写真展レポート
時代 − 立木義浩 写真展 1959-2019 −
790点あまりの膨大な作品から立ちあがる“時代”の姿
2019年5月24日 21:21
立木義浩さんが写真家として活動を始めて60年目になる。まさに巨匠の一人だが、一向にその感じを漂わせないのが不思議だ。会場にはこれまでに撮った膨大な写真から選ばれた790点が並ぶ。
回顧展よろしく自他共に認める名作を展示することはせず、活動の足跡をたどりながらも、多種多様な味わいのある写真を選んだ。
「玉石混交、良いも悪いも入っているように見える中で、見る人それぞれが気に入ったものを見つけてほしい。写真とはこんなに活き活きとしたものなんだと感じてもらえたらいい」と立木さんは言う。自らの過去(キャリア)に安住することなく、一写真家として現在進行形であり続ける稀有な存在だ。
展示構成は大きく分けて3つ。100名を超す著名人のポートレートと、仕事の傍ら今も撮り続けているスナップ写真、そしてそうしたスナップの中からスクエアな写真でまとめた「デジ6」の写真群だ。
ポートレート撮影は雑誌を中心に、依頼されて撮ることがほとんどだが、なかにはその人物に惹かれ追うこともある。例えば作家の柴田錬三郎氏や開高健氏だ。柴田氏は仕事とは別に撮影を重ね、3部のみの私家版写真集にもまとめている。
「一緒にいて話を聞いていると、こちらに知識が入ってくるような錯覚を起こす。先輩なのに密かに可愛げを感じてしまう人たちで、会う前日はいつも楽しみでワクワクしていた」と作家たちを撮影した時をふりかえった。
山口百恵さんの写真は8点を展示した。引退の年の1980年に出版した自伝『蒼い時』は約200万部のベストセラーになったが、その執筆は六本木にある立木事務所で行なわれた。もちろんその時に撮られた1枚もある。
その山口百恵さんの隣には瀬戸内寂聴さんの写真を置いた。「ポートレート写真の並びは今も正解が見えないんだけど、これは文句なしの良い配置だと思う」と立木さん。
スナップは仕事の合間に撮られたもので、場所は国内外さまざまだ。
「日々、街では奇なることが起きている。悲しいことが多少多いから、ユーモアを含んだものが写れば嬉しいと思う」(立木さん)
想定したイメージに沿って撮る写真もあるが、スナップはそれと別物。
「自己主張は誰にもあるけど、写真は自己主張するもんじゃない。世の中にあるものをそのまま取り上げ、現すのが基本。内面、気持ちは写真に写らないんだ」(立木さん)
モノゴトの表面を丁寧に撮る中で、見ている人がそこに撮影者や、また自分自身の想いを感じる。
「それは勘違いなんだけど、そう思わせるテクニックはあるはず。でもそれを意識してしまうと、写真が軟弱になっていくので、あくまでも目の前のものをきちんと撮ることに徹することが重要なんだ」(立木さん)
スナップ写真は1970年代から年代ごとに配置されているが、余分な説明は一切なく、来場者は自由に見ることができる。と同時に、それは観る側の見方を試されることでもある。
海岸線を撮った1枚がある。ある若い写真家に教わったのだが、これはノルマンディーの海岸らしい。75年前、連合軍とドイツが死闘を繰り広げた場所には、今、静かな時間が流れているようだ。
「デジ6」は立木さんの命名によるもの。インスタグラムでスクエアサイズは新しい写真として広がったが、昭和のカメラマンにとって、このフォーマットは感覚に深く馴染んだフォーマットだ。優れた35mm判一眼レフが開発されるまで、6×6判カメラが主流だった。
視界はワイド画面であり、スクエアに切り取られた世界はどこか新鮮で、画面の外、見えない部分に刺激される。
「そんな今の若い人へスクエアな写真を見せたくて、会場内にもちりばめてある」(立木さん)
記者会見で、今回の写真展への意気込みを問われた立木さん。
「もう81歳になるから、意気込みがあるほど活き活きしていない。意気込むのは30代終わりまでだよ」と返し、会場を沸かせる。
当意即妙、変幻自在。それが立木さんの写真のベースにある。写真で時代を感じながら、写真への固定概念を揺さぶられるかもしれない。
タイトル
時代―立木義浩写真展1959-2019
会場
上野の森美術館
東京都台東区上野公園1-2
開催期間
2019年5月23日(木)~2019年6月9日(日)
開催時間
10時00分~17時00分(金曜日は20時まで、入場は閉館30分前まで)
休館
無休
入場料
一般1,200円、大学・高校生800円、中学生以下無料
作家在廊予定
5月25日:14時00分~16時00分
6月2日:14時00分~16時00分
写真集「SNAP 20C」へのサインは14時30分〜15時30分の間で受付