写真展レポート

「見る」職業である写真家が感じた、「見えない・見えづらい」人々の世界観

鶴巻育子写真展「ALT」レポート

©鶴巻育子

写真家の鶴巻育子さんによる視覚障害者との関わりをテーマにした写真展「ALT」が、キヤノンギャラリー S にて11月11日(月)まで開催中だ。

展示は3部構成。視覚障害者を被写体としたポートレートから始まり、視覚障害者の"見え方"を写真に変換した試みを経て、鶴巻さんと視覚障害者による街歩きスナップの展示に至る趣向となっている。

鶴巻さんは「見えない・見えづらい世界に生きている人々の感覚とはどのようなものか?」との疑問を出発点に、当事者への取材を重ねている。プロジェクトは現在約4年に及んでおり、写真展というかたちで発表するのは今回で2度目。各展示の解説や取材時のエピソードなどについて鶴巻さんにお話を伺う機会を得たのでお届けしたい。

鶴巻育子

1972年東京生まれ。写真家。1997年の1年間渡英し、語学を学ぶ。帰国後、周囲の勧めで写真を学び始めた。カメラ雑誌の執筆や写真講師など幅広く活動する一方、2019年に東京・目黒に写真ギャラリー「Jam Photo Gallery」を開設し、若い写真家への場の提供やアマチュアの育成にも力を注いでいる。国内外のストリートスナップで作品を発表しながら、視覚障害者の人々を取材し「みること」をテーマとした作品にも取り組んでいる。主な個展に「芝生のイルカ」(2022年/ふげん社)、「PERFECT DAY」(2020年/キヤノンギャラリー銀座・梅田)、および「3[サン]」(2015年/表参道スパイラルガーデン)など、主なグループ展は「icon CONTEMPORARY PHOTOGRAPHY」(2022/AXIS Gallery)、アルファロメオ企画展「La meccanica della emozioni」(2017/寺田倉庫)などがある。

「見えない・見えづらい世界」に引き込まれた理由

——"見えない・見えづらい世界"に鶴巻さんを惹きつけたものは何でしょうか?

私たち写真家は、眼でとらえたものを写真にしていますよね。見えることが大前提の職業ですが、その一方で、"見えない"世界に生きている人たちがいる。ある意味で真逆の存在といえる人たちの生き方に興味があります。

これまでにも、視覚障害者を被写体にした写真家はいました。有名なのは「Blind」のソフィ・カルですが、調べると視覚障害を持つ人に興味を持つ写真家は存在しています。

——今回は本プロジェクトとして2度目の写真展ですが、表現や展示内容については最初の写真展からどのように変わりましたか?

本プロジェクトの第1弾にあたるのが、2022年に発表した「芝生のイルカ」です。これは視覚障害者の人々が使っていた独特な言葉をイメージに落とし込む形で表現した作品群と して発表しました。

このとき得た言葉は、同行援護従業者の資格を取得して、サポート業務を行なう中で自然と彼らが口にした言葉を書き留めました。視覚障害を持つ人達が時々発する、晴眼者が使わない言葉の表現が面白いなと思い、それは時として詩的な表現だったりもして、私にとって惹かれるものがありました。

今回の写真展でポートレートの被写体としてご協力いただいている方々は、その時とはまた別の機会に知り合った視覚障害者のつてでご協力いただいています。

——写真展タイトル「ALT」の由来を教えてください。

"代替"とか"他の可能性"を意味する「ALTERNATE」の略ですね。予定調和ではなく、いろんな方向から見たり、考えたり、行動したりすること。晴眼者とは異なる手段を使って生きている人たちの視界や感覚、世界との関わり方。同じ結果を得るにしても、晴眼者と視覚障害者とでは別の手段を用いるわけですが、それをつぶさに観察することで、私にとっても新しい知見を得る機会になりました。

3つに分かれた展示エリア

——展示は大きく分けてポートレートの「隣にいる人」(Section 1)、視覚障害者の見え方を写真技法でイメージした「※写真はイメージです」(Section 2)、視覚障害者と鶴巻さんが同じ場所で一緒に街スナップ撮影をした「見ることとは何か」(Section 3)に分かれていますね。

まず、ポートレート(Section 1)を撮影した際に印象的だったエピソードはありますか?

©鶴巻育子
©鶴巻育子

私が変に気を遣うまでもなく、みなさん視覚障害があるとは思えないほど普通に外出されている。ポートレートの背景になる場所も、ご自身の好きな場所を選んでいただいています。

どうしても写真は撮る側が主導権を握るイメージがあるので、そこはフラットにしたかった。特に障害がある=弱者とみなすイメージがあると思うのですが、目が不自由というだけで、ほかは晴眼者と一緒なのだというのは伝えたいことのひとつです。

とはいえ、視覚障害者の方と交流する中では、時として晴眼者とのやりとりでは起こりえない瞬間がありました。

例えば、LINEで連絡を取っているときに予測変換が暴れて、意図とは異なるであろう文章がそのまま送られてきてしまい読み解くのに苦労したりだとか、私が撮影時にうっかり転んでしまったとき、気づかず楽しくお話を続けていたりしたこともありました。晴眼者同士のコミュニケーションではありえない、不思議な瞬間が生まれることがあるのですよね。それがおもしろくて。ちょっと間違えたりしても大したことじゃないとか、予定通りにことが運ばなくても別にいいじゃんって思うようになって。

「隣にいる人」(Section 1)は視覚障害者のポートレートで構成。撮影時にはそれぞれにちなんだ場所、持ち物などが採用されている

——視覚障害者の見え方を写真に変換する作品群(Section 2)を制作するうえで工夫したことはありますか?

©鶴巻育子
©鶴巻育子

3部構成のうち2番目の展示では、ご協力いただいた視覚障害者ご自身の見え方に関して、その言葉をイメージとして写真にしています。ただし、ここでは視覚障害者の見え方の再現は試みていません。なぜなら再現したところでその正確さを検証する手段がないし、そもそも見え方を言語化すること自体が難しいからです。

視覚障害にも色々あります。全盲だけでなく、視野が極端に狭かったり、全体がぼやけていたり、見えているが色がなかったり。

言葉から想起されるイメージを羅列したこの空間は、本プロジェクトの制作にあたって私が痛感した"コミュニケーションの難しさ"や"写真の限界"を表現したものです。撮影そのものよりも、イメージを作り込む工程のほうが多かったですね。このテーマに関していえば、写真という手段でできることは私が思っていた以上に少ないのだなと感じました。

考えてみれば、晴眼者同士であってもある特定の物事について話すときに、そのイメージが必ずしも一致しているとは限らないですよね。だから2番目の展示については"視覚障害があるとこういうふうに見えてしまって大変なんです"というよりは"コミュニケーションって『ここまで』なんだ"というふうに捉えてほしいです。

Section 2の「※写真はイメージです」では、フォトレタッチなどを使わない写真技法のみで、視覚障害者から取材した外界の見え方を再現。とはいえ本当に再現できるものではなく、若干ポップなイメージに仕上げている

——街歩きスナップの撮影(Section 3)はどのように進めたのでしょうか?

視覚以外の感覚で世界を見る。それをどう伝えようかと考えた時、もう自分では無理って。当事者の人々に写真撮ってもらうしかないかと考えました。コンデジを渡して、一緒に街を歩きながら、好きなように撮影していただく。聞かれない限りは私も何かお手伝いすることはありません。

視覚に頼れない以上は、話し声とか、音とか、匂いとか、何かしら感じた方向に向かってシャッターを押すわけですが、結果としてはスナップの究極というか偶然の塊のようなものが撮れています。展示にはモノクロとカラーの写真がありますが、モノクロはご協力いただいた視覚障害者の方、カラーは私が撮った写真です。とてもおもしろい対比になったと思います。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の伊藤亜紗さんの著書には「視覚がないから死角がない」という一節があります。見えない人は見えないゆえに「見ようとすると見えない場所が生まれる」逆説から自由であるという意味です。

視覚障害者と晴眼者である鶴巻さんのスナップ作品が並ぶ「見ることは何か」(Section 3)。その対比に不思議な感情が沸く
撮影者の立った場所とその時の写真で、撮影時の状況を再現する展示もあった

——展示を見るうえで頭の片隅に置いて欲しいポイントはありますか?

自分が今見ていることを疑ってみてほしいです。それと、今回は障害について扱っていてシリアスな部分はありますが、知らない世界を楽しんでほしいです。

入口で展示に関するハンドアウト(資料)をお渡ししていますが、それも後で読んでいただけたらいいかな。あとは、できれば写真集を買っていただきたいですね(笑)。写真集には今回ご協力いただいた視覚障害者の方へのインタビューも掲載していますし、これが本当に面白いので、お話ししたようなテーマが刺さる方でしたらぜひ。

——本プロジェクトの今後について考えていることを教えてください。

"見えない・見えづらい世界"についてはまだ表に出していない気づきもあるので、それをこれから形にできたらと思います。このテーマは私の大切なライフワークとなっています。新しい作品ができるのは数年かかるかと思いますが、とにかく、おもしろく伝えたいと意識しています。

開催期間

2024年9月27日(金)~11月11日(月)

開催時間

10時00分~17時30分

会場

キヤノンギャラリーS

休廊

日曜日・祝日

トークイベント

日時

10月5日(土)14時00分~15時30分

テーマ

「見えない、見えづらい世界」を見えるカタチに

内容

キュレーションを担当したPoetic Scapeの柿島貴志氏をゲストに迎え、「見えない、見えづらい世界」を写真展として「見えるカタチ」にするための試行錯誤と、その過程で得た気づきなどを語る

会場

キヤノンホール S (住所:東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー 3F)

定員

150名(先着申込順、参加費無料)

Alternative View ~見える人、見えない人、見えづらい人が一緒に鑑賞するギャラリーツアー~

内容

本作品のモデルにもなった視覚障害者の3名がファシリテーターとなり、見える人、見えない人、見えづらい人が一緒に”雑談”をしながら作品鑑賞をするツアー。

会場

キヤノン S タワー1階 キヤノンギャラリー S

ファシリテーター・開催日時

難波創太氏:10月9日(水)13時00分~14時30分、15時30分~17時
1968年生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン科卒業後、ゲーム制作会社に勤務。2007年仕事帰りにバイクによる交通事故に遭い失明し全盲に。現在は東京・三軒茶屋で鍼灸・指圧師のかたわら、アートと薬膳のワークショップのための店「ボディケア・キッチン るくぜん」を経営し盲導犬のピースと暮らす。

石井健介氏:10月12日(土)11時00分~12時30分、14時00分~15時30分
1979年生まれ。アパレルやインテリア業界を経てフリーランスの営業・PRとして活動していた。2016年、36歳の時に一夜にして視力を失う。ダイアログ・イン・ザ・ダークでの勤務を経て独立。現在はブラインドコミュニケーターとして、見える世界と見えない世界をポップに繋ぐためのワークショップや講演活動を行っている。TBSラジオ制作Podcast番組「ミエナイわたしの、聞けば見えてくるラジオ」パーソナリティ。

柿島光春氏:10月16日(水)13時~14時30分、15時30分~17時
1977年、東京都町田市出身。一般社団法人日本視覚障害者囲碁協会 代表理事。網膜色素変性症により25歳の頃失明。失われていた視覚障害者用囲碁盤(通称アイゴ)を復活させ、全国の盲学校や視覚支援学校に寄贈を開始。国内外の視覚障害者にアイゴを届けている。目が見えても見えなくても見えづらくても、誰でも囲碁でつながる世界を目指している。

定員

各回5名(先着申込順、参加費無料)

関根慎一