFE 85mm F1.4 GMのようにゾナー型のマスターレンズの後に補正光学系をおく構成が多くなってきていますが、このような構成をとるのはどうしてですか?

細井:やはりカメラの高画素化への対応として、従来型構成のマスターレンズに補正光学系を加えることによって、高画素機で目立ちやすい収差を抑えるのが主な目的だと思います。

――ちなみにこのレンズの前半のダブルガウス型の部分だけでも結像レンズになりますか?

細井:はい、前半部分だけでも結像レンズにはなります。

――光学系が長くなることで明るさを維持するのが難しくならないのでしょうか?

細井:明るさには影響はありません。どちらかと言えば、光学全長を長くしたほうが収差補正の点で有利になります。しかし、全体が長くなり過ぎるといけませんので、その辺りは性能とのバランスをとるようにしています。

――全長が長くなると口径食が大きくなるということはないですか?

細井:それはないですね。

――フォーカス方式は?

細井:インターナルフォーカシング方式をとっています。

――フォーカスレンズは7、8枚目ですか?

細井:ご想像の通りです。

――EDレンズの働きを教えてください。

細井:特に軸上色収差を抑えるために入れています。

――最近の高画素機では絞り開放時に軸上色収差があると大変目立ちますがそれを低減するという意味でしょうか?

細井:典型的な50mm F1.4のレンズですと、どうしても軸上色収差があって、絞り開放で撮影すると色にじみのようなものが発生してしまうのですが、今回のレンズではEDレンズを使用して軸上色収差を徹底的に抑え、絞り開放でもほぼ見えないレベルまで押さえ込んでいます。

――軸上色収差の大きなレンズでは、ピントを動かしただけでピント面の色が変わってしまうものがありますが、そんなことにはならない?

細井:そうですね。

――非球面レンズが2枚目と最後の12枚目に使われています。それぞれの働きを教えてください。

細井:2枚の非球面レンズは、お互いを補いながら収差を補正しているのですが、主に解像に影響の大きい球面収差やコマ収差を重点的に補正しています。

後群の補正レンズ系とAAレンズが高画質化に寄与

――試写しましたところ、絞り開放から非常にシャープな描写が得られています。従来のガウス型ですと絞り開放時は多少甘くなるのが普通と思いますが、設計上のどのような工夫でこのような優れた描写を実現しているのでしょうか?

細井:先ほどもありましたが従来のダブルガウス型では補正し切れなかった収差を、後群に補正レンズ系を配置することで徹底的に補正しています。また、構成の前から2枚目にAAレンズ(Advanced Aspherical=高度非球面レンズ)を配置して、F1.4の絞り開放から画面の最周辺部まで、高いMTFが得られるように工夫しています。

――AAレンズとはどんなレンズですか?

細井:端的には高度な成形技術を用いた薄型非球面レンズということになるのですが、ガラスモールド非球面レンズの場合、薄型の非球面レンズを作るのが非常に難しいのですが、弊社独自の技術によって、非常に高い面精度で作られた非球面レンズということになります。

金井:付け加えますと、ガラスモールド非球面レンズでは偏肉率(レンズの薄い部分と厚い部分の肉厚の変化率)が大きなレンズでは急激に面精度が低下する傾向があり、それを補う高度な製造技術によって高精度に面形状が維持できるように作っているというのがAAレンズの特徴です。

Planar T* FE 50mm F1.4 ZAに使用されているAAレンズ

――MTF曲線を見ますと絞り開放でも10本/mmのラインがR:ラジアル(サジタル)、T:タンジェンシャル(メリジオナル)とも周辺部まで90%以下になりません。40本/mmのラインが平均で60%をだいたい上回っていて、シャープな描写が確認できますね。

細井:はい。そうですね。

Planar T* FE 50mm F1.4 ZAのMTFグラフ

――MTFの特徴を見ますと、Sonnar T* FE 55mm F1.8ZAのMTFよりも周辺画質が向上していて、より画面全体の描写の均一性が重視されているように見えますが、これは意識して設計されているのでしょうか?

Sonnar T* FE 55mm F1.8ZAのMTFグラフ

細井:F1.4でより高い性能を実現したいということで、像面の平坦性がより良くなるようにしています。

金井:Sonnar T* FE 55mm F1.8 ZAと比べても、開放F1.4から設計的には遜色ない性能となっています。

――MTF曲線のRT(ラジアル、タンジェンシャル)が比較的よく揃っていますが、意識してそうしているところはありますか?

細井:そうですね、ラジアルとタンジェンシャルが離れていますと、被写体の向きによって描写性能が変わり違和感のある写りになりますので、より自然な描写をするためにそこをできるだけ揃えるように意識しています。

――夜景でのコマ収差も少なめに感じました。点光源は多少太めに見える程度で鳥の羽根のようにはならないですね。

細井:まさに、夜景を絞り開放のF1.4で使って頂けるように、コマ収差が気にならないレベルまで補正できるように配慮しました。非球面レンズを2枚使用することによって、効果的にコマ収差を抑えることができていると思います。

――大口径レンズで目立ちがちな軸上色収差も少なくなっているようですね。

細井:従来は標準域のレンズにEDレンズを使うことはあまりなかったのですが、EDレンズを使用することで、軸上色収差を効果的に抑えることができました。

――非常にシャープな描写ですが、ボケのエッジもはっきりとしているほうだと思います。このレンズのボケに対する考え方は?

細井:このレンズはコンセプトにもありますようにコントラストを第一に重視して設計していますが、ボケを全く重視していないという訳ではなく、いわゆる典型的な2線ボケにならないように収差の形状を工夫するなど配慮はしています。

――コントラストとボケでは、コントラストのほうにプライオリティがあるということですか?

細井:F1.4のレンズなので、当然ですがボケを活かした作画も多くなりますので、汚いボケにならないよう、できるだけ自然なボケが得られるような配慮はしています。

――絞り羽根が11枚もありますが、メリットは?

細井:ある程度絞っても円形に近い絞り形状が得られるところです。例えばF2.8であってもおおむね円形に近いボケが得られます。

絞りユニット

――ソニーが考える綺麗なボケとは?

金井:一般的なお答えになってしまうのですが、まずボケのエッジが立たず2線ボケにならないことですとか、ボケの分布がなだらかであること、ということになると思います。

――なだらかな分布というところをもう少し具体的にお聞かせ頂けますか?

金井:弊社には、Aマウントレンズに135mm F2.8[T4.5]STFというレンズがありますが、真ん中に明るさのピークがあって、周辺になるに従って薄くなります。あれが理想のボケの一つの具体例かと思います。

――そういう意味では、今回のレンズはちょっと違う方向にあるような気がします。

金井:先ほどから申し上げている通り、ボケをないがしろにしているのではありませんが、ボケが汚くならない、2線ボケにならない程度の収差におさえて、特性をコントラストと解像に振らせて頂いたということになります。

――解像度とボケのエッジをふわっとさせることを両立させるのは難しいのですか?

金井:完璧な両立は難しいですね。両立が難しいので両方の折り合いを付けるというのがレンズの味の部分なのです。企画によってそれをどちらに振るか、両立ができないならどちらを優先するかという選択になります。

――鏡筒が長めのためか口径食が見られますが、通常のレンズと比べてどうですか?

細井:それほど変わらないと思います。

――口径食を減らすにはどういった対策が考えられますか?

細井:レンズの口径を大きくすれば口径食を少なくすることができます。

――ポートレート撮影ぐらいの撮影距離(1.5m程度)の場合、口径食はどれくらいの絞り値で解消しますか?

細井:光源の像高(レンズ中央からの距離)や撮影距離によって異なりますので一概には言えませんが1~2段程度絞って頂ければほぼ気にならないレベルではないかと思います。

――最短撮影距離が0.45mになっていますが、もう少し寄れればさらにいいのにと思いました。難しいのでしょうか?

細井:本体サイズがさらに大きくてよろしいということであれば伸ばすことも可能ですが、全体のバランスを考えて今回は0.45mに設定しました。

――無限遠に比べ近接撮影でも画質変化はありませんか?

細井:全くゼロではありませんが、撮影距離に応じた収差の変動というのは非常に少ないです。インターナルフォーカシング方式を採用しているのは、収差変動を抑えるためでもあります。

フィルター径は72mm

光学系を最優先したサイズだがホールディング性も考慮

――50mm F1.4としてはかなり大型で重量もありますがこうなった理由は?

兼田:レンズ構成図を見て頂くとわかりますが、レンズがぎっしりとつまっていますので、例えばこれを半分にすることは難しいです。サイズ、重量と光学性能はトレードオフの関係にある為、今回のレンズは光学性能とのバランスを考えてこのサイズと重量になっています。優れた光学性能を含むトータル性能で考えて頂ければご満足頂けるレベルと考えています。

――光学設計自体が長めなので、どうしてもこうなってしまうというところがあるのでしょうか?

兼田:最高の光学性能を求めるという一本筋の通ったレンズですので、光学系を最優先していますが、機構部分も工夫を行い、このサイズに抑えています。

――絞り環を装備した理由は?

須崎:絞り環は直感的な操作が可能ですので、撮影者の意図を反映しやすいと考えています。また、最近動画での使用も増えてきていまして、動画撮影ではマニュアル絞りが重視されている面もあり、動画撮影中に絞り操作をすると、操作音や振動が問題になる恐れがありますのでクリックのON/OFF機能も設けました。

絞りリングを搭載している

――リングドライブSSM(超音波モーター)採用ということですが、特徴を教えてください?

獺庭:重いレンズを高速かつ高精度で動かせるというところが特徴になります。

――色々なモーター方式がある中で、今回リングドライブSSMを採用した理由は?

須崎:今回のレンズは最高の光学性能を実現するため、かなり大きくて重いフォーカス群を採用しています。そのため、大きく重いフォーカスレンズを高速かつ高精度に動かせるモーター方式としては、リングドライブSSM方式が最適と判断しました。

――防塵防滴対応とのことですが、どの程度の天候に耐えますか?

兼田:天候で表現するのは難しいですね。また、防塵防滴レベルは公表しておりません。

――レンズフードが花形になっていますが、50mmはメーカーによって筒型であったり花形であったりさまざまです。今回花型の形状になった理由は?

細井:レンズの設計にもよりますが、今回の場合、最も遮光効果の高い形状を検討した上で花形の形状を採用しています。

フードを装着したところ

――その他、鏡筒設計や機構部分での苦労点があれば教えてください。

兼田:今回はレンズ構成が12枚と多く、製造時のレンズの高精度な調整に苦労しました。

あとは、フォーカスリングの操作性向上のためのしっとりとした感触の調整、防塵防滴の実現も苦労しました。

――生産地はどこになりますか?

須崎:ソニーのタイ工場で生産しています。

――ちなみにソニーのレンズの生産拠点は現在何箇所くらいあるのですか?

須崎:生産拠点の詳細内容に関してはお答えできませんが、高度な非球面レンズの生産技術を持っている愛知県のソニー幸田サイトなどがあります。

「ぜひ絞り開放で使って欲しい」

――最後に各ご担当箇所で追加したい事柄、苦労点やエピソード、この製品に関するアピールポイントなどございましたらお願い致します。

獺庭:ZEISSブランドには歴史あるブランドであり、変なものは出せないという思いがあります。ですから、メカ設計としての追い込み方も一個一個丁寧に行っていまして、部品レベルはもちろん、組み立て段階のすき間1つをとってもかなり神経を使っており、伝統の「ZEISS」の名に恥じないモノ作りを行っています。

また、フォーカスリングの操作感や前方にフォーカスリングを置いて後方に絞り環を置くレイアウト、MFの切換えスイッチを設けた点なども、お客様が違和感なくご使用頂けるようにする工夫で、そういった細かなところにも配慮した設計をしています。

それから、外装は金属製なのですが、ソニー独自のアルマイト技術を使い、かなり傷つきにくくしていますので、長い間にわたって安心してお使い頂けると思います。

高い品質と使いやすさにこだわったレンズですので、ぜひ色々な撮影シーンでご活用頂き、多彩な使い方をお楽しみ頂ければと思います。

兼田:フォーカスリングはかなりこだわりを持って作っていまして、自然な感覚でピントが合わせられるように作り込んでいますので、そういったところをぜひお使い頂いて確かめて頂きたいですね。

あとは超音波モーターの部分ですが、静止画では高速で高精度なAFをお楽しみ頂けますし、動画でもスムースなAFで快適にお使い頂けますので、そのあたりも注目して頂きたいと思います。

金井:今回はZEISSブランドのレンズということですが、その名に恥じない高い光学性能と高い質感を併せ持つレンズに自信を持って仕上げることができました。

光学設計に関しましては、MTFグラフに表れている通り、絞り開放の周辺部まで高い光学性能を保つことができました。なかなかF1.4の絞り開放でこれだけの描写性を持ったレンズはないと思いますので、ぜひF1.4の絞り開放での撮影を楽しんで頂ければと思います。

細井:50mm F1.4において業界最高水準のMTF性能を達成すべく設計を始め、最後の最後まで設計を見直すことでこの高い性能を実現することができました。実際にできた製品を自分で撮影してみましても、公表されていますMTFグラフ通りの性能が達成できていると感じました。ぜひ絞り開放での優れた描写を積極的に体験してみて頂きたいなと思います。

須崎:企画段階から「突き抜けるコントラスト」(一同笑)、「ヌケの良いシャープな描写力」といったところをコンセプトに、これを何とか実現したいということで、光学設計、メカ設計、エレメントを含めて、色々な方と相談しながら開発を進めて来たのですが、実際の製品となったときに、当初のコンセプト通りZEISSブランドにふさわしい優れた光学性能と、モノとしての高い質感、持つ喜びといった部分も含めて、製品としての完成度はかなり高いレベルでまとめることができました。

ぜひ実際に手に取って頂き、カメラに装着し、撮影して、50mm標準レンズとしての高い完成度を実感して頂けたらと考えています。

 ◇           ◇

―インタビューを終えて―

今回のインタビューで高コントラスト・高解像がコンセプトだと聞いた時、CP+2013の時期に来日中だったCarl Zeissのウィンフリード・シェルレ氏に、大口径レンズの絞り開放時の描写の甘さや軸上色収差について聞いた時のことを思い出した。

その時は、逆にどんなレンズがいいのか聞き返され、絞り開放からシャープで軸上色収差のないレンズがいいと答えた。そうすると、まさにCP+2013で発表したばかりのDistagon 55mm F1.4(後のZEISS Otus 1.4/55)が、それを実現したレンズだと言われた。

思えばあの頃から、Carl Zeissの設計方針は古い時代のレンズ設計の限界を認め、新しい時代の設計へと大きく舵を切っていたのだろう。

そういう意味で、今回のPlanar T* FE 50mm F1.4 ZAは、Carl Zeissの目指すところである、新しい時代の基準、すなわち絞り開放から画面の隅々まで高コントラスト・高シャープネスであることを余裕でクリアできており、設計者自らCarl Zeissの名に恥じない光学性能を達成できたと胸を張るのも十分うなづける。

インタビューを通してもう1つ興味深かったことは、今回のレンズは高コントラストと高解像を目指し、Gマスターブランドは、ボケと解像の両立がコンセプトと、レンズによってうまくコンセプトを使い分けていることであった。

レンズの性格づけで、シャープネスを優先するか、ボケや立体感の表現を優先するかは常に、レンズ企画者を悩ませる問題だろう。あるユーザーは、とにかく絞り開放からシャープなレンズを作れと言うし、他のユーザーは、いやいやボケ味を最優先させろと言う。両方を満足させられないならどちらかを優先する必要が出てくるからだ。

しかしソニーの場合は、旧ミノルタ時代から培われた、美しいボケと立体感のある描写、解像感の両立をGマスターブランドで継承できているし、コントラスト・高シャープネスを優先したいレンズ企画ではZEISSブランドを選べば良い。つまり、同じ焦点距離・開放F値のレンズをブランドを変えることで2種類出せることになる。

今のところソニーのEマウントレンズでは、全く同じ焦点距離・開放F値で両ブランドからリリースされている例はないが、今後レンズの味の違いを楽しむ時代が来れば、双方がリリースされてもおかしくはない。

あるいは、ソニーのGマスターブランドと同じスペックのレンズを、Carl ZeissがBatisなどのブランドでリリースしてもおもしろいかもしれない。

杉本利彦

千葉大学工学部画像工学科卒業。初期は写真作家としてモノクロファインプリントに傾倒。現在は写真家としての活動のほか、カメラ雑誌・書籍等でカメラ関連の記事を執筆している。カメラグランプリ2013選考委員。